表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

短編集

雪の傷跡に溶ける赤

作者:
掲載日:2026/01/21

 冷たい床の感触が、頬にべったり張り付いていた。

 目を開けると、蛍光灯の白が滲んで、頭がくらくらする。

 手首に巻かれた包帯が重くて、動かすのも億劫だ。

 自分で切った傷のはずなのに、こんなに丁寧に巻かれているなんておかしい。

 誰かが、血が止まる前に駆けつけたんだろう。


 ……誰だろう。

 喉がカラカラで、声が出ない。

 視線を横にずらすだけで精一杯だった。

 そこに、女性がいた。

 黒髪が肩まで伸びて、少しウェーブがかかっている。

 灰色のセーターにデニム。


 病院の付き添いにしては、妙にラフで、妙に落ち着いていた。

 彼女はスマホをいじっていたけど、私の気配に気づいて顔を上げた。


「目、覚めた?」


 低くて、少し掠れた声。

 優しい響きが、なぜか胸に刺さった。

 私は頷く代わりに、ただ瞬きをした。


 それで十分伝わったみたいで、彼女は立ち上がってベッドの脇に近づいてきた。

 プラスチックのコップに水を注いで、差し出してくれる。

 手が震えて受け取れない私を見て、彼女はそっと支えてくれた。


「ゆっくり飲んで」


 水が喉を通る。

 生きてる証拠みたいで、嫌だった。

 でも、身体はそれを欲しがってるのか抵抗なく飲んでしまった。


「……ありがとう」


 小さな声で呟いた。

 死に損なった私が、礼を言うなんて滑稽だと思った。

 彼女は小さく笑って、


「いいよ私も、似たようなことした側だったから。放っておけなかっただけ」


 その言葉が、胸の奥をずしりと重くした。

 似たようなこと。

 つまり、彼女も……。


「……名前は?」


 聞かずにはいられなかった。


(ひじり)。それでいいよ」


 聖。短くて、鋭くて、でもどこか儚い響き。


 私は目を閉じた。

 銀色の髪が枕に広がって、視界の端で揺れる。

 赤い瞳が、涙で滲むのを、彼女に見られたくなかった。


「……綾」


 自然に、名前が出てきた。

 自分でも驚くほど小さな声だった。

 聖は一瞬だけ目を細めて、私をやさしい目で見つめていた


「綾か。綺麗な名前だね」


 その一言で、何かが少しだけ溶けた気がした。

 でも、助けてくれてあれだけど、死にたい気持ちは、消えなかった。

 それから退院までの五日間、聖は毎日来てくれた。


 朝は「おはよう」って顔を出して、

 昼はコンビニのサンドイッチを持ってきてくれたけど勝手に持ってきていいのだろうか?

