魔法後半
師匠、次は何するの?
そうだな…
次は魔法を使うための二つ目の基礎。
魔力運用について覚えてみようか。
うん!
よろしくお願いします!
少年はそう言って明るく笑うと、彼女の話を聞くために姿勢を正し、改めて椅子の上で座り直した。
今から私がステラに教える魔力運用というのは、文字通り、魔力を上手く操り制御する力のことで、体内の魔力を効率よく循環させる内運用。
そして、魔法陣を描き、そこに適切な量の魔力を流す間運用。
最後に、発現させた魔法をさらに上書きする外運用の、3つに分けられているんだ。
ちなみに魔法の世界では、この世に存在している全ての生命や物資には、必ず魔力が存在していると前提されていて、人の場合は、魔力運用をすることで、初めて体内にある魔力を自覚することができ、それを鍛えることによって、最小限の魔力で強力な魔法を使えるようになる。と、言われている。
まぁ、魔力運用は紋章を覚える時とは違って、詳しい説明なんかより、体に慣れさせることの方が大切だから、やり方は、これからその都度教えていくとして、早速実践といってみようか。
いってみようか!
少年は彼女の言葉を真似すると、右手をぐーにして、高く上に掲げた。
ステラ、頑張ってやってみるね!
ああ。
それだけやる気があれば、きっとできるはずさ。
彼女はそう言って、少年に微笑んだ。
それじゃあ、今から私がやり方を説明していくから、その通りにやってみてくれ。
うん!分かった!
じゃあまずは最初に、椅子に座ったまま目を閉じて、全身の力を抜いていき、そのまま大きく深呼吸を繰り返して、だんだん頭の中を空っぽにしていくんだ。
彼女は、少年をびっくりさせないように優しく語りかけると、少年は彼女に言われた通りに目を閉じて、椅子に座ったまま体の力を抜き始める。
おいで、シロ。
すまないな、いつも待たせてしまって。
シロは彼女に呼ばれると、立ち上がって駆け寄り、彼女の伸ばしてきた手に向かって、自分の顔をすり寄せた。
ありがとう。
今日できなかった固有魔法の練習は、また今度時間をみつけて一緒にしような。
ワフワフ!
シロは、少年の邪魔にならないようにと、彼女が喋るのと同様、小さく返事を返した。
そうだ。
代わりといってはなんだが、今は、ステラがやっている魔力運用を、シロも一緒にやってみるか?
これはこれで、シロにとってもいい練習になると思うぞ。
彼女はシロを撫でながらそのように言うと、シロは彼女の手から顔を離し、ワフ!と言って振り返って、少年の隣に座り、目を閉じた。
しばらくの間、風に揺れる草原のざーざーという音だけが、辺りに響き渡る。
よし。
二人とも、よく集中できているみたいだな。
なら、今度は自分の体の中に意識を向けて、暖かい、もしくは光が集まっている様な、そんな場所がないか探してみるんだ。
少年とシロは、彼女の言葉には反応せずに、そのまま息を吸って吐いてを繰り返して、だんだんと、意識を体の深い所へと落としていった。
しばらくして、少年の眉毛が一瞬、ピクリと動く。
どうやら、ちゃんと魔力を認識できたみたいだな。
そうだ。
今ステラが感じている、それが魔力だ。
それじゃあ、魔力もちゃんと見つけれたことだし、続けて内運用もしてみよう。
そうだな…
今から私が、ステラの体内に魔力を流して、魔力をどう動かせばいいか教えるから、その魔力の道に沿って、ゆっくりとついて行ってみてくれ。
やり方は分かるな?
