放課後、日常、硝煙の香
学校の授業が普段より早めに終わり、伊勢、武、優太達と仲間一行は学校を後にする。
ゲートの近くでM4A1自動小銃を持った警備員にIDカードを出してパスを貰う。一行は一旦家に戻り財布の中身や携帯ゲーム機等を準備した後、十三時ジャストに駅前に集合した。この日は土曜日でもあったことで学校は午前中で終わる。
学生寮に帰った伊勢は携帯の充電がまだあることを確認した後、私服の選択が面倒なので学生服のままリュックに必要なものを詰めた。
「一応持って行った方がええかな……」
伊勢はそう独り言を呟くと勉強机のロック付きの引き出しから黒いケースを取り出した。ケースにはH&Kという文字。
「以前もオフィス街でスポーターモデルのM16を乱射したイカれた奴がおったからな……持って行って損はないやろ、法律に触れとるわけでもあらへんし……」
伊勢はホルスターも取り出すと、制服のブレザーの下に装着した。エアガンなんかではない、バリバリの本物だ。
四十五口径という対人に用いられる弾丸の中では大型の部類に入る――この銃の大口径から発射される伊勢のホロ―ポイント弾は人の頭に命中したものならたちまち、ソレをひき肉に変えてしまうほど凶悪なエネルギーを持つ。
……こんな銃を十七歳の少年が持てるのにはれっきとした理由がある。
それもこれも――
「あのクソ政党のせいや……!」
伊勢は銃に弾倉を勢いよく叩き込んだ。
――今から九年前、日本は太平洋諸外国との間に新しい条約を結んだ。
その名も環太平洋法改正条約――読んで字のごとく当時諸外国内で統一されつつあった法律を日本に適用するためのものだった。元々は諸外国との貿易を潤滑させ、経済成長を促すためというものだった。
これは当時から現在まで政権を運営している革新民党首相が与野党、国民の反発を押し切って結んだ条約だ。
十一年前に革新民政権になって以来、日本と諸外国の溝が日本側の政府内の不振で広がりつつあり、そんな中で首相が諸外国のご機嫌を取ろうと民意を無視して、革新民党が政権を獲得してから二年後この条約を結んだ。
当時は新条約を結んで初めの内は日本のデメリットは予想していたほど目立たなかった。そして、日本の製品は強かったこともあり、諸外国製品の輸出結果は当事国とって面白くないものだった。
だがそのうち農産物は諸外国からの輸入のせいで国内農業は特定ブランドも含め85パーセント減少。日本の第一次産業はほぼ壊滅状態に陥った。ここでようやく新条約を推進してきた側の進言も事態の悪さに気が付いた。
しかし、こんな中でも諸外国は自国の製品が売れないのは日本の法律が原因であるとお門違いなことを言いだし、例の条約の次に問題の条約を日本に打ち出してきた。
国民は猛烈に反対して国会前では安保闘争以来の大規模な抗議デモが行われ、革新民議員の自宅には銃弾が送りつけられることもあった。この騒ぎの中では反対派の国会議員が一人不審な死を遂げて『自殺』として片付けられたことも……
だが、国民の声など聞えないのか無視しているのか、政府は諸外国の圧力に押されて問題の条約を受け入れることになった。
環太平洋法改正条約の問題点で騒がれているのが国内における銃火器の所持を可能とする物だった。
この条約締結後、最初の二、三年は特に何かあったわけではないが徐々にアメリカ、ロシア、中国などの銃器メーカーが日本へと進出してきた。世界中のあらゆる企業が景気の低迷で悩む中、銃火器メーカーも例外ではない。
元から民間人に銃火器の所持が禁止されていないところはこれ以上銃が売れる見込みはなかったが、警察、自衛隊など国防に関わる人とスポーツ、職業柄銃を持つことができない、禁止されている日本で銃の所持が解禁されたということはシェアを争う銃火器メーカーにとってはまさに朗報だった。
テレビを点ければ、スポンサーには有名銃火器企業の名前が出てきてドラマではその企業の銃が頻繁に『いい役』として登場している。
法律が変わったことで混乱も起き、国内での銃火器を使った犯罪はそれの氷山の一角にすぎなかった。