 夜は窓際の椅子に座って、静かに本を読んでいた。


 私はほとんど喋らなかった。

 喋る気力もないし、何を話せばいいのかもわからなかった。

 でも、聖は無理に話を振ってこない。

 ただ、そこにいてくれた。


 三日目の夕方、聖が私の銀髪を指で軽く触った。


「光が当たると、雪みたいに透けるね」


 突然の言葉に、びっくりして顔を上げた。

 子供の頃から、この髪と赤い目が嫌いだった。


「変な子」「化け物」って言われて、鏡を見るのも苦痛だったのに。


「……気持ち悪い?」


 小さな声で聞いた。

 聖は首を振って、


「全然。綺麗だよ。赤い目も、吸い込まれそうだ」


 そんなこと、初めて言われた。

 胸が熱くなって、涙がこぼれそうになった。

 慌てて目を逸らしたけど、聖は気づいてるみたいだった。


 四日目に、聖が自分の袖を捲って、手首を見せてくれた。

 薄い線が、数本あった。

 三年くらい経ってるらしい。


「私のも、こんな感じ。時々、かゆくなるよ」


 同じ傷を見せられた瞬間、胸が締め付けられた。

 私は無意識に、自分の包帯を触っていた。


「……聖は、なんで?」


 やっと、聞いた。

 聖は少し間を置いて、


「家族が壊れたんだ。借金で父が逃げて、母は出てって。一人で耐えきれなくて」


 淡々とした声だったけど、目が少し潤んでいた。

 私は自分のことを話したくなった。

 初めて、言葉にしようとした。


「……私も、親の期待が重くて。完璧じゃなきゃ、価値がないって。学校でも、銀髪と赤目で浮いてて……全部、息苦しくて」


 聖は黙って聞いてくれた。

 それから、そっと私の手を握った。


「綾は、生きてるだけで価値あるよ。今は、それでいい」


 その言葉が、温かかった。

 でも、まだ信じきれなかった。


 五日目に退院に日がやってきた。


 聖が病院の玄関で待っていた。

 最初断ったんだけど、いいからと言って私の小さなバッグを持ってくれた。


「家に送ってあげるよ」


 私は頷いた。

 一人で帰るのが、怖かったから。

 私のアパートは、古くて狭い。

 埃っぽい空気と、銀髪が妙に目立つ。

 聖が入ってきて、部屋を見回した。


「ここで、一人?」


「……うん。親とは、もう連絡取ってない」


 私は、インスタントコーヒーを入れて、テーブルの上に置いた

 


「これから、どうする?」


「……わからない。学校も、仕事も、全部辞めちゃったし」


「じゃあ、ゆっくり考えよう。私、近くに住んでるから。毎日来てもいい?」


 その日から、聖の訪問が日常になった。

 一緒にコンビニ弁当を食べたり、テレビを見たりした。

 夜遅くまで、ただ黙って手を繋いでくれた。


 ある夕方、聖が私の手を握って、近くの公園に散歩をした。


「綾の手、冷たいね」


 そう言って、自分のポケットに私の手を入れてくれた。

 温かさが、じんわり伝わってくる。


「……聖の匂い、好き」


 無意識に呟いた。

 石鹸と、少し甘い匂い。

 それが、私の死にたさを、少しずつ溶かしていく。

 聖は目を細めて見つめてくれる。

 彼女は私と話すとき目を見て話してくれる。

 そんな彼女の顔を見るのが最近少し恥ずかしいのと、嬉しい気持ちが重なっているのを自覚していた。


「私も、綾の匂い好きだよ。雪みたいな、冷たくて優しい匂い」


 その言葉で、頬が熱くなった行くのを感じる。

 初めての、甘い感情が沸き上がってくるけど、雪の匂いって何だろうとも思った。


 それでも心の奥で、まだ怖かった。

 この温かさが、いつか消えるんじゃないかって言う恐怖が襲ってくる。


 それから一ヶ月。

 私は聖の紹介で、カウンセリングに通い始めた。

 彼女が一緒に来てくれる日もあった。

 少しずつ、親の言葉をただの言葉として受け止められるようになってきた。


 でも、危機は突然来た。

 ある夜、母親が突然アパートに現れた。

 ドアを叩きながら、母親が怒鳴った。


「綾! 開けなさい!いつまでこんなところで腐ってるの!」


 私は凍りついた。

 聖が隣にいてくれたけど、体が動かない。

 聖が立ち上がって、ドアを開けた。

 母親は聖を見て、顔を歪めた。


「あなた誰?綾の友達?邪魔しないで」


 聖は静かに、でも強く言った。


「綾の恋人です。もう、綾に近づかないでください」


 母親は私を見て、冷笑を浮かべた。

 それが胸の奥に入り込んで、体がこわばるのを感じた。


「恋人? ふざけないで。こんな出来損ないと一緒にいるなんて、貴女も可哀想にね」


 その一言で、私の中で何かが切れた。

 でも、死にたい衝動じゃなくて、怒りだった。

 私は立ち上がって、母親の前に立った。


「……もう、いいよ。私、出来損ないでもいい。聖が好きって言ってくれるから、生きてる。あなたがいらないって、初めて思った」


 母親の顔が青ざめた。

 何か言い返そうとしたけど、聖がドアを閉めて、鍵をかけた。


「出て行ってください。二度と来ないで」


 母親は黙って、踵を返した。

 その足音が遠ざかっていく。

 鍵の回る音が、やけに大きく響いた。

 

