行き先は……
『警告』
グロテスクな部分も少しありますので、苦手な人は読まないでください。
いつものように電車に乗る。
いつものように終電ギリギリの――――。
「疲れた」
椅子に腰を下ろして最初に出た言葉はそれだ。男は上を見てため息をついた。
彼の名は『秋野知也』。二十五歳のサラリーマンだ。
知也はカバンを椅子に置き、再度ため息をつく。
彼を乗せた電車は静かに走っていく。
持っていたコンビニ袋から弁当を取り出すと、知也は黙々と食べ始めた。大好きな「唐揚げ弁当」だ。
落ち着いたところで、周りを見渡してみる。彼の乗っている車両には人が一人も乗っていなかった。
いつも最低でも二、三人は乗っている。少し不思議に思ったが、こんな日もあるだろうと思い、箸で唐揚げをつまんだ。
弁当を食べ終わり、袋にゴミを入れて反対側の窓を見た。丁度トンネルなのだろう。真っ暗だった。
「……? 長いな」
確かにトンネルにしては長い。その時知也の顔から血の気が一気に引いた。
(ちょっと待てよ、おい! トンネルなんてねぇだろ!)
嫌な感じがする。反射的に立ち上がった。車両を区切るドアの窓から隣の車両も見てみた。だがやはり人は誰も居なかった。
「何なんだよこれ……!?」
言いながらドアを開けた。古い電車なわけでも無いのに、ドアの軋む音が沈黙の中に響く。
知也は運転席のまん前まで行った。運転手はちゃんと座っている。
それを見て少し安心した。
(荷物……)
フラフラと自分の元いた車両へと戻って荷物を持つと、また運転席の目の前まで行く。
すぐ近くの椅子に座った。
「……何怖がってんだ……。もう二十五だぜ? アホらしい……」
自分に言い聞かせるように言った。
ふと腕時計を見る。時間的にはもうそろそろ知也の降りる駅に着く頃だ。ドアの上の電光掲示板を見た。
「……あれ?」
文字が流れない。
(マジかよ……? あれだな、故障だろ……)
一生懸命恐怖を笑い飛ばした。しかし掲示板に文字が流れることは無い。
「畜生、なんなんだよ!!?」
知也は運転席のドアをバンバン叩いた。だが運転手はずっと前を見ている。気付きもしていないようだ。
「馬鹿にしてんのか……?」
取っ手に手を掛け、ガチガチと動かす。
中から鍵が掛かっていて開きそうに無い。
「おい! ……おい!! 開けろよ、おい!」
再度ドアを激しく叩いた。
音を立てているはずなのに、運転手の耳には全く届いていない。
知也は舌打ちすると、ドアを蹴り飛ばした。何度も何度も蹴る。
じきにドアに窪みが出来た。更に何度か蹴るとドアが開いた。
だが運転手はこの音にすら見向きもしない。ズカズカと中に入り、運転手に声をかける。
「…………あの……?」
すぐそばで言っているが、やはり気付かない。
「おい! 馬鹿にしてんのかよ!?」
そう怒鳴って運転手の肩を引っ張った。ガクガクと動くだけだ。
「…………!!」
知也は自分の手を見て驚いた。
血だらけだった―――。
血は運転手の物のようだ。肩から血が滲んできていた。
「……なぁ……、なぁおい! 血! アンタ血ぃ出てんぞ!?」
肩の血に触れないようにして腕を軽く引っ張る。ブチ、と音がし、運転手の腕がその場に落ちた。
「ひっ……!」
腕からも肩からも血がドクドク流れ出る。知也はその場に座りこみたい衝動を抑え、とにかく運転席の部屋を出た。
(降りないと……とにかく電車を降りないと……)
ガタガタした足で懸命に歩く。
「無理だな」
後で声がした。まさか、と思いながらも振り向く。
「……」
「怖いか?」
運転手が前を向きながら喋っている。腕が外れていると言うのに、何事も無かったかのような口調だ。外見は若そうだが、声はかすれている。まるで老人が喋っているかのようだった。
