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鶴亀ヘルズプレリュード(下)

※前回のあらすじ!

親友の深雪に誘われてカラオケに来ちゃった小雪ちゃん。

しかし一曲歌う間もなく、フロアに響くは銃声賛歌!

とりあえず体勢を整えて立ち向かった深雪、一方小雪のSAN値はゼロ突破!

発狂の末に深雪に発砲してしまった小雪だが、何とか正気を取り戻し、脱出へむけて2人はファイト再開。

はたして深雪は乱立しちゃった死亡フラグをブレイクすることができるのか!

そして小雪はカマトトヒロインの汚名から脱却することができるのか!

二人の(序章)最後の戦いが、今、幕を開けた!

 富瀬清三。今回の銀行強盗計画の絵を描いたリーダー格である。

 普段はあまり声を荒らげる事のない富瀬だが、それはあくまで部下の手前であるからであり、本当は力ずくで問題を乗り越えんとする根っからの暴力派である。

 その富瀬がここまで苛立ったのは一体いつぶりだったろう。強盗に失敗し、高飛びの計画もついえた上、手下はどいつもこいつも使い物にならないクズばかり、おまけにどこの誰とも知らない女子高生に罵詈雑言を吐かれ今に至るのだ。

 左手が手榴弾に手をかけていた。勿論、数には限りがあるし、今は警察の手前でもある。下手な行動は止めるべきだと思っていたが、それにしても我慢の限界というものがある。

 いくらカウンターの向こうに隠れていようと、放物線上に飛来する手榴弾までは防げまい。それに、あの生意気な口を原型から木っ端みじんにふっ飛ばさないと気が済まなかった。

 ──一発なら、一発くらいなら無駄遣いしたって構わねえだろう。どうせ、正面にはシャッターが下りて、誰も入ってこれないんだ!

 頂点に達した憤怒の念がベルトから手榴弾を取り、ピンを抜かせようとした、その時。

 突如、カウンターの上に人影が現れた! 富瀬の手が手榴弾から小銃の引き金に戻り、怒りを込めてトリガーを引ききった。

 吐きだされた鉛玉が服を貫き、壁にも銃痕を遺していく。

 ──いや、待て! なんだありゃ、ただの案山子じゃねえか!

 気づいた時には遅かった。もう、弾倉の中に弾丸は残っていない。ただでさえ緊迫した展開で、ああも罵声を浴びせられ、すっかり正常な判断力を失っていたのだ。

 リロード、という概念が頭をよぎりかけたその瞬間、カウンターの上(案山子が出た方は正反対の端っこ)から、何かが跳んだ。

 富瀬が見たのは、シャツ、スカート、長い髪、それら全てをなびかせながら美しく跳ぶ少女。

「──はぁッ!」

 鶴丸深雪はそのなけなしの全体重をこめ、突き出した右足で富瀬をけりとばした。

 普段からB.Q.G.のトレーニングで鍛えた自己表現の追求の副産物、それが深雪十八番とも言える、華麗な足技である。

 いくら屈強な男が相手でも、例えこちらが華奢な女でも、全体重を武器にすれば一定の威力は生み出せるのだ。

 ──始めましょうか、クソッタレダンスパーティ。B級ガールの冒険は、今、幕を開けました。

「ハロー、妖怪デコヤクザ。ごきげんよう」

 着地と同時に体勢を崩す欠点は未だ克服しきれていないが、片腕でもフリーなら問題ない。

 銃を力ずくで蹴り落とされ少なからずダメージを負った富瀬の顔面めがけて、銃を突きだす深雪。距離にして2mも離れていない。

 ──言ったでしょ、死ぬのはあんただって。

 トリガーを引く事に躊躇などない。例えこれで奴が死んでも、たぶん呵責なんてないだろう。

 もしかしたら過剰防衛で逮捕されるかもしれないけど、もしかしたら小雪から絶交を言い渡されるかもしれないけど、「仕方なかった」で割り切る自信があった。

 所詮は罪も罰も抑止力でしかない。いざという時には何のストッパーにもならないということを、深雪はよく分かっていた。

 ──社会規則など有名無実。倫理道徳なんて綺麗事。全人生正当防衛宣言。

 ──自分を守ることも許されない世界ならば、友人を守ることも許されない世界ならば、そんな世界で生きたくありません。

 ──悪者を殺すことが悪だと蔑まれるならば、友人を守って殺人罪に問われるならば、それはそれで結構です。

 ──生きたいんです。だから殺します。でも、それって悪いことですか?

