ホームシックをぶっ飛ばせ!
「随分愉快な時間を過ごしたんだねぇ、和頼は」
「母さんと姫奈の誤解を解くるのはしんどかったぞ……」
姫奈はともかく、母さんは知っててからかってた節があったけどな。
「でもまあリーナさんが元気になったなら何よりじゃない」
「……そうなれば良かったんだがなぁ」
「違うのかい?」
「少しマシになった、ってトコだろ」
実際、リーナがアンニュイになる時間は減った。
かといってホームシックが治ったわけじゃないのは、傍にいれば十分分かってしまう。こないだオレに出来たのは絆創膏で傷を塞いだだけのようなもので、根本的に癒したわけではないのだ。
「中々すんなり行かないもんだね」
「ああ。そんなもんだから、オレなりにちょっと調べてみてる」
「調べるって、何を?」
「リーナのホームシックの治し方さ」
ホームシックというやつは誰にでもなる可能性があるポピュラーなもので、故郷を離れた人が違う風土や習慣になじめないで憂鬱になる状態を指す。
だからリーナのような留学生であれば誰でも成りえる。
ってことは、これまでホームシックになった人達の情報が色々と蓄積されているわけで。効くかどうかはともかく対処法に関してはスマホひとつあればそれなりに調べることは可能だった。
……元々オレ自身が以前にかかった事があるってのも大きいけどな。なった事が無いヤツより、なった事があるヤツの方が色々理解が深いってもんだ。
「ほほー、具体的にもう検討が付いてたり?」
「多少はな。つっても、リーナの場合は既に実践してる物もあるんだが」
例えば、地域を散策したり友達を作る事。
この辺は周りを知らないことで不安が大きくなるのを防ぎ、親しみを感じられるようになる事で治す方法だ。
「あとは家族に電話したり、趣味に没頭するとか」
「……そういうの、リーナちゃんは全部やってそうだね」
「日本のオタク文化をこよなく愛するオープンフレンドリー女子だからなぁ」
そもそもこれらはリーナ自身がやってみるといいかもしれない方法であって、よっぽどの事がない限りは周りが指示するもんでもない。
最も探すべきは周りに出来る治療法。そうなると考えられる方向性は大分狭まってくる。
「んなわけで、北欧関係に何かヒントがないか探ってる」
「そうか。故郷の文化に何か解決策があるかもしれない、と」
「根拠はないけどな」
「話を聞いてる僕からすればいい方向に進んでるように感じるよ。でも北欧かぁ……正直あまり馴染みがないよね」
「そこで道晃にも訊いてみようってな。北欧に関して何か思い浮かぶか?」
オレの問いかけに「うむむむ」と唸りながら頭を押さえる道晃。
アテになるとしたらリーナと道晃の趣味であるアニメや漫画系だ。そっち方面はオレだと浅すぎるからな。
「北欧神話とか? 色んな神様や英雄は日本の作品のネタとしてもよく登場するよね。オーディンとかロキとかヴァルキリーとか!」
「なるほど。北欧神話をモチーフにしてる作品の話題をすることで、リーナのテンションは上げるとか――」
「……何やら校舎裏に集まって中二病みたいな話しをしていますが、それでリーナちゃんの元気が出ますかね?」
「うお! どっから出てきたんだよ委員長」
「たまたま二人が話しているのが聞こえたので。それよりリーナちゃんを元気づけるための話し合いなら私も混ぜてください」
断る理由はどこにもないので、オレ達は委員長を二つ返事でウェルカムした。
「委員長としては何が思いつく?」
「北欧発祥のブランドはどうでしょう。日本でも大規模な店舗が展開されていますよ。家具やファッション、独創的なデザインのマリメッコなどです」
「ああー、そういう方向もあるのか。でも、僕思うんだけどさ、北欧っていうとやっぱりアレじゃない?」
「やっぱり道晃くんもアレが思いつきますか」
「アレって?」
「「ムー●ンだよ(です)!」」
カップルが声を揃えて超有名キャラクターの名前を挙げる。
「ここはムー●ングッズをプレゼントしてみるのはどう? 名目は歓迎会ってことにしてさ」
「元気づけるにはうってつけですね」
ウキウキしながら話しを進めていく道晃と委員長は、とても楽しそうだ。
オレとしてもそういうイベント事は嫌いではないので、かなりイイところを突いてると思う。
――思うんだが。
「もうちょいなんか足りない気もするな。リーナの引っ越しを手伝った時、あいつの荷物にムー●ングッズがあったんだ。ってことは日常的に使ってるし、あのキャラを見てるわけで、インパクトが足りないかもしれん」
「あー……言われてみれば本場の向こうで超有名なんだから、新鮮さは無いかもしれないね」
「となると、です。基本的なところに視点を当てて、食べ物はどうでしょう」
「北欧の名産品っていうと……」
「シュールストレミングだね!」
世界一臭い食べ物を嬉々として挙げるメガネがここに。
「あれ、テロになるだろ」
「イイ案だと思うけどな~。ついでに動画を獲ったらいい感じにバズる可能性もあるし」
「もー、真面目に考えてくださいよ道晃くん。臭い匂いまみれになって喜ぶ女子はいないですよ」
「ダメかぁ」
「そりゃあダメだろ。前に映像とレポートを見たが、マジで洒落にならんぐらいに匂うらしいぞ。それこそ風呂に入っても中々落ちないってレベ、ル……」
「和頼?」
何かがビビッときた。
北欧について調べた時に目に入ったものがあって、その時は『ふーん』で済ませていたが。
「閃いたかもしれん」
「ほんとかい!」
「何を閃いたんですか?」
「待て待て! まだ『かもしれない』ってだけだから、少し時間をくれ! でもありがとな二人共! なんとかなりそうな気がしてきたわ」
善は急げである。
オレは相談に乗ってくれた二人に感謝しながらその場を離れた。
もしかしたらだが。
「待ってろよリーナ!」
本当に久しぶりに。
オレは手の届く範囲に、キラキラしたものが見つけられたかもしれなかった。
「よっ、おはようさん」
「んぅ……? モイ……あれぇ、なんで和頼がそこにいるのぉ?」
ぽやぽやした口調のリーナの頭だけが布団から出ている。
休日の朝に眠そうな目をこすりながら欠伸をひとつ。そんな動作だけですごい愛嬌だ。
「さあ起きた起きた。朝ごはんを食べたら出掛けるぞ」
「ふぁい……?」
「こらこら、二度寝しようとするんじゃない。これは夢じゃないぞ、唐突ではあるが確かに誘っているんだ」
「……誘ってる?」
「そそ、今日は一日オレに付き合って欲しいんだ」
「和頼が……ワタシを、誘って…………誘って!?」
咀嚼するように繰り返すリーナの眠そうな瞳が、くわっと見開いた。
「お出かけするの!!? どこどこどこに?!」
「はははっ、そんなに慌てなくて大丈夫だぞ。とりあえず顔でも洗ってちゃんと目を覚ましてこいよ」
「OKだよ!!」
バサァ! とリーナが掛布団を勢いよくめくり上げる。
その瞬間、オレは我が目を疑った。
――なんでコイツほとんと何も着てないの?
「バッ!? お前、服、服!!」
急いで吹っ飛んだ掛布団をぶつけるように放り投げてやったが、オレの網膜にはしっかりハッキリと本来見えてはいけない肌色部分のすべてが映ってしまった。ワールドクラスの胸は生だし、小さなおへそもむっちりした太腿もだ。裸Yシャツレベルの恰好なのだから見えて当然、隠れるはずもない。常識的に考えて変態扱いの上にボコボコにされてもおかしくない惨事だろう。
「あっ、これはお恥ずかしいものを……」
「冷静すぎか!? もっと恥じらうとかないのか!」
えへへ~とふんにゃり苦笑するリーナ。
掛布団と少ない布地で大事なところだけ隠す彼女は、いうて怒ってもいなければ悲鳴をあげる気配もない。
なんとゆうクソ強メンタル(?)。
「なんでそんな恰好でいた?!」
「日本の春はあったかくて気持ちいいから~。元々北欧でも寝る時は着ない事が多かったんだけどね。お布団心地いいから、これでじゅうぶ――」
「よし分かった、オレが出ていくから早く服を着るんだ。あと今起きたことは誰にも言わないようにッ」
「もちろん言わないよ~。……あれ? でもよくよく考えればこのシチュエーションってすごい日本のラブコメ作品みたいだね! それならとりあえず和頼をビンタした方がいいかな?」
「せんでいいせんで!」
風のような速さでリーナの部屋を出る。
いかん、朝からこんなドッキリハプニングをするつもりなんてこれっぽっちも無かったというのに……リーナが気にしてしまったらどうしよう。
「…………こういうのもラッキースケベになるのか?」
リーナに付き合ってる内に教えられた単語の意味を反芻しながら、オレは悩ましい溜息を吐きながら廊下にへたり込んだ。
などとアホみたいな出来事があったものの、リーナは本気で気にしていない様子だったのでトラブルが起きることもなく。
準備を整えたオレ達は天気のいい外へと繰り出した。
「にひひ~、えっへっへ~♪ 和頼とお出かけだ~♪」
「ああ、期待してくれていいぞ」
「そんなの当たり前だよ期待しかないよ! どこに連れてってもらえるのかなー、楽しみだな~」
「すまん、やっぱりあまり期待しないでくれ。気に入ってもらえなかったらと思うとドキドキするから」
「ダメダメ、もう前言撤回は無しだよ。もし気に入らなかったら……そうだね~、押し掛けた和頼に裸を見られたってみんなに言いふらしちゃおうかな~」
「やめてください」
死んでしまいます。
「ジョークだよジョーク、そんな本気にしちゃヤーよ」
「…………」
どちらかと言うとリーナが故意に言いふらすよりも、どこかでトチってポロリする方が心配なんだが。
し、信じてるぞリーナ?
