硝煙、撃鉄、覚悟を決めて
「やべぇ、あいつら、相当トチ狂っているぞ……」
「銃を乱射していないと発作でも起こすんじゃねぇのか?」
そう今の張りつめた状況を和らげようと山田と物部がヒソリとそう言う。
状況は悪くなるばかりだった。軍用小銃の特徴的な発砲音がほぼ一分ごとに聞こえてそのたびに、物が壊れる音や悲鳴が上がる。一行はとりあえず倉庫として使用されている部屋に立てこもることが出来たが、ここから下手に身動きのできない状況に陥ってしまった。それも――
「オラァ!! おとなしく出てこねぇとブチ殺すぞゴラァ!」
そう喚きながら廊下でカラシニコフを天井やら周りの壁に撃ちこんでいる強盗グループの内の一人……どうみてもジャンキーです、本当にありがとうございました。
ドアと壁の隙間から様子を見ていた優太が首を傾げながら「何処かで見た気がするんだよな、……あぁ思い出した! 確か2ヵ月前に仮釈放された朝日会の古井っていう奴じゃなかったか?」と呟いた。
「ヤクザ? 何でヤクザが堅気のカラオケボックスと銀行を襲う必要があるんだよ?」武は部屋の中を見回しつつ尋ねた。
優太曰く、その古井という男が起こした事件と言うのは数年前、所属する暴力団事務所への上納金が滞り、詐欺を働いたというものだった。詐欺の容疑で逮捕されて、調べからは拳銃密売グループとの関わりも浮上、一審では懲役が下されたが、再審請求によって二審では証拠不十分として釈放された、というのが大体の筋だ。
しかし、拳銃密売グループとの直接的な関係を示す証拠は無いが、公安からは要注意人物としてマークされているらしい。拳銃密輸疑惑といい、銀行強盗といい、金銭のトラブルが付いて回っているのではという結論が出たところで――
「とにかくどうする? 向こうはまだこっちを見つけていない。奇襲するなら今がチャンスだな」と武。
「それはまずいんじゃないかな? 奇襲が失敗したら確実に殺される……! ここで特殊部隊が助けに来るのを待つか、どこかから外へ逃げるか……」物部が案を出すが、武が否定した。
「それは無理だな。他のフロアもそうだったけど防犯のために窓は頑丈なやつを使っている。壊したら確実に気付かれる。おまけに脱出経路になりそうなところはなさそうだしな……」武は戦うつもりなのか鞄に隠しておいたH&K USP自動拳銃を取り出してコンバットロードした。
「とにかく、俺達がここで奴らに銃を撃ちまくったとしても、下の奴らが集まってくる。拳銃しか持っていない俺らには圧倒的に不利だ。しかも5秒以上連続で撃ち続けてやがる」
「つまり……」優太が唾を飲む。
「ああ、恐らくドラムマガジンも装備してやがる。それに問題なのは武器だけじゃない。防具……ボディーアーマーを着けていたら俺達の拳銃じゃほとんど歯が立たない。こんなご時世だから一般人にも買いやすい、安くてそれなりのボディアーマーも普及しているしな、あんな重装備で銀行を襲うんだったら持っていても不思議じゃない」武が一旦状況を予測した後――「とりあえず、今の俺達の装備を確認しておこう」武がそう言うと全員、持っている装備を出す。
「俺はこれだけだ」
「俺は……これだけ」
「……こんなことならマガジンをもう2、3本持ってくるべきだった」
武はUSP拳銃1丁と予備の弾倉1本と三段特殊警棒。
優太はP226自動拳銃と予備弾倉が3本とツールナイフ、タクティカルライト。
伊勢はHK45自動拳銃と予備弾倉が2本と銃のレイルに搭載するフラッシュライト。
物部はPT99自動拳銃と予備弾倉が2本。
夏川はcz75自動拳銃と予備の弾倉が二本。
高橋はベレッタM92Fのステンレスモデルと予備弾倉が一本、護身用の小型の催涙スプレーが一本。