 ──それが鶴丸深雪って人間なんです。わかってください、全人類。

 深雪の愛銃が火を噴き、乾いた銃声が部屋に木霊した。

 起死回生のカウンターパンチに富瀬はしばし目を丸くしていたが、

「……この餓鬼ぁ!」

 一拍挟んで我に帰ると、深雪の顔を殴りつけた。

「ぃぎゃっ」

 もろに食らった深雪が横に転がる。

 ──普通、この展開であの距離から外す!? あたしってばマジノーコンなんだから!

 実を言えば、自衛の象徴として銃を常に携えており、人を撃つことに何の躊躇いもない深雪だが、肝心の腕前はご覧の通りまるで駄目なのである。

 いくら蹴り技の反動により不安定な姿勢で即座に撃たざるを得なかったからとは言え、2m先の的にも当てられないようでは情けない。

「死ねぇッ」

 仰向けに倒れた深雪めがけて富瀬が脚を振りあげる。踏み潰す気だ!

「くっ」

 即座に床の上を転がりスタンプを回避する深雪。あれを喰らったら今度こそ再起不能だ、と武者震い。

「……乱暴ね。女の抱き方も知らないのかしら?」

「あぁ!?」

「オーケイ、特別にレッスンしてあげる。しっかりエスコートしてよね」

 口の中に広がる鉄の味を噛みしめながら立ちあがると、深雪は一歩踏み込んだ。同時に富瀬が落としたアサルトライフルを拾おうとする。

 瞬間、放たれた深雪の回し蹴り。富瀬の手の進路を深雪の左膝が牽制し、富瀬は手を引っ込める。 

 しかし残念、それはフェイク。回転の勢いを殺すことなく、深雪は振りあげた左足を地に着けると、今度は右足を高々と振りあげた。我流二段回し蹴り、狙うは勿論相手の頭部。

「せやぁッ」

 深雪の右足が過たず富瀬の頭を捕える。銃の腕とは裏腹に蹴りの狙いは百発百中。──流石はあたしの体、分かってるじゃん。

「うぐあぁッ!」

 強烈な蹴りを受け、今度は悲鳴を上げた富瀬が床を転がる。その隙に、深雪は富瀬の銃を蹴り、フロアの隅に追いやった。

 しかし富瀬の戦意もまだまだ潰えない。腰のホルスターから拳銃を抜くと、床に倒れたまま深雪の頭に銃口を向けた。──ド頭、かち割ったらぁッ! 

 対して深雪、いくら運動神経に自信があるからとは言え、まさか弾丸を避けるほど化け物じみた技は持ち合せていない。しかし、銃口ごと避けるなら話は別!

「甘いッ」

 最初の二連射をスウェイで回避。小雪に撃たれた際も、これで何とか難を逃れたのだ。俊敏性こそ踊り子の真骨頂!

 続いて身を起こしながら富瀬が銃を乱射する。狙いを定めず、数撃てば一発くらいは当たると踏んだのだろう。

 対抗して深雪も銃を構え────たりはしない。自分だって精密射撃は苦手だ。こういう場面では苦手な事より得意な事をするに限る。

 直立姿勢からの前転受身、一気に相手との距離を詰める。どんな下手くそだって相手と密着すれば当てられるのだ。無論、それは相手も同条件、接近するほどリスクは高まる。故に単調接近などという芸のない真似はできない。

 前転すれば姿勢は一瞬で小さくなり、かつ頭の位置はめまぐるしく変化する。これを初見で対処しろと言うのは、素人の富瀬には無理難題であろう。

 鮮やかな動きで富瀬の目を惑わし、深雪は一気に距離を詰める。掠った弾がシャツを切り裂き、白いわき腹が少し顔を出した。

 一気に距離を詰めた深雪は、そのまま手に持った銃で再び富瀬の頭部を狙い、迷わず二発発砲した。一発目はフロア奥の観葉植物の枝をへし折り、二発目は富瀬の右手の甲にヒット。防弾装備をしていたとは言え、ノーダメージとはいくまい。

