卓上遊戯倶楽部(パイロット版)
春星高校裏門から少し歩いた所にあるコンビニエンスストア、マイティマート。
コピーを取っていた増田卓に、後ろから声が掛けられた。
「増田」
振り返ると、そこには銀縁眼鏡の少年が立っていた。
「委員長か」
「試験の答案か……?」
クラス委員長、氷室慎一郎が、コピーされた用紙を眺める。
なるほど、黒い枠に囲まれたそれは、見ようによってはそうとも取れるだろう。
「文字や記号を書き込むって点だけは正解だな。……家でプリントアウトを忘れたから、余計な出費だ」
プリントアウトしたそれと、原本をコピー機から出し、青い買い物籠に入れる。
籠には他に、真新しいノートと、菓子類、ペットボトルのジュースなどが入っている。
「もう新しいノートを買うのか」
「ああ、前のは全部潰した」
文芸部の卓は、創作専門のノートを常に用意している。
中身は小説を数ページ連ねた場合もあれば、単なるアイデアを記したメモの場合もある。
ちゃんとした文章にまとめるのはパソコンで、出来上がった物は学内ネットの文芸部ページに掲載する、というのが文芸部の活動となっている。
「まとめ終わったら、またアップするのか」
「その予定だ」
「……大量の菓子類。……テストにパーティー?」
「いや、テストじゃないし、パーティーは」
委員長の推測に軽く苦笑し、卓は校舎のある方を向いた。
「これから組まれる予定なんだ」
同時刻、春星高校体育館。
舞台の脇が、演劇部の第二部室(第一部室は部室棟にある)である。
ポニーテールを揺らしながら薬師寺小星がそこに入ると、既に先客がいた。
「おりょ、ぶちょー?」
「うん? 薬師寺さんこそどうしたの? 来週まで部活、休みだよ。試験の出来はどうだった?」
ボーイッシュな麗人、といった風な演劇部部長、藤原京だった。
「あうぅ……それは聞かない約束で」
自慢じゃないが、頭の出来は自信がない小星である。
「台本の暗記は大得意なんだから、試験問題ぐらい難しくないと思うんだけどねえ」
「数学とかは、そんな訳にはいかないんですよー」
そして、小星は目的の物をパイプ椅子の上に見つけた。
小さな冊子、新入生への部活紹介で使った、台本だ。
「とりあえず忘れ物は見つかりました!」
「そ、よかった。僕の方もこれ取りに来ただけだから、もう締めるよ」
「らじゃっす!」
小星はピシッと敬礼する。
「でも、別にここに取りに来なくても、増田君に見せてもらえばよかったのに」
「…………」
「思いつかなかったんだ」
「あうぅ……」
頭を抱えてしまう。
「ま、ともあれ無事に台本は手に入ったんだし、よしとしようじゃないか」
「で、ですよね!」
「脚本書いてくれた増田君には、何かお礼をしなくちゃいけないねぇ。今度、デートでも誘ってみようかな」
「あ、うん、喜ぶと思います!」
小星が笑顔で言うと、京は何故か意外な顔をした。
「……薬師寺さん、増田君の彼女じゃないの?」
「はにゃ?」
「増田君の事、好きだよね?」
「うん、大好きですよ?」
屈託なく答える小星に、京は小さく溜め息をついた。
「……ま、いいや。で、僕と一緒に帰るかい?」
「ううん! これから、タッ君と遊ぶんです! じゃ、行ってきます!」
小星は部室を出て駆け出した。
目的の場所は文芸部だ。
同時刻、柔剣道場。
「ありゃあ、しまったなぁ」
灯りのついていないその空間で、大柄な少年はのんきに言った。
戸隠力也、空手部員である。
「はっはっは、忘れていたぞ! そうだったそうだった! 今日は休みだったのだ!」
額を叩き、豪快に笑う。
しょうがないので、帰る事にした。
が。
「って何じゃこりゃあ!?」
「ぬう?」
叫び声に視線を向けると、他校の制服を着た屈強な少年が怒っていた。
はて、どこのブレザーだったか、力也にはとんと思い出せない。
「土曜日だってのに、何で部活やってねえんだよ!? やる気あるのかこの学校は!!」