因みに国内での銃を使った犯罪率はこの法律が適用されて、二年半で法改正前より六百二十パーセント増加。やがて嫌でも国民は自衛のために銃を持たざるを得なくなった。そしてこれでさらに外国の銃火器の企業が潤うという悪循環。皮肉にすらならない最悪の状態が今の日本だった。また、同時に経済成長の為、海外からの入国条件をかつてないほど引き下げていた為、欧米、ユーロ圏、アジア、南米、中東……世界中から海外マフィアグループ、麻薬カルテルが大量に国内に入り込んだ。銃器が解禁されて不安定になった国内に新たな勢力を作ろうと企てていたわけだ。
こんな状況の原因を作った一番の現況が革新民党だが、保守勢力を嫌うマスメディアが選挙前には保守政党のネガティブキャンペーンを大々的に行い、今の政党が辛うじててではあるが、政権を維持し続けているのだ。
「悪ぃ、待ったか?」
待ち合わせ場所に到着した伊勢は先に私服姿で待っていた優太達に挨拶をかける。
「いや、こいつのメンテナンスをしていたから問題無い」そう言いながら優太が腰に取り付けたタクレットを軽く叩いた。
タクレットの中には、ツールナイフとタクティカルライトの他にP226 Combat TB及びそれの予備弾倉が収納されている。因みにタクレットとは、拳銃を携帯する為のホルスターの代わりに使うポーチのことである。
「いやー、いつみてもシグはいい銃や。俺も自衛隊の払い下げのモデルを買おうかな」と伊勢。
銃火器の所持が解禁された現在では警察や自衛隊の銃の払い下げたものも売られている。拳銃はもちろん、自動小銃もフルオート機能をつかえなくしたものなら民間人でも資格さえ持っていれば購入することが出来るのだ。
因みに自衛隊は九ミリ拳銃からベレッタに変更して、警察の装備もより強力なスプリングフィールド社のXDの40S&W弾使用のものや自衛隊、在日米軍から払い下げられた自動小銃や散弾銃が採用、配備されている。警察の火器武装の強化は国内の銃器犯罪や海外マフィアや国内暴力団同士の抗争の為、強化せざるを得ないことだった。少し前までなら警察が銃火器を更新するとなると色々騒がれたこともあったが、今ではパトカーの中に一丁は長物の銃が標準装備されている。
「それはそうと、まずどこに行く?」
優太は皆の意見を聞いた。
「カラオケに行った後、虎の穴、後は東京南部に行こうぜ、ナンブ十四年式の40SW弾使用がリメイクされたらしいし。しかもステンレスでレイル付き」と高橋。
「南部にレイルは邪道のような気もするが……」と優太が言った。
「師匠はどこがよろしいと思います?」
そう言って伊勢は迷彩柄のジャケットを着た岩崎武に意見を求める。岩崎武――伊勢は彼の執筆する小説に感動し『師匠』と呼んでいる。
師匠――岩崎武曰く、自分は前世でゾンビやミュータントと戦い、仲間を失いその後は荒廃した世界で女の子と暮らしながら傭兵家業をしていた、と自己紹介された時は伊勢は目を輝かせていた。伊勢も前世はとある山奥の村で突如発生したゾンビ等と戦っていたと言っていた。
因みに彼の話によると現在、ベレッタM92Fの見た目をM93Rにする為、よく東京南部へ赴いているそうだ。
「そうだな、とりあえずは公園にでも行ってベンチに座っているツナギを着たいい男にホイホイ……ゲフンゲフン、訂正、やっぱり東京南部に……いかないか」武はなぜかベンチに座りながら迷彩柄のジャケットのチャックを下げた。革製のホルスターに収まっている自動拳銃が現れて伊勢の目の色が変わる。
「うほっ、いいハンドガン……!」と伊勢。
「この弾を見てくれ。コイツをどう思う?」武が弾倉を取り出して9mmパラべラム弾を見せた。
「すごく、小さいです……」
武と伊勢は傍から見ればアーッな会話をしているが二人ともそっちの世界の人ではない。二人にとってはこの程度の会話なら日常茶飯事である。
因みに武の銃は伊勢の装備しているHK45と同じメーカーのH&Kのuspという自動拳銃だ。武曰く、前世ではこの銃で蜘蛛のミュータントと戦った際にタンクローリーを撃って爆殺したらしい。
電車に乗り、二駅目で降りるとしばらく歩きついた場所――ショッピングセンターのような間取りで駐車場も完備している所、ショッピングセンターであれば小さな子供からお年寄りまで幅広い年齢層で活気が溢れているが、あいにくここはそんな華やかな場所ではない。