彼女の言葉に対し、少年は、ほんの少しだけ頭を縦に動かす。
分かった。
じゃあ、そのまま続けよう。
そう言って、彼女は少年に、手のひらを傾けると、魔力を流し始めた。
今、魔力を見つけた場所をスタート地点として、頭からつま先まで、こういう風に魔力を順番に移動させていく。
次に、魔力がつま先までたどり着いたら、今度はもう一度頭まで戻して、体の中で魔力を一周させるんだ。
こうやって、一周ができたらもう一周、さらにもう一周と繰り返していき、慣れてきたら、徐々にスピードを速くしていく。
そうだ。よくできているぞ。
このまま、内運用が一人でもできるように、魔力をひたすら回していってみてくれ。
彼女は、少年の体内で、何度か魔力回路の道を導くと、少年から手を離し、魔力を流すのをやめた。
少年は、彼女の補佐が無くなった後も続けて魔力運用に集中し、何度も魔力を体に巡らせる。
よし。
いい感じに、内運用ができるようになってきたな。
そろそろいいだろう。
ステラ。
今から私がステラの手に触れるが、驚かないで、そのまま魔力運用を続けてくれ。
一瞬、少年の顔が、微かに動いてた感じがした。
じゃあ、触れるぞ。
彼女はそう言って少年に触れ、少年の両手をそっと持ち上ると、手でお椀の形を作った。
ステラ。
今、私が支えているこの手があるだろ。
次はここに、魔力運用を続けながら両手で水を掬い上げる様なイメージで、魔力を手のひらに集めてみるんだ。
ここからは、間運用の一つになっていて、内運用より少し難しくなっているから、焦らず、ゆっくりやってみてくれ。
彼女が少年に優しくそう語りかけると、少年はそのまま手のひらに魔力集中させていき、少しずつ手のひらに魔力が溜まり始めていく。
しばらくして、手のひらに集まった魔力の密度が上がっていくと、遂には、肉眼ではっきりと見えるほど、魔力が濃く、綺麗に光り輝いていた。
ステラ、目を開けてみてごらん。
少年は彼女の声が聞こえると、閉じていた目をゆっくりと開け始めた。
う…眩しい
少年は目を開けようとしたけれど、長く目を閉じていたこともあってか、またすぐに目を閉じてしまう。
はは。すまない。
いきなりは眩しかったな。
そうだな…今、前を見てしまうと眩しいから、一度横を向いて、ゆっくりと目を開けてごらん。
彼女が、その様に少年に言うと、少年は彼女に言われた通りに横を向いて、徐々に目を光に慣らせながら、ゆっくりと目を開けていった。
しばらくして、少年はしっかりと目を開けれる様になり、改めて自分の手のひらに視線を移した。
わぁ!光ってる!
師匠!これがステラの魔力!?
ああ。そうだぞ。
すごく純粋で、綺麗な魔力だ。
へへ!
彼女の言葉を聞いた少年は、嬉しいそうに笑った。
ステラ。
このまま次の段階までいこうと思っているんだが、どうだ?
まだ続けられそうか?
うん!大丈夫!
ステラ、まだまだできるよ!
そうか。
それなら、魔力が途中で分散しないように、最後まで集中を切らしちゃダメだぞ。
分かった!
それじゃあ次は、魔力を…
と、彼女が次の説明を始めようとすると、突然、少年のお腹から、ぐぅ〜〜!!という大きな音が鳴り響いた。
それと同時に、少年の集中力も切れてしまったのか、手のひらに溜まっていた魔力も空気中に散ってなくなっていく。
へへ。
やっぱり、ステラお腹すいたみたい。
少年はそう言って、自分のお腹を抑えて恥ずかしそうに照れ笑いをする。
はは。
そうみたいだな。
まぁ、初めての魔力運用では特に、精神力だけじゃなくて体力もたくさん使うみたいだから、お腹が空いて当然だ。
それじゃあ、この続きをする前に、まずは腹ごしらえをしようか。
うん!
こうして彼女と少年は、魔力運用でいつのまにか眠ってしまったシロを起こし、皆んなで少し早めの昼ごはんを食べることにした。
三人は、少し離れた草原まで歩いて行くと、そこに生えてある一本の木のしたにシートをひいて、サンドイッチを食べ始める。
しばらくの間、三人はお昼を食べながら話しをしたりして、昼食を楽んだ。
はぁ〜〜!
昼食を食べ終えた後、三人が木の日陰で少し休憩をしていると、少年が大きな口を開けて、大きなあくびをした。
少年は、お腹がいっぱいになったこともあいまってか、今にも眠ってしまいそうな顔で、目を擦りながらうとうとし始めている。
ん?
眠くなってしまったのか?
彼女はそう言って、少年に優しく微笑むと、少年は、うん。と、小さく頷く。
そうか。
おいで、ステラ。
彼女は少年に手を伸ばし、抱き寄せると、自分の膝元を枕にして、少年を横たわらせた。
お疲れ様。
今日は、朝からずっと頑張っていたからな。
彼女は優しい手つきで少年の頭を撫でると、少年はあっという間に寝つき、幸せそうな寝顔を浮かべながらすやすやと眠り始めた。
シロもそんな様子を見てか、少年の腕元に移動して、体を丸めて一緒にそり寝をし始める。
二人ともゆっくりおやすみ。
彼女は最後に、二人の眠っている姿をみると、ゆっくりと目を閉じた。
どれくらいの時間が経ったのか、少年は体を、う…う…と二、三回うねらせると、体を仰向けにして目を覚ました。
ん?もう起きたのか?
