誤算、危機、排水の陣
階段を降りながら一行は一階へと向かう。現在地は六階であり、窓は防犯の為強化ガラスと防犯装置が取り付けられている。一行の装備している拳銃の弾丸をしこたま撃ちこめば窓を壊して脱出できるかもしれないが、下から仲間が駆けつけるまでに窓を壊して全員が身を乗り出すことは出来そうだが、近くを伝っているプラスチック製の雨樋を使って下に降りる事なんて到底出来そうにない。恐らく途中でどこかが折れてしまうだろう。
そして、階を下れば下るほど下の仲間に気付かれるリスクは高くなり、脱出する時間は少なくなる。一行は最悪の手札の中から、常に最良のカードを選ばなければならない状態に置かれているのである。
一行は前衛に武、伊勢、前衛支援に夏川、優太、後衛に高橋、物部、山田で固めて突然の出来事に対応できるようにした。
「――待て」と伊勢。
「下から声が聞こえる、相手は二人だ」と武。
「どうする?」夏川がCz75のセイフティを解除しながら返答。
「見つかったら『ハイそうですか』って見逃してくれる相手なんかじゃない。実際にさっき仲間の一 人をフルぼっこにした後、ロッカーにコンパクト収納してあるんだから、連絡が取れなくて様子見でもしに行ったんだろ、大方」武が伊勢の一歩前に出てUSP拳銃を構えて早口に答える。
「やっぱり……戦う羽目になるのか」
「ああ、そうなるな。連中が仕掛けて来たんだからこっちも相応のお返しをしないとな……」優太が意気込んで言う。
「どっち道、隠れとっても時間の問題や。さっきの女の子みたいに、早う特殊部隊が来て解決せぇへ ん限り、俺らは見つかってまう。そうなったらまた、古井とかいう奴みたいなんが来たら……俺らは男や……。向こうもこっちを殺る気でおるんや。せやったら……応戦するまでやで!!」伊勢は右手で構えたHk45を、左手で叩いてみせた。
ここの所、街の中で銃をぶっ放したりする輩は珍しいことでもなくなった。通り魔、コンビニ・銀行強盗、立て籠もり……いちいち銃のつかわれた事件なんて覚えていたらきりがない。ほんの何年か前までは国内で銃が使われるような犯罪は数えるほどしかなく、たとえ使われた銃が改造モデルガンでも大きくニュースでは取り上げられ、そんなものでも立て籠もりが起こるようなものなら銃器対策部隊やら警察特殊部隊が建物を囲み、マスコミが民家の庭やらマンションに入り込み、ヘリまで飛ばしてしばらくワイドショーのネタにされていたものだ。
アニメ、マンガ、エアガンに興味のある思春期の少年は、普段は大人しく見えても、『キレると何をしでかすか分からないですよねぇ』という自分の意見が代表されていると思い込んだ無知なコメンテーター共の意見も添えて。
普段、一般人を傷つけているこういった奴らに一行は恐怖もあるが怒りを持ち始めていた。現在、一行の腸は煮えくり返っているといっても過言ではない。
「――? 声が聞えんようになった。アイツら、慎重に近づいて来とるかもしれへん、もしくは二手に分かれたか……佐久間、ミラーを頼むわ」伊勢は優太からミラーを借りると、廊下の角からミラーを持った手だけを覗かせる。
「廊下の見張りが1人……もう1人はトイレの中へ確認へ行ったで」
伊勢が情報を皆に伝える。敵側は2人に対してこちらは7人……数では一行が優位だが、向こうは防弾ジャケットを着こんでいるかもしれない。おまけに敵側の装備は――
「メーカーは確認できへんけど、一人は切り詰めたショットガン……形からしてポンプアクションやと思う。もう一人はトイレに入っていって武器ははっきり見えへんだわ……」
伊勢が状況を説明していた時だった――
――パパパンッパパパパパッ
「!!」
「頭を下げろ!」とっさに夏川の一言で全員がその場にしゃがみ込んだ。
乾いた連発音が、強盗の一人が入っていった男子トイレから聞こえてくる。
「サブマシンガン……! 発射速度がえらい速いな、マック(イングラムM10)かスコーピオンか……」伊勢が状況を読む。
壁越しに小口径弾が着弾する音や空薬きょうが落ちる音が伝わり――唯のトイレの壁が小口径拳銃弾の連射に耐えられる筈も無い。一行が身を潜めて数秒後――
――ボスッ
……壁を貫通した。断熱材やモルタルの粉塵を撒き散らしながら、貫通した弾は一行をすり抜けて、一行の後ろの自販機に着弾する。