『東京南部工業会社(株)』とでかでかと看板を掲げているのは日本で一番大きな銃火器を扱う火器販売店だ。自社製品から輸入された外国の武器までそろっている。一行にとっては聖地ともいえる。
「マスター、新しい製品置いてある?」
メンバーのうち一人がカウンターの店員に声を掛けた。特に彼が店長と言うわけではないが、話が合うことで好感を持っている。
「おお、百式機関短銃のセミオートバージョンを本社から入荷したよ。口径は八ミリ南部弾と九ミリパラべラムの二タイプだ。伸縮性のEBRタイプのストックも取り寄せてあるから取り回ししやすいよ。もっとも縮められる大きさは法律の範囲内だけどね」
「M4のストックも装着できますか?」と夏川が尋ねる。
「改造パーツがあればできないことはないね。うちのガンスミスに頼んだらやってくれると思うよ」
山田、高橋は自前の銃を店のポイントでクリーニングしてもらうために店の一角へと移動していった。
因みに、店の棚には世界中の銃火器が所狭しとガラスケース越しに陳列されている。古い物は火縄銃やパーカッション銃、戦前、戦中の拳銃やライフル銃……国内法が変わり、押収され処分されるはずだった旧日本軍の銃火器も置かれている。
値段は珍しい物や生産数が少ない物ほど高い。中でも戦中、日本軍がオランダから鹵獲したルガーP08の菊の御紋が入っている物は普通車の新車が一台買える程の値が張っている。
「せや、皆でシューティングしようや。で、負けた奴がこの後のカラオケ代持つって言うのはどうや?」と伊勢の提案に「……よろしい、ならば戦争だ」と優太が言った。
会員カードと使用料を店員に渡して銃を借りた。
「22.LRのライフルを使っていいのか?」優太がRuger Mini14 Fを手に取り一番距離の長いレーンに入りながら言った。
「あ、セコいでそれは! まぁええ、ハンデをくれてやろう……10秒後から撃つんだよな!?」
伊勢は銃をレンタルせずに自前のH&K45自動拳銃をホルスターから抜いてスライドを引いた。
「10秒!? 長すぎるだろ……まぁいい」
「よし、トリガープルを調節したからダブルタップはばっちりだ」
物部もPT99拳銃のスライドをいっぱいまで引く。
「俺の■■■■(自主規制)のマグナムが火を噴くぜ!」と武。
「見せてあげよう、ベレッタの稲妻を……」高橋。
「ステンバーイ……ステンバーイ……」優太はプローン姿勢で射撃に臨む。
「俺の後ろに立つな……」と夏川。
メンバーはそれぞれ銃を取り出す。
銃の横に弾倉を置いて、自分の得意とする射撃姿勢で待機した。
イヤマフの中のインカムから「Load !!」と言うアナウンスが聞こえた。
――チャキン、という金属が触れ合う音――スライドを引いて薬室に弾丸が送り込まれる音が響く。
開始の合図を待つ間の数秒間、静寂が訪れた。
「……Start!!」
アナウンスと共に発砲音がシューティングレンジ内に響き渡り、射撃訓練用のターゲットに風穴を開けた。
拳銃用のレーンは、25mで、ライフル用のレーンは、50mとなっている。各々、目の前のターゲットに集中してトリガーを絞り続ける。
銃声と薬莢が床に落ちる音、弾倉交換の音でシューティングレンジが満たされる。
銃は使う弾薬によって銃声が異なる。大きい口径や小さい口径、レンジの中はガンファンにとってはミュージアムでもある。
結果は二十二口径のライフルを使っていた優太の勝ちであり、ほかは似たり寄ったりの結果であった。
「これは……カラオケ代は割り勘やな……」とユージン。
東京南部を後にする一行――
「腕ん筋肉がパンパンだぜ」
――シューティングレンジにて汗を流した一行はその足で同人ショップへと向かった。
これから某マンガの×××(自主規制)の同人誌を買いに行こうとしているのが――うわ、なにをするやめっ
同人ショップで目当ての物を買い込んだ後はカラオケに行って日々のストレスを吹き飛ばす。もっともさっきシューティングで紙の的を形の残らないくらい撃ちまくった一向に、ストレスなんて残っていなかったのだが……
