作戦、反撃、フラッシュオーバー
罵声と銃声、恐怖とも感じ取れる不吉な音が徐々に一行が身を潜めた部屋に近づいてくる。
一行は顔から血の気が引いていたが絶対に死ぬまいと意志を持ち、弾数が半分ほどに減った拳銃を構えて最期まで戦う覚悟を決めていた。
「出て来い、クソガキゴラァ!!」
山本とマシンガン野郎が銃を乱射しながら包み隠さず、ストレートに『投降しなさい』と怒鳴り散らしている。
「ざけんな、出ていったら絶対リンチして殺すだろ」と武。
「どっちにしてもやばいよ!」山田の顔も青くなる。
「おい高橋、お前、映画好きだっただろ!? こういう時、主人公はどうしている? ご都合主義で、オーバーキルの武器で武装した味方がかっこよく飛び込んでくるか?」夏川が何か解決策はないかといろいろ思案している。
「最近でた映画の予告だと、そう言う展開もあった、でも俺はそう言うのは肌に合わないからあんまり見ない。だけどリーサルウェッポンとかなら、その場にある武器になりそうなモノ――ここだと日用品を組み合わせて使えそうな武器を作ってたはずだ」と高橋。
「わかった! 皆で使えそうな物はないか調べてくれ! 消火器なんかでもいい!!」武がメンバーに指示。
「消火器か、煙幕を張ることが出来れば、こちらに反撃の時間が稼げる! 奴らの仲間が増える前に役に立ちそうなものを探すんだ!」伊勢を見張りに立てて、優太も周りの資材やらをひっくり返しながら使えそうな物を探す。
因みに一行の立てこもっているこの部屋は、ルームサービスの材料――冷凍食品やら酒類などが収納されている部屋だ。所狭しと陳列されたアルファベット、中国語、ハングル文字の印刷された海外の安い食料品のダンボールが置かれているだけで消火器はなかったが……優太が部屋の中を見回してある物を見つけた。
「おい、これ使えるんじゃないか?」優太が指を指した先には、『Made in Rzeczpospolita Polska』とプリントがされた木箱が積み重ねられていた。
「なにコレ?」と高橋。
「……酒なのか?」夏川もまじまじと箱を見つめる。
「多分そうだと思うが……」優太が箱を調べながら言った。
「どうでも良いから、早くしてくれ! アイツら、すぐ近くまで来ているんだ!!」武がUSP拳銃を構えつつ状況打破の為急かす。
「了解! すぐに準備する!」優太はそう言って手にしたEOD部隊向けのナイフで木箱の蓋を頑丈に固定している釘を抜くと……中には透明なガラス瓶に緑色の文字で『スピリタス』と書かれた銘柄の酒があった。
「は? 何だこれ?」優太の手にしたスピリタスの緑のボトル……そこには、『95% alc./vol.』と書かれていた。
つまり一般的な燃料用アルコールとほぼ同等かそれ以上のアルコール度数となっている。一般の発泡酒のアルコールが5パーセントから10パーセント以下なのに対して、このスピリタスが高アルコールなのは言うまでもなくわかる。恐らく、客にそのままストレートに出すことなんかせずに、カラオケのメニューのカクテルかなんかに使うのだろう。
「……いけるぞ!」と優太が意気込む。
「なんだ? いい方法でも思いついたのか?」物部が尋ねる。
「ああ、奴らをフラッペにしてやるんだ!」と優太。
「伊勢、手伝ってくれ!」優太と伊勢がスピリタスの瓶を手にとりフタを開ける。
蓋を開けた瞬間、ムッっとしたアルコールの匂いと、頭がクラッとする感覚が襲って二人は咽せた。
「俺、こんなん二十歳になっても飲める気がせんわ」次々とスピリタスの蓋を開けながら伊勢が呟く。
