誕生日と夢
あれから数日が経った、ある日の午後。
暖炉前にある絨毯に少年が寝そべり、足をバタバタとさせながら、シロと一緒に魔法書を読んでいた。
ねぇ、シロ…
師匠って、何もらったら喜んでくれるのかな?
少年は突然、本を読んでいる途中で何かを思ったのか、シロにそう話しかけると、シロはワフ?と言って首を横に傾ける。
いつもさ、師匠はステラ達の誕生日お祝いしてくれるでしょ?
でも、ステラ達は師匠の誕生日分からないし、お祝いしたくても、全然教えてくれない…
だからね!
今年はステラが誕生日の時、いつもありがと!って、師匠にプレゼントをあげたいなって思ってるんだ!
どう?いいアイデアでしょ?
でもね、師匠にあげるプレゼント、まだ見つからないんだ…
ねぇ、シロは何がいいと思う?
どうせなら、師匠をびっくりさせるものがいいな〜!
そうやって、少年がシロに語りながら、体を仰向けにしてゴロゴロしていると、シロは何かを思いついたのか、起き上がって少年の服を引っ張り始めた。
ん?どうしたの?シロ。
少年はそう言って、シロの方に顔を向けると、シロは服を引っ張るのをやめて、今度は少年の顔をペロペロと舐める。
ははっ。分かったよ。
今起きるから。
少年はそう言ってすぐに立ち上がり、魔法書を隣に片付けた。
で?
シロ、どこに行くの?
シロは、少年が立ち上がるのを確認すると、歩き始め、少年はそのままシロの後をついて行く。
少し歩いて、二人は、リビングの隣にある少し広い部屋の前にたどり着いた。
二人の前にあるこの部屋は、家の外から見える大きさ以上に中の空間が広く感じられ、そこには沢山の本が無造作に、机や棚、地面に置かれていた。
本?
少年がそうやって、自分がここに連れてこられた理由を考えていると、シロはそのまま部屋の中へと入り、前右足で本をトントンと触って、改めて、少年の方を見た。
なるほど!
何をあげればいいか、本で探してみたらいいってことだね!
少年の言葉に対し、シロはワフ!と一声吠えると、首を縦に振って、そうだよ。と少年に伝えている様子だった。
天才だよ!シロ!
ありがとう!
少年はそう言ってシロに駆け寄り、ギュッとシロを抱きしめた。
それじゃあ、二人で師匠の誕生日プレゼントを探しに行こっか!
少年はシロから離れて立ち上がると、早速、本部屋の中で本を探し始めた。
本を探しては読んでを繰り返し、時間が流れ、過ぎてゆく。
そうして、いつの間にか少年の周りには本が増え、少年を囲む様にして本が積み上がっていた。
うーん。どうしよ…
相変わらず、少年が本の中に埋もれて悩んでいると、扉の方からざーっざーっざーっ。と、何かを引きずっている音が聞こえきた。
シロ、何してるの?
何かいいの見つけた?
少年はある程度、その音がはっきりと聞こえる様になると、頭に被せてあった本を持ち上げ、体を起こして、音の聞こえる方に視線を向ける。
するとそこには、一枚の大きな紙を引きずりながら、少年に向かっているシロの姿があった。
紙?
少年はシロが持ってきた紙を持ち上げると、じっと見つめたり、光にあてて透かせたりして、なんだろうと不思議そうにそれを眺め、考える。
シロ。
この紙、何に使うの?
少年がシロにそう聞くと、シロは何かを言いたそうに、身振り手振りで何かを伝え始めた。
う〜ん。
紙が大きいから小さくして欲しい?
少年の答えが違っのか、シロは首を横に振る。
違う?
じゃあ、本を見るの飽きたから紙で遊びたい?
シロはまた、首を横に振った。
これも違う?
…分かった!
少年の自信ありげな態度に、シロは期待の目で少年を見つめる。
折り紙にして、何か作りたいんだね!
ズコー。
またシロの伝えたい答えと違ったのか、シロは大きくこけたふりをした。
あれ?また違った?
う〜ん…
少年があまりにも正解を言わないからか、シロは辺りを見回して、何を取りに行った。
しばらくして、シロが筆を持って戻ってくる。
筆?