「こいつ! ぶっ殺す!」

 怨念と執念に満ちた凄まじい形相で富瀬が悶絶している隙に、深雪は立ちあがり標準姿勢に戻った。

 今がチャンス! と深雪、テンポを崩さず、一歩踏み込んで腰を捻りながら強烈な回し蹴りを繰り出す。

「くそがっ!」

 しかし、やや踏み込みが甘かったのか、蹴りは富瀬の肋骨に当たり、かつそれも受け止められてしまう。間髪いれず、深雪最大の武器である左足が、富瀬にしっかり拘束されてしまった。

 ──なるほど、この姿勢はパンツが丸見えで精神衛生上よろしくないわね。

 そんな場違いな事を考えながらも、深雪の進撃はまだ緩まない。その姿勢から銃を携えた左腕を正面に回し、

「ゲームセットよ」

 狙いにくい頭はやめ、胸に銃を突きつけた。距離にして20cm。これなら絶対に外さない。

 間髪いれず、深雪の拳銃が火を噴き、富瀬のシャツに銃痕の穴が開いた。

 ──だけ?

 見れば、富瀬の顔に残忍な笑みが浮かぶ。気づけば、自分の顔が曇っていた。

 ──それだけ? なんで? なんで死なないのよ、なんでこいつは生きているんだ!

 さほどミリタリー知識のない深雪にとって、防弾チョッキという単語は海馬の隅に眠る古語の1つであった。または天狗や河童と肩を並べる想像上の生き物と化していたのかもしれない。

 だから、今の今まで見抜けなかった。胴を撃っても、防弾チョッキを着込んだこの富瀬には致命傷を与えられないことを。

 慌てて頭に銃口を向けようとするも、その前に富瀬の左腕が深雪の鳩尾を捕えた。与えられた衝撃が体内で爆ぜ、一瞬暗転する意識。激痛に左手が拳銃を落とす。

「がっ、がはっ、げぐぉほっ」

 意気込む深雪に、容赦なく撃ちこまれる富瀬の追撃。意識が揺らいでいくなどという生易しい物ではない、呼気もまともに吸えず、今にもおかしくなりそうだ。

 いくら蹴り技を会得していても、いくらアクロバットなステップを会得していても、体力が全く戦闘に追い付いていないのだ。

 ガラスの戦士、割れ物注意。パーフェクトアライブ、オア、ダイ。0か1かの貧弱戦士に、もうあがく力は残されていなかった。

 途端、富瀬は深雪の左脚を突き離した。バランスを崩し、深雪の肢体が吸い込まれるように床へ崩れる。

 床に打ちつけられた深雪の肢体は、だらしなく大の字を描いていた。打たれ弱い体が悲鳴を上げている。

 ──駄目だ、もう立てない。

 最後の力を振り絞って顎を引くと同時に、富瀬がマウントポジションを取った。その手にはサバイバルナイフ、目には異常な輝きを秘めている。

「殺す! てめえだけはぶっ殺す!」

 富瀬は梶岡ほど馬鹿ではなかった。ただ、深雪を殺すことしか考えていなかった。

 顔面をえぐらんと振り下ろされたナイフ。深雪は全身全霊の力で富瀬の両手首を掴んだ。

「死ね! 死ねぇぇッ!」

 深雪の抵抗をあざ笑うかのように、富瀬はナイフを握る手に力を込める。顔と切っ先の距離はもう5cmもなく、しかも刻一刻と迫ってくる。

 その毒牙を止める手段は、もう深雪には遺されていなかった。

 ──無様なもんだな、姉ちゃん。

 落とした銃がせせら笑う。

 ──ゲームオーバーだ。年貢の納め時って奴だぜ。

 その嘲笑は富瀬のナイフと共鳴し、深雪の心に影を落としていく。

 ──小雪、逃げられたかしら。

 ナイフとの距離はもう3cmに迫っているというのに、深雪の心はもう既に此処から場所を移そうとしていた。そう、親友、亀沢小雪の元へだ。

 ──ごめんね、小雪。あたし、もう、一緒にいてあげられそうもないわ。

 失われていく。自分の全てが。そのナイフの距離が迫る度に、少しずつ自分の中から何かが流出していく。そんな気がした。

 深雪の瞼が閉じる。瞼の裏に映った小雪の笑顔が、走馬灯の如く遠ざかって行く。

 ──だから、あたしの分まで生きてくれたら、嬉しいかな。いい女になってよね、小雪。約束よ……

「深雪ちゃん!」

 その声に、浮足立った深雪の精神は首根っこを掴まれ、元の体に押し込められた。想像や幻想が産んだ物ではない、現実の小雪の声そのものだ!

