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第七盗 枝先の蕾

「お嬢ちゃん。夜の街をひとりで歩いてちゃ風邪ひくぜぇ」


 廃ビルの谷間で大柄なリーゼントの男に道を塞がれたリアリー。

 低く重厚な声が体をその場に縛り付け、表面上を取り繕う事で精一杯なリアリー。


「夜風に当たりたくなる日があるのはわかる。だがなぁ、そんな表情してちゃ夜の風も吹きたがらねぇよ」


 男が着用している制服のワッペンが目に入り、息を飲む。

 心に従い身体が反射で1歩後ずさる。


 重なる足音は背後から複数。

 リアリーは振り返るとその異様さに目を剥いた。


「隊長!そいつが標的ですよ!?」


 正面に立つ隊長と呼ばれた男。リアリーを囲むそれ以外の隊員たちの一致する特徴として、艶やかな身体と言葉と噛み合わない平坦な機械音声。


「……痺れるねぇ」


 その言葉を皮切りに男の存在感が一際大きくなった。

 わなわなと震える手を握りしめ、足の指で地面をしっかり掴む。



「…独り言お好きなんですね」


 1度喉を鳴らす。

 狭まる喉を押し広げて意思とは反した言葉がこぼれ落ちた。


「寂しいねぇ」

「隊長の声は渋すぎて鼓膜を揺らさないんですよね」

「まぁ、お嬢ちゃんは問答無用で連れてく」



 リアリーを囲む人型ロボットたちがその輪を徐々に縮めていく。

 逃げ道を見つけようと首を振ると、1歩…駆け出せば抜けられる隙間を見つけた。


(どうして今、私は囲まれてるの。

 これまでの依頼で何か証拠を残してつけられてた?

 今回の依頼が仕組まれた罠?

 レリゴーの方にも集まってる?


 分からない……レリゴーは問題ないって言ってた。


 ……レリゴー?

 計画とは違うルートを使った。

 私の力を必要としない盗走。

 別々で行動して帰れと言った。

 夜に目立つシルバーのポルシェ。


 ……囮っ!?

 なんで…どうしてっ。どうすればいいの、ワタシ…捕まればレリゴーは助かる?

 ワタシはなに?なにをどうして……)



 追い込まれて追い込まれて。

 リアリーはその1歩を踏み出さなかった。

 その先には盗走中のレリゴー。


 俯くリアリーの頭を静かに叩く雨粒は急激に激しさを増し、この世の全てを流してしまう程に降りしきる。




「いやっ!?離して!離してってばァ!!」


 最後の抵抗虚しく、拘束されたリアリーは車で連行された。


 車が動き出し複数の人型ロボットはその足で追いかける。

 その場に取り残されたのは原型を留めていないインカム。

 雨水に流され道路の溝に挟まった。歪にハマったインカムは水の流れを変え、激流により溝を深さを増す。



 リアリーは取調室のような場所へ連行された。というのも、車に載せられたあとから手錠の他に目隠しをされ、外すことを許されたのはこの部屋に入ってから。

 部屋には机と対面に椅子が1脚ずつ。リアリーの対面には隊長と呼ばれた男が横向きで足を組み肘を着いて座っている。


 かれこれ10分、現場での出来事を問い詰められている。

 リアリーはどこか落ち着いた様子で受け答えをしている。もちろん本当の事は言っていない。


 そんな状態が続く中、部屋の扉を開けて入ってきたのは艶やかな装甲を晒した人型ロボット。

 そのまま隊長の耳元へ顔を持っていき何かを伝えると、隊長は大きく仰け反って椅子から落ちそうになった。


「なんだってぇ?この嬢ちゃん家盗りちゃうんかいっ。はよ言わんかい、祝杯の店予約してもうたがな」

「こういう場所で素を出さないでください。舐められますよ」

「驚くもんは仕方ねぇだろ」

「わざとらしいんですよ、それ」

「見事に踊らされたってことか。

 チリつくぜぇ。たわわに実ったリーゼントがよぉ」


 口の端を吊り上げリーゼントを整える。

 この所作が妙に堂に入っていて空気が絞まる。


「仕切り直しだ。マカダミアナッツを持ってこいぃ」

「了解しました」


 人型ロボットが部屋から出ると隊長は姿勢を正しリアリーと正面から向き合って座る。

 鋭い視線が交差する。


 数秒、部屋から物音が消え自身の心臓の鼓動だけが鳴り響く。



「───状況から鑑みて協力者ってところか。何も出てきそうにないな」

「違うっ!」


 鋭い言葉に取り繕っていた仮面を剥がされ取り乱す。

 その反応を見て隊長は余裕な態度を見せる。


「まぁまぁ、否定したいのはわかる。ただなぁ、あの時間あの場所にいるのは不自然すぎるのはわかるだろ?」

「わ、わたっ!私っ!!」

「しーっ」


 慌てふためき言葉を詰まらせるリアリーに対して口元に人差し指を当てて合図する。

 それ以上喋る必要はない、と。



 沈黙が続く中、マカダミアナッツと2つの紅茶が机に出されるとそれ以降、何も聞かれることは無かった。




 1人になったリアリーは椅子から立ち上がり部屋の隅で丸くなる。

 外部からの干渉を避けるように縮こまった。ただひたすらに、静かに時が過ぎるのを待つように。




 どのくらい時間が経ったのか。

 1人になって以降、初めて部屋の扉が開くとリアリーは顔を埋めたまま口を開いた。


「どうやって来たの」

「ただ、お前の身元引受人としてきた」


 部屋に入ってきたのはいつもと変わらないレリゴー。戦闘の痕跡も疲弊の痕跡も何ひとつない日常の姿。



 リアリーがそっと顔をあげると目の前には、静かに差し出された右手。


「やめてっ!!」


 リアリーは感情を乗せて強く振り払う。


「───取り調べでなんて言われたと思う。レリゴーの協力者だって。

 私はあなたの協力者なんかじゃないわ。

 私はレリゴー……あなたの共犯者よっ!」


 一方的な怒号。レリゴーは口を開かない。


 あの時と同じように今回もまた、なんでもないようにその扉を開けた。

 それは私が未だレリゴーにとって庇護対象なのだと、その事実が胸に深く突き刺さる。


 どうしてあなたはいつも通りでいられるの。




 2人は別れるまで言葉を交わすことはなかった。

 別れたあとレリゴーはひとり新しい事務所へと来ていた。

 以前語った海の見える物件。昨日手続きを終わらせていた。


 部屋に入るなり大きな窓の反対側に立てた3脚を畳みカメラをしまう。

 そしてデスクに置いた空の写真立てを伏せた。

 窓を開け、ひとり静かに波の音に身を乗せる。


 昨日の豪雨が嘘のように、雲ひとつ無い快晴の空。どこまでも続く水平線から朝日が昇り始める。













♦♦♦



「情報は取れたか?」

「えぇバッチリですよ隊長。

 家盗りレリゴー。やはり、やつは覚醒者です」

「…ほう」


 一瞬、部屋のモニターにノイズが走った。


「あれから4年…嬉しすぎて意識が飛びそうだ」


 感慨深く言葉を吐く隊長。部屋の換気扇が加速する。

 天井を仰ぎ再び正面を向くと、目の光が消えていた。


サイコロジカル完結です。

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