あ!今度はちゃんと分かったよ!
一緒にお絵描きがしたいんだね!
少年がそう言うと、シロはワフ!ワフ!と言って、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
分かった!
じゃあ、インク持ってくるね!
少年はそう言って、早速インクを取りに行こうとすると、シロはなぜか、少年を行かせない様にと、少年のズボンを引っ張る。
ん?また何か違った?
少年は立ち止まって、シロの方に振り向くと、シロはさっきまで少年が読んでいた本の場所に行って、本を指差した。
どうしたの?
その本なら、さっき読んだよ。
それに、あんまりいいプレゼント思いつ…
あ!プレゼント!
もしかして、ステラ達で絵を描いて、師匠にあげようって言おうとしてたの!?
ワフ!ワフ!
少年に、自分が伝えたかったことが伝わったからか、シロはまた、さっきと同じ様にぴょんぴょんと、高く飛び跳ねた。
それ、すごくいいね!
やっぱりシロは天才だよ!
そう言って、少年はシロの頭を撫で撫でした。
ありがと!
一生懸命教えてくれて!
よ〜し!!
そうと決まれば、頑張って絵を描いて師匠に喜んでもらうぞ!
おー! ワフー!
こうして、二人の掛け声と共に、師匠に絵を渡してびっくりさせるぞ大作戦が、密かに始まった。
作成会議。
じゃあ、まずは絵の具だね!
そういえば、花で絵の具を作れるって、本に•••
シロ、この花もう少し欲しいからとってきてくれる?•••
ねぇ見て、どうかな!?•••
シロ!すごい!
いい感じだね!•••
そんなこんなで数日が経ち、少年の誕生日の前日に、二人は絵を完成させた。
よし!できた!
少年は自分達が描いた絵をバッと広げ、嬉しそうにそれを眺めている。
頑張ったね!シロ!
そう言って、少年は手のひらをシロの方に向けると、シロはぴょんと飛び上がって、前足でハイタッチをした。
師匠、喜んでくれるかな?
少年がその様に、少し不安が混ざた声でシロに尋ねると、シロはそれを感じ取ったのか、ワフ!ワフ!と安心させる様に、明るく返事を返した。
そうだね!きっと喜んでくれるよね!
少年はシロに向かってありがとう。とニコッと笑う。
しばらくして、絵の具が乾くと、少年は絵が汚れない様に丁寧に絵を収納し、その他、絵を描く為に使った道具も一緒に、綺麗に片付け始めた。
それじゃあ、また明日。
バイバイ…
少年はそう小声で言いながら、絵や道具を収納した場所を師匠に見つからない様に、落ち葉で作った蓋でそーっと隠した。
長く短い夜が開け、徐々に朝日が大地を照らし始める。
眠りに着いた動物達は目を覚まし、新しい1日の始まりを告げていた。
今日は5月14日。
少年が今年で5歳になる誕生日だ。
朝、ぐるぐるに包まった布団から体を起こし、顔を洗い、歯を磨き、服を着替える。
その後は、三人で畑作業を行なったりして、いつものように皆んなで食卓を囲み、目玉焼きの乗った食パンと蜂蜜の入った暖いミルクを一緒に、朝ごはんを食べる。
そんな、いつも通りだけど、少し特別な一日が始まった。
朝食を食べ終えてから少しした後、リビングでは少年とシロが、水筒やタオル、本や剣を机の上に並べたりして、ガサゴソと音を立てながら、亜空間袋の中身を整理していた。
ん?もう出かけるのか?
今日はずいぶんと早いのだな。
ちょうど洗濯物を干し終えた彼女が、空になった洗濯籠を持って外から戻り、出かける準備をしていた二人に声を掛ける。
うん!
今日はね…シロとやりたいことあるから、早めに出かけようかなって思ってるんだ!
少年は楽しそうな声で彼女に答えると、彼女は、そうか。と言って、少年に微笑み返した。
しばらくして、彼女が洗濯籠を置き、リビングに戻ってくると、少年はちょうど、机に広げてあった荷物を亜空間袋に入れ終え、亜空間袋の紐を肩に通していた。
そうだ、ステラ。
今日は、いつ頃戻ってくるんだ?
