第五盗 ダッキャリア家の秘宝
エラーコード:ソマティック─盗り還す者─
の続きになります。
その日、4年間で築いたルーティンが僅かに狂う。
ほんの些細なズレ。手元に置かれていたものが置かれてない。
指先が空を掴む。
無意識の中に入り込む意識。1度意識してしまえば無意識を取り戻すのはそう容易なことではない。
そんな空間の穴を埋めるようにレリゴーはコーヒーを注ぎカップを置いた。
特に考えた末の行動ではなくなんとなく。
立ち上る湯気が鼻腔をくすぐり深い呼吸をついた。
レリゴーは意識を再び手元の道具に落とすも、微かに漂う意識がカップの縁をなぞる。
ジェスタニック港にて、ティコティコホールディングス会長の子を盗り還してから数日の朝。
自席で鍵の形をした白い物体を水に漬けて溶かしているレリゴー。
白い液体になったものと水を分離させるため放置している間に空になったカップにコーヒーを注ぎ、その湯気で曇ったゴーグルを拭う。
ソファでクッションを抱え指を組みながらニュースを観ているリアリー。
指先が忙しなく反対の手の甲を繰り返しトントンと音の出ない力感で叩く……そう、何度も。
静かな間を拒むかのように、テレビからニュースキャスターの声が聞こえてきた。その内容は昨日起きた放火事件の顛末。
「わぉ、こりゃ大変だネ」
リアリーは自らの上擦った声に驚きと照れが湧き上がり首筋から汗を垂らす。
繰り返し放送されてる映像は、放火犯と思われる男が建物な裏手から出ると散乱していたゴミ袋に足を取られ転倒。手をついた場所には割れ瓶があり突き刺さる重傷を負いまともに動くこともできずに巡回していた警察に捕まる。といった内容だった。
「ろくに下調べもせずにやるからこうなる。1人なら尚更な」
上擦った声に対しての反応はない。気遣いがはたまた気づかなかったか。
目線を手元から移す事なく心無い言葉がレリゴーから漏れるも、それは至極真っ当であり忌憚なきものだった。
「間違いないね。ってそっちの心配はしてないよ」
本来の意図とはズレたレリゴーの反応に通常運転を見たことでリアリーも通常運転に戻った。
そして、わりかし他人事でも無いので自分たちの話題へ移る。
「まぁでも、私たちも指名手配されてるからね」
「名前だけだろ、それに記録はお前が全部消してる。
そもそも、アクション起こす側の先行有利は覆らない。胡座をかいてちゃ捕まるのは当然だ」
レリゴーはなにも特別なことを言わない。ただ事実だけを淡々と述べる。それが誰にとっても当たり前の事のように。
だからブレない。何が起ころうとも。
「そう…だねっ。責任重大だぁ」
背中越しにそう呟くリアリーの表情は見えなかった。
リアリーは俯き抱え込んだクッションに一瞬顔を埋め何かを呟く。
頭のモヤを晴らすように顔を振り前を見た。
汗で首筋に髪が数本張り付く。暑くはない快適な室内で。
一連の動作を終えたリアリーは口を開いた。
「この間の依頼だいぶ疲れたでしょ。少し休んだら?」
気遣う様子を見せるもレリゴーを直接見ることはなく、どういうわけか目を背けるようにして終始背中を向けている。
レリゴーは顔を上げリアリーの方を向き口を開くも……その言葉は機械音にかき消された。
それは依頼を知らせる通知音。数秒、部屋にはニュースキャスターの声だけが反響する静寂が続いた。
レリゴーは瞼を深く閉じ背もたれに身を預けて腕を組む。
一呼吸置いてゆっくりと瞼を開けると首元に手を添えた……。
「行くぞ。ダッキャリア家の秘宝を盗り還しに」
髪をなびかせ振り向くリアリー。そして漏らした声は音にならずひとつ嚥下する。少し間を置いてから、歯を見せない擦れた微笑みを作り身支度を始めた。
この時間、2人の視線が交わることはただの1度もなかった。




