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魔法使いグレイスの道化

作者: 西臣 如

 魔法が出てこない魔法使いのお話です。



 皆さんは、魔法使いを信じますか?

 いや、いるかいないかなんてどっちでもいいんです。

 ただ、魔法使いがいるとしたら、その言葉を信じますか?

 願いを叶えてくれる魔法使いはどれほどいるのでしょう?

 

 同胞から追放された、魔法使いグレイスは今日もどこかで店を開いているのです。



   ★ He`s with a stand...



「お兄さんお兄さん」

 最初一声掛けられたとき、雄吾は呼ばれたとは思っていなかった。十二月、午後十一時、駅前の高架下。頭上を電車が通り過ぎたからかもしれない。いや、そのせいではない、声は聞こえたのだ。でも雄吾自身のどこか後ろめたい部分が、必死に逃げようとしたせいなのかもしれない。

 それかもしくは、さっさと家に帰ってコーヒーで温まりたいから。うん、それが一番本命だったかもしれない。

 高架下に屋台なんてあるはずないじゃないか。その気持ちも、二十パーセントはあったかな。

「お兄さん、一本くじ引いてみない? これがまた、よく当たるんだけどねえ」

 甘ったるい声だった。粘々した声の持ち主は屋台の中で不敵に微笑んでいた。

 関わっちゃだめだ。

 素通りが一番。頭のいい奴なら一目でわかる、あの危険な雰囲気。

「今なら当たり大サービス中なんで、ねえ」

 赤いビニールの屋根の下を何事もないようにくぐっていく。

 そのとき感じた視線と言ったら、今でも思い出したら鳥肌が立つほどのものだ。敵に回したら最後、首の根っこを思いっきり噛み砕かれそうな、とにかくおっかないものだった。

 だから逃げたかった。寒いのもあるけど。

 なのに。

「いらっしゃいませ?」

 自然と足が屋台の方を向いていた。金縛りって言えばおわかりになってくれるだろうか、身体が自分の意志を無視して動き出していく。それって金縛りっていうかマリオネットか。

「さあさ、好きなくじを引いちゃってくれるかねえ?」

 金縛りだろうがなんだろうがどっちでもいいけど、屋台の男は馴れ馴れしく五枚のタロットカードを差し出した。

 はっきり言って男というのは単にそのころの雄吾の勝手な判断だ。何せ男か女かはどこを見てもわからない人間だったのだ。

 金髪に染めたショートカットを覆う、先の尖った魔女の帽子。あとは全身黒ずくめ。声はと言えば、甘いビターチョコのようで、男だとしたら高く、女だとしたら低い声。瞳はカラーコンタクトでも入れているらしく、灰を帯びた蒼、サファイアのような輝きをしている。

 どうも普通の人間ではないのは、いたって普通の人間である雄吾にはわかる。

 唯一普通なのは、構えている屋台だ。祭りになったらよく見る、鉄骨とビニールでできた即席の屋台で、垂れている屋根は赤いだけで何も書いてはいないが、屋台の中には景品と思われる紙袋が二十ほど並べられていた。

「早く引いちゃってくれないかねえ」

 例の魔法使いは痺れを切らしているようだった。逃げるのは今でも遅くないぞ。心の中では逃げることばかり考えているというのに、雄吾のかじかんだ指は真ん中のタロットカードを引き抜いた。

 引いたカードの裏を見てみると、小さな星マークが星条旗のように敷き詰められていた。見ていれば吸い込まれそうになる、イエローの星々たち。ぞっとしている雄吾に一目もくれず、魔法使いは星条旗のカードを奪い取ったと思うと、地面に投げ捨てた。

「あーあ……お兄さんって運ないねえ。さっきのははずれのカードなんだけど、よくそのカード引いたねえ」

 当たり大サービスって言った自分の言葉忘れてるのか、と飛び掛かりそうになってしまった。が、冷静になって馬鹿馬鹿しくなった。頭のねじをどこかに置き忘れている変人の言うことを真に受けるほうが馬鹿だ。

 雄吾がにらみをきかせている間に、魔法使いは仕方なさそうに上着の内ポケットから一枚の紙切れと万年筆を取り出し、売り台の上に置いた。

「はずれなんで、景品はここでは渡せないんだよねえ。だからお兄さんの住所と……ご家族の名前を全員、書いちゃってくれないかなあ?」

 今度こそ思い切り殴りかかってしまうところだった。プライバシーを、なぜか家族の名前まで侵害してくるとは何事だ。だが、殴れなかった。あと、罵倒すらできなかった。気づけば、ここに来て以来一度も声を出せていない。あの金縛りだかなんだかが、まだずっと続いていた。

 さっと血の気が引いた。

 しかも、手が、指が置かれた万年筆に触れている。握っている。自宅の住所をすらすらと止まることなく書き終え、家族の名が紙の上で踊っている。その刻まれていく文字に自由のきかない雄吾は驚くしかなかった。そして、万年筆が元の位置に落ち着いた。