「で、で、どこ行くのカナ?」
「それは秘密だ」
「しーくれっと?」
「今日のお出かけは行き先のわからないミステリーツアー風でな。とにかくリーナにはオレに付いてきてもらって、色々堪能してもらおうと思うんだ」
「わお、ミステリーツアー♪ ワタシそういうの初めてだからよろしくお願いするんだよ♪」
実はオレもだ。
なんて口にしたら不安がらせてしまうだろうか。
「まずは電車に乗るから駅へ行こう」
「うい♪」
家から最寄りの駅は少々歩けば着く距離にある。
急ぎならバスやタクシーを使う手もあるが、今回はのんびり行く形でちょうどいい。
「今日はどこへお出かけするの?」
「秘密だ」
「しーくれっと??」
「そっちの方がワクワクするだろ。ミステリーツアーみたいなもんだよ」
「わお! ミステリーツアーは知ってるよ♪ 行き先がわからないドキドキを楽しむアレだね♪」
「そうそう。そんなわけだからリーナは深く考えずに付いてきてくれればOKだ」
「ふふふっ、いーっぱいエスコートされちゃうよぉ」
何かが琴線に触れたのか。リーナはかなりご機嫌なご様子だ。
おかげで初手から「微妙!」とか言われるかもしれない不安は吹き飛んだ。
「ただまあ、なーんもわからんのも面白くないからな。ヒントを出そう」
「ひんとばっちこーい!」
「目的地は、まだリーナが行ったことがない割と離れたところにある。電車もそれなりに乗り継がないとならん」
「おお? けっこう時間かかる感じ?」
「大体一~二時間もあれば到着するけどな」
「むむむむっ、それだとかなり遠くまで行けちゃうね。もしかしなくても、有名な観光地とか?」
「はっはっはっ、後は着いてからのお楽しみ~」
「ふわぁ、焦らされてムズムズするよ♪」
道中そんな会話をしながら駅へ到着。
乗車する予定だった特急電車にも問題なく乗りこめた。
日常生活では乗る機会の少ない特急電車は、『これから旅へ出る』感を味わうにはうってつけ。今日の計画を練ったオレであってもテンションは上がり気味である。
「この電車、フグみたいで可愛い♪」
「フグって……どの辺が?」
「かおー♪」
いままでそんな感想を抱いたことは無かったのだが、異国から来た少女の感性はオレにも新たな発見を与えてくれる。
「はいチーズ♪」
「っと」
自撮り写真を撮るリーナに引っ張られってフレームイン。
写真の中にいるオレはロクなポーズもとらずに、やや驚いた顔をしている。完璧な笑顔を決めているリーナとはえらい違いだ。
「おいおい、撮るなら先に言ってくれ。写真映えする顔を作っとくからさ」
「いいのいいの、これでいいの♪」
「リーナがそれでいいならイイけどな。さっ、乗り過ごすなんてポカする前に中に入ろうぜ」
「はーい」
事前に購入しておいた特急電車用の切符を手渡して、二人一緒に車両に乗り込む。座席は普通電車と違って指定席なので、誰かに先に座られることもなく余裕を持ってクロスシートに座ることが出来た。
「ねえねえ和頼和頼。日本の特急電車って特有のルールはあったりするのかな? あったら教えて欲しいよ~」
「特有のルール?」
なんじゃそら。
そう思うのと同時に、ちょっとした悪戯心が湧いてきた。
「……ルールとは違うがこんな話がある。日本の特急電車には『切符持ってる子はいねえが~!』と訊いて回る鬼のような車掌がいる時があってな。バカでかい改札鋏を持ってるそいつに出会えるかどうかは運次第なんだが」
「わっつ!? そんな車掌さんが!?」
信じるのかよ!
いかん、リーナは素直可愛いんだが段々面白くなってきちまうぞ。
「その車掌は通称キップ鬼って呼ばれてて、もし会えたら絶対に持ってる切符を提示しないとダメなんだ。もし切符を見せることができないと……」
「……と?」
「『代わりにお前の首をもぎってやろうかあ!!』と叫びながら襲い掛かってくる。逃げ場はない」
「あ、あんびりーばぼー……。分かった、もしキップ鬼が来たら絶対に切符を見せ忘れないようにするよ」
てっきり『あはは、そんなのいるわけないよー♪』と否定されるかと思ったんだが、まさかの完全鵜呑みパターンか。
いかんいかんぞ、どこまで信じてくれるか試したくなってくるじゃないか。
そんな悪戯心を増幅させつつある悪い子を尻目に。
特急電車で移動している間のリーナは、時々車両の前と後ろから車掌さんが歩いてくるたびにじっとそっちを見つめていた。
「どうした?」
「どうせならキップ鬼と会えたら面白いから、早く来ないかなーと思って」
やだこの子、純粋すぎ!
「むむむむっ」と唸りながらキップ鬼の来訪を待ち受けるリーナが面白すぎてしばらく眺めていたが、さすがにそのまま放置もどうかと思うのでネタバラシは適当に行なった。
「えええええ!? キップ鬼なんていない?! ……ふ、ふーん、まあ知ってたんだけどね! 和頼が可愛いジョークを言ってくるものだから、そのフリには乗っかっておかないとって判断しただけダカラ」
「……くくくっ、だ、ダメだ……抑えられ……ぶはははははは!!」
この無理筋すぎる強がり&言い訳はオレの腹筋に断続的に強い負荷を与え、更にその様子が不服すぎるリーナのポコポコパンチが腹に何度も炸裂した。
ここ最近の中で、最も腹筋が鍛えられた瞬間だったに違いない。
「もーーーーー!! 和頼のアホぉ!! とんだ恥をさらしちゃったよぉ!!」
「キップ確認してきた車掌さんに『鬼さんは乗ってますか?』は、さすがに予想つかんかったわ」
特急電車移動は終始賑やかなまま進み、その後オレ達は自然豊かな山々のすぐそばにある駅へと降り立った。
「この辺りは緑がいっぱいで北欧の森や湖を思い出すよ~。ここが行きたかった場所なの?」
「目的地はまだまだ先。こっからは歩きだ」
「まさかのレッツ・ハイキング?」
「どっちかっていうとレッツ・ウォーキング」
バスで移動することも可能だが、それより面白そうなルートがあることが事前調査で判明している。
駅からさほど遠くないスタート地点は、周囲の木々と草花に包まれた緑の道に続く入口だった。
「ココから入るのか」
「森の中に行くんだね! 木の実とかあるのかな~、北欧にいる時は偶に採ってたのを思い出すよ」
「サバイバルでもしてたのか?」
「なんでそうなるの! 単純に森で木の実を集めて美味しく食べてただけだよ。和頼だってよくやったんじゃないの?」
「…………いや、小さい頃に遊びついでで食べた事はあるかもしれんが、わざわざ食べる木の実を集めに行ったりはしてない」
そもそも食える物がその辺に実ってないし、採っていいかも怪しいな。
下手すりゃ泥棒である。
「そ、そうなの? 日本も自然豊かな国のはずなのに……」
「それもまた文化の違いなんだろ。ああでも山菜を採る人はいるから一概に全く違うとも言えないか」
近所で見たことないけどな山菜採り。
「今日は山菜を採るの?」
「いや、単にこの道を進んだ方が面白いかと思ってさ。いうなれば散歩ルートとして選んだんだ」
散歩つっても相手はコンクリートで舗装された道ではなく、砂利や木の板で出来た遊歩道(階段付き)だ。階段や坂が多いので平坦な道を歩くよりも体力は必要だし、距離も長くなるだろう。
それでもこのルートを選んだのは、リーナが住んでた北欧は自然豊かな緑の森がたくさんあると知り、少しでもホームシックによる寂しさを紛らわせられればと思ってのことである。
実際のとこ、その効果はあった。
「ふんふふーん♪ 絶好のお天気の下で歩くのは気持ちいいね~和頼」
「だなー」
少なくともその辺を歩くよりも、リーナはずっといい顔をしている。
日本ならではの春の植物や森の風景に興味をかきたてられるのだろう。時折足を止めては「アレはなにコレはなに」とはしゃいでいる。
これならひとまず選んで正解と言っていいので、こっそり胸をなでおろす。
