チョコレート中毒② ホワイト
下校時に学校から駅へ向かう時も、やはりあたしは六合村と一緒だった。
1週間に1・2回、途中にある自動販売機で暖かい飲み物を買うのがあたしと六合村のささやかな楽しみだ。お金を入れる時にいちいち手袋を外さなければならないのが面倒だけど。
「六合村、その指輪どうしたの?」
あたしは六合村の左手人差し指に嵌められた指輪を見て言った。朝はなかった筈だ。学校でも見ていないと思う。
「ああ、これ? 実は彼氏に貰ったんだー」
「彼氏なんていたの?」
「ははは、ほんとは秘密にしとく予定だったのになー」
六合村は笑いながら手袋を嵌めた。
「おいおい抜け駆けか~?」
「悔しかったらいい男みつけなよー」
そんな会話をして、電車に乗って30分ほどゆらゆらと揺られて、六合村と別れた。
電車を降りてから家までも徒歩だ。
夏場は、というか基本的にオールシーズン自転車を使っているのだが、この時期になると地面が凍ってスリップしやすい。加えてこの雪だ。しばらくはあの赤いママチャリにはお役御免となっていただく他あるまい。
そんなわけで、徒歩。
一人で帰る帰り道。
退屈ではあるが、少し楽しかったりもする。駅前のスーパーを右折、住宅街から少し離れて辺りは田んぼばかりになる。そのまま一本道を通り抜け、再び住宅街に戻る。 毎日のようにこの辺で遊んでいる瀬戸 直弘・雪姫兄妹は今日も元気にボール遊び。
二人と一緒に10分ほど遊ぶのが最近のあたしの趣味だったりする。
今日はハンドボールサイズのゴムボールでキャッチボールをしていた。
「ヒャッハー!」
「あいたっ! おにーちゃん強すぎるよぉ……」
「この技を身に付けるために500光年は練習したからな!」
「ふぇぇ……光年は距離だよぉ……」
「ばっ、知ってるよそんなこと! ボールを投げた総距離が500光年にも及ぶって意味だよ!」
「おにーちゃんまだ9歳でしょ? 相対性理論を軽く無視してるよぉ……」
すごい会話をしてるな。この9歳と7歳は。
「スグ、あんまし妹をいじめんなよー」
「げっ! 夏姉ぇ!?」
「なつねーちゃんだぁー!」
「よっ、ユキ」
土日を挟んで二日ぶりの再会だ。
「夏ねーも混ぜてやろうか? ……この命懸けのデスゲームによぉ……ジュルリ」
「おっけー、やろう。あたしはユキとペア組むから、スグが負けたらちゃんと代償は払ってもらうぞ?」
「それが大人のやり方かよぉぉぉおおおお!!」
「やるっていったの自分だろ……」
そもそもキャッチボールの勝ち負けってなんだ。
「食らえぇぇぇぇええええ!」
そこでスグは不意を突いた先制攻撃に出た。しかしあたしも高校生。平凡な9歳が投げたボールをキャッチするのはやぶさかではない。
「甘いっ! この程度のボール、恐るるに足らずッ!」
「くそうっ!」
「そらぁ!!」
「うわあああん取れないよおおおおおおおおおおお」
すごい勢いで勝敗が決した。
少し大人気なかっただろうか?
しかし、ユキから注がれる羨望の眼差し、それが見られただけでも確かに意味はあったのだろう。
あたしは小学3年生を相手に全力を出したくせに、謎の優越感に浸っていた。
「――――がふっ!?」
すると刹那、あたしの顔面に雪玉が直撃した。
ガチガチに固められた雪玉は、たとえそれが9歳の投げたものであれとても痛い。
「やったなこのやろー!?」
あたしは地面から雪を掬って、雪玉を作る。もちろん手加減をしてかなり柔らかい玉になったが、9歳を屈服させるのには十分な硬度だった。
「食らえぇー!」
投げる。
しかし、いつも使用している球とは全然違う雪玉だ。それは、あたしの予想を裏切って、スグとは全然違う方向に飛んでいった。
――――バフッ
「「「あっ」」」
そして、“何か”に直撃する。
何か。いや、人か。それも顔面だ。
しかも体格から察するに、男性だ。
男性の仮面と化した雪の塊は、そして剥がれ落ちた。
「「ひぇっ……」」
スグとユキは小さく悲鳴を上げた。あたしはただ、呆然としていただけだった。
凶悪で不気味な目付きは、本来ならあたしも悲鳴を上げるレベルだが、今は違う。
その男性をあたしは、見たことがあったからだ。
「どうも。今朝ぶりですね」
「あ、はい……すいません」
男性は、今朝遭遇した金髪の青年だった。