 見ると、非常ベルのすぐ横、小雪はそこにいた。その手に握られていたのは、消火用の放水ホース。

 2人の視線が交わった瞬間、ホースより凄まじい水圧の水が吹き出し、大蛇の如く富瀬に襲いかかった。

「ぐああぁッ」

 不意に放水のカウンターパンチを受けた富瀬がひるんだ。

 富瀬が犯したミスは3つ。1つ目は交戦中、深雪に集中しすぎてカウンターより外に出てきた小雪に全く気付いていなかった事。これは言うまでもない。

 2つ目は突入時に非常ベルを破壊してしまった事。放水ホースは非常ベルのボタンを押せば起動する。つまり、起動時はけたたましいベルの音が鳴るはずなのだ。しかしそのベルは部下、梶岡が破壊してしまった。もしベルがまだ起動していれば、小雪がホースを持ちだす際、それに気づく事ができたのである。

 そして3つ目、緩めてしまった。深雪を刺そうと渾身の力を込めていた腕を、その制裁の魔手を緩めてしまったのだ!

「最ッ、高ッ」

 深雪の反応は迅速であった。富瀬の両腕を振り払うと、仕返しとばかりにその両目に親指を突き刺した。

「ぎいああぁぁッ」

 富瀬が目を抑え、床をのたうちまわる。深雪は何とか身を起こした。

 とたんに体が悲鳴を上げる。骨がきしみ、肉がうめく。オーバーユースのガラクタボディは今にも引きちぎれてしまいそうだ。

 だが、命が引きちぎれるよりはいくらかマシというもの。鉛のように重くなってしまった体に鞭を打ち、

「チェックメイト!」

 富瀬の頭部に渾身の下段蹴りを打ちこんだ。

 つま先が顎をえぐり、そのまま振り抜かれた深雪の左足は、富瀬の後頭部を床に激突させ、長い戦いにフィナーレを与えた。

「レッスンしてあげようと思ったけど、やっぱ破門ね。刑務所で男でも抱いてれば?」

 大の字に倒れた富瀬を見下して、深雪は吐き捨てた。

 終わった、そう脳裏が唱え得た途端、脚が悲鳴を上げた。刹那の内に片膝が床につく。

「深雪ちゃん!」

 小雪が駆けよってくるのが、とてもゆっくりに見えた。まるで時間そのものが進む事を怠っているかのように。

「深雪ちゃん、しっかりして!」

「……へへ、小雪、ナイス、アシスト……」

 水浸しになった髪をかきわけながら、体内でうごめく痛みに抗い、深雪はどうにかあの笑みを浮かべようと力を振り絞っていた。

 ──水も滴るいい女って言うしね。たまには濡れるのも悪くないわ。

「深雪ちゃん、立てる?」

「ええ、何とか、ね」

 小雪の肩を借り、何とか深雪が立ち上がる。交差する2人の視線に、両者とも自然に笑みがこぼれる。

「驚いたわ。まだ、逃げて、なかったのね」

「言ったじゃない。一緒に脱出しようねって」

 深雪が小雪を見つめ、小雪が深雪に頷く。

「……今日のMVP、あんたに譲るわ」

 深雪が静かに笑った。

 その時、

「ちっきしょおおがあああぁッ!」

 廊下の奥の方から声がした。梶岡だ!

「続きはどっかの喫茶店で、ってことで」

「うん、深雪ちゃん、こっち!」

 小雪が深雪の手を引いて事務室へと駆けこむ。アサルトライフルの音が背後より2人の髪をかきわけていった。

 今の深雪にはもう、誰かを相手にするだけの余力は残っていない。小雪だって、正面から堂々と人と戦うことなんて出来ない。逃げるが勝ちだ。

 薄暗いスタッフ用の通路を駆け抜ける2人。壁や床に次々と銃痕が開いて行くが、振り返るだけの余裕はない。

 ──大丈夫、きっと助かる!