「……降ろせよ……」
やっとの思いで声を出した。寒さと恐怖で歯が音を立てている。
「無理だ」
「……なんなんだよ……? この電車、一体なんなんだよ!?」
「静かに乗っていれば苦しまずに済んだものを……」
「え……うわっ!?」
急に電車が大きく傾いた。知也はその場に転倒し、体をドアに叩きつけられた。未だ電車とレールが音を立てている。
あまりの音に、知也は自分の耳を塞いだ。
「くそ……!」
片手で耳を塞ぎながら体を起こす。銀色に光る手すりを掴み、座席に倒れ込んだ。
「お前も死ぬぞ」
「……ふざけんなっ……」
運転手の背中を睨みつけた。
家では知也の妻が待っている。
(こんなとこで死んでたまるか……)
反対側の椅子に置いてあるカバンを探る。しかし入っているのは会社の書類ばかりだ。
「畜生……!」
電車内を見回すと、荷物置き場に一つ黒いカバンが置かれていた。
「……?」
とりあえず降ろして中を見てみる。結構な重さがあった。手を中に突っ込んで探っていると、何か硬いものに当たった。取り出すと、それはレンチだった。
(ツイてるな……)
固唾を飲み、レンチを握り締めた。そっと運転手に近づく。
レンチを振り上げてもうすぐで当たるという時、手が知也の頭を掴んだ。
「……!!?」
外れたはずの運転手の腕が捕まえていた。
腕は知也の体を宙に浮かせると、一気にフロントガラス顔を叩きつけた。
案の定ガラスは割れ、知也は顔だけ外に出る。割れたガラスの破片が顔に突き刺さり、悲鳴を上げた。
すぐに中に戻される。
床に転がされた知也は、自分の顔に刺さっている血だらけのガラスを取った。
「そんな物じゃ俺に傷一つ付けられないぞ」
運転手は嘲笑った。
そして今まで一度も動かなかった彼が、足を動かした。静かに立ち上がり、ゆっくりと知也の方を向く。
顔は、後からの姿とは全く違い、シワまみれだった。
「……!!!」
運転手は片手を伸ばして知也に飛びかかった。その手は知也の首をしっかり掴み、放そうとしない。力は段々強くなっていく。
「……や…めろ……!」
「言っただろう? 静かに乗っていれば苦しまずに済んだ、と」
喋る運転手の腕を、知也は思い切り力を込めて掴んだ。彼は握力はある方だ。しかし力は全く弱まらない。表情一つ変える事も無かった。
(コイツ……さっきから痛感ねぇのかよ…!?)
「効かないな」
更に力を強めた。親指が知也の喉に食い込む。とうとう声が出なくなり、息も出来なくなってきた。
(ヤベェ……息できねぇ……!)
「美樹ぃ……」
知也がかすれた声で言ったのは、家で待っている妻の名前だった。
その名前を言った後、動くことはなかった。顔を横に向けて動かない知也を確認すると、運転手は立ち上がり、また運転席に座った。
何事も無かったかのように口笛を吹きながら運転を続ける。
壁にぶつかる、と言うところでその電車はフッと消えた。
しかし次の瞬間にはまた同じ電車がレールの上を走っていた。運転席のドアも、荷物置き場に置かれた黒いカバンも、運転手の腕さえも元に戻った状態だった。
違うのは、もう知也の姿は無かった事、そして、運転手が少し若返ったように見えた事だ。
ドアが開き、一人の女性が乗り込んだ。
「良かったー。もう電車無いかと思った」
椅子に座る。
運転席からは、ちゃんとその姿が見えていた。
「今日は多いな……」
しゃがれた声で言いながら、不気味な笑いを見せた。
自分的にはホラーにしたつもりなのですが、どうでしたでしょうか?
ホラー好きさんには全然物足りないと思います^^;
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。