息を吐いた分だけ自然のエネルギーに満ちている空気を胸いっぱいに吸い込むと、オレ自身も気分をリフレッシュできているような気がしてきた。
「なあリーナ。良かったら北欧のことを訊かせてくれよ」
「北欧の? もちろんだよー、どんなことが知りたい?」
「たとえば、そうだな。よく食べてた物とかは何があるんだ? 日本人なら米が主食、みたいな」
「ワタシの暮らしていたところだと、じゃがいもやライ麦パンをよく食べるよ。和頼はカルラヤン・ピーラッカって知ってる?」
「カルラ…何?」
「カルラヤン・ピーラッカ。カレリアパイって呼んだりもする、ミルクがゆをライ麦の生地で包んで焼いたパイなの。いろんな具材を乗せたりもするよ」
「ほぉ~、パイには甘いデザートみたいなイメージが強いけど、そのカルラヤン・ピーラッカは聞いてる分にはお総菜パンみたいだな」
「逆にワタシはお惣菜パンが上手く浮かばないかも。でも、日本の食べ物で例えるならカルラヤン・ピーラッカはおにぎりが近いよ。馴染みのある食べ物って意味でね」
「ああ、そりゃ十分すぎるほどに主食だわ」
何気なく始めた北欧の話。コレも勿論ホームシック対策の一環だ。
とは言うものの、オレ自身にもこの会話には大きな意味がある。
今までのオレは北欧について――ひいてはリーナについて知らないことが多すぎた。色々あって後手後手にはなったものの、彼女について機会を作れるなら作りたい気持ちはあったのだ。。
オレの理解が深まれば深まる程リーナの心細さに気付けるようになるし、フォローもしやすくなる。
……なんて建前はあるものの、要はもっと仲良くなるための第一歩を踏み出そうって話しなだけかもしれないが。。
「あ! 北欧の食べ物に興味があるなら良いものがあったよー」
「何か持ってきてるのか?」
「後で食べようと思っていくつかポケットに入れてたの。はい、和頼にもあげるね」
「……チョコか?」
手渡された掌にころんと転がったのは包装された黒い物体だった。
しかしポケットに入れてたチョコにしては溶けていないように見える。
「ふっふっふー、これぞ北欧諸国で長年親しまれている伝統お菓子だよ」
「おはぎや羊羹みたいな?」
「そうそう。さっ、おひとつ食べてみてー」
勧められるがままに北欧伝統菓子の包みを開け、口にぽいっと放り込む際に尋ねる。
「なんて名前なんだコレ? パクッ」
「サルミアッキだよー」
その名前を教えてもらった直後。
口の中でとんでもない味のハーモニーが大合奏を始めた。
「ぐほっ!? り、リーナお前……まさか毒を!?」
「ド失礼すぎない!!?」
「ぐ、ぐあああああ!? なんじゃこりゃあああああああ!!」
どう説明すればいいのかわからん謎の衝撃がオレを襲う。
なんだこれ! 臭くてしょっぱくて甘くて苦い??! 完全に未知の体験――いや! どこか知ってるような味わいな気もする……。
えーっとゴム味、みたいな?。
いずれにせよ言えるのは。
「ほ……北欧の子供達はこんな半端ないお菓子を食べているのか? 罰ゲームとかじゃなくて?」
「食べてるし罰ゲームなんかじゃないよ! 美味しいでしょコレーーー!!」
「正直、これまで口にしてきた物の中でもトップクラスの衝撃が走った……」
嘘ひとつない本心からの言葉である。
あまりにも、あまりにもっっっ、オレが好きになれる味とは程遠い。
「え~~~、それは言い過ぎじゃない? あ、でもどこかでサルミアッキ味に震えてるキャラを見たことあるかも。危ない薬でも飲んだ? ってぐらいにおかしくなってた気がするよ~」
「そんなもん喰わすなよ!?」
「だって本当にそうなるかは食べてみないとわからないし!」
そりゃそうだ。
しかし、注意喚起ぐらいはあっても良かろうに……。
「そーりー、悪気はなかったの。そんなに苦手ならペッしちゃっていいよ」
「……リーナよ、ひとつ日本の格言を教えてやるよ」
「どんな?」
「それはな……お残しは許しまへんッ、だ!!」
一度口にしたものは食べきるもの!
なけなしの気合いと精神力を振り絞って、オレはサルミアッキを食べきった。正確には腹の中にすべてを託して呑み込んだともいう。
「ご、ゴクリ。よ、よーーーーし、やった、やってやったぞ!!」
「こ、これが日本男児のサムライスピリットなんだね?!」
「そうだとも。……あ、でも無理。口の中に残った味を少しでも中和せんとイカン」
残り香に苦しみながら、オレは持ってきてた食べ物をひとつ取り出した。
酔い止めにも成りうる一品、甘じょっぱさが溜まらないねり梅のお菓子を!
「あ~~、これで口の中のグロさを打ち消せ――――ないな! やばい、大分マシになってる気はするけど味の濃さで負けてるッ」
「それ美味しいの?」
「食べてみるか?」
ねり梅の小袋をリーナに渡す。
彼女は興味深々なご様子で一粒を取り出すと、躊躇なくパクリと一口。
――が。
「!?!?!?!?!?!?」
突如としてプチパニックとなった。
「あれ?」
日本に来てからというもの、あちこちで日本製の食べ物を口にしているリーナはどんな物でも美味しそうにしていた。
なので今回も例に漏れず「美味しいよー♪」と返してくれると予想していたんだが。
――どっからどう見ても美味しそうにはしてないな。
全身を震わせつつ手足をバタつかせながらも、ギリギリで吐き出さないように堪えている感じだ。
「美味くない?」
「の、脳がバグりそう、だよ」
そんな感想初めて聞いたわ。
「な、なにこれぇ……食感が……柔らかくて、モニュっとしてて、噛むとグニッってぇ柔らかすぎるグミみたいに……梅ってカリカリ硬いんじゃないのぉ?」
「梅干しと一口に言っても色々あるんだよ。リーナがイメージしてるのはカリカリ梅だな」
硬さに関していえば、ねり梅はカリカリ梅の対極に位置するやもしれん。
味もすっぱい系じゃなくて甘みがあるし。
「ふハァーーーーーーーー?!! の、飲み物ーーーー!!」
駅で買ってたお茶でねり梅を流し込むリーナの姿はなんだか新鮮だった。
歓迎会からここまで大した好き嫌いも見せない健啖家にも苦手な物は存在したんだなぁ。
「ダメ! 足りない! さ、サルミアッキで中和をぉぉぉ……」
「正気か」
「こんなぶにゅぶにゅのお菓子を美味しく食べてる和頼の方が正気を疑うよ!!」
「なにぃ!? さすがにその意味わからん黒い飴に負けるのは許容できんぞ!」
「サルミアッキはみんなが愛する伝統の味だよ! この味を味わうために色んなサルミアッキ味の食べ物が売ってるぐらいに人気なの! かければどんな物でもサルミアッキになる調味料だってあるんだよ!?」
「どんな調味料だよ!? 言っとくが練り梅はともかく梅干しは大昔からたくさんの人に食べられてるし、自分で作ってる人もいる。ご飯に乗せて良し、お酒に使って良し、すっぱさや甘みだって千差万別で――」
「サルミアッキだってお酒にあるからーーーー!!」
酒が飲めもしない若者の言い争いはこうして始まった。
小鳥のさえずりが耳に心地よかった自然公園ルートは今ややかましさの宝庫と化したのである。
そういえば、こんな風にリーナと言い争いをするのも初めてかもしれない。
どこか悠長なことを考えながらも。
「サルミアッキは最初は苦手だとしても食べ慣れてる内に美味しくな――」
「今度はお前でも絶対に気に入る梅干しを喰わせてや――」
足は止まることなく森の中を進み、その口はお互いに相手が苦手だと認識したものについての相互理解を深めてるキッカケとなった。
相手が嫌いな物を知ること。
それもまた仲を深める大事な要素である。
そうこうしている内に自然たっぷりの遊歩道を抜けた先。
建物の前で待ち構えていたのは、気の置けない仲間達だった。
「やあご両人! 随分遅いご到着だったようだ……ね?」
「むっすー」
「なにがあったんだい和頼。リーナさんが見たことないぐらい憤慨してるように見えるんだけど?」