彼女は少年が起きたのを感じ取ると、閉じていた瞳を開け、少年の方に視線を向ける。
少年は、自分の顔を見つめる彼女の顔を見ると、師匠!おはよう!と言って笑顔で笑った。
ああ。
おはよう。ステラ。
彼女も少年に笑い返す。
しばらくして少年は体を起こし、両手を空中に広げてぐっと背筋を伸ばした後、体の中にめいいっぱい吸い込んだ空気を、おもいっきり吐き出した。
そして、自分の前でお腹を見せながら無防備に寝ているシロを見つけると、よしよしと、そのお腹を優しく撫で始める。
シロは、ゴロン、ゴロンと寝返りをして、また、深い眠りについた。
シロ、まだ寝てるね。
少年は、シロを起こさない様に小さな声で彼女に言うと、そうだな。もう少し寝ていたいみたいだ。と、彼女は答え、シロの方を見つめた。
そうだ、ステラ。
シロが起きるまでの間、ここで少しシロのことを待っていようと思っているんだが…
待っているついでに、何かしたいことはあるか?
彼女が少年にそう聞くと、少年は、うーん…と、少し頭を悩ませた後、首を横に振って無いと答えた。
そうだな…
特にすることが無いのなら、さっきした魔法の続きでもしてみるか?
いいの!する!
あ、でも…
彼女の言葉を聞いた少年は嬉しそうに返事をしたが、すぐに何かを思ったのか、少し悩んだ顔をして、彼女から視線を逸らした。
どうしたんだ?
彼女が少年に理由を尋ねると、少年はシロの方を見て、シロまだ寝てる…と、小さな声で答える。
おいで、ステラ。
彼女は優しい声で少年を呼ぶと、少年は、シロを撫でている手を離し、立ち上がって、彼女の方へと向った。
彼女は自分に向かってくる少年を、両手を広げて抱っこし、自分の膝に座らせる。
そんな暗い顔をするな。
彼女はそう言いうと、少年のほっぺを軽くつねって、プルプルプルと動かす。
師匠、痛い〜!
少年は少し口をむっとさせ、冗談げに怒ったフリをして、彼女に言った。
ああ、すまない、すまない。
彼女は少年のほっぺから手を離し、今度は、少年の頭をゆっくりと撫でる。
ステラは心が優しい子だからな。
シロが寝ているのに、自分だけ魔法の勉強するのことが、シロに申し訳ないと思ったのだろ?
うん…
少年は小さく頷いた。
まったく…そんなこと考えなくていいのに…
彼女は、少年を撫でていた手で少年の前髪をかき上げると、少年の目を見つめて話し始める。
いいか?ステラ。
たとえ、今私がステラに魔法を教えても教えなかったとしても、今後一切、シロに魔法を教えなくなるわけじゃない。
それは分かるだろ?
うん…
それに、ステラが知りたいことや分からないことがあれば、私はいつでも教えてあげるし、答えてあげる。
それはシロに対しても同じだ。
二人とも私の大切な家族なんだ。
私は、どっちかを置いてけぼりなんてしないし、絶対に見捨てたりなんかしない。
だから、ステラは一生懸命自分のやりたいことをすれば良いんだ。
分かったか?
うん…
ありがとう!師匠!
まぁ、シロのことをちゃんと考えてあげるその気持ちも大切だがな。
そう言って、彼女は少年の鼻をツン、と触る。
へへへ。
少年は、自分の鼻を触ると、少し照れくさそうに笑った。
それじゃあ、改めて魔法の授業を始めようか。
うん!
少年は明るい元気な声で、彼女に返事を返した。
彼女はしばらく、そんな少年の笑った様子を見た後、改めて亜空間から大きな魔法書を取り出し、少年を自分の膝に座らせたまま、本のページを捲って、魔法の説明を始めた。
今から私が教えるのは魔法基礎の最後、言葉とイメージについてだ。
今日、ステラが魔法の勉強をしてみて分かったと思うが、魔法を作るためには、紋章を組み合わせて魔法陣を作ったり、そこに魔力を流したりなど、幾つかの過程を踏まないといけない。
そして、その過程の一つで、最後に必要になってくるのが、ここに書いてある、術者による定義、というものなんだ。
術者による定義?
そうだな…
言わば、言葉の塊みたいなもの、かな?