彼女が少年にそう聞くと、少年は、えっとね…と少し悩んだ後、夕方くらい?と答える。
夕方、か。
彼女はそのまま、喋りながら少年の近くまで歩いてき、ん?それなら、お昼はどうするんだ?と、付け加えて、少年に聞き返す。
すると、少年は彼女の言葉を聞いて思い出したのか、ハッとした表情で、あ!お昼!と言った。
はは。どうやら
そこまでは考えてなかったみたいだな。
彼女は少年の頭に手を当て、そっと撫でると、おいで、今から作ってあげる。と言って、二人を連れて、台所へ向かった。
そうだ。今日はステラの誕生日だから、食べたい物。何でも作ってあげるぞ。
少年はその言葉を聞くと、嬉しいそうに、本当に!と言って、おにぎりが食べたい!あと、お肉も!それから…と、あれやこれと、自分が好きな食べ物の名前を、次々に出していく。
はは。本当に全部食べ切れるのか?と、彼女は冗談混じりに少年に言いながらも、分かったよ。と言って、亜空間から食材を取り出し、料理の準備を始めた。
しばらくして、少年の注文通りの、とても豪華なお弁当が完成した。
少年は、わぁ〜!と嬉しそうに、完成したお弁当を覗き込んでいる。
彼女は、亜空間からナフキンを取り出して、お弁当を包み、はい。と少年に渡した。
ありがとう!師匠!
少年は彼女からお弁当を受け取ると、丁寧に亜空間袋の中に入れ、ついでに、机の上にあった卵焼きや唐揚げなど、お弁当に入らなかった余り物をいくつか口に放り込んだ。
少年はそのまま、てくてくと玄関に向かって歩いていく。
師匠!行ってくるね!!
少年は扉の取っ手に手を掛けて、扉をゆっくりと開けながら、もう片方の手で彼女に手を振った。
あんまり遠くに行っちゃダメだぞ!
うん!分かってる!
明るく元気な声と共に、少年はシロと森に向かって走り出した。
少年が出かけた後の静かな部屋。
部屋の中にはまだ、さっき作ったお弁当のいい匂いが広がっている。
最近二人で何かしてるみたいだが、いったい何をしているのだろうか。
まぁ、今日はお使いか何かを頼んで、ステラがいないうちに準備しようかと思っていたけど、ちょうどよかったな。
彼女はそう言いながら、机の上にあった物や食べ物を亜空間の中にしまった。
よし!始めるか!
そうだな…まずは•••
そうして、彼女はステラの誕生日パーティーの準備を始めた。
部屋の片付けや飾り付け、ケーキやその他、ステラが好きな料理を作ったりなど、誕生日パーティーのための作業を着々と進めていく。
そして、あっという間に時間がながれ、もう少しで少年達が帰ってくる時間になりそうになっていた。
よし。なんとか間に合ったみたいだな。
それじゃあ後は、ステラとシロが帰ってくるのを待つだけだ。
彼女はそのまま椅子に座って、感覚を澄ますと、少し離れた所から二つの魔力がこっちに向かって、走って来ているのが分かった。
ん?
どうやら、二人もちょうど帰ってきているみたいだな。
彼女はそう口ずさむと、再び立ち上がって、最後の準備を始めた。
しばらくして、少年とシロが玄関の前に着き、扉を開ける。
ただいまー! ワフー!
二人がそう言いって扉を開けると、同時に、バーンと、いくつかのクラッカーが弾けた。
お誕生日おめでとう!
少年は、クラッカーの音に少しびっくりしていたけれど、すぐに、嬉しそうな表情で、部屋の中を見渡し始めた。
わぁー!!ありがとう!!師匠!!
ああ、お帰り。
ステラ。シロ。
彼女は少年の頭に手をのせて、よしよしと撫でる。
よし。それじゃあ皆んな揃ったことだし、ステラの誕生日パーティーを始めよう!