「そういうお前さんは、何者かな?」
「この制服を見ての通り、秋陽高校の生徒だよ! 今年空手部に入った期待のルーキー! ここにえらい強い奴がいるって聞いて見に来たんだよ!」
なのに、と彼は地団駄を踏んだ。
「だってのに、休みってどういう事だこらあああああああ!!」
「うるさいのう……」
とはいえ、せっかく自分の属する部活動を見に来たのだ。
それなりに礼を尽くそう、と力也は考えた。
「まあ、よし! そういう事ならば、儂も手を貸そう!」
「あん?」
「儂もこの空手部の部員だからな! 何も成果がないよりは、手合わせの1つでもしてみるとよいだろう。どうだ?」
「悪くねえ……言っておくが、俺は強えぞ?」
秋陽高校の一年生は、戦闘意欲満々で道場に上がり込んでくる。
「はっはっは、儂も強いぞ! さあ来い!」
「うらあっ!!」
胸をドンと叩く力也に、相手は跳躍する。
驚くほど早い、中段回し蹴り――だったが。
「よっ」
その軸足を、力也はあっさりと掬い蹴った。
「へっ!?」
軽く宙を泳ぐ、秋陽高校生徒。
「歯ぁ食いしばれ!!」
ニカッと白い歯で笑い、力也の巨大な鉄拳が振るわれる。
「げはぁっ!?」
吹き飛んだ一年生が、道場の壁にめり込んだ。
「おいおい、もう少し鍛えた方がいいぞ童……ってありゃあ、気絶しておるなこりゃ」
さてどうした物か、と力也が困っていると、携帯のメールに着信があった。
クラスメイトの増田からだ。
そこで、はた、思い出した。
「おっと、忘れておった。そうだそうだ、こうしてはおられん! 約束に遅れてしまう!」
力也は急いで、文芸部室に向かう事にした。
同時刻、職員室。
村雨静は、美術部顧問に呼び出されていた。
「課題を早く上げてくれるのはいいんだけどね、村雨さん」
「……はい」
「ただ、部室に来ないのはちょっと、どうかと思うのよ……あ、い、いえ、責めてる訳じゃないのよ!? 絵の出来も素晴らしいし、サボっている訳じゃないのも分かっているわ!」
「……はい」
静は、自然と涙目になってしまった自分の目を拭う。
おかっぱ頭の前髪で、目を隠した。
ちょっと言い難そうに、顧問が切り出す。
「あの……ちょっと小耳に挟んだんだけど、三年生達から、何かされているのかしら?」
「…………っ」
「あの子達も悪い子達じゃないの。分かるでしょう? それに本人達にも聞いてみたけど、村雨さんの気のせいじゃないかしら? 消えた絵筆とかも、どこかにウッカリ忘れてきたとかで……」
「…………」
それはないです、と静は内心で否定する。
絵筆は、しばらくして見つかった。
というか、クラスメイトが見つけたのだ。
焼却炉の傍のゴミ捨て場で、絵筆は折られていたという。
「まあ、部室の件は、時々でいいから覗いてね?」
「……はい」
「何か予定があるのかしら?」
「あ、の…………………………はい」
「分かったわ。じゃあ、気をつけて帰ってね」
「……………………はい」
ペコリ、と一礼すると、静はスケッチ帳を抱えて小走りに職員室から遠ざかる。
そして、今では放課後、ほとんど唯一の居場所になりつつある、文芸部室へ向かうのだった。
同時刻、春星高校2年5組。
「クローバーの456、パス? 8、ラスト3で終了」
小気味よく札を叩き付け、短髪の少年、黒須一郎は『大富豪』をまたしても一番に上がってみせた。
そして、他の参加者達が絶叫する。
「だあああああっ! また負けたぁっ!」
「ちくしょー! 何だよお前のその強さは!?」
「悪いけど、コイツはもらっていくよ」
賭けていた食券を手に取ると、ポケットに入れる。
鞄を持ち、教室を出ようとすると、後ろから呼び止められた。
「って待てよ勝ち逃げすんのかよ!?」
「約束通り、もう一回勝負しただろ。時間切れさ。それに、別の予定が入っているしな」
「いつものバイトか?」
「それもあるけど、別件も入ってる。じゃ、またな」
