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双葉夏希は静止した

 双葉夏希と過ごした日々はあっという間に過ぎ去った。

 過ごしたと言っても、彼女は一人で過ごしただけ、僕は一人でストーキングしていただけなのだけれど。

 そして今日も彼女と帰る帰り道。

 肌を貫く冷たさは増してゆき、世界はすっかり白色に染まっていた。

 この地方では珍しく雪が積もるほど降った1月の出来事である。

 僕のストーキング行為はもはやただ後ろを歩いて行くだけとなっていた。隠れる必要がないからだ。本人にばれてしまった以上、コソコソと隠れていたら周りの人間に不審がられるだけだ。

 双葉さんの6メートルほど後ろ。双葉さんの足跡をわざわざ踏みつけて歩く。足跡を辿っていけば見失うこともないだろう。

 今となっては、時々前後で双葉さんといくつか会話を交わすことすらあった。といっても、どちらかがどちらかの独り言に反応するだけだけれども。「雨が降りそうだねー」「今日の7時ごろから振るらしいよ」とか、「寒いねー」「うん」とか、そんな他愛もない会話。

 僕と双葉さんとの間には、友情でも恋慕でもない感情が生まれつつある。僕はそう感じていた。


 ここで僕が観察結果を発表しよう。数カ月に渡る観察で分かったことを。

 まず、彼女はチョコレートが大好きだ。いや、好きなんてレベルじゃあない。毎日毎日暇さえあればチョコレートを食べている。休みの日なんて狂ったようにチョコレートを食べ続けている。時々チョコフォンデュを浴びるように飲んでいる。

 好きな色は、おそらく赤。身に着けるものは比較的赤色が多いように感じる。

 彼女は寒い日に熱い物を食べるのが好きだ。休みの日なんかよく、ラーメンや蕎麦そばを食べに行っている。外食するときは大体、先日会った金髪の外人(?)男とランドセル少女との3人だ。3人な関係性については未だに謎である。

 おおまかにはそれくらいか。

 他にも、炭酸飲料が苦手だとか、暗算が得意だとか、逆上がりが苦手だとか、国語が得意だとか、餃子が苦手だとか、絵を描くのが得意だとか、そんな些細なことが色々と分かってきた。

 しかし、彼女の“秘密”については未だに分からないままだ。それどころか謎がどんどん深まっていく。

 高校を卒業するまでの1年で、僕は彼女の謎を暴くことができるのだろうか。


 暴いてみせる。


 絶対に。






 双葉夏希は静止した。

 「?」

 下を向いて足跡を追いかけていたら、僕は唐突に何かにぶつかった。感触は硬くもなく柔らかくもない。前を確認すると、それが双葉さんのコートであることが分かった。

 思えば彼女に直接触れるのは初めてだった。

 「? どうしたの双葉さん。急に止まったりして」

 「綴原くん」

 双葉さんは静止したままだ。こちらを振り向こうともしない。

 「なに?」

 「君はさ、あたしの秘密を暴けるなら死んでもいいって言ってたよね」

 「死んでもいいとは言ってないよ。君の秘密を暴けないくらいなら死んだ方がマシだとは言ったけど」

 それも言ってなかった。記憶が曖昧だ。

 「だったらさ、あたしのために死ぬことはできる……?」

 「無理だよ。僕は他の誰かのために死ぬなんてごめんだ。僕は僕の為に死ぬ」

 「そう、だよね」

 そこで双葉さんはようやく振り向いた。

 とても、とても悲しそうな表情だった。

 「でも、これも全部君のせいなんだよ。君があたしに付きまとうから」

 「何の話だよ?」

 そう訊いた瞬間、僕の体はコンクリートの塀に押し付けられた。僕が脱力していたとはいえ、とても女性とは思えないほどの力だった。

 僕と彼女の顔の距離は、50cmを切っている。

 「あたしはもう我慢できないんだよ……」

 「我慢って、何をだよ」

 「今から君は、あたしの正体を知ることになる、と思う」

 僕の口からは、不自然な笑みが零れた。

 「はは、ようやくこの日が来たのか」

 「そうだよ。君の待ち望んでいた日だ。そして、君の命日になるかもしれない」

 「できれば生きたいな」

 「できるといいね」

 「無理かもな」

 「無理かもね」

 そして二人は、笑った。

 「もういいかな?」

 「うん。どうぞ」

 心臓がばくばくと脈打つ。双葉さんにも聞こえているかもしれないな、僕の心臓の音が。

 双葉さんのあでやかな唇が、近くなってゆく。

 それにつれ僕の鼓動も早く大きくなる。


 そして、双葉夏希は僕の――――――――――










 僕の首筋に、噛み付いた。










 「ぐッ!!? あああああああッ!!」

 双葉さんの八重歯が僕の総頸動脈に食い込む。更に食い込んでゆく。

 そして大事な大事な血管はいともたやすく噛み千切られ、血液が体内から大量の放出されているのがはっきりとわかった。 本来なら痛みで訳が分からなくなるはずなのに、なぜか痛みは然程さほどでもない。

 むしろ血液が抜けていく感覚が、とにかく気持ち悪い。

 双葉さんは僕の首筋にしっかりと唇を当て、大量の血液をごくごくと飲んでいる。

 「きみ……はッ…………。吸血っ……!」

 双葉さんは唇を僕から離す。

 「そうだよ。あたしは、君らの言うところの吸血鬼という存在だ」

 「はーッ、はーッ……。そんなのって……ありかよ……ッ!?」

 「君が付きまとっていたせいで今まで血を得る機会が少なかったからさ。だからそのツケが、今キミに回ってきたんだ」 そして、そう言って双葉夏希は再び、僕の血をすすった。

 自分が、命が削られていくのがはっきりとわかる。

 全身の感覚が鈍くなってゆく。もうさっきまでの寒さすらも気にならないほどだ。

 僕は死ぬ。

 直感がそう言っている。

 でも、これだけは伝えなくてはならない。

 「ぼく、は……」

 「…………?」

 「僕は、きみのために死ぬのは、ごめんだ……」

 「……それはさっきも聞いた」

 「で、も…………」

 これだけは絶対に伝えたい。

 君の為にだ、双葉夏希。


 「君に殺されるなら、僕も本望だよ……」


 「……!?」

 血液はたぶん、もうすぐ致死量になるだろう。

 僕は伝えたい言葉だけ勝手に伝えて。

 一人で勝手に、ブラックアウトした。



これにて序章は完結となります!

ありがとうございました!

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