と、言いたいところだが、まずは二人とも先にお風呂だな。
彼女の言葉を聞いた二人は「?」と、頭にはてなを浮べると、お互い顔を目を合わせて、本当だ!まずはお風呂だねと言って、笑いあった。
お風呂に入ってからしばらくした後、リビングとお風呂場を繋げる通路から、頭の上にタオルをのせた少年とシロが、タオルの端っこを靡かせて走って出てくる。
二人とも綺麗になったか?
彼女がお風呂から戻ってきた二人にそう聞くと、少年は、うん!綺麗になった!と言って、ジャーンと、両手を大きく広げて、彼女に見せた。
シロも少年の様子を見てか、ワフワフ!と言って、少年の隣で、大きく尻尾を振る。
おいで、二人とも。
彼女は、二人のそんな様子を見て軽く微笑むと、二人を近くに呼び寄せて、風魔法で二人の髪(毛)を乾かす。
ありがとう。師匠!
少年は、頭に掛けてあったタオルを首に掛けると、笑顔で彼女に言った。
どういたしまして。
それじゃあ今度こそ、ステラの誕生日パーティーを始めようか。
彼女の言葉を聞いた少年は、うん!と深く頷いた。
いただきま〜す! ワフワフ!
三人は手を合わせ、いただきますをした後、早速、机の上に広がった料理を取り分けて、楽しい誕生日パーティーを始めた。
少年は、右手にフォーク、左手にジュースを持って、美味しいそうに料理を食べていて、シロも少年と同じ様に、美味しいそうにご馳走を無我夢中で食べていた。
二人とも、そんなに急いで食べると喉を詰まらせるぞ。ほら、まだ料理は沢山有るから、もっとゆっくり食べな。
彼女が二人にそう言うと、二人は口の中にあった食べ物を飲み込んで、はーい! ワフワフ!と返事をした。
本当に分かっているのか?
彼女は、はははっと、笑顔で笑った。
やっぱり、誰かと食事を共にするのはいいな。
食事の途中、彼女がぼそりと呟く。
ん?師匠、なんか言った?
え?あ…いや。
なんでも無い。
そう?
少年は「?」と頭を傾げると、またすぐに、料理を食べ始めた。
彼女は、二人が美味しいそうに食べる表情を見ながら、自分も一口と、料理を口へと運ぶ。
しばらくして、ある程度料理を食べ終えると、少年は何かを思い出してか、ティッシュで口を拭いて、椅子から降りた。
そうだ!
今日ね!師匠に渡したいものがあるの!
ん?なんだ?
えっとね…ちょっと待ってて!
シロ!行こ!
少年はそう言ってシロを呼ぶと、そのままシロを連れて、何かを取りにリビングへ向かった。
師匠!目、閉じて!
ん?分かった。
彼女は、お箸をお皿の上に置くと、少年に言われた通りに目を閉じて、椅子の背もたれを横にして座った。
まだ見ないでね!
少年とシロが何かを準備していて、ガサゴソと音が聞こえてくる。
しばらくして、準備が終わったのか、さっきまでしていた音が無くなり、いいよ!と、彼女を呼ぶ、少年の声が聞こえてきた。
彼女はその声が聞こえると、言われた通りにゆっくりと目を開け始める。
師匠!いつもありがと!
彼女が目を開けてみれば、目の前には、花冠をかぶり、絵を持って立っている少年の姿があった。
これは、私のために描いてくれたのか?
彼女はそう言うと、驚いた表情と同時に、嬉しそうに笑った。
うん!シロと一緒に描いたんだよ!
これがね!師匠で…これがステラ!で、これがシロ!
そう言って、少年は嬉しそうに絵の説明をする。
彼女は少年から絵を受け取ると、じっくりとその絵を覗き込んだ。
これは皆んなでピクニックをしているところか?
ははっ。
こっちは二人の手形で描いているんだな。
彼女がそうやって絵を見ていると、シロが椅子をつたってテーブルに登り、花冠を咥えて、尻尾を振り振りとさせながら、彼女を待っていた。
これも私にくれるのか?
彼女が横にいるシロに聞くと、シロはうんうんと、頭を縦に振る。
そうか。じゃあ、被せてくれるか?
そう言って、彼女は頭をシロの方へと傾け、シロに花冠をかぶせてもらった。
これで三人お揃いだな。
彼女は頭の上にのった花冠を触って、ニコッと笑う。
あ!そうだ!