 小雪の目には、確固たる自信があった。最初に銃声を聞いた時から失われていた自信を、すっかり彼女は取り戻していた。深雪が取り返してくれたのだ。

 ──だって、もう深雪ちゃんと一緒だから!

「待ちやがれ! ぶっ殺してやる!」

 梶岡の放った弾幕が罵詈雑言と共に2人へ襲いかかる。被弾する前に、何とか2人は事務室へ駆けこんだ。対角線上に見えるスタッフよう出口。アルミで出来た無造作な扉が、今の2人には輝いて見えたに違いない。

 ──まったく、いつの間にこんないい女になっていたのやら。

 自分の手を引く小雪の堂々とした姿に、深雪は人知れずため息をついた。

 ──この様子じゃ、あたしが追い抜かされるのも時間の問題かもね。

 背後まで人の駆ける音が近づいてきている。こんな所で立ち止まっていられない。栄光の退路はすぐそこだ!

「このクソ餓鬼がぁッ!」

 その罵声が届いた瞬間、深雪が声をあげた。ずぶ濡れになったシャツの右肩付近が徐々に赤くにじみ出す。ドアを貫通した銃弾が深雪に牙を向いたのだ。

「深雪ちゃん!」

「へ、平気よ! ただの掠り傷!」

 苦痛に満ちた表情で深雪が強がる。こんな所で足手まといなんて金輪際御免被りたい!

「兎に角、外へ!」

 小雪と深雪は再び走りだした。

 今ならどこまでも行けそうな気がする。

 そうさ、2人一緒ならどこまでも!

 鶴亀コンビ、大快進!


 ……数秒遅れて部屋に飛び込んできた梶岡が見たのは、スタッフ用出入り口より外に飛び出した2人の背中であった。

「クソがっ、クソ野郎がぁぁッ!」

 悔し紛れに放った銃弾が、壁を不規則にえぐる。弾倉に入っていた最後の銃弾は、小雪が閉めたドアの蝶つがいに命中し、歪んだドアは開閉機能の喪失に伴い、壁の一部と化したのであった……。


「生きてる?」

「生きてる」

「2人とも?」

「2人とも」

 数十分ぶりに見るはずの青空が、いやに懐かしい物に感じられた。外の空気ってこんなに澄んだ物だったんだ、と小雪、空を見上げる。

 そんな2人のもとへ、警官隊の一部が速やかに駆けよってきた。

「君たちは、中から逃げてきたのかい!?」

「はい。でも、まだ大勢の人が残されていると思います。私たちは犯人を4人ほど見ましたが、あの人達の話からすると、もっといるみたいです」

 小雪が速やかに状況を説明する。流石は放送部、洗練された要約術と話術である。

 しかし、ようやく緊張と戦慄の地獄から解き放たれた事で精神的な支えを失ったのだろう、深雪が地に崩れた。

「深雪ちゃん!」

 もう、深雪に意識はなかった。さっき見た時よりも、背中の血痕が広範囲に滲み渡っているのが分かった。

「おい、怪我人だ! こりゃ酷いぞ!」

「担架を早く!」

 警官隊の合間を縫って救急隊が駆け付ける。

「深雪ちゃん! そんな、……深雪ちゃん!」

 小雪が必死に名を呼ぶも、深雪は一向に応じない。

 ──そんな、こんな事ってないよ。折角脱出できたのに。折角、2人で生きて帰れたのに!

 意識を失い、地に伏せた深雪の口元は、どこかあの優しい頬笑みを浮かべているようにも見えた。

「深雪ちゃん!」




 翌日、市立中央病院。B棟5階の談話室にて。

「よう伊勢。お前、検査どうだった?」

「おう、優太か。そらお前、俺を誰やとおもとんねん。オールグリーンに決まっとるやろ」

「本当か? 頭の検査、もう一回受けた方が良いんじゃねえか?」

 その言葉に伊勢憂臣を除く6人の男子が笑う。皆があの明国院高校の生徒であり、かつ例の強盗事件の生還者である。とは言え、事件で負傷した者はほとんどおらず、検査入院を勧められただけにすぎないのだが。