山田はベレッタM92F自動拳銃と予備弾倉が二本。
「……やっぱり、立て籠もった方が安全じゃないか……?」高橋が不安そうにそう呟いた時―― 「オイ、おとなしく来い!」男の怒鳴り声。
「やだぁっ! やめて、痛い!!」続いて女の子の声――
部屋の外――廊下から、自動小銃を乱射していた強盗グループの一人の声と女の子の悲鳴が聞こえてきた。部屋のドアの隙間からこっそり山田が覗いてみると、小さな女の子――小学生ぐらいの女の子が髪を引っ張られて強盗に下に連れていかれようとしていた。恐らく隠れていたが見つかってしまったのだろう。女の子は必至に抵抗するが――力がかなうはずもなく、抵抗したことにより強盗の男を逆上させた。
「てめぇ……! 大人しくしてりゃぁ痛い目見ずに済んだものをよぉ!!」
そう言いながら女の子の服を破いた。女の子が恐怖で座り込み泣き始めた。
「……!!」
その光景を見ていた武や伊勢一行――
「おいおいおい……結構かわいいじゃねぇか。大人しくしていれば殺しはしねぇけどよ、今度暴れたら、コイツで頭ブチ抜くからな……」
そう言って強盗は腰から自動拳銃を抜いた。コルトガバメントM1911――アメリカ製であれば、米軍採用拳銃の旧モデルだ。
女の子は、泣きじゃくって強盗の胸元を叩いた。
「大人しくしろって言ってんのが聞こえねぇのか、あん!?」
ソイツは女の子を右手で殴って馬乗りになった――
「よっしゃ、アイツ死刑」
伊勢はHK45のハンマーをコックした。これで、ここに隠れていても、片っ端から部屋を捜索している奴らに見つかるのは時間の問題だと判断した一行。
「ああ、たしかにあんな下衆は生かしておく必要はない、急所を外してなるべく苦しんで死ぬようにしなきゃな……だけど、さっきも言った通り下の仲間が集まってきたら太刀打ちできない」
「じゃあ、このまま見てろってか!?」
優太は部屋に放置してあったソファーを勢いよく蹴った。
倉庫として使われているこの部屋には何に使うか分からない機械類からマネキン、ただのゴミだろと思えるがらくたみたいなものまで乱雑に置かれていた。
「うほっ……! いいこと思いついた、ちょっと耳を……」
武が全員に耳打ちする。
「さすが師匠や、それしか方法は無いわ」
「でも危険すぎるよ!」
「今はこれしか方法がない、ぼさっとしていたらあの子に一生の傷(外傷後ストレス障害)が残る事になる。みんな、協力してくれ!」
一行は早速準備に取り掛かった。
――ガタンッ
「……アァ、誰だぁ!? そこにいやがるのは!?」
強盗は一行が立てこもっている部屋に視線と銃口を向けた。女の子を突き飛ばしてゆっくり銃を構えながら部屋に近づく。
「誰だぁ!? 出てこねぇと撃つぞ!」
もう十分撃っているだろ、と誰もが内心思っていたがそんなことに構う必要はない。事は計画通り……
強盗がドアを開けた。非常電源で作動する非常口案内板の薄い光で部屋の一部分がぼんやり見えて、強盗の目の前には――強盗に銃を向けている人影があった。
「――!!」強盗は人影に向けて銃を乱射した。暗い部屋の中が銃火で数秒明るくなり空薬莢が奏でる金属音と共に、人影は服やら体の中身やらがボロボロになって崩れていく。強盗は荒く息をしながら銃の弾が出ないことに気が付き、慌てて弾倉を交換しようとした――
「Fack you!!」
TDNらないセリフを吐きながらドアの死角から武が現れた。体に硝煙をまといながら古井が武に銃を向けようとするが武の方が早かった。武は振り上げた廃品同様のギターを振りかざすと、強盗に向かって一直線に振り下ろす――
「SATUGAIせよ! SATUGAIせよ!!」
「師匠、それエレキギターちゃう、アコギや」
