おたがいさま~美しい薔薇の令嬢が婚約破棄を喜んだ理由~
「お前とは婚約破棄だ!」
そんなお決まりのセリフで、婚約者の王子は別の女の腰を抱いて私を指さした。
驚いているように周りには見えたかもしれないけど、私は喜びに打ち震えていた。
ぶっちゃけ、私は婚約者が大嫌い。何が嫌いって、体臭が合わないの。
こればっかりはどうにもならないじゃない?
見た目なんて一切気にならない。人を見た目で判断するなんて間違ってる。
実際に殿下は十人並みの容姿で、少々ぽちゃっとしているところはむしろ可愛いと思うし良いと思うの。
だけど!
においだけは!
どうにもならないのっっ!
婚約者と会う日は多めにバラの香水をつけて、できるだけ息を止める。何度も香水を振って臭いを上書きする。おかげで城では私は美しき薔薇の令嬢なんて呼ばれているくらい。
でも、どんなに努力をしても、隣に立つだけで意識が飛びそうになるのっ!
どうして他の人は平気なの?
だけど、ようやく私は婚約者の座を降りることになる。
嬉しくて震える手でドレスの両端を摘まみ上げ、何年も積み上げた美しい所作でカーテシーをする。
「かしこまりました。それでは、わたくしは失礼いたします」
足早にダンスホールを抜け出して、詰めていた息を一気に開放して深呼吸をする。
ああ! 素晴らしい自然の香り! 大自然、最っっ高!
私は空気を胸いっぱいに吸い込んで、自由になった嗅覚受容体を思いっきり解放した。
――同じ頃、王子は……
「やっと、やっと解放された」
テラスの扉を開け、外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「あのバラの香りには辟易していたんだ」
元婚約者の残り香が充満しているダンスホールを、忌々しく見下ろしていた。
平和になったダンスホールの中で、王子の隣に居る女性以外の多くの人々が重くため息をつきながらこう思った。
おたがいさま。