「ふむ、ありがとう。これだけあれば十分だねえ。うーん、景品の発送はいつになるかなあ……ずいぶん遠いから一週間はかかるかなあ」

 魔法使いはプライバシーが書かれた紙を眺め終えると、四つ折りにし万年筆とともに元のポケットにしまった。他愛ない行動を睨みながら、その言葉の一つ一つに雄吾の腹の虫は暴れかえっていた。ここから雄吾の自宅までは十分も掛からない。それをずいぶん遠いなんて言う常識自体がまったく理解できない。

 しかし魔法使いはさらにその怒りを加速させていく。

「あ、あとこのくじの代金だけど、これは景品が届いて一週間後に取りに伺う仕組みになってるから。ボイコットしないでちゃんと払ってちょうだいねえ。でも景品の開封前なら返品は可能だから……開けなかったら払わなくてもいいけど……でも景品の内容からしたらずうっと安いもんだから、払ったほうがいいと思うなあ」

 勝手にくじを引かせておいて代金を取る気なのか。これって一種の詐欺じゃないか。こんなに怒り狂っても身体が返事することもなくて、魔法使いの道化になっている気分だった。いや、最初から道化だったのかもしれないけど。

 と、急に身体の金縛りが解けて、溢れ出した行動命令が暴れだし、結果床に這いつくばっていた。

「ふう、今日はこれで閉店だねえ」

 魔法使いは即席の屋台を畳み始めた。ようやく開放された雄吾はあれほど殴りかかりたかったのも関わらず、ただ膝を伸ばすとき、一言だけしか呟けなかった。

「あんた――何者なんだ?」

「グレイス。そう呼んでくれると嬉しいねえ。何者かって? 人間で楽しませてもらってる、ただの魔法使いさ……」

 雄吾は家に帰るまで、一度も後ろを振り返らなかった。でも、魔法使いグレイスがずっと手を振っていることだけは、直感的にわかっていた。



   ★ 7days after...



 あれきり一度も例の高架下にグレイスの屋台は現れなかった。あのときのことは夢かうつつかもはやわからなくなるくらいだ。それでもあのときのグレイスの言葉は忘れてはいない。


 ――ずいぶん遠いから一週間はかかるかなあ――


 今日でちょうど一週間になる。世の中はクリスマスシーズン、もしくは新年の準備に終われ、駅前のショッピングモールでもクリスマスセールをやっていた。だが今の雄吾にはどうでもいいことだった。グレイスの言葉の意味がわからないまま、帰宅した。

 高架下を真っ直ぐ進んで突き当りを右に追ったところにあるアパート。それが雄吾の今の自宅だった。

「ただいま」

 部屋に明かりが灯ったのは午後十一時を少し回ったところだった。部屋は相変わらず散らかったまま、片付ける人間のいない空間に雄吾は肩にぶら下げていた通勤鞄を床に放った。ほこりが宙を舞う中、雄吾は普段と唯一違うものを見つけてしまった。

 ベランダの前にダンボール箱が置かれていた。それもただの段ボール箱ではない。まるで冷蔵庫を横倒しにしたような大きさ。伝票が付いているから宅配便らしい。どうやって部屋の中に入ったのかはわからない。わからないことはさておき、伝票を引きちぎって宛名を見た。

 名前と住所。雄吾のものが書かれている。差出人のところには名前などは一切書かれておらず、代わりに「Congratuationおめでとう!」と話す魔女の帽子の絵が描かれていた。

 これが景品なのか――雄吾はためらいなくダンボールを封じているガムテープを引き剥がしていた。

 蓋が開く。

 息を、呑んだ。

 その中には服も着ていない女性が白い綿に包まれて眠っていた。最初、死体かと思った。だが生きているのは明白だった。触れると温かさを感じる。桃色にそまる頬。胸に手を当ててみれば感じる鼓動。間違いない。

 雄吾は事実も何もかもが真っ白になって、彼女を箱から抱きかかえた。

「香奈……!」

 泣き叫んでいた。叫んでいる雄吾の胸に抱きかかえられるようにして、香奈という彼女は瞼を開いた。最初彼女は戸惑いを隠せずに口をパクパクしていたが、すぐに事実を受け入れていた。

「雄吾……よかった、『あの人』についてきてよかった!」

 香奈は雄吾に一年ぶりの満面の笑みを浮かべていた。

 その表情はまるで――仏壇に飾られた写真の表情そっくりだった。



   ★ The magician is...?



 それから一週間後――。

 香奈が手料理を作ってアパートで待っているというのに。

 雄吾は午後十一時を過ぎても、十二時になっても帰ってこなかった。



 全体的に謎めいたまま終わってますが……答えはあなた様におまかせいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編ローファン日間5位おめでとうございます。 おにいちゃんは魔王を倒す仕事にいきました。 もちろんホームセンターで道具を買ってからです
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