振り下ろされたアコースティックギターが強盗の頭部に直撃して大きくよろめいた。
アコースティックギターが振り下ろされる度に軋んでいき、ミシミシという悲鳴を上げた。
武が振り下ろし始めて3回目で接合部の歪みが大きくなっていき六回目で根元から折れた。折れたギターを捨てると、武は三段警棒を取りだして拳銃を使われないように腕を攻撃。
既に強盗は気を失いかけていたがここで気絶されてもらっては困る。
コイツは大切な捕虜なので敵側の情報を引き出す(……)必要があるからだ。
ところで、強盗が銃を乱射した相手は部屋に放置してあったマネキンだ。銃はそれっぽい形の物を手に持たせて、マネキンを立たせておいただけだ。薄暗い部屋で、緊張なんかしていると一瞬本当に自分に銃を向けられているような錯覚に陥ってしまうのも頷ける。
「とりあえず、聞いておきたいことが山ほどあるからな。さっさと済まそう、仲間が集まる前にな」
優太が強盗の腕を背中側で掴み、高橋がコードを止めるのに使うビニール製の留め具で親指をしっかりと縛った。先ほど襲われていた幼女は武が保護した。
「貴様は幼女に手を出しやがった……! 死ぬ覚悟は出来て……」
武が警棒を伸ばし強盗に詰め寄るが、伊勢が止める。
「気持ちはわかりますが師匠、先に相手の戦力を聞き出してからにしましょう。コイツは路理魂の風上にも置けない生命体ですから後でじっくりいたぶりましょう」
伊勢が不気味な笑みを浮かべながら、強盗に聞かれないように武に言う。因みに路理魂とは武が考え出した後世にも残るであろう名言だ。
「始めるか。まず、お前らの仲間は何人いる?」
優太が尋問するが強盗は――「んだと、この野郎!! こんなことしてただで済むと思ってんじゃねぇぞ! ガキが!」銃を取り上げられ、身動きが出来ない強盗だが、口数は減らない。伊勢はHK45拳銃を突きつけながら優太に続いて尋問を行うが一向に強盗の口から出る言葉は一向に対する罵詈荘厳だ。
「さっさと答えろって言っているのが聞こえないのか!?」
ゆっくりしている暇はないが、情報を聞かなければこちらは逃げることも戦うこともできない。
拷問が必要だな、幼女に手を出したことも含めて……武、伊勢は頭の中で他の誰よりのいち早く、強盗の拷問について模索していた。そんな時――「おい、いい物見つけたぞ!!」そう言って山田が部屋の隅から持ってきた物――山田は極力触れないようにしながらソレを持ってきた。
小さな箱に家のイラストと茶色い虫が描かれているソレは、よく台所の冷蔵庫の裏やタンスの裏なんかに置いてあるアレ――「情報を吐かねぇとこのごきぶりトラップを服の中にぶち込むぜ!?」
山田は割り箸でごきぶりをホイホイおびき寄せるアレをつまみながら、強盗の上着の首筋をめくる。……この部屋、掃除することが全くないのか、ソレには黒き奴がたっぷり詰まっている。捕獲されたのが最近なのか中ではカサカサという不吉な音まで聞こえる。
「てめぇ、ざけんじゃねぇぞ!! 死にてぇのか!?」
強盗は喚いてはいるが情報は全くしゃべろうとはしない。
「やっておしまい!」武が一言。
山田は躊躇なくソレを強盗の服の中へと入れた。
「うわっ!! てめぇ! やめろ、ぎゃあああああ!!」
「もういっちょイクか?」
「お? こんな所にネズミ取りがあるぞ、何匹か生きているし、しかもデカい♂」
「や、やめろ! お前ら本当にただで済むと思うなよ!?」古井は抵抗する。
「もう、ただで済むような状況じゃあらへんからお前をシバいとるんやないかい」
「おわっ! 見ろよこのバケツ! 虫の死骸がたっぷり!」
「汚いにもほどがあるだろこの部屋!!」