少年は分かった様で、分からない様な顔をして、首を静かに横に傾けた。
うーん…どうすればいいか…
そうだ。
ステラ、今から少しなぞなぞをしよう。
なぞなぞ?
ああ。なぞなぞだ。
今から、そうだな…
二つか三つ質問をするから、それについて、ステラが考えたことを答えてみてくれ。
うん!分かった!
それじゃあ、まずは一つ目だな。
今、ステラの目の前には、一枚の丸い板に四つの足が付いている、木でできた椅子があるとしよう。
ただ、ステラの前にある物は今日作られたばかりの新品で、ステラが初めて見るものだ。
そこで、ステラに質問だ。
ステラは、その目の前にあるものを初めて見た時、目の前にある物はなんだと思う?
うーん…
椅子?
そうだな。椅子だ。
なら、二つ目の質問。
次は、さっきよりもサイズが何倍も大きくて、色は黄色。
そして、鉄でできた同じ形をした物が、目の前にあるとしよう。
なら今度は、ステラがそれを見た時、ステラはそれをなんだと思う?
うーん…
少年はしばらく悩んだ後、もう一度椅子?と答えた。
それじゃあ、最後の質問だ。
ステラはなぜ、二つ目の椅子を、他の物ではなく椅子だと思ったんだ?
……
少年はしばらくの間頭を悩ませたが、結局答えは出ず、分からないと答えた。
少し遠回りになってしまったが、私が言いたかった術者による定義というのは、こういうことなんだ。
たとえ色や大きさ、素材が違ったとしても、ステラはそれを机、はたまた、一枚の平らな板と四つの棒とは思わなかった。
それは、椅子という言葉が、椅子とは何かを区別し、分類して、定義するからだ。
言葉があることで、私達は初めて目の前にある対象が何かを理解し、それを認識することができる。
つまり、言葉こそが、この世界のあり方を定める力であり、この世界そのものである、ということなんだ。
へぇー。
言葉って凄いんだね!
ああ。
そうだな。
彼女は、ワクワクしながら話を聞いている少年の様子を見て、笑って返事を返した。
今話した様に、言葉には、世界を定める力が宿っている。
魔法使いは、魔法の最後に、この言葉の持つ力を借りることで、自分が思い描く様に魔法を定義し、魔法をより細かく、正確に作り上げるんだ。
自分が思い描く魔法?
そうだな…
例えば、同じ火と言っても、暗闇を照らすロウソクの様な小さな火から、何もかも燃やし尽くして灰にしてしまう様な力強い火、それ以外にも、暖炉の様に誰かを温めてくれる優しい火があるだろ?
うん。
あらかじめ、魔法陣には、どんな魔法を使うかが刻み込まれているが、それが小さな火なのか、大きな火なのか、はたまた力強い火なのかまでは決められていない。
だから、術者自身が、どんな魔法かをイメージし、それを言葉にのせ、どんな火を魔法で出すかを決めないといけないんだ。
つまり…自分が頭の中で考える、こうなって欲しいとイメージする魔法の姿。
それが、自分が思い描く魔法というものであり、魔法の根幹となる部分だ。
どうだ?
一通り説明はしてみたのだが、分かっただろうか?
彼女は自分が喋り終えると、少年の方を見つめ、少年の反応を伺う。
うーん…
ステラ、ちょっと自信ないけど…
でも、分かった気がする!
少年は少し考えながらも、ゆっくりと、自分の考えを喋り始めた。
魔法陣だけじゃ…
小さい火か、強い火か分からないから…
ステラがちゃんと小さい火か、強い火か決めて、それを言葉を使って、魔法を作るらないといけないってことだよね?
少年はそう言うと、どぉ?と、合っているかどうか聞きたい様子で、彼女の顔を見つめた。
ああ。ちゃんと合ってるぞ。
偉いじゃないか。
彼女はそう言って、少年の頭を撫で、少年はへへ。と嬉しそうに笑った。
あ、そうだ!師匠。
突然、少年は何かを思い出したのか、改めて彼女の顔に視線を向けて話始める。
ん?どうしたんだ?
今、思い出したんだけどね。
師匠が魔法を使う時って、長い言葉と短い言葉があるけど、それってなんでなの?
長い言葉…ああ、もしかして呪文のことか?
そうだな…呪文についてか…
正直、ステラにはあまり必要じゃないと思って、あえて話していなかったのだが…
まぁ、せっかくの機会だし、呪文についても知っておくか?