そして、黒須一郎は教室を出た。
携帯のメールに着信があり開いてみると、そこには今夜の予定が届いていた。
「ふむ」
会合は夜の6時から。
高級マンションの一室で、一卓設けられるらしい。
一郎のバイトは、いわゆる代打ち、と呼ばれる物である。
「ま、それまでには終わるだろ」
鼻歌を歌いながら、黒須一郎は文芸部室に向かうのだった。
同時刻、屋上。
鷹城彼方は、そこで上級生から告白を受けていた。
名前は忘れたが、確かサッカー部のキャプテンだったか。
屋上は風が強いな、と流れる銀髪を軽く手で押さえながら、考える。
「つまり、私に付き合って欲しいと」
「そ、そういう事だな」
「それは友人としてではなく、いわゆる彼氏彼女の仲という事だな」
「あ、ああ……いや、友達同士ならわざわざ、頼むような話でもないだろ?」
ふぅ……と彼方は溜め息をついた。
「甘く見ないで欲しいな。世の中には、それすらも困難な奴がいる。例えばウチのクラスの村雨など、その筆頭だ」
「その村雨はどうでもいいから、返事はどうなんだよ!?」
「よいぞ」
あっさりと、受け入れた。
「本当に?」
「ただし、結婚が前提だ」
「重っ!?」
「駄目なら、無理だ」
「う……」
「さあ、返事は?」
「い、い、いいとも!」
サッカー部キャプテンは目を泳がせながらも、頷いた。
「そうか。ならまずは両親に挨拶だな。どこに住んでいるんだ?」
「い、いきなりそこから!?」
「ふぅ……」
やれやれ、と彼方は首を振った。
「……無理なら無理と、ハッキリ言うんだな。無駄な時間を過ごさせないで欲しい」
遠回しながら、それは断りの返事でもあった。
それが分からないほど、彼も馬鹿ではないらしい。
が。
「や、やっぱり……」
「うん?」
「お、同じクラスにいるって言う……誰だったかと付き合っているって言う噂は、マジだったのか?」
「曖昧過ぎるな。増田の事か」
別に付き合っちゃいないが、そういう『噂』が存在する事もまた、彼方は知っていた。
「そ、そう、そいつだ! そうなんだろ?」
「いや、アイツは……」
ちょっと考え、ニヤリと笑った。
「ああうん、そういう事にしておこう」
「やっぱりか!」
「……そっちの方が面白いし、何よりもう面倒だ」
偽りでも『彼氏』がいるなら、こうした告白も回数は減るだろう。
「とにかく私はもう行く。友人としてなら付き合おう。ではな」
階段を下り、彼方は文芸部室に向かう事にした。
せっかくだから今やりとりも、土産話にしてやろう。
10分後、文芸部室。
部室の中央を締める大テーブル。
広げられているのは、増田卓が用意したキャラクターシートやサイコロ、中央にはペットボトルやお菓子が集められている。
そして、集まった人間も6人だ。
「……と言う訳でテーブルトークRPGの第一回セッションに集まってもらった訳だが」
卓は小さく息を吸い、机に拳を叩き付けた。
「何か、変な情報が学内ネットで流れ始めてるのはどういう事だ鷹城ぃっ!?」
「はは、細かい事は気にするな」
「それから戸隠! 言っとくけどそれ、全部食うなよ!? まだ始まってもないんだからな!」
「はっはっは、任せておけ。いやしかし、運動して腹が減った」
聞こえているのかいないのか、戸隠力也はさっそくスナック菓子の袋を開けてボリボリと食べ始めていた。
それを眺めながら、ふ……とニヒルに笑う黒須一郎。
「勝負のお供は鉄火巻きと決まっている。あとアツシボも必要だ」
「雀荘じゃねえんだよ!?」
さっきから突っこみっぱなしの卓の袖を、村雨静が引っ張った。
「…………っ!」
落ち着いて、というのだろう。
「……ああ、分かってる。分かってるともさ。まだ始まってもない内からこのテンションじゃ、俺は近い内に救急車呼ばれるだろうよ」
「あ、そーそー、タッ君、うちの部長が今度デートしようって言ってたよ?」
「お前はお前で、一体どういう話を持ってきてるんだ!?」