「うぉ!? びっくりした!!」物部が壁から飛び退いた。あの時、夏川が適切なアドバイスをくれていなかったら、恐らくこの中の誰かの体が、風通しが良くなっていたであろう。
「声を出すな、気付かれる」息遣いを荒くしながら山田が、M92Fの銃口を上にあげて、いつでも応戦可能な状態で自らの口に手を当て、小声で言った。一行の背中には例外なく冷や汗が流れた。
目の前の壁に空いた小さな穴からはうめき声も聞こえたが……やがてその声は、聞こえなくなってしまった。
うめき声の主――トイレに避難していたであろう男性の声の後に、声のトーンが明らかにおかしい下品な声が廊下から響いた。
「うおーーー!! あっぶねぇ、あぶねー! 山本さん、こいつ銃を持ってましたよ! 俺、個室の中から金属音が聞えたんでやべぇと思って撃ちまくっちまいましたけどぉ、やっぱ先手を打っておいて正解でしたよ! やっべ、俺マジパネェわぁー!」
嫌でも耳に入ってくるサブマシンガンを弄る音と 不快な声の響きを持つ男の声――
「なんや、アイツ」伊勢が不愉快そうな表情を浮かべる。
「おい、あんまりバカみたいに撃つんじゃねぇよ、サツももう駆けつけてきているんだ。人質もしっかりとっておかねぇと逃走できねぇ。これから 派手にドンパチやるかもしれないんだ、古井みたいにあんまり無駄弾撃つんじゃねぇよ。それと古井を探してんだぞ俺らは!? 個室に居たのが古井だったらどうすんだよ!! もうちょっと考えて行動しろ、カス!」山本と呼ばれた男が先ほどトイレで銃を乱射していたチンピラを叱りつける。
「お前はこっから下をもう1回探して来い! 俺は上を見てくる」
山本がショットガンを片手に、さっきの男と別れてこちらへと向かってきた。
「よし、やるぞ。いいか?」武が全員と息を合わせる。
「大丈夫だ」近くにあった延長コードを手に巻いた優太が言った。
「まだだ、慌てるな……慎重に行け」物部と高橋が優太の後ろに付きタイミングを計る。奴らから、 一行側が見えていないか……延長コードを持つ優太の手も汗ばんできた。
「来た、来たぞ……」ミラーを持った山田が状況を全員に伝えてタイミングを合わせる。
「あと2メートルだ……」山田はその言葉を最後に、こちら側が気付かれないようにミラーを引っ込めた。
(レディ……)優太がハンドシグナルで合図をした。
「ステンバーイ……ステンバーイ……」優太が握る延長コードのもう片方は武が握っている。
延長コードは向こう側から見たらただの床に放置されているものだと思わせるために、奴がコードをまたぐギリギリまで床にたるませる。
「ゴッ!!」山本がコーナーに入ってきたところで足の脛に延長コードを掛けて、山田が力を込めて山本の背中に体当たり、三人の息の合ったコンボで一気に引き倒し――伊勢が渾身の力を以って、Hk45拳銃の弾倉底部で山本の側頭部を殴りつけて気絶させた……――となれば良かったのだが、運が悪いことに、この男は余程頭が固いのか、伊勢が渾身の力を込めて殴ったのにも関わらず、少しふらついただけで持ち直し、目を血走らせてショットガンを一向に向けてきた。
流石にこれは完全に想定外だった。
「やべっ……!!」一行が壁際に隠れるとその男――山本は雄たけびを挙げ、腰だめで3発ショットガンを乱射した。
拳銃弾と比べて重みのある銃声が廊下に雷の様に響いて、廊下の周りに置いてある花瓶が打ち砕かれ、防音仕様の壁にいくつもレンコンの穴の様な弾痕が出来た。
一行が急いで後退するが更に二発立て続けにショットガンを発砲、武と優太は自販機の裏に、伊勢、高橋は近くの個室へ、山田、夏川、物部は掃除用のロッカーの死角へと身をひそめる。
「奴は撃ってこない、弾切れだ! 撃て!! 撃ちまくれっ!!」
高橋の声で全員が山本に銃弾を放つ。山本は防火扉の片側を開けてショットガンを乱射。
「奴の装備は恐らく元は競技用のベネリM3や! ソウドオフで弾倉と銃身を無理やり切り詰めとるから装弾数はオリジナルよりも一発分少ないはずや!!」伊勢は弾切れになってスライドオープン状態のHk45自動拳銃の弾倉を交換しながら一行全員に聞こえるように叫ぶ。
山本がショットシェルの装填を済ませて、再び防火扉から身を乗り出して発砲してきた。
優太が向けた銃の下部に取り付けられたフラッシュライトの光で山本がひるんだのと同時に、各自の拳銃が火を噴き、弾丸が山本の胴体へ向かって音速を超えて飛んでいく。