あとね、これもあるの!
少年はそう言って、肩に掛けてあった亜空間袋から、一本の花が植えてある植木鉢を取り出した。
少年が取り出したその花には、黄色い大きな花弁があり、ところどころに、赤やオレンジなどの模様が入っていて、その花は一本しかないのにも関わらず、辺りを明るくするほど、美しい見た目をしていた。
光彩花じゃないか!?
どこで見つけたんだ?
てっきりもうないと思ってたのに…
彼女は驚きながらも、どこか、懐かしいものを見ているかの様に、花を受け取り、光彩花を見つめる。
これ!前に師匠が言ってた、師匠が好きな花!
今日ね!シロと一緒に、頑張って探したんだよ!
ね!シロ!
少年はそう言って、シロと顔を合わせると、また、彼女の方を見て、笑顔で笑った。
それで、泥だらけになっていたんだな…
大変じゃなかったのか?二人共。
私でさえ見つけることができなかったのに…
本当はね…
花束にして、師匠にあげたかったんけど、一本しかなかったの…
少年はさっきとは違って、少し落ち込んだ声で喋る。
そんなことないさ!!
絵だけでもすごく嬉しいのに、光彩花まであるなんて、十分すぎるよ。
ありがとう。
ステラ、シロ。
最高のサプライズプレゼントだよ。
彼女はそう言って、植木鉢を隣に置くと、二人を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。
それじゃあ、パーティーの続きをしようか。
今日は、ステラのために、いちごケーキも作ったんだぞ。
本当に!?
ステラ、いちごケーキ食べたい!
ああ。皆んなで食べよう!
うん! ワフ!
こうして、三人の明るい声が静かな夜に響いた。
食事が終わり、しばらくした後。
少年とシロは満足そうにお腹を触って、背もたれにもたれながら、だら〜んと椅子に座っていた。
はぁ〜〜!お腹いっぱい!
ワフワフ〜!
そこに、食器の片付けから戻って来た彼女が、そんな二人の様子を見て、何しているんだ?二人とも。と、言って笑っている。
あ。そうだ。
実はまだ、二人に見せたいものがあるんだが…
どうだ?
食後の運動も兼ねて、外に行くのは?
本当に!?行く!
彼女が、椅子に座っている二人に向けてそう言うと、少年は元気よく椅子から降りて、シロを連れ、彼女の元へと駆け寄った。
師匠!見せたいものって、何!?
ん?ちょっとした魔法さ。
彼女はそう言って、少年の頭を撫でると、奥の部屋から暖かい毛布を持って来て少年に羽織らせ、ランタンを持ち、出かける準備を始めた。
少し肌寒い風が頬を通り抜け、星の微かな光と、ランタンの暖かい光だけが、真っ暗な森の中に道を示している。
しばらくして、三人はそんな夜道を歩いて行くと、いつも、ピクニックをしているときに来る草原に辿り着いた。
よし。
ここらでいいだろう。
彼女はそう言って立ち止まると、ランタンを地面に置き、腰に手を回して遠くを見つめた。
ステラ。
私が教えた魔法の作り方には、どんな種類があったか覚えているか?
うん!覚えてるよ!
今、ステラが使っている魔法と、全詠唱と簡易詠唱!
でしょ!?
良く覚えているな、その通りだ。
今、ステラが言ったその三種こそが、魔法を発現させる上での主な方法であり、術者がその内のどれかを選んで、魔法を作り上げる。というところまでが、前にステラに教えたことだったな。
だが、実際には、私の知る限りで魔法を作る方法はもう一つあるんだ。
そうなの!!?
ああ。
今日はその魔法を二人に見せようと思ってな。
今から私が話す魔法は、魔法理論の中で最も高度とされている最高位の発動方式で、私がステラにあげた魔法書にものっていない、私に魔法を教えてくれた人が作った魔法だ。
それじゃあ、師匠の師匠だね!
