剣
8月25日
夏の山場を超え、最高潮と比べれば、ずいぶん過ごしやすくなってきたが、まだ、ほんのりと夏の面影が残っている。
ステラはというと、言葉をしっかりと喋れるようになり、一人で立って、歩くこともできるようになった。
ステラが一人で歩けるようになって、もともと活発な子だったが、さらに活発になった気がする。
昨日だって、プールの中で立って、歩いて、転けてを繰り返し、はしゃぎ回っていた。
今日は暇だったのか、それとも遊び飽きてしまったのか。
いつもは部屋で遊んでいるステラが、家の前にある横長い椅子によじ登り、果物をかじりながら、足をぶらぶらとさせ、私の方を見ていた。
私は、そんなステラの前で、剣を振っている。
しばらくした後、果物を食べ終わったステラが椅子から降り、私の方へ向かってきた。
ステラは私の近くまでやってくると、ステラもやるー!と言って、両手を上げ、私が持っている剣を持とうとする。
ステラは剣術に興味があるのか?
でも、これは重いからステラは持てないと思うぞ。
私がステラにそう言うと、ステラは大丈夫!ステラ持てる!と言って、頑なに諦めようとしなかった。
ステラもやりたい!ダメ?
ステラは上目遣いでねだってくる。
はぁー。
私は大きくため息をついた。
はいはいわかったよ。
じゃあ、一回持ってみるか?
うん!
ステラは嬉しいそうな表情で、大きな声で頷いた。
私は持っていた剣を地面に置き、一応、ステラが怪我をしないように防護魔法もかけておいた。
ステラは、よーし!と張り切った様子で、私が地面に置いた剣を、一生懸命持ち上げようと頑張る。
うぅ!…
しばらく格闘した末、ステラは剣を持ち上げるのを諦めた。
重たい…
でも、ステラもやりたい…
ステラはそう言って、目をうるうるさせた。
そんなに剣術をやりたいのか?
うん…
ステラ、剣術やりたい…
そうだな…
じゃあ…私が新しく剣を作ってあげよう。
本当!?ステラも剣欲しい!
ステラは、私の言ったことを聞くと、すぐに表情を変えて、今度は、目をキラキラとさせてこっちを見つめ始めた。
ああ、いい剣をな。
ただ、剣を使うときは必ず、私が一緒にいないとダメだぞ。
勝手に一人で剣を触っちゃいけない。
約束できるか?
うん!ステラ、約束守る!
よし、いい子だ。
それじゃあ、今から剣を作ってあげるから、少し待っていてくれ。
私はステラの頭を撫でると、剣を作るために一度、家に戻った。
干渉、創造、付与。
木を削り、形を整えた木剣に、ステラ自身が怪我をしないよう、いつくかの魔法を施す。
見た目も魔法で、できるだけ本物の剣に近づけた。
できたぞ。
持ってみるか?
うん!
私はステラに剣を渡した。
ステラは小さな両手で剣を持ち、剣!剣!と言って、嬉しそうにそれを眺める。
いずれ、剣術を教えようと思っていたが、今から少しずつ初めても良さそうだな。
新しい剣もできたことだし、剣術を習ってみるか?ステラ。
私がステラにそう聞くと、うん!ステラ、剣術する!と言って、ステラは家の外に向かって歩き始めた。
ししょー!早く!早く!
ステラはこちらを振り返り、手を振って、私を呼んだ。
まったく、早くやりたくて仕方ないみたいだな。
まあ、やる気があることに越したことはないか。
私はステラの後を追って外へ出た。
剣術に必要な筋肉はこれから鍛えていくとして、まず、何から教えるべきか…
そうだ。
ステラ。こっちにおいで。
私がステラを呼ぶと、ステラはその小さな体でてくてくとこっちに歩いてくる。
今日は剣術の型を教えてやろう。
かた?
ステラはそう言って、首を横に傾げると、肩!と言って、自分の肩を指差した。
違うぞ。
その肩じゃなくて、剣術の型だ。
これ?
ステラは剣を構え、私が剣を振っていた時の真似をした。
そうだ。
さっき私がやっていたのが剣術の型だ。
今からそれを見せるから、しっかりと見ておくんだぞ。
私はそう言って、剣を構えた。
はるか遠くまで続く大地、そこにある一つの小さな家。
風に揺れ動く葉の音と、鳥が囀りだけが聞こえる。
そこに私は一人、剣を振るった。
どうだ?
これが、今からステラに教える剣術な型だ。
すごい!すごい!ステラも!ステラも!
分かった、分かった。
今からちゃんと教えやろう。
まずは私の真似をしてみてくれ。
姿勢は低く、体の重心を下げ、足の裏は大地に根を下ろすように…
目線はいつも水平を保ち、体には力を入れすぎず、かと言って弱すぎず、背筋を伸ばし、顎を引く。
体全体を使い、呼吸は下腹から引き上げ…
風の様に静かで早く、そして、水の様にしなやかに。
時に、炎の様に力強く、剣路が途切れないよう流れを作り、力を失わないよう強さを保ったまま流れに身を任せる。
まるで、一本の筆から世界を描くように…
どうだ?できそうか?
型を終え、振り返ってステラの方を見てみと、ゆっくりだが、ステラは確かに、私の剣術の型の剣路をなぞっていた。
じゃっかんのぶれはあるものの、体の成長が伴っていないだけで、いずれ時間が解決することだった。
ある程度、形になればと思っていたが、まさか、一度でここまでできてしまうとは。
凄まじい才能だ。
ステラも剣術できた!
ししょー!ステラすごい!?
型を一通り終えたステラが、私に向かって駆け寄ってくる。
ああ、すごいぞ!
普通は初めてでここまでできないからな。
これからたくさん練習すれば、きっと凄腕の剣士になれるはずだ。
へへ。ステラ上手!
ステラもっと剣したい!
ああ、これから毎日剣術を教えてやろう。
頑張って着いてくるんだぞ。
うん!ステラ頑張る!
ステラはそう言って、無邪気な笑顔をみせた。