「なに、ちょっと異文化交流したら噛みあわなかっただけさ」
「どうしてリーナちゃんのためのお出かけなのに、道中で不機嫌にさせてしまうんですか……」
困惑の道晃。
呆れ顔の委員長。
山間にある目的の施設入口前で待っていた二人はきっとオレ達を驚かせようとしたんだろうが、逆に驚いてしまっていた。
「つか、そもそもなんでいるんだ? オレは相談した時に場所と日にちは話したけど時間までは伝えてなかったよな」
「そこは優秀な情報提供者がいるからね」
「はーい、可愛い妹のあたしでーす♪」
道晃の後ろから顔を出したのは、我が妹の姫奈だ。
「お前まで来たのかよ」
「ひっどい言い草だなぁおにぃは! そもそもせっかくのお出かけにどうしてあたしを連れてってあげようと思わなかったの!?」
「姫奈が行きたそうな場所じゃなかったからだよ」
そもそもリーナのためのお出かけだし。そこに姫奈がいる必要はないと判断したのもある。
「ひどい! 一言ぐらい確認してくれたっていいじゃないのさ! 大親友の道晃くんから連絡が来なかったら、あたしを置いてけぼりにしたおにぃは後で絶対後悔してたよ」
「……道晃くん?」
「誤解が無いように話しておくと、僕が姫奈ちゃんに連絡をとったのは和頼達が出発した時間から到着時刻を予測するためだよ。大体姫奈ちゃんが今日の件を知らされてなかったのを僕は知らなかったわけだし」
よく出発時間だけで予測できたもんだ。
さすが大親友というべきか。
「まあまあ佐倉崎くん。姫奈ちゃんを仲間外れにするのも可哀想ですし、ここまで来てくれたんです。もう一緒に楽しむ方向でいきませんか?」
「……別にオレもこっから帰れとは言わないさ。……姫奈、先に言っておくが本当にお前が楽しめるような場所じゃない可能性大だからな? 後からつまんないって文句言うなよ」
「合点承知だね! リーナお姉ちゃんもよっろしくー♪」
「よろしくされるよ~♪」
随分とまあ仲がいいよなぁウチの妹と留学生は。
リーナのふくれっ面もすっかり解消されてしまった。その辺は姫奈に感謝してもいいかもしれない。
「道晃達はもう中には入ってみたか?」
「フライングは趣味じゃないからね、和頼達を待ってたよ」
「それじゃあ皆で一緒に入るとするか」
「あの、和頼。ココが今回の目的地なの?」
そわそわしながらリーナが尋ねてきたので、オレは大きく頷いた。
「どんな施設かはすぐにわかるから言わないでおく。でも、リーナにとっては一種の聖地かもしれないぞ?」
「聖地! な、なんの作品のモデルになったんだろう……うーん、パッと出てこないよー!」
山間に建つ、和と洋が合体したような建物。
入口には暖簾がかかっているが、外観は西洋っぽい雰囲気が強い。
条件に合致する場所を見つけるのはちと大変だったが、その労力に見合う結果が出ればいいなと望まずにはいられん。
ま、どうなるかわからん小難しいことは一旦置いといて……。
「行くぞ皆の衆」
暖簾をくぐって、いざ店内へ。
そこで待ち構えていたのは――。
バカでっかい温泉マークの入ったタペストリーだった。
入館受付を済ませた後に脱衣所で着替え。水着になったオレの目の前に広がっているのは温泉のテーマパークだ。
巨大な銭湯のようにも感じる広くい湯殿はどこもかしこもピカピカ。
風呂の種類も多い。いわゆる大浴場以外だとジャグジー風呂に打たせ湯、何が違うのまではぱっと見わからないが白やら赤の濁り湯に、変わり種だと電気風呂。
お客さんもまた老若男女と様々で、きっと日頃の疲れを癒すために来ているのだろう。ココなら子供用プールもあるしな。
「なんというか色々ありすぎて豪華だね~。和頼はこういうところは来たことあるのかい?」
「一回ぐらいはあるぞ。子供の時にだけど」
「はははっ僕も似たようなもんだよ」
メガネを外した水着道晃と他愛のない会話をしながら、入口近くの長椅子に座って女性陣を待つ。さすがに男のようサッと着替えてはい終わりってわけにはならんから、少し待ちぼうけになるかもしれない。
「実はすっごい楽しみにしてたりして?」
「何の話だ」
「誤魔化さなくていいよ。男なら誰だって女の子の水着姿は注目するものさ」
「あのなぁ道晃、何を言ってるんだお前は」
オレは友人の肩に手をかけて、グッと力を込めた。
「そんなの当たり前だろう。あのとんでもボディが気にならない男子がこの世にいると思うか?」
「まったく隠すつもりのないスケベ心が清々しいね」
「……男二人でスケベな話をするなら時と場所を選びましょう。あるいは男同士の絡み合いだけにして欲しいですね」
「うわビックリした!? 佳代ちゃんいつの間に来てたの?」
「たった今です。もうすぐリーナちゃんと姫奈ちゃんも来ますよ」
さりげに自身の嗜好をぶっこんできた委員長。
彼女が着ているのは青色のワンピース水着だ。
露出は少なめではあるものの、スレンダーな肢体とマッチしてよく似合っている。
「佳代ちゃん可愛いよ!」
「あ、ありがとうございます……」
彼氏に褒められて悪い気がする女の子はおるまい。
「似合ってるぞ委員長」
「ありがとう佐倉崎くん。そっちも意外とイイ身体してますよ、ちょっと腹筋触ってもいいですか?」
礼を言いながら人の腹を触ろうとする女もコイツ以外いないわな。
当然ながら丁重にお断りさせていただいた。
触るなら彼氏のにしろってんだ。
「和頼はよく動いてる分やっぱり筋肉質だよね。帰宅部の名が泣くよ?」
「まごうことなき帰宅部員に何か文句でも?」
「なんちゃって帰宅部員の間違いでしょ」
大した意味もない男子トークをしていると、賑やかな声が離れたところにいても聞こえてきた。間違いなくウチの子である。
「ふぁんたすてぃっく♪ 日本にある本場の温泉とはこんなにすごいんだね感動だよ!!」
「色々あって楽しそう~。あたし全部のお風呂に入ってみたいなー」
キャピキャピ楽しそうな二人が来たところで、手を挙げる。
「おーい、二人共。こっちだこっちー」
「あ、和頼の声が向こうから聞こえましたよ」
「あっちに行こっ、リーナお姉ちゃん♪」
向こうがこっちに到着するまで十秒もかかるまい。
そんな短い時間の間に、委員長が小声で訊いてきた。
「あの、佐倉崎くん。つかぬことをお伺いしますが、リーナちゃんと一緒にどこかへ泳ぎに行った事はありますか?」
「あいつが日本に来てからまだ一ヵ月程度だぞ。4月中に泳ぎになんか行くわけないだろ」
質問の意図が読めず思ったことをそのまま伝える。
すると、委員長が神妙な面持ちで「そうですか」と呟きながら、何故か後ろに回りこんでから両手で道晃の目を塞ぎ始めた。
「佳代ちゃん、なんで目を隠すの?」
「道晃くん、私の言う事をよーく聞いてください。これからコッチに来るのは毒です、それも非常に強力なものなんです。ですので少なからず覚悟を決めてから目を開けてください。もし……大きな声を上げようものなら」
「……なら?」
「仕方のない事と思いつつも、きっと道晃くんを冷ややかな目で見るでしょう。正直ドン引きです」
「なにそれ怖い。でも僕らの世界じゃご褒美でもあるね」
「おい、公衆の場でいちゃつくのは良くない……ぞ?」
委員長がいきなり訳分からん行動をするものだから一瞬そっちに気を取られたが、改めてこっちへ歩いてくる残りの二人の方へ顔を向ける。
ココで横にいる委員長の言葉を借りるなら、そう。
オレは何の覚悟も無しに、非常に強力な毒を目に入れてしまったのだ。
「おっまたせー!」
「三人共~、お待たせしましたー♪」
ばるーん ぼよーん ぷるるーん。
そんな頭の悪そうな幻聴が聞こえたような気がした。
ナニとは言わないが成長途中な姫奈と差がありすぎて、憐れに思ってしまいそう。しかし姫奈が極度のぺったんこな訳でもない。
とにかくビキニ姿のリーナのインパクトが強すぎるのだ。
……ナニとは言わないけども!