 私はその場に崩れ落ちた。

 聖が抱き上げて、ベッドに連れて行ってくれた。



「……怖かった?」


「うん。でも、聖がいてくれたから、言えた」


 聖は私の額にキスをして、


「よく頑張ったね。もう、一人で戦わなくていいよ」


「でも恋人って」


「演技じゃないから」


 聖はそう言って、私の頰に触れた。

 指先があったかくて、逃げ場を探してた心が、そこで止まる。


「最初はね、放っておけなかっただけだった。自分と似てるって思ったから」


 少しだけ、視線を逸らしてから、また私を見る。


「でも、毎日来るうちに、気づいた。綾が笑うと、安心して。黙ってても、隣にいるだけで落ち着いている」


 指が、私の手を包む。


「帰る場所になりたいって思った。綾が生きていく理由の一つに、なりたいって」


 胸の奥が、じん、と熱くなる。怖いのに、逃げたくない。


「……私、重いよ。まだ、死にたくなる日もある」


 聖は小さく笑って、首を振った。


「知ってる。それでもいい。生きるって、たぶんそういうことだと思ってる」

少し間があって、静かに言った。


「綾が好き。恋人として。これからも、そばにいたい」


 息が詰まって、うまく言葉が出ない。

 でも、胸の奥から、ちゃんとした答えが湧いてきた。


「……私も。聖がいないのは、考えられない」


 聖の手を、ぎゅっと握る。


「だから……恋人で、いてください」


 聖は一瞬だけ目を細めて、それから、とても優しい顔で頷いた。


「うん。よろしくね、綾」


 額に触れる唇が、さっきより少しだけ長かった。

 怖さは、まだ消えてない。でも今は、それよりも、温かい。


 それから半年がたった。


 私たちは一緒に暮らすようになった。

 聖の部屋を、私たちの部屋にした。

 銀髪が朝陽に透けて、赤い目が優しく細まる。

 聖の黒髪に指を通しながら、毎朝キスをする。


 まだ、死にたくなる日はある。

 雨の夜とか、ふとした瞬間に。

 でも、その時は聖がそばにいて、手を握ってくれる。


「生きてて、よかった」


 私が呟くと、聖はいつも笑う。


「うん。私も」


 傷跡は残ってる。でも、今はそれが、私たちの絆の証みたいに思える。


 雪のように冷たかった私が、聖の温かさに溶けて、赤い色を取り戻した。

 私はこれからも彼女と一緒に生きていく

この作品ををお楽しみいただけましたか?


もし「他の作品」や「応援したい」と感じていただけましたら、ぜひブックマーク登録と、ページ下部にある【評価する】ボタンから評価ポイントをいただけると、とても励みになります!


このような話を書いてほしいなどリクエストがあれば書きたいと思います。


皆さんの応援が、次の話の執筆を進める力になりますので、どうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綾の長編シリーズ!
【2部連載中】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~
~!
※R15・残酷描写あり。苦手な方はご注意!

他の長編もチェックしてね(現在4本!)
2. Liebe(一部完)
学園物百合小説
3. 白雪様と二人暮らし
女子高生と仏様とのほのぼの百合小説
4. 【完】紫微綾の事件簿
(百合×探偵×バイオレンス)

※R15・基本性的描写・残酷描写あり。苦手な方はご注意!

もっと知りたい人はTwitterで更新待ってるよ~
@VTuberAya_Nanjo
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