「よし、用意はできた! あとは……ライター、誰かをライターを持っていないか?」と優太。一行は高校生なこともあり、こっそり隠れてタバコでも吸っているような者がいない限り、誰もライターなんて持っていそうになかった、が……「おう、この間ゲーセンのクレーンゲームで取ったあずにゃんのzippoならあるで! ほらこれ」と伊勢。
「でかした! 火は着くのか? 燃料は!?」伊勢からzippoを受け取った優太が尋ねる。
「ちょ、冗談やろ! これは永久保存版で大切にするつもりなんや!」伊勢が抗議の声を上げるが――そんなこたぁお構いなしに優太は伊勢から借りた(奪った)zippo(某軽音楽アニメの美少女キャラクター入り)を拝借するとスピリタスを中に注入した。――後ろで伊勢が何か言っているのを聞き流しながら――
そして今度は手にしたスピリタスの瓶を銃を乱射している二人の向けて投げる。向こう側は恐らく、『無駄な抵抗』もしくは『最期の足掻き』とでも思ってか、こちらが投げたスピリタスの分厚い瓶を撃ち砕く。狂ったように笑いながら――
(いいぞ……そのままアルコール漬けになれ……計画通り)一行の誰しもが心の中でそう言った。
「朝のスピリタスの香りは格別だ!」次々と瓶を投げながら優太と武。半ばヤケクソになった伊勢も奴ら二人に当て付けるように瓶を投げた。
「おま、後できっちりクリーニングしてから返せよ! 俺のzippo!」と伊勢。心なしか伊勢が涙目に見えたが、それを気に留める者は誰ひとりとしていない。
「早く寄越せ!!」その時、優太の手から伊勢のzippoを武が奪い取り、点火して瓶が落下した地点に向かって投げた。
放物線を描きながら飛んでいくzippoを伊勢が目で追って絶叫した。
「あずにゃあああああん!!」その叫びも虚しく、火のついたzippoは冷蔵庫の排熱と、熱を持った薬莢により気化したアルコールが充満している空間へと飛翔してゆき……優太が「伏せろ!!」そう叫ぶのと同時に――爆発を引き起こした。
すさまじい熱風が狭い廊下で反響し合い色々なものが飛んではあたりかまわず、敵二人の悲鳴と共に無差別に降り注ぐ。
一行の足元にも割れたスピリタスの瓶の破片や砕けた蛍光灯の一部が落ちてきた。
爆風により吹き飛ばされたzippoが持ち主である伊勢の足元に転がった。……爆発によりヒンジは歪み、表面の刻印は黒く焦げてしまっている。そして伊勢の表情はセメンダインででも洗顔したかのように引きつって固まっていた。
「や、野郎ぉ!!」山本がもの凄い形相で一行を睨みつけながら、落としたショットガンを拾った。
山本はベネリM3ショットガンのスライドを力任せに後退させ、未使用の12番ゲージのショットシェルを銃から吐き出させた。銃に衝撃を加えられた後、中の装填されている弾薬が歪んでいる場合がある。その状態で銃を撃てば弾詰まり、最悪、可能性は低いものの暴発ということもありえる。一応、銃火器の最低限の知識はあるようで、一行にとっては、この現状では大きな驚異となり得る。
頑丈な防弾チョッキを着用している二人は、ボロボロになりながらも銃を撃ち続けていて降伏するという考えは全くなさそうだ。
――その時、山本がショットシェルを装填しようとした瞬間に手首に複数の小さな穴が開いた。
「あがああああああっ!?」山本がショットガンを落して、手を押えながら悶絶する。
「や、山本さん!?」マシンガン野郎が山本に駆け寄り銃を置いて山本の肩を持つ。マシンガン野郎は山本を止血させようとしているがオロオロするばかりで反撃することができない状態だ。
つまり二人は完全に無防備になった!