それらのブツを使って古井を拷問し、情報を吐いた古井の口に猿轡をして体中を縛り大きめのロッカーにぶち込んでおく。もちろん、幼女に手を出したことへの怒りで一向全員(主に武と伊勢から)フルぼっこにされたのは言うまでもない。
強盗の話からするに、自分の所属している暴力団支部の上納金が少なく、本部への滞納金があったそうだ。何とかして金を納めないと、組織の上からにらまれるそうで、自分達の身が危なくなる。よって銀行強盗で金を荒稼ぎして、それが失敗したら上海なり釜山に国外逃亡する計画だったそうだ。
しかし、金は盗んだものの、武装した警備員が駆けつけるのが予想より早く、仲間も一人撃たれてその場に置いてきた。その仲間が、国外逃亡の手筈を整えていたので計画が大幅に狂い、逃げている内に、このいカラオケボックスに立て籠もったそうだ。
仲間は古井を含めて六人、武器を問いただしたが本人は銃の知識が全くないということだったので、詳しい敵戦力は不明だ。
古井からそれなりに敵側の情報を聞き出したあと、ソイツの持っていた装備を確認する。
「AK-47……56式か、折り畳み式の銃剣がついていることからすると中共のコピーやな。製造元はノリンコか……」伊勢は奪い取ったAKを眺めていた――「コイツは室内戦には向かへん、それに結構ガタもきとるし、廃銃寸前のシロモンやね。ようあれだけバカスカ撃てたな」
実際のところ、56式自動歩槍は新品の状態でも発砲している内にレシーバーから出火したり、熱で陽炎ができ照準器の意味が無くなる等のトラブルが高確率で発生する。新品でさえ不良品なのにも関わらず、至る所にひびが入っているので、銃の基礎知識があったならば絶対に発砲することは無いだろう。
「ガバメントはどうだ?」
「薬室に1発、予備のマガジンは1本だけや。合わせて15発……」
拳銃(1911)の方はまだ使えそうな状態だったので拝借しておいた。AKは敵に使われたら困るのでレシーバーと本体をバラバラにしておいて、適当なところへと投げておいた。これで再利用される恐れはない。
伊勢がガバメントを腰のベルトに挟んで廊下の様子を見る。ガバメントもすぐに使えるようにハーフコックしておいた時、武が近づいて尋ねてきた。
「そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫や、問題あらへん」
「良かったのかい? そんなこと言っていると『神は言っている、ここで死ぬ定めではないと』って言われてフルぼっこにされた後ループしてしまうぜ?」と武。
「ループしてやり直せる世界やったら苦労しないですけどね、セリフを自分なりにアレンジしてみたんでフラグは折っときました」伊勢がそう言うと優太や高橋が苦笑した。
「こっちは大丈夫や」
伊勢はHK45を右手で構えつつ他のメンバーに合図を送る。
「了解……階段クリア」
フラッシュライトを点灯させたSIG P226を構えて階段のドアを開けた優太が言った。
「総員、撃鉄を上げろ! ……うわっ」武がドアの段差に躓いて、重ねてあった荷物が崩れ落ちて派手な音が鳴った。
「これは……不味いんやないか?」
そう伊勢が呟いたのと同時に下のフロアから足音が聞こえてきた。
男のやり取りする声が徐々に一向に近づいてきて、金属同士の擦れ合う威圧感を持った音も聞えてきた。
「……敵だ……!」一行の中の誰かがそう言った。声の距離からして、敵はまだ下のフロアの階段近くにいる。
「撃つ用意は、出来ているか?」優太の問いに全員が頷いた。
逃げるか、それとも戦うか……既に、退路は、存在しない。
「全員、覚悟はいいか!? 行くぞ!!」右手に持ったUSPの撃鉄を起したままの武が先頭を切って進み始めた――