…そうだな。
私の偉大な師匠様だ。
月あかりが雲に隠れ、彼女の顔をはっきりと見ることはできないが、それでも、彼女は微かに笑っている様な、そんな気がした。
その偉大な師匠様が言うにはだな、人は魔法、そして魔力を極限まで鍛えると、体内にある魔力と空気中にある魔力を共鳴させることができるようになるらしい。
それによって、魔力同士の隔たりがなくなり、魔法陣や詠唱を必要とせずに、体内にある魔力を通して、魔力そのものを魔法に変えることができるようになるんだ。
まぁ、説明はこれくらいにして、早速、世界で私と師匠しかできない、特別な魔法を見せてあげよう。
よく見ておけ。
これが、これから二人に目指してもらう、魔法の最高到達地点だ。
彼女がそ上言って手を前に伸ばすと、彼女の立っている場所から順番に、何もない地面に花が咲き始めていく。
それと同時に、地面も光輝き、瞬く間に視界の全てが、明るい光の世界へと変化していった。
わ〜!!
少年とシロは、魔法でできた光輝く綺麗な花畑に足を踏み入れると、くるくると回ったり、走ったり回ったりして、景色の全てをめいいっぱいに瞳に映す。
彼女の出した魔法はそれだけでなく、水でできた蝶々、火でできたドラゴン、雷の鳥や、氷の馬など、様々な動物達が現れ、ステラとシロの周りを、ぐるぐると駆け回っていった。
驚くのは、まだまだ早いぞ。
本番はこれからだ。
彼女がそのように言うと、魔法でできた動物達は螺旋階段のように、上へ上へと上がっていき、バーン!と大きな音を立てて、夜空に大きな花を咲かせた。
一番最初に咲いた花に続けて、いくもの花が咲いていき、消えては咲いてを繰り返していく。
どうだ?
私から、二人に向けてのサプライズプレゼントは。
すごい綺麗!! ワフワフ!
二人は興奮気味にそう言って彼女に駆け寄ると、彼女は二人を抱き抱え、一緒に花火を見始めた。
お誕生日おめでとう。ステラ。
シロも、いつもありがとう。
二人とも大好きだ。
彼女は二人をぎゅっと抱きしめて、顔を寄せ合わせて笑った。
少年の誕生日から数日後、森の中では、剣の交わる音が鳴り響いていた。
キッ、カッ。キン!キッ!キン。カッ、カッ、キン!
ステラ!視野が狭まっているぞ!
もっと周りをよく見るんだ!
はい!
そうだ。
そうやって視野を広げ、全てを見て感じろ。
決して、自分が支配する空間を狭めるな。
はい!!
はぁ〜は!
剣の重心から体が逸れてるぞ!
肩に力が入りすぎだ、肘をもっと広げろ!
くぅ…はい!
剣は重く、足は軽く、そして、最小限の動きで自分が出せる実力を最大限に出すんだ!
はい!
う、はぁ、はぁ、はぁ…
どうしたんだ?
もう疲れたのか?!
いいえ!まだまだできます!
キン!カッ、キン!カッ、キン!キッ…
少年は、彼女からの重い剣を受け、何度も大勢を崩しながらも、なんとか彼女の動きに食らいついていく。
そうだ。そんな感じだ!
力が足りないなら工夫しろ!
速さが足りないなら予測しろ!
今、この瞬間、自分に何が足りないかを探し、そして考えるんだ!
1分1秒で生死が決まる戦において、気を抜くことは死ぬことだと思え!
はい!!!
剣を振り始めてから数分。
少年は最初の時と比べ、体が安定し、彼女の振る剣の動きにもしっかりと付いていける様になっていた。
彼女の剣攻に対し、解をなし。
また、自らも問いへとまわる。
五感全てを研ぎ澄ませ、まるで、刹那を永遠であるかの様に。
呼吸、目線、足の位置、地形さえも、全ての情報が、戦いを左右した。
そうして、しばらくの間、二人の激しい攻防が続くと、遂に、戦いが大きく動き始める。
少年が防御に専念し、彼女の剣筋を見切るため、目に神経を集中させる。
そして、ここぞというタイミングで、彼女の剣路を遮る様に、逆方向に、剣を強く受け流した。
それにより、彼女は一瞬の隙を見せ、少年はすかさず、体の重心を下げ、彼女の間合いに入り込む。
しかし、彼女は少年の行動をすでに予想していたのか、すぐに剣路を描き直し、少年に剣を振り下ろすと、少年は前に突き出した体を一歩踏み止まらせ、体を捻って飛び上がった。
(フェイント!…)
少年は彼女の剣をかわすと、そのまま回転した勢いを使って、剣を彼女に振りかざす。
ほぉ…やるじゃないか。
だが、まだまだな。
彼女はそう言って剣の軌道を変えると、少年の剣に刃を向けて、剣を弾き返した。
少年は、その反動で手から剣が離れると、後ろに軽く飛ばされ、そのまま地面に倒れ込んだ。
わぁ! バタン…
あ〜あ〜!