彼女がそう少年に聞くと、少年はうん!ステラ知りたい!と言って、目を輝かせて彼女を見つめた。
はいはい。分かったよ。
それじゃあ、ついでに呪文についても教えようか。
少し長くなるかもしれないがそれでもいいか?
はい!お願いします!師匠!
少年は、先程と同じように目を輝かせながら、元気に笑って、返事をした。
そうだな…
まず、呪文とは何かから簡単に説明すると、呪文は魔法陣やイメージを、言葉の中に組み込むことによって、詠唱だけで魔法を発動することができる様にした、言葉の組み合わせのことなんだ。
昔、とある大魔法使いが、魔法を使えない人達でも魔法が使えるようにと、自分の生涯を掛け、言葉を研究し、呪文を作り上げた。
それにより、たとえ、魔法陣の仕組みを知らない人でも、イメージできない魔法だとしても、魔力さえあれば誰もが同じ魔法を発動できる様になったんだ。
へぇ〜。呪文ってすごいんだね!
でも、呪文で魔法ができるのに、ステラはなんで呪文がいらないの?
少年は不思議そうな顔で彼女に質問をする。
そうだな…確かに呪文はすごいものだ。
実際に、呪文ができたおかげで、どんな人でも魔法が使えるようになり、魔法が広く知られ、発展するきっかけにもなったからな。
だが、そんな呪文でも、欠点がなかったわけじゃないんだ。
確かに、いくつかの魔法を覚えるだけならば、魔法陣の仕組みやイメージの仕方を覚えるより、呪文を覚えしまう方がはるかに簡単だ。
しかし、呪文は、複雑なイメージを全て言葉として表さないといけないため、どうしても、魔法の発動に時間がかかってしまう。
それ以外に、呪文によって魔法が定義されているため、魔法が使える場面が限られてしまうなど、いくつか制約がかかってしまうんだ。
そうなんだ、呪文も完璧じゃないんだね。
少年は魔法書から目を離し、彼女の方に顔を向け、話し始める。
ねぇ、師匠。
ステラ、呪文が何か分かったけど、途中、本に出てきた全詠唱と、簡易詠唱ってなぁに?
少年はページを何枚かめくると、魔法書の左端に書いてある文字を指差して、彼女に聞いた。
実は、呪文の歴史はもう少し続いていてな。
ステラの言う通り、呪文には全詠唱と簡易詠唱の二つがあるんだ。
そう言って、彼女は魔法書に指を置き、文字をなぞって説明を続ける。
まず、全詠唱についてなんだが、これは呪文の始まり。
大魔法使いが、人々のために作った呪文のことで、今は、誰でも魔法が使える様に、言葉だけで魔法が作れる、呪文全般を表す言葉なんだ。
だが、さっき私が話した様に全詠唱には、いくつかの制約がかかってしまう。
そこで、人々は考えたんだ。
大魔法使いが作った呪文をさらに短く、そして、細かい応用が効く様に、呪文を改良することができないかと。
人々は、呪文をより素晴らしいものへと作り変えるため、長い長い年月をかけた、呪文の研究が始まったんだ。
彼女は、魔法書の一番下の行まで読むと、続きを読むため、ページをめくった。
少し時代が飛んで…
大魔法使いが呪文を作ってから500年経つと、今度は、魔法陣の作り方やイメージを呪文と混ぜて使う、簡易詠唱が作られたんだ。
ここに書いてある通り、簡易詠唱と全詠唱の違いは、
呪文が魔法そのものを定義し、作り上げるものでは無く。
魔法を作る補佐として、呪文が使われる様になったという点なんだ。
へぇ〜。
全詠唱と簡易詠唱は、呪文の働きが違うんだね!
少年は嬉しそうに笑った顔を見せると、興味津々の様子で、再び魔法書を覗き込んだ。
これによって、呪文に必要な言葉の数が、5分の1へと減り、詠唱時間ははるかに短くなった。
それ以外にも、限られた場所でしか使えないという制約がなくなったりと、同時に、いろんなことが改良されたんだ。
それじゃあ、簡易詠唱の方が時間も短くて、いろんなところでも使えるから、全詠唱は使われ無くなったの?