各自の銃の装弾数は15 発、計60発弱が山本の胴体に着弾した――
普通の人間――生身の人間であれば六十発も拳銃弾を喰らえばただでは済まない。ただし、生身であれば……
防弾ジャケットを着こんでいると思われる……いや、確実に装備している山本は着弾の衝撃で内臓を損傷したのかそれでも血を吐きながら抵抗を続ける――
「野郎ォ!! ぶっ殺してやらぁ!!」某筋肉モリモリマッチョマンな少佐と戦う悪役のようなセリフを吐きながらキムはショットガンを撃ち続ける。
頭に血が昇り負傷した手に握られた散弾銃から放たれる弾丸が、一行に当たることはない。
しかし、だからと言って一行が有利になったわけではなかった。
「2、3、4……撃ってこない、弾切れだ! 反撃しろ!!」
「射てもうたれ!!」
「ファァァック!!」
各々が弾倉を交換し、山本に向けて銃を向けた――
一行の装備している拳銃の中にはレーザーサイトを搭載しているものもある。一行、敵が撃ちまくっていたおかげで壁の粉じんが舞、硝煙の充満している空間には、一行のレーザーサイトである赤や緑の線がはっきりと映る。一行、それぞれの拳銃が山本に狙いを絞り込んだとき――
「ヤベッ!!」
――ドドオォンッ
優太がとっさに身を隠した! 優太から1メートル手前の壁にはレンコンのような穴――00Bショットによる弾痕が刻みつけられた。優太は顔を引きつらせ、崩れた体制を持ち直そうとした。
ちなみに00Bショットは大型獣用のショットシェルで、一般的に散弾と呼ばれる鳥撃用の百粒単位の鉛弾が詰められているショットシェルとは違い、12個の鋼球が詰められている。言うまでもなく、至近距離でまともにソレを食らいでもしたら、金属バットで叩き割られたスイカの様にニンゲンの身体はミンチ状になる。
「アイツ……コンバットロードしてやがったのか!? あんな切羽詰まっているのにそんな余裕――」
「サイドウェッポンだ! 山本とかいう奴、ソウドオフの水平二連も持っていやが……」武が援護をしながら状況を読んでいる時――
「うらぁぁああああああああああ!! チッキショオがァッ!!」
聞き覚えのある下品な男の声――トイレでサブマシンガンを乱射していたDQNが銃を乱射しながら一向に走ってきた。
「アブねぇッ!!」
「クソッ!! 部屋に飛び込め!」
誰が叫んだかは分からない、だがその声と同時に小口径拳銃弾が何発も一行の体をかすっていった。
一行は無我夢中で部屋へと滑り込んだ。
「アホたれが! 要らんのが増えやがった!!」と伊勢。伊勢は部屋に飛び込むなり、部屋のテーブルを蹴り上げて即席のバリケードを作った。
伊勢のシャツの袖は、赤く染まっていた。
「伊勢!? やられたのか!?」と物部が聞き、他のメンバーも心配そうに見ている。
「いや、大丈夫や! 掠っただけや……」伊勢は制服のネクタイを解くと、弾が掠って血の出る腕にきつく巻きつけた。
「くそっ! このまま俺達が牽制しても、こっちの弾薬なんてすぐに尽きる! いいか!? 撃つときは銃口だけ外に出して、奴らの急所を狙うんだ!!」
「隠れて撃つときは下半身を狙え! 多分、アソコなら無防備だ! そこまで防弾にしてたらあんなに動き回ることは難しい!!」
武、物部が扉の両側で獲物を構える。他のメン バーは伊勢が蹴り上げたテーブルや自動販売機をバリケードにして、反撃のチャンスを伺う。
一行の立てこもる部屋の開きかけたドアからは、敵二人が撃ってくる鉛弾がドアのベニア板に穴を開けながら部屋の奥へと吸い込まれていく。
「ノックの仕方も知らねぇのか!?」武は半ギレしながら毒ついた。
「現状では2人だけか?」と、優太。
「恐らく!! 山本とかいうのとマシンガン野郎の二人だ!!」と山田。
「やべぇぞ、機関銃相手じゃ分が悪すぎる、やっぱり牽制の為にさっきの古井とかいうやつのAk(56式)捨てずに取っておけばよかったな!!」武が悔しそうに床を殴る。
廊下からはサブマシンガンの連発音とショットガンの単発の銃声。敵が一行に相当な恨みの念をたき付かせながらジリジリと接近してきている。
今、表にでたらハチの巣では済まない。形が無くなるかもしれない。
一行は膠着状態のまま動けなくなった。
「何か……何か方法は無いのか……」優太が拳銃のスライドを引きながら呟いた。