「思ったより遅くなってソーリーです」
「……な、何かあったのか?」
ガン見しそうになる目を無理矢理逸らしつつ、なんとか平常心を保とうとする。だが、朝方の半裸騒ぎも頭に浮かんでしまって、とてもじゃないが落ち着くことができない。
「それがねー、リーナお姉ちゃんに合うサイズの水着が中々なくってさ~。おっぱい大きいとレンタルから探すのも困るんだって初めて知ったわけ」
「あ、ああ……そんなこともあるんだな」
コメントを返しづらすぎる回答はやめるんだ妹よ。
出来ればもっと言葉を選んでくれると兄は嬉しいぞ。
「あ、そうか。事前に行き先を知ってた僕らと違って、サプライズなリーナさんは水着を持ってこれなかったわけだ」
「…………どちらさまです?」
委員長の目塞ぎから解放されて話しかけてきた男子が、素手誰だか認識できないリーナさん。
天然ボケをかましてるように見えるが、本当に相手が道晃だと分かっていないんだろう。
「リーナちゃんリーナちゃん。全然違う人に見えるかもしれませんが、この人は道晃くんですよ」
「みち……てる? ……道晃!!?」
「そんなに驚かなくてもよくないかな?」
「諦めろ。それだけメガネを外してる素顔のお前は印象が違うんだ」
「ほー、久しぶりに見たけど道晃くんやっぱり超イケメンだー♪」
コレに関しては姫奈の意見に完全同意せざるを得ない。
何を隠そう我が友人たる清藤道晃という男は、一種の隠れイケメンなのだ。
それも生半可なイケメンではない。正に超イケメン。
普段は分厚いメガネを装備してるので分からないが、その整った顔立ちたるや同性からしても「カッコイイ」と称される代物。普段は視力が低いためにメガネをかけているんだが、もしコイツの目が普通の視力以上だった場合さぞ多くの人間を虜にした事だろう。
つうか、現時点で隠れファンがそこそこいるのをオレは知ってるし。
「か、かっこいい~♪ でも、どうしてそんな顔をしていると教えてくれなかったの?」
「別にわざわざ教えるような事じゃないよ。僕的にはひっそりしてるのが性に合ってるし」
「リーナちゃんみたいな反応だったらいいんですけど、人によっては態度をガラリと変えて押し寄せてきますからね。付き合っている身としては彼氏さんが女の子にモテモテすぎるのも複雑ですよ」
「大丈夫だよ。僕がお付き合いしてるのは佳代ちゃんだけだから」
「道晃くん……嬉しいです」
「安心してね! 熊にキックされて死んじゃわないよう、二人のラブは邪魔しないよ♪」
「熊にキックされるってどーゆうこと?」
「多分アレだ。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてってやつ」
一瞬「ホアチャア!」と飛び蹴りをかますクマに蹴られるリーナを想像してしまった。非常にシュールだ。
「……じ~~~~っ」
「?」
蹴りを放つ愉快な熊を連想していると、何やらリーナがちらっちらっとこっちを見ているのに気づいた。
上目遣いだったりそわそわしたり、そのアクションには何らかの意図が感じられる。
で、少し遅れてオレはその意図を察した。
「リーナ」
「うん」
「こういう場所は初めてだろうから、気になる事があったらいつでも聞いてくれ。あと正直お前の恰好は刺激的すぎるから、あんまり男の近くには寄らないように」
「う、うぃ……」
リーナ、あからさまにしょんぼりモード。
……分かってるって、そんな何こいつって目で見んなよ仲間達。オレだって照れを抑える必要がある時ぐらい存在するんだっての。
「それからな。良い水着があってよかったな、似合ってるし可愛いぞ」
「ッッ」
ぱあ~~~~っと太陽がこんにちわでもしたかのように、リーナの顔が超嬉しそうなソレに変わる。
「ありがとうだよー♪」
「おうおう」
「ねえねえ、おにぃ。あたしはあたしは?」
「大丈夫だ姫奈。お前も諦めなければ、きっといつかリーナみたいになれるさ。……くぅっ」
「誰が涙が出そうなくらいに絶望的じゃあ!!?」
以心伝心。
長年の付き合いがある妹には、オレの意図がバッチリ伝わっていたようだ。
結果、飛び蹴りをかましたのは熊ではなく姫奈になったわけだが。
「そんじゃまあ、温泉巡りと参ろうか~」
「参ろうか~♪」
本日のサプライズ相手たるリーナを先陣に。
オレ達の温泉タイムが始まった。
「広い! 大きい! これが日本文化代表のひとつたる温・泉~♪ どう入るのがいいのかな、何かオススメはあるの!?」
「温泉といえばゆっくりのんびり浸かるのが一般的でしょう。ですがココは湯治場や旅館にあるような温泉とは違ってテーマパークに近い、いわば温泉を使った遊び場。少々騒いでも問題ありません」
「はい先生! 泳いでもOK?」
「その場合は遊泳OKの温泉ですね。プールの他にもあるようですよ」
「そうなんだー! ねえねえリーナお姉ちゃん、まずはどれから入りたい?」
「ワタシは普通の温泉からスタートして、段々特殊なのに入ってみたいよ♪」
はしゃぐリーナと姫奈。その二人に姉か母のように付き添う委員長。
遠目から見ても三人が楽しげにはしゃいでいるのがわかる。
「はぁ~~…………」
「ふぅ~~~、おっさん臭いよ和頼」
「お前もな~」
その一方でジャグジー風呂に浸かっている男組は、華がない。じじむさいにも程がある。いや、正確には横にいる道晃の顔面はイケてるからむさいのはオレだけかもしれんけど。
「ここんとこ落ち着く時間が少なかったからな。身体が休息を求めていたみたいだ」
「あー、春休みからコッチ。新しい学年になって慣れなきゃいけない事も多いし、和頼の場合はリーナちゃんのサポートがあるしね。随分と生活スタイルが変わったんじゃないの?」
気泡が噴流するぶくぶく音に混じって聞こえた道晃の問いかけに、「んー」とぬるい返事をしながら背中をずらしてジェットバスの当たる位置を調整する。
「そうだな。リーナが来る前と後じゃ全然違うわ」
「どんな風にだい?」
「昼間は学校で一緒で、夕方以降も大体近くにいるし、夜はアニメ観まくったりゲームしてる事が増えた」
「なにそれ最高じゃないか」
「そっちはそっちで委員長とそんな感じじゃねえの?」
「さすがに同棲してる和頼達に比べたら密度が違うよ」
「何言ってんだ、話しの濃さに関しては圧倒的にそっちが上のくせに」
「ふっふっふっ、本当にそうかな? リーナちゃんという存在によってキミは知らない内にオタク細胞を植え付けられてるはずさ」
無自覚な感染拡大かい。
「ま、少なからず面白くやってるようなのは羨ましいね」
「そう見えるか?」
「少なくともうだうだ悩んでるようには見えない」
自分では分からずとも、周りからすれば分かることもある。
もしかしたらオレは……少なからずくすくす状態から抜け出しているのだろうか。
そうだとすれば――――。
「かーずより♪ ここはどんな温泉なの?」
「ぶくぶく気泡を楽しむジャグジー温泉だな」
リーナ(コイツ)のおかげだろう。
「ワタシも入るよー♪」
「おっと、じゃあ僕は別の温泉に――」
「行かんでいい行かんで。スペースはありあまっとるわ」
少なく見積もっても十数人は入れるジャグジーなのでリーナが増えたところで狭くなろうはずもない。なのに道晃が出ようとしたのは、二人にしようという余計なお世話だろう。
「あれ? 道晃くんは移動するんですか?」
「道晃くんぼっちになりたいの~?」
「皆が来るなら話は変わるね。仲間外れはごめんだ」
委員長と姫奈が来たため道晃も残り、結局揃ってジャグジー風呂に浸かっていく。一斉に力の抜けた「はぁ~」という声が出た。
「女の子が三人揃えばやかましい! の後に日本ならではのスッポンのお付き合いあいだね♪」
リーナの謎発言に、他の四人がギョッとしたり「?」を頭に浮かべる。
「和頼なら通訳できる?」
「待て待て、お前オレに訊けばなんでも分かると思ってないか?」
まあ、分かってしまったんだけども。
「あのなリーナ。多分お前が最初に言いたかったのは『女三人揃えばかしましい』だと思うんだが」
かしましいとやかましい。
絶妙に違うが、意味が通りそうなのがすごい。
「もうひとつのスッポンのお付き合いって、『裸の付き合い』だよな?」
「そう、それ♪」
「おお~、そういう意味だったんだ。僕はなんで亀のスッポンが出てくるのかと思ったよ。……でもなんでスッポンが裸になったんだい?」
「日本語で裸になることを、スッポンって言うんでしょ?」
リーナよ。
それスッポンやない。スッポンポンや。
「あはははは♪ リーナお姉ちゃん、スッポンとスッポンポンは全然違うよー」
「えええ!? でもワタシに教えてくれた人はそう言ってたよ!?」
「となると、その人も間違えて覚えてたか、わざとそう教えたかだな」
「裸とスッポンにスッポンポンをかけてる辺りからして、後者の可能性が高そうだねぇ……」
「ですね。もしかしたら私のようにスッポンの突き合いと誤解して、道晃くんと佐倉崎くんがすっぽ――」
「佳代ちゃん。それ以上はライン越えすぎ」
「は!? ご、ごめんなさい。なんでもないです……」
赤くなった顔をぶくぶく沈めてゆく委員長が一体何を言いたかったかは彼氏しか分からんが、リーナの面白日本語は毎回愉快なのが多くて場が盛り上がるなぁ。
当の本人はかなり恥ずかしそうだけど。
「うぅ……また間違いが発覚したよ」
「それでもリーナの日本語力は全然困らない程に高いけどな。そういやどうやって日本語を覚えたんだ? アニメや漫画だけで独学?」
「それもあるけど、やっぱり師匠とおばあちゃんのおかげだよー」
「師匠とおばあちゃん? 日本語の師匠にあたるおばあちゃんではなく?」
「うん、師匠とおばあちゃんは別の人だよ。師匠は日本文化を詳しく教えてくれた人で、おばあちゃんはワタシの祖母だから」
身近に日本語が上手な北欧人が二人いたってわけか。
そりゃ珍しい。
「さっきのすっぽんはどちらに教わったんですか?」
「むー、師匠だよぉ。今度会ったら問いたださないと!」
「茶目っ気がある人なのかな? 詳しく教えてくれた日本文化って食べ物や生活習慣とか?」
「もちろんアニメ漫画ゲームについてダー♪」
「なんだろう。リーナがこうなった原因が垣間見えた気がするな」
「予感がするよ。きっとその人は僕と話が合うね!」
同感だ。
おそらくリーナの趣味嗜好を育んだのはその人になるのだろう。
正に文字通りの師匠なわけだ。
「ごめんね和頼~。また変な日本語を使っちゃって」
「気にするな。もっと変なタイミングで使うよりマシだろ」
「……なんでゆっくり離れてくの?」
「気にするな」
「ふーん…………えいっ」
「うお!?」
「なんで避けるの♪」
「お前がくっついてくるからだよ!」
危ない危ない。
至って自然にまったり話しているこの場ではあるが、その胸の内では色々複雑なのだ。
確かに道晃もいるよ?