「それよりお前、俺のライター、どう落とし前つけてくれるんや」

「おいおい、終わった事をいちいち振り返るのはよせよ。みっともねえぜ」

「せやけど優太、お前俺がどんなにアレを気にいってたか分かっとんのか? 毎晩、枕の下に入れて寝てたんやで?」

「なるほど、もし学生寮で火事が起きたらお前の枕元が怪しいってことだな」

 再び一斉に大笑い。

 笑っていたメンバーの1人、物部良治は何気なく談話室の外を見ていたが、

「あれ?」

「ん? どうした?」

「あの人、確か……」

 そう言われて外を見る一行。外を歩いているのは、小柄な女子であった。雰囲気からして、入院中というより見舞客のようだ。

 その時、その子はこちらに気づく。視線が合った瞬間、気まずさから山田勝義など一部が目をそらす。

 ところがその女子、目をそらすかと思いきや、なんとこちらに来るではないか。

「おい物部、まさかお前、彼女とかじゃあらへんよな!?」

 憂臣が絶叫し、

「バッ、なんでそうなんだよ! クラスメートだよ、クラスメート! 放送部の亀沢さんって言えば有名だろうが!」

 良治が叫ぶ。そうしている内に、

「あの、物部君、だよね。クラス、一緒の」

 と、亀沢小雪は談話室の中に半歩、足を踏み入れた。

「あ、ああ。えっと、亀沢さん、だよな」

「うん。あの、盛り上がってる所申し訳ないんだけど、ちょっといい?」

 “ちょっと”どころではない。三次元の女子と会話が成立しているというだけで、良治としては、他の面子から降り注ぐ視線が重々しく感じるのであった。

「おう、どうしたんだよ、一体」

「あのさ、この辺に523号室ってない? さっきから探しているんだけど、520号室までしかなくて」

「523号室? でも、520って本当に端っこだぜ?」

 その520号室で一夜を過ごしたのが彼ら(の半数)である。

「うん、でも、確かC棟の523号室って──」

「亀沢さん。ここ、B棟だぜ」

 その言葉に、小雪の顔がほんのり赤くなる。高校生にもなってこんな間違いするなんて!

「あはは、なんかおかしいと思ったら、やっぱりそういうことだったんだ。ありがとう」

「いやいや、いいって事よ。亀沢さん、誰かの御見舞い?」

「うん、友達の。あ、物部君には深雪ちゃんって言えば分かるかな」

 ──深雪、はて。聞いたことねえな。

 やはり異性の、しかもあまり興味のない人物の名前というのは、有名人でもない限り中々覚えられない物なのである。

「ごめん、クラス変わったばっかだから、まだちょっと……」

「ああ、そっか。ところで、えっと、友達?」

「おうよ」

 と話に割って入った夏川四季。

「まあ、ちょっと昨日、カラオケ屋でひと暴れしちまってね」

「カラオケ屋? まさか、強盗事件の?」

「おうよ。ま、俺らの手にかかればあんな奴ら、5分でスクラップだったぜ」

 よく言うぜ、と岩崎武は苦笑した。──お前、昨日どんだけ苦戦したのかもう忘れたのか!