「よくもやってくれたな! お前ら、やっちまえ!!」
「おうよ!!」
「全てはチャンス!!」
一行側からは雨霰の如く拳銃弾が二人に飛んでくる。ここで自分の身の危険を感じ取ったのかマシンガンの男は置いたサブマシンガンを拾うことを忘れ、山本捨てて逃げ出した。
「おい! どこに行きやがるんだ!! 戻れ! 戻ってこいクソ野郎!! おい‼︎」山本が叫んでも、男はもどる気配はない。意外と、というべきかやはり、というべきかチンピラは薄情だった。
大抵、映画にしてもなんにしても虎の威を借りている狐(小物)は、自分の立場が危うくなると平気で相手を裏切る傾向がある。だから信頼してはいけないし、いざというとき助けてもらおうなんて考えはもってのほかだ。
怒りでなにを言っているのか一行にはさっぱりだったが、とりあえず向に対してもの凄い憎悪を抱いていることは誰が見ても分かった。
それでも山本は何か喚きながら、腰の水平二連ショットガンを左手で抜こうとするが、飛翔した弾丸に水平二連の機関部に命中して壊され、それとほぼ同時に指が何本か飛ぶ。
「■■■■■■■■!!」もはやそれが存在する言語か分からないぐらい山本は叫び、ヤケクソにでもなったか負傷した素手で近くの優太に殴りかかろうとする――
「――――――ッア!!」優太が山本の攻撃を躱したその時、伊勢が山本に体当たりした。伊勢はどこからか持ってきたパイプ椅子を手に山本を殴りながら何か言っていた。
「お前らのせいですべてが無茶苦茶じゃ! 見てみいコレェ!! あずにゃんがエラい事になっとるやろボケェ!!」散々、強盗に恐怖を植えつけられてきた伊勢の怒りが爆発し、山本に馬乗りになって殴りかかる。
zippoが壊れたのは全てが山本のせいではないが……
「……あのさ……伊勢君、なんかさ、すごく言いにくいんだけど……ゴメン。部屋の隅っこに、ここのカラオケボックスの広告入りライターがあったわ。こんなに……」決して良いと言えないタイミングで武がこの店の広告が入ったライターの箱を山ほど持ってきた。
「よくも、俺のあずにゃんを……てめぇらのせいだ! もう懸賞金なんか関係ねぇ、眉間なんか撃ってやるもんか!!」とHK45拳銃を構えながら伊勢。
「それ、やられる側のセリフだけどな」と 映画好きの高橋のツッコミ。
とりあえず、殺したら殺したらで正当防衛と言えど、面倒なことになるのは分かりきっていたし、ここを出ても、取り調べやらなんやらで二、三か月は束縛される。伊勢は怒り心頭だがここは時間を犠牲にしたくない一行がなだめる。補足しておくと伊勢も山本を殺す気はなかった。自分たちに危害を加えられていることに対しての怒りをzippoと一緒にぶつけていただけに過ぎない。
山本を簡単には動けないように拘束して適当な部屋に、古井と同じように閉じ込めておいた。
山本から敵戦力の情報を聞き出そうと一行は努力したが、わめき散らすだけだったので時間の無駄だと判断した一行は山本に猿轡をして部屋を後にした。
マシンガンのチンピラが下の仲間に、一行のことを伝えている懸念があり、時間もなかったが武器がなければこの先話にならないということで、一行は装備を手短に確認する。
武が手にしたSMGを眺めていた優太が「アメリカ製のイングラムM10か……」と呟いた。イングラムはサブマシンガンの中でもコンパクトな部類にカテゴライズされ毎分800発サイクル、つまり一秒間に十数発の弾丸を吐き出すことができる。M11をサイズアップしたM10は9mm、もしくは45ACP弾を使用し、至近距離で撃たれたらそれはそれは悲惨なことになる。ここで押収したイングラムM10は9mm口径モデルだ。
「マガジンに17発、薬室に1発……これだけかよ……めちゃくちゃ撃ちやがってあのバカ!」と武。
「ショットガンはどうだ?」M10サブマシンガンを扱っていた武が優太に尋ねる。
「ああ、水平二連は伊勢が山本とかいうやつの指ごと吹き飛ばして銃身も損傷しているからな、これは使えないけど、ベネリM3のほうは大丈夫だ。予備弾薬は装填しているのも含めて13発だけどな」
「……ところで、誰が持つ?」夏川が鹵獲した銃器を前に質問する。
「そうだな……銃の腕は全員似たりよったり……」優太が頭を悩ませながら、鹵獲した銃火器の配分を考える。
「そうだ、こうしよう。拳銃は伊勢のHK45以外は全員9mmだ。鹵獲した銃を使う奴は自分の拳銃の弾薬を他に回してもらう。それでどうだ?」と山田。
「それだな、全員の戦力も統一できる」と優太。
鹵獲したベネリM3は優太、イングラムM10は既にUSPの弾薬がほとんど無かった武、コルトガバメントは引き続き同じ弾薬を使っている伊勢が持つことにした。
「現状況で敵は三人、気を引き締めていくぞ」と武。
「了解!」
「イェスッサー!!」
一行は装備している銃をいつでも発砲できるように構えながら階段を静かに降りて行った。
静かに、静かに一行は慎重に階段を降りる。一行の押し殺した息遣いと爆発によって割れたスピリタスの瓶や蛍光灯の破片を踏んで砕ける音だけが、廊下に響いていた。
ご意見、ご感想お待ちしております。
トリガーハッピーグループ一同。