けど、忘れてはならない。オレの傍では誰もが見惚れてしまう北欧美少女とクラスメイトの委員長が水着姿でいるんだぞ(※姫奈は対象外)。
誰も突っ込まないからそのままになってるが、健全な青少年としてはこんなにひどい状況は早々ない。万が一クラスの男子に知られたら嫉妬で埋められかねん。
その上でさっきはワールドクラスの胸を備えたリーナがひっつこうとしてきたわけだよ。
そりゃ遠ざかるし避けもするだろ!
本能に抗えなくなったらどーすんだよおい!!
「和頼、顔赤いよ? ハッ!? もしかして湯あたりなんじゃ!! 大変、早く温泉からあがって冷やさないと!」
「湯あたりじゃないからだいじょ――待て待て、腕を掴んで引っ張るんじゃない今のオレに近づくなぁ!?」
「ほっほー、この場面で『暴走しそうな力を必死に抑えようとしてる』台詞とはやるじゃないか和頼」
オレの心境を理解してるアホイケメン。
もとい、ニヤニヤ顔の道晃にレスキューする気は無いようだ。
「これは私達の同士になる日も近そうですね。楽しみです」
「おにぃもオタクの仲間入りか~。じゃあこれからはもっと皆と仲良くなるね」
「なーんーでー抵抗するのーーーーー!」
「いーいーかーらー放っておけーーーーー!!」
ぐいぐい引っ張るリーナ。
抵抗するオレ。
その様相は綱引きの如しか。
だが、純粋なパワーで男のオレが負けるはずもない。
この綱引きは圧倒的にオレが優位である。
そうタカをくくっていたら。
「あっ」
「い?」
リーナの力がいきなり弱まり、飛び込むようにオレへと向かってくる。
どうやら足を滑らせたらしい。
「うえおっとぉ!?」
打ち所が悪いとお互いに痛い思いをしかねない。
オレは反射的に、リーナを受け止めた。
瞬間、どうしようもなく柔らかくて大きなモノの感触があったがこの時は背中から着水する際の受け身に必死で煩悩に塗れずに済んだ。
「ぶくぶくぶく…………ぶはぁ! 大丈夫かリーナ!?」
「ぷはぁ! わあぉ~、びっくりしたよー」
「びっくりしたのはコッチだっつーの! ……どこもぶつけてないか?」
「うん、大丈夫♪ 和頼のおかげでノーダメージだから!」
「そうか、それならいい――――」
言いかけて、ハッとした。
今のオレ、しっかりがっしりとリーナと密着してる。
「ほっほおー」
「公共の場で見せつけるとは……やりますね和頼さん」
「おにぃ、やっるー♪」
冷やかし度百パーセントの連中からすれば、さぞオレがリーナに対して熱烈なハグをしてるように見えてるのだろう。
そう思ったのと同時に、事故とはいえ強制的に触れあってしまったリーナのやわっこさによるダイレクトアタックの感触を自覚してしまい……。
「…………」
オレは急ぎ、リーナの身体を離した。
なるべく触れる部分が少ないよう肩に手を置いて距離を空けたのだが、それでも離れた際にでっかい双丘が揺れるのが目に入ってしまう。
「ぐぉっ」
こんなん誰でも呻くわ。
じゃなきゃだらしない声でも出てるだろうて。
「か、和頼? さっきより顔が赤くなってるよ? どこか痛い痛いした??」
「大丈夫だリーナ。ヨーシ、ソロソロ別ノ温泉ニ行クカー」
問題ない。
頼むから、そういうことにしといてくれ。
なんともいえない場の空気から逃げるようにしながらも、味わってしまった生々しい感触を忘れるのも難しい。そんなオレに残された道は、強引に別の温泉へと移動していく事だけであった。
……
…………
……………………
「……そろそろか」
施設内の大時計で時間を確認して、メンバーを集合させる。
温泉は一通り巡ったはずなのでタイミング的にも悪くない。
「よーし全員いるな。じゃあ一旦温泉から出て、次の場所へ向かうぞ」
「今日の目的はココで温泉三昧じゃなかったの?」
不思議がるリーナの質問に意味深な笑みを返す。
同じように笑っているのはオレだけじゃないが、リーナ以外の全員がちょっと悪そうに笑っていると怪しい集団度がマシマシだな。
「すぐに分かるさ」
そう告げて、各自私服に着替えて施設の外へ出る。
といっても敷地内から出るわけではなく、移動先はキャンプ場もあるエリアの方だ。
「あ、キャンプ? キャンプするの??」
「やろうと思えば出来るが、気になるか?」
「キャンプは家族や親戚と行ったよ♪ でも、日本作品に没頭する時間の方が圧倒的に多かったから回数は少ないかな」
「アウトドアなオタクもいるけど、基本はやっぱりインドアだよね。あ、もちろん僕は超インドア派だよ」
「右に同じです」
「あたしは面白ければなんでもいいよー♪」
「オレは……偶にならいいかもなって感じだ」
テント張って寝泊りするのも楽しそうではあるが、しょっちゅうやりたいかと聞かれたら首を振るだろう。
「でも、世間だとキャンプってブームなんだよな? 道晃も前にキャンプやってみたいって言ってなかったか?」
「ああ、大人気のキャンプ題材作品がやってたからね。ああいうの観ると影響されるのがオタクって生き物なんだ」
「あ! それワタシも知ってるよ♪ 可愛い女の子だけでキャンプするヤツだよね!」
「そうそう、それそれ」
「日本の女子学生は真冬でもソロキャンプするなんて、すごいよね♪ 自転車で山の上まで登り続ける体力も凄まじかったよ♪」
「キャンプって夏にやるもんじゃないのか? なんでその作品では冬にやってるんだ」
冬のキャンプは寒くてしんどそうだが。
「冬のキャンプの方が人がいなくて静かだから、ってなってたねぇ」
「純粋に不思議なんだけど、滅茶苦茶寒いよな?」
「寒いよ、下手したら凍死するレベル。だからその作品がブームだった時は、ロクな準備もせずに真似しようとするファンがいると危ないから、注意喚起が出されてたし」
「それだけ迂闊な行動をする人がいたんでしょうね。知名度に関しては旅行雑誌を表紙を飾る時もあった作品なので……」
「北欧人だったらもっと大丈夫! 基本的に寒いところに住んでるから♪」
少し口を開けば、楽しそうに始まるオタクトーク。
まだまだオレは混ざることはできない初心者だが、そのうちもっと理解できるようになっているのかもしれない。
「っと。そろそろ見えてきたみたいだぞ、目的地が」
「え、どこどこ!」
「リーナお姉ちゃん、きっとあそこだよ。川が流れてる!」
リーナと姫奈の二人が木々に囲まれた道を仲良く駆けだし、前方に見えてきた川へと向かう。ぽかぽか陽気の下で流れる清流は澄んでおり、時折上流から緩やかに流れてくる桜色の花びらが美しい。時折聞こえる春の小鳥のさえずりが一層強く春を感じさせた。
「一応遊泳可能らしいぞ。流れが急だったりいきなり深くなってる場所に気を付ければ」
「……でも佐倉崎くん。けっこう水温は低いみたいですよ、触るとヒンヤリします」
ポチョンとつけてみた委員長の指先がぷるりと震える。
当たり前だが、幾ら暖かい春だろうが夏ほど水遊び日和って事は無いのだ。
「和頼。あのログハウスが例の?」
「ああ、あれでけっこう人気があるみたいでな。予約の都合上、朝一からってのは厳しくて多少使える時間が遅くなっちまった」
それでも自分達の休日に合わせて予約できないという最悪のケースは避けられたので、不運ってことは無いだろう。
あとはサプライズ相手がどう感じるかが問題なのだが……。
「あ……あれはもしかして!」
当事者たるリーナは、川近くに佇むログハウスをじっと見つめていた。
きっとソレが何なのかが彼女には分かっているのだろう。綺麗な青い瞳からはどこか懐かしく思うような視線が発せらせている。