「えっ、じゃあ、みんな怪我して!?」

「いやいや、ただの検査入院だから、ノープログラムだぜ」

 ノープロブレムの誤りだろう、と言わない優しさは高校生ともなれば標準装備だ。

「そっか、良かった。じゃ、私、もう行きますね」

 と、小雪は手を振って、談話室を出ていった。その影が見えなくなるや否や、

「もーののーべくーん」

 と四季、良治の肩を抱く。

「うぉっ、なんだよ、急に」

「水くせえな、俺とお前の仲じゃんか。だから、何とかして亀沢さんのメアドゲットしてきて」

「はぁ!?」

 その向こうでは、

「やめといた方がいいぞ。三次元の女なんてどうせ面倒事しか起こさねえんだ」

 と武が呟き、

「その通りであります、師匠」

 と憂臣が相槌を打つ。

 その両極端な陣営に、

「やっぱこいつら最高だわ! 最高に面白ぇ!」

 と高橋俊は大笑いし、勝義や優太はため息をつくのであった。


「やっと見つけた」

 鶴丸と書かれたプレートを見て、小雪は嬉しそうな笑みを浮かべた。

「あの、失礼します」

 恐る恐る中に入る。その病室は2人部屋であったが、片方のベッドは空っぽで、もう片方には

「ん? あ、小雪。来てくれたんだ」

 雑誌の山に顎をついていて気だるそうな顔をしていた深雪が、おもむろに顔を上げた。

「うん。深雪ちゃん、怪我の方、どう?」

「だから言ったでしょ、大したことないって。ただの掠り傷よ、ちょっと痛むけどね」

 と深雪は右腕を振ってみせた。

「効き腕と逆の方をやられたから、まあ、何とかなるかな。明日には退院できるらしいけど、医者からは一週間くらい運動はやめろって言われたわ」

 そう少しつまらなそうな顔で呟いたが、その後、周りに誰もいない事を確かめた上で

「ま、誰が何て言ったってあたしは踊るけどね」

 とウィンク。

「もう、深雪ちゃんったら」

 小雪は顔をしかめたが、すぐ

「でも良かった。何ともなさそうで」

「そりゃあね。鶴は千年、亀万年、こんな所で死んでたまるもんですか」

 深雪は笑い飛ばした。

「……でも、小雪、あんたが助けてくれなかったら、今頃あたし、御葬式の真っ最中だったのよね」

「そんな。私だって、深雪ちゃんが──」

「ね、小雪」

 小雪の言葉を遮って深雪が語りだす。

「もしあたしが死んだら、小雪、葬式に来てくれる?」

「えぇッ!? そ、そんな、いきなり変なこと言わないでよ」

「んー? いや、小雪だったら香典いくらくれるかなぁって」

「やめてったら。いくら冗談だって、そんな……」

 ぼそぼそと下を向く小雪を見て、深雪は笑った。

「相変わらず品行方正なのね。ま、あたしもこんな適当だし、丁度いっか」

 深雪は後頭部で腕を組み、リラックスしながらベッドに横たわった。

「やっぱりさ、あたしたち、良いコンビだよね」

「え? あ、うん。私もそう思う」

 今回ほど重大な危機を乗り越えたのはこれが初めてだが、乗り越えた事で得られた物は確かにあった。

「ねえ、小雪。あんた、いつまであたしについてきてくれる?」

「深雪ちゃんが『信じて』って言ってくれるまで」

「本当に? そう言ってあたしに付いてってカラオケ屋に着いちゃったの忘れたの?」

「ううん、でも、深雪ちゃんに付いて行って脱出できたことも覚えてる」

 やっぱりあの時から、深雪を見る小雪の目は変わった。深雪にはそう思えたのだった。芯まで見通すような瞳が、逆に自分の中にある弱さを見通してくるようで、思わず目をそむけたくなる。それくらい強い目だった。

 昔の小雪は、今よりずっと弱かった。だから親しくなってからという物、深雪は事あるごとに小雪を守ろうとしたし、小雪はそんな深雪を頼ってくれた。

 でも、本当に頼る側だったのは自分の方だったのではないか、今になって深雪はそう気づいた。

 誰にも捕らわれず、何にも縛られない。媚びず、頼らず、常に強く気高く誇らしくあれ。それが彼女の美学であった。

 でも、実際はそんなの無茶難題で、「向こうから頼ってくるのよ」と言い訳しながら、本当は自分が小雪を精神的に頼っていたのではないか、そう思えたのだ。

 だからこそ、今回の一件で命の危機に小雪を巻き込んでしまったのは、深雪にとって非常に重大な問題だった。小雪が自分を頼ってくれなかったら、自分も小雪を頼れない。そしたら何を支えに美学に打ちこめば良いのか。そんなの想像もできない。

 しかし、事件からは生還した。だが、小雪は一回り成長した。もう少し成長したら、今度こそ自分は必要とされなくなるだろう。小雪は真面目だから、いつかは完全に自立する日が来る。その日が、今の深雪には何より怖かった。