「この最近出たトランス調の曲が半端ないんだぜ! 今日こそは過去最高得点をたたき出してやるわ!」
そう言って伊勢はマイクに小指を立てて歌いだした。
「俺の歌を聴けェェェェェ!!」
曲の演奏が始まり伊勢は肺に空気を吸い込んで歌いだした。キィィィン、という音がスピーカーから割れて聞えて音程の表示が跳ね上がる。
「ちょ、おまっやめろぉぉぉぉ!」
「誰か止めろ! やばい! 目が……じゃなかった、耳が、耳がー!!」
「ブラックホークダウン! ブラックホークダウン!!」
「おまっ人のモノ(名曲)を……!!」
画面に歌詞と共に映し出される音程にまるで喧嘩を売っているかの如く、全く合っていない。
伊勢のジャイアニズムリサイタルが終り、武もマイクを握って曲を歌う。もちろんアニソンだ。
「腹減ったな、下に行ってなんか食いもん買ってくるわ。何か欲しいもんある?」
伊勢は全員から欲しい物を聞くと一階に降り、コンビニへと向かった。
「あー、さてと、今日は後四時間ぐらい歌って帰るか。寮の門限ギリギリやな、せやけどまだ歌い残した曲が――」伊勢がレジ袋を片手にカラオケボックスに戻ろうとした時だった。
――バパパパパンッ
突如連続した破裂音が聞こえてきた。
「!?」伊勢は制服の内側、ホルスターに収めていたHK45に手をかける。
(自動小銃……7.62mmクラス……この銃声はAKやな、結構遠い。せやけど巻き込まれる前に部屋へ戻った方が良さそうやな)
伊勢は走り出すと一気にカラオケボックスの部屋へと駈け込んだ。
伊勢がカラオケボックスのドアを開けると、部屋にいた友達にいきなり銃を突き付けられた。
「!? 待て! 俺や!」
「すまない。外でAKの発砲音がしたから念の為だ」そう言って優太が銃を降ろした。
「……近づいて来とるで。相手は複数や」と伊勢。
「何で分かるんだ?」優太がsigのセーフティーを掛けながら質問した。
「銃声に種類があったからな。カラシニコフとサブマシンガン……九ミリの連発音も聞こえた。それからショットガン……」
――プルルルルルルルルルッ
伊勢が説明していた時、部屋に備え付けてある電話がなった。
「フロントからだ」
山田がそう言って受話器を取る。まだチェックアウトまでかなり時間がある。メンバーはもしやと思いつつ互いに顔を見合わせた。
受話器からはあわてた声で――「フロントです、さっき近くの銀行に銃を持った強盗が入って、今近くを逃走しています! 警備と警察を呼びましたので絶対に部屋から出なっ――ドンッ……」
銃声が聞こえたと同時に山田は受話器を顔から反射的に話した。「もしもし? もしもし!?」山田は何度も声を掛けるがやがて諦めたように受話器を置いた。
「まずいぞ、多分強盗がここに立てこもった。どうやらフロントの係員が撃たれたみたいだ。救急車を呼んでくれ」
高橋が携帯電話で救急車を呼んでいる最中に一階から銃声が聞こえ、物が割れる音が聞えた。同時に女性の悲鳴も聞こえる。
「お、おい……」
「やべぇな」
「どうする? 逃げた方がよくないか?」
「取り敢えず、偵察だな」
「て、偵察ったって向こうがどこに何人いるのか分からないし危険だ」
「だけど、この部屋にいたらいずれ奴らに見つかる! とにかく隠れることが出来る場所に移動しよう」
「隠れる場所ってそんなんどこにあるんや?」
その時、高橋が――「廊下に間取りを書いた案内板がある。一番目立たなそうなのは……ここだ、最上階の立ち入り禁止部分。おそらく倉庫として使っているんだと思う。エレベーターはマズイ。階段を使うぞ」
「銃は……どうする?」
「見つかったら奪われたり、最悪殺されたりするかもしれないぞ。鞄に隠してゆっくり上に移動しよう」
「すぐに取り出せるようしておけ」
そう言って、部屋のドアをそっと開け点検鏡でドアの向こう側を窺った。
強盗グループが銃を乱射した際に電気系統の配電盤が被弾したせいか電気が消えている。通路が暗い為、奥の方は良く見えない。
ただしこれは向こうも同じことが言える。向こうが暗視装置なんて物を持っていなければの話だが……
一行は階段へ向かって進み始めた。