「……もう分かっちゃったか? 本来ならもう少し時間を置いてからネタばらしをしようと考えていたんだけど」
「あ、あの……ほんとに? ほんとにアレって……」
「さあさあ、皆で中がどうなっているか見てみようじゃないか。一番乗りはリーナで頼むぞ?」
コクコクと何度も頷くリーナを戦闘にして、オレ達一行はその建物へと足を踏み入れる。
木の丸太と板を中心に作られているログハウスは、日本人のオレからすると映像の中でしか馴染みがないような外国の住居か、木こりの家。あるいは避暑地にある別荘のような印象だった。
しかし、このログハウスはどれでもない。
日本人にとっては物珍しさが強いが、リーナにとってはその逆のはずだ。
入口の扉を開けた先には大きな四角いスペースがある棚に籠が置かれた脱衣所がある。さらに奥へ進むと、そこには。
「……わあああ~~~!!」
木の匂いと熱い蒸気に包まれた――――サウナがあった。
「さ、サウナだよ和頼! ええ、でもなんでこんなところにサウナが……しかもこれ、北欧のサウナにそっくりだよ!!」
「お、お、落ち着けぇリーナぁぁぁ。肩を掴んで揺する、なアァァ」
ガクガクブンブン揺すられて変な声になってしまうオレを、後ろにいた連中がドッと笑う。
リーナのブンブン揺すりからなんとか逃れたオレは一息ついて、今日の目的地について明かし始める。
「そんなわけで今日の目的地はココ。北欧デザインで作られたサウナだよ」
「リーナちゃん。最近元気がなかったですよね。だから、佐倉崎くんがなんとか元気づける方法がないかって探してくれたんです」
「相談できる相手がいればかたっぱしから話しを持ちかけたりしてね! あの時の和頼の必死っぷりったら魂が震えるほどに熱かったなぁ」
「おにぃももっと早くあたしに頼ればそこまで苦労せずに済んだのにねぇ~」
「うるせい。姫奈の友達がサウナに詳しいなんてオレに分かるわけがないっつーの」
助かったのは事実なので感謝はしているけどな。
この恩はそのうち精神的に返すつもりだ。
「あー、その、なんだ。リーナが住んでいた地域だとサウナが有名なんだろ? 調べてみたら現地の人にとっちゃサウナは一番リラックスできる空間で、日本人でいうところのお風呂みたいなもんだって話しでさ」
日本生まれ日本育ちのオレからすれば、風呂に入るのは日常のひとつだ。
毎日入るし、身体の汚れを落とすだけじゃなく心の疲れが癒される時だってある。
じゃあコレをリーナの立場に置き換えてみたらどうなるか。
リーナにとって日本の風呂は故郷のサウナと同じとはいかないのではないか。
仮にオレが北欧に留学したとして、今日から入れるのはサウナでお風呂じゃありませんと言われたらどう感じるか。
ホームシックの原因になってもおかしくはないだろう。
「なもんで、元気がないのもサウナが関連してるんじゃないかって考えた。いやー意外と手間どっちまってな。日本にもサウナがあるからそれでいいじゃんと思いきや、北欧と日本のサウナは同じサウナでも違うんだろ」
北欧のサウナが近場にあるわけもない。
一応日本全国に北欧のサウナを導入している施設はあったものの、一番近いココですら電車を乗り継いだ山間にあるときた。
「……オレも北欧式サウナに興味があるからさ。堪能するためにココはひとつ、リーナからサウナの入り方を教えてもらえたら助かる」
「リーナお姉ちゃん♪ あの壁にかかってる葉っぱはどう使うの?」
「僕はあの用意してある帽子が気になるな。好きなキャラクターも被ってたヤツなんだ」
「私は何か特有のルールがあるのかが気になります。後学のために詳しく知りたいですね」
姫奈が。
道晃が。
委員長が。
それぞれがリーナを促すように質問をしていく。
みんな、いい奴らだよな。
間違いなく、今のお前たちはキラキラしてるよ。
ただ、そのキラキラはちょっと強すぎたようで。
リーナは涙ぐみそうになるのをこらえるように、身体をわずかに震わせながらぐしぐしと目元を腕でこすっていた。
そんで、口から出てきた言葉は。
「みんな……キートスだよ」
彼女が使う故郷のもの。
ありがとうと同じ意味もの。
リーナが心の底から感謝を伝えるための、大事な言葉だった。
「もう、もう、みんな揃ってラヴなんだからあ!!」
両手を限界まで広げたリーナが、オレ達四人をまとめてハグしてくる。
さすがにスペースの余裕なんかありはしないため、こっちはぎゅうぎゅう詰め状態だ。
「く、苦しい!? リーナ! ハグをしたいのは分かったからやるなら一人かせめて二人ずつにしてくれ!」
「ダメだよー! この気持ちをひとりひとりになんて伝えられないのー♪」
「にゃははは、おしくらまんじゅうみたいだねー♪」
「こ、これは……和頼、キミはいつもこんな圧倒的な暴力を受けてたのか!?」
「道晃くん? この後ちょっとお話がしたいんですが?」
どたどた騒がしい空間はリーナが話してくれるまで続いた。
そんで、いよいよサウナタイムに入る時が来た――のだが。
「あれ? なんで和頼と道晃は外に行こうとしてるの?」
「なんでって……リーナ達が先に入るからだろ」
「サウナスペースはひとつしかないからね。女性陣を優先して、男は外でまったりするよ」
「ええ!? みんなで一緒に入らないの!? 北欧じゃ男女一緒に入るのなんてフツーだよ!」
心の底から『マジか!?』と叫んだ。
場所までは見つけられたものの、ルールについてはオレもそこまで詳しくは知らんのだ。
「リーナ、詳しく」
「まっかせてよ♪」
こほんと一拍間を置いて、リーナ先生によるサウナ授業がスタートする。
姫奈と委員長の何か言いたげな視線はひとまずスルーだ。
「さっき和頼が話してたように、北欧でのサウナは誰もがリラックスできる場所であり日本のお風呂のようなもの。どちらかと言えばリラックスするのがメインで、家族だけじゃなくて友達同士で入るのも多いよ」
「あの、リーナちゃん? 友達同士で入るのは日本でもありますけど、それって同性同士の話しじゃないんですか?」
「ノーだよ佳世子。向こうじゃ性別に関わらず一緒に楽しむのは一般的。友達同士で気にすることなんてなーんにもないんだから」
「はい、リーナ先生」
「はい、和頼くん!」
生徒役として挙手するオレを、ノリノリで先生口調のリーナが指す。
「一緒に入るときは『バスタオルを巻いて』か?」
「時と場合によって違うよ。バスタオルを巻いたり、水着着用だったり、なーんにも着ない時もある」
「えええええ!? それって裸で一緒に入るってこと!? さすがのあたしもそれは躊躇しちゃうよお!」
「…………」
「おにぃ、今『お前の貧相ボディなんか誰も見ねえよ』とか考えなかった?」
「被害妄想だ」
「つまり……サウナは一種のはってんb――」
「佳代ちゃん。居るのは僕だけじゃないから、その辺で」
「あはははは♪ 奥ゆかしい日本人の感覚だとそんな反応になるんだね。でもご安心あれ! どういう相手とどんな格好で入るかは、ルールで決められてる場所でもなければ当事者達が好きにすればいいよ~♪」
「ほっ」
「まあ、さすがにね」
「だから! 和頼達がOKするなら、ワタシは皆で一緒に入りたいんだけどどうだろお♪」
激烈に明るいリーナの提案に含みや後ろ暗いものは一切ない。
純粋に「みんなで一緒にリラックスしよー♪」と誘っているのだ。
であれば、オレに拒否する理由はないわけで。
「リーナがそういうならオレは全然OKだぞ」
決して!