また負けちゃった〜!
はぁ、はぁ、はぁ…
ははっ。
お疲れ様。
だが、剣の腕前はもの凄く上達していたぞ!
本当に!?
ああ。
ならよかった!…
は〜っ!疲れた!
そうだな。
今日は、いつもよりも長く剣を振っていたからな。
どうだ?
動けそうか?
う〜ん。
ステラ、もう疲れて動けない…
でも、凄く楽しかった!
そうか。
なら、少し休憩にしよう。
彼女は微笑みながらそう言うと、少年も清々しい顔で、うん!と言った。
雲一つ無い晴天、太陽の光が眩しく差し込み、たまに吹く冷たい風が、とても心地良く感じられた。
彼女は亜空間に剣を直すと、次は中から水筒を取り出し、少年に渡した。
ありがとう!師匠!
どういたしまして。
少年は彼女から水を受け取ると、早速、水筒の栓を抜いて、水をグビグビと飲み始める!
はあ〜!!生き返る〜!!
やがて、少年は水を飲み終えると、再び地面に倒れ、しばらくの間、ただ空の景色を眺めるだけの時間が続いた。
ねぇ、師匠。
ん?なんだ?
今ね、きになったんだけど、物語に出てくる夢ってなに?
夢?…夢、か…
でも、どうしたんだ?急に、そんな話をして。
もしかして、昨日の夜に読んだ、本の話しをしているのか?
うん。
そうか…
彼女はそう言うと、少年の隣に座り込んだ。
そうだな…
実は、正直言うと、私も夢がどんなものかよく分からないんだ。
ただ、私の仲間が言うには、夢は生きる喜びであり、生きる理由だと言っていた。
それから、未来でこうなっていて欲しいと願う未来であったり、希望であったり、絶対に成し遂げたい目標。とも言ってたかな。
ふ〜ん。
そうなんだ…
そうだ、ステラにはそんなふうに、なにか成し遂げたい目標だったり、したいことはあったりするか?
彼女が少年にそう聞くと、少年はう〜んと、考え始める。
あ!ステラ!一つだけ夢ある!
ん?どんな夢だ?
ステラの夢はね…
いつか、師匠より強くなりること!
私を超える、か…
それはずいぶんと大きな夢なのだな。
いつもね、師匠がステラのこと守ってくれてるから、いつか、ステラが強くなって、師匠とシロのこと守るの!
それは楽しみだな。
だが、私を超えるにはまだまだ修行が必要だぞ。
どれくらい?
そうだな…百年、いや、千年かな?
え〜!
絶対無理ってこと?
いや?
絶対、では無いぞ!
ただ、もっと頑張らないといけない、ということだな。
そう言って、彼女は立ち上がると、
どうしたんだ?私を超えたいんだろ。
練習を再開するぞ。
と、少年に手を伸ばした。
うん!
少年は嬉しいそうな顔で彼女の手を取り、元気よく立ち上がった。
夜。
シロと少年が眠りに付き、寝室では、暖かい色を放つ魔道具が、辺りを優しく照らしていた。
シロと少年が眠るまでの間、彼女は本を読んでいたのか、彼女の膝の上には、一冊の本がのっていて、今はただ、少年の胸の辺りを、布団の上からトントンと叩き、二人の寝顔を眺めていた。
私を越えたい、か…
ステラなら、もしかしたら今の私を越えられるかもしれないな…
彼女はそう言って目を閉じ、少年によく聴かせていた子守唄を歌い始めた。