 でもまだ、その日はしばらく来そうにない。願わくばこのまま来ないでいてほしい、そう願う事はただの偽善だと人は笑うのだろう。

「……ありがとう。ごめんね、変な事件に巻き込んじゃって」

「ううん。私こそ、足、引っ張っちゃったよね」

 二人の間に流れた気まずい沈黙。不意に深雪が手を打った。

「よし、この話はもうここでおしまい。湿っぽい話は嫌いなのよ」

「うん、そうだね。あ、御見舞にクッキー買ってきたんだけど、食べる?」

「お、サンキュー。分かってるじゃん。病院食ってあまり美味しくないのよね」

 深雪の顔がパッと明るくなる。甘い物が大好きなのは年頃の女子の共通事項。最早世界の共通規則と言っても良いだろう。

「ほんとね、病院ってつまらない所なのよ。ケータイは使えない、雑誌は面白くない、テレビは高い、煙草は吸えない。もう、ここは病院って名の監獄よ」

「そこまで言わなくても……、あ、でも、暇だって言うなら、えーと──」

 と小雪、バッグの中を探り始める。

「ん? なんか面白いの持ってきてくれた?」

「うん、これ」

 小雪の手に乗った差し入れを見て、

「えっ、う、嘘、……マジ?」

 深雪の顔が曇る。英文法Ⅱと書かれたその冊子は、深雪にとって天敵その物だ。

「時間が余って暇なら、一緒に予習でもどうかなって」

「あ、あー、その、ちょっと、生理痛が……」

「往生際が悪いよ、深雪ちゃん。さ、クッキーが残ってるうちに片づけちゃお」

「でもさ、ほら、頼まなかった? あの時、英文法の予習代行よろしくって」

「やるとは言ってないよ」

「小雪、さてはあんた、恩を仇で返すつもりね!」

「違うよ、私は深雪ちゃんの為を思ってこそ心を鬼にして──」

「そんなティーちゃんの説教文句のテンプレート、こんなカビ臭い病院でまで聞きたくないわ!」

 と、こうして今日もまた、価値観の摩擦による第N次鶴亀紛争は幕を開けるのであった──

 読了ありがとうございました。今パートを担当しました兎です。

 上中下とお付き合いいただき、感謝感激雨あられです。はい。

 序章からいきなり両極端な路線を走り始めた2人ですが、他のキャラと交流するうちに少しはマイルドになってくれるだろう、と信じています。

 ではボクの方からはこれくらいにして、最後に恒例のキャラ設定を乗せてこのパートを終了したいと思います。

 それでは、また機会があればお会いしましょう。お付き合いいただきありがとうございました。



※※トリガーハッピーグループ恒例、キャラ紹介の時間※※


 ──そうだ、信じるんだ。大丈夫、深雪ちゃんなら、きっと大丈夫。

 ──だって、深雪ちゃんが『信じて』って言ってくれたから。だから、今度こそ最後まで信じきるんだ。


亀沢小雪

【身長】152cm

【体重】48kg

【部活】放送部

【趣味】映画鑑賞(ハートフル物が好き)

【得意とする物】国語、読書、校内放送やスピーチ、機械の操作

【苦手とする物】判断力や瞬発力が試される場面

【女子力】性的な話になるとすぐに赤面する程度の女子力

【人物像】

放送部の亀さん。深雪の親友。右利き。

おっとりとした親しみやすい人柄で、少し内気な苦労人。

唯一の女子放送部員という事もあり、校内でも声と名前だけは知名度が高い。

銃に対する予備知識はほぼ皆無で、撃つこと自体を忌避している節がある。

その癖、放水ホースの狙いだけはやたら的確だった、やればできる子。

現在、カマトトヒロイン疑惑が漂っており、今後はいかにこれをぬぐい去るかに全てがかかっている。




 ──生きたいんです。だから殺します。でも、それって悪いことですか?

 ──それが鶴丸深雪って人間なんです。わかってください、全人類。


鶴丸深雪

【身長】166cm

【体重】58kg

【部活】B.Q.G.(学校非公認ストリートダンス同好会)

【趣味】ストリートダンス

【得意とする物】メールの早打ち、ストリートダンス、蹴り技

【苦手とする物】精密射撃、禁煙、学校の授業全般

【女子力】私服で外出する時は、多少バスや電車に遅れてもいいから身だしなみを整えきる程度の女子力

【人物像】

B.Q.G.のカリスマ。小雪の親友。左利き。

自己主張の激しい性格で、独自の美学を貫く孤高の頑固者。

「自分の生き様を見せつける」というコンセプトの元、日々ストイックにダンスに打ちこんでいる。

規則には疎く、自衛精神の権化である銃を校内に持ち込む困ったちゃんでもある。

ステップとキックは一流だが、うたれ強さと射撃の腕に問題がある。

現在、サイコヒロイン疑惑が漂っており、今後はいかにこれをへし折るかに全てがかかっている。


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