実はそうでも無くてな…
確かに、簡易詠唱を使えば、詠唱も短く、限られた場所でしか使え無いという制約もなくなる。
だが、簡易詠唱は呪文そのものの働きを変えたことによって、誰でも魔法が使えるという呪文本来の目的が消えてしまったんだ…
実際、簡易詠唱は自分専用の呪文として、新たに作り替えなければならないことが多くてな。
そこに時間と手間がかかることから、全詠唱の時と比べ、簡易詠唱が広がることはあまりなかったんだ。
少年は、魔法書を見つめながら、なるほど。と、頭を頷かせ、彼女の話す説明に耳を傾けていた。
結果的に、魔法を使う方法は大まかに三つに分かれ、どれが正解で、どれが間違いとかではなく、術者自身が何を必要とし、何を選ぶかになったんだ。
そう言って、彼女は魔法書から手を離し、少年に視線を向けた。
これで、呪文についての説明は終わるんだが、他に聞いておきたいことはあるか?
うーん…
少年は口元に人差し指を当て、少し頭を悩ませた後、改めて彼女の方を向いて、無い!と答えた。
そうか。
なら…まだ、日が沈むまで時間があるみたいだし、最後に、魔法を一から作ってみるか?
彼女の言葉を聞いた少年は、体を前のめりにさせ、魔法作ってもいいの!?と、嬉しいそうに言った。
ああ。
今日は一日中、頑張って魔法の勉強をしたからな。
きっと、ステラだけでも魔法を作れる様になっていると思うぞ。
本当に!?
ステラ、頑張ってやってみる!
少年は胸の前に両手を当てて、ふん!とやる気満々の様子で、張り切っていた。
それじゃあ早速、試しに魔法を作ってみようか。
うん!
彼女はそう言って、少年の頭をポンポンと叩いた。
まず、魔法を作る、一番始めの手順。
内運用からだな。
ここは、昼食を食べる前に、一度練習したことがある場所だから、すぐにできるはずだ。
分かった!少年はそう答えると、早速目を瞑り、大きく呼吸を繰り返して、意識を体内へと集中させ始めた。
小さな水の流れが、やがて大きな川の流れへと変わる様に、少年の体内を流れる魔力も徐々に濃く、速くなっていく。
よし。
いい感じに魔力が循環してきたな。
それじゃあ、今度は、体内に巡らせている魔力を手に集めて、魔法陣を作ってみようか。
うん!
少年は彼女にそう返事をすると、少年は手のひらを前に出し、昼前と同じ様に、魔力を集め始めた。
ここも一度したことがあるから問題無いみたいだな。
よし。
なら次は、手に集めた魔力を魔法陣の形に作り替える、だな。
魔法陣を作る間運用は内運用と同じで、少しコツがいるんだが…
そうだな…
イメージとしては、紙にペンで魔法陣を描くのと同じで、魔力を筆跡としてその場に留めておく感じだな。
どうだ?できそうか?
むぅ…ステラ、頑張ってやってみる…
少年は、そのまま目を瞑って集中し、眉を顰めながら、彼女が言った言葉を頼りにして、手探りで魔力を操り始める。
少年が、魔力操作を始めてからしばらくすると、少年の手に集まった魔力が次第に線となり、徐々に魔法陣を形作っていった。
そうだ。その調子だ。
彼女は少年の様子を見守りながら、少年の邪魔にならない様にと、小さく頑張れと応援している様子だった。
あれからまた、少し時間が流れ、最後の魔力と魔力の線が繋がり、一つの魔法陣が完成した。
ステラ、そのまま集中を切らさない様に、ゆっくり目を開けてごらん。
彼女は、そっと少年に言うと、少年は、彼女に言われた通りにゆっくり目を開けた。
わあ!見て見て!師匠!
ステラも師匠みたいに魔法陣できた!
ああ。
そうだな。
少年の笑顔に彼女も笑顔で返す。
それじゃあ。最後の仕上げだ。
魔法の定義!!?
そうだ。魔法の定義だ。
最後に、ステラが望む魔法のイメージを魔力に乗せて、言葉で定義させるんだ。
うん。
少年は小さく頷き、言葉を放った。
光れ!
その瞬間、魔法陣の色が黄色に変わり、魔法陣を伝って、魔力が空中へと広がっていくのが分かる。
やがて、その魔力は光の結晶となり、いくつもの光球が暖かく辺りを照らし始めた。
師匠!できた!
少年は大きな声で喜び、自分の周りを見回す。
ああ。すごく綺麗な魔法だ!
彼女も少年と同じ様に周りを見渡す。
グル…グルル…
少し眩しいのか、それとも、二人の声が大きかったからなのか、シロは前足をピクピクとさせ、寝返りを打った。
二人は、そんなシロの姿を見て、くすくすと笑い合い、口に人差し指を近づけ、お互いに見つめ合って、シー!と言った。