決して、男女一緒にサウナに入って今後二度とないかもしれん極上体験を逃すものか! と気合を入れている訳ではないのだ。
「おにぃ、さいてー。えっちすけべー」
「言っとくけど妹のお前が一番、オレと一緒にサウナに入っても変じゃないんだぞ」
「あたしという妹まで餌食に!?」
「はいはい、思春期思春期。安心しろよ、リーナと違ってオレは妹キャラに興味が薄いし欲情なんて以ての外だから。特にお前は」
「なんたる言い草!? リーナお姉ちゃん、このエロエロおにぃと一緒に入るのは危険だよ。お嫁に行けなくなっちゃうかもしれないじゃん」
「そんな心配は無用だよ姫奈。和頼は照れを誤魔化そうとしてるだけだから。だよね?♪」
「もちろんだとも」
オレのは至って正常な反応であって、特別な物でもなんでもないぞ。
これは百パーセント信じていい。
「リーナちゃんが希望するなら、私もやぶさかではないですが……。道晃くんはどうします?」
「そうだねぇ。抵抗が無いわけじゃないけど、みんな一緒にって事なら僕が反対するのもどうかと思うし。女性陣が許可してくれるなら良いかな」
「決まりですね。そもそも別にすっぽんぽんで入るわけじゃないですし、あまり気にしすぎても仕方ないでしょう」
「やったー♪ それじゃあ着替え終わった人から入ろうよ~♪」
「というわけで、男性陣は一旦外に出てください」
「覗いたらダメだよー」
ぽいぽーいと放り出されるように、一旦締め出されるオレと道晃。
「北欧のサウナ文化って進んでるんだなぁ道晃」
「その進んでるって言い方はこの場合ふさわしくないと思うけどねぇ」
口でなんと言おうが、オレ達も男である。
外に配置された一人用のチェアに座りつつも、突発的に始まろうとしているこのラッキーイベントに浮つかないはずもない。
「あー、和頼。一応忠告しておくんだけど」
「大丈夫だわかってる。彼女の素肌をあまり見られるのはちょっとなぁって話だろ」
「じゃなくて。超高確率で佳代ちゃんが嬉々とした表情で僕らを見つめてくるし、下手したら人に見せられないうっとり顔になるかもだけど」
「……」
「先に言っておくよ――勘弁してね」
そっちかい。
「まあ……委員長がそういう嗜好は前から知ってるしな。さっきまでいた温泉施設でも似たようなもんだったし、今更だろ」
「……だといいんだけどね。あれでまだ完全にスイッチ入ってないからなぁ……いざとなったら待ったをかけるけども」
「お前も大概心が広いよな。彼女がそういう趣味だって事を微妙に感じたりはしないのか?」
「方向性が異なるだけで僕も同類だからね。嫌いになんてならないし、むしろああいうところが可愛いだろ?」
爽やかに言い放つ道晃。
こいつ、顔だけじゃなく心もイケメンかよ。
「そんな訳で、たまーに彼女にファンサービスしてくれると嬉しい」
「ハッハッハッ、御免被る」
そんな男同士の会話を続けてる内に呼ばれたオレ達は、脱衣所でパパッと腰バスタオル姿に着替えてからサウナ室へと入っていった。
サウナの扉を開けた瞬間から、もわもわした熱気と蒸気に覆われる。
ちょっと薄暗い室内は中心の枠内にサウナストーンを敷き詰めてあり、その周りには四角い部屋の形状に沿って二段のスペースがあった。
で、今そのスペース――より正確には部屋の奥の方ではバスタオル姿の女性陣がオレ達を待っていたのである。
「いらっしゃーいだよー♪」
「道晃くんは私の隣にどうぞ」
「サウナってこんな感じなんだね~。あんまり入ったことないから新鮮かも♪」
「道晃」
「なんだい?」
「男友達にこの光景を伝えたら殴られかねん。絶対に秘密にしような」
「当然だね」
それぞれ空いてるスペースに座ると、当然女子との距離も近くなる。
あっちを見てもこっちを見てもバスタオル姿で、さっきまで着ていた水着よりも破壊力は高まっているないいぞもっとやれ。
「おにぃ? 万が一なにかヤラかした場合、お母さんに伝わるのをお忘れなく」
「釘を刺さなくても知ってるわ」
姫奈は兄をなんだと思っているのだろうか。
そんなことするわけないだろ、オレに出来るとしてもそれはギリギリ許される範囲内だけだって。
「皆揃ったところで北欧式サウナの入り方をレクチャーするよ♪ といっても、そんなに細かいルールは無いけどね」
リーナのレクチャーを要約すると大体こんな感じだった。
①シャワーを浴びるなどして、体や髪を清潔にする
②サウナ室に入り、ロウリュを楽しむ
③温まったらクールダウン。以上を繰り返しつつ自分のペースで楽しむ。
「ロウリュってのは?」
「ココにサウナストーンがあるでしょ。これに水をかけて蒸気を発生させることを『ロウリュ』っていうの! この蒸気が温度を上げるから、より汗をかくようにできるんだ」
「好きにかけていいのか?」
「うい♪ でもやりすぎると熱くなりすぎるから注意だよ。人によって適温は違うし、リラックスできなくなったら本末転倒だから。水をかける時はちゃんと周りに一声かけるのがマナーだよ」
「ふむふむ。じゃあ、ロウリュしたくなったらやればいいか。リーナはこの熱さじゃ物足りなかったりするか?」
「こんなもので十分だと思うよ♪」
リーナ先生の反応もあって、一旦ロウリュは保留。
オレ達はそれぞれのスタイルでサウナを味わうことになった。
ちなみに貸し切りなのを良い事に、堂々と寝転んでいるのはリーナと姫奈の二人である。
「貸し切りすごーい! あたしサウナで寝転んだことなんてなかった~」
「ふっふっふー、この機会にたっぷり堪能するといいよ♪」
自宅のソファーの上にでもいるようにゴロゴロする二人を見ていると、ココは本当にサウナか? と思ってしまう。かくゆうオレもスペースを広めに使ってダラーンとし始めてはいるのだが。
「それにしてもサウナってこんな感じだったか? もっとこう熱くて渇いてて、少しいるだけでも熱くて仕方ない我慢大会会場みたいなイメージがあったんだけどな」
「きっと和頼のイメージしたサウナは、日本で主流の高温低湿なサウナだよ。からっとした熱さが特徴みたいだけど……我慢大会みたいになってるの?」
「あれ、もしかしてそう思ってるのオレだけ?」
「そんなことないさ。僕がイメージしたサウナも和頼と似たようなもんだよ」
「温度と湿度に大きな違いがあるんでしょうね」
「北欧のサウナはリラックスするのが大事だから! 一方で日本のサウナは効率よく汗をかいて減量に使うんだよね?」
「あー、スポコン系作品ではそうやって使ってたりするねぇ。けっこうキツそうな表現がされてるからリラックスとは程遠そうだ」
「はぁ~……サウナいいよぉ~。毎日入っても飽きない自信がありまくりだよぉ♪」
「リーナにとっての風呂だものな」
その風呂同然のものに、こうして一緒に入ってるわけだが。
これってもしかしなくても相当いやらしいのかもしれん。
混浴とイコールになるわけだし。
「後学のためにお聞きしたいんですが、先程リーナちゃんはサウナに男女一緒に入るのは普通とおっしゃってましたよね」
「だね~」
「純粋に恥ずかしさはないんですか? やはりそこは異性な訳ですから、肌を晒すのに抵抗があるのが普通では」
「ん~、一言でまとめるなら『恥ずかしさや抵抗はあんまり無い』よ」
あっさり言い放つリーナに、皆が驚いた。
「サウナで有名なフィンランドはね、総人口よりもサウナの方が多いって言われるぐらいいーっぱいのサウナがあるの。それだけ皆サウナが大好きなんだね♪ その文化が強いからか、日本で言う恥ずかしいは元々無い……って説明したら大げさかな? うーん……ニュアンスが難しいよ」
「根本的にそんな考えを持たないという事ですか?」
「それもあるし、リラックスするための空間でえっちな考えをするのがそもそもおかしくない? って感じかな。サウナの中でなくとも他の人をじろじろ見るのってマナー違反でしょ?」
「それは、まあ……」
「にひひ♪ でも比較してみるのはけっこー面白いかもね♪ 佳世子が気になるのは裸で一緒に入るのトコだったりする?」
「平たく言えばそうです。日本人の男女でお風呂に一緒に入る行為は、友達以上のとても深い仲でなければ基本あり得ないでしょうから」
「おおー、日本の作品でもそういう表現多いよね。ラブコメやギャルゲーだと、あんなにいっぱい一緒に入ったりするのに。ラッキースケベってすごい♪」
けらけら笑うリーナには嘲るようなものはなく、純粋に違いを楽しんでるように感じられた。なので同類であろう道晃もバカにするなと怒ることもなく「うんうん」と熱く頷いている。
「心配しなくてもワタシだって嫌いな人とサウナに入ったりはしないよ。大体公共のサウナは水着着用だから。裸で入るのは完全にプライベートだよ~」
「そ、そうですか。すみません、てっきりどこもかしこも裸で入ってるのかと……」
「佳世子みたいなのをなんていうか知ってるよ。ムッツリスケベだよね♪」
「ムッ!?」
「あれ? 違った?」
「誤解です私はムッツリスケベじゃないです。そういうのは佐倉崎くんのような人の方がふさわしいでしょう」
「おい、オレを巻き込むな」
勝手にムッツリスケベにするんじゃない。
「違うんですか? さっきから周りが気になって仕方ないようですが」
「見間違いだろ」
「あ、リーナちゃんのバスタオルがはらりと落ちて大変なことに――」
「なに!?」
委員長から視線を外して、リーナの方へとぐるんと頭を向ける。
そこには先程と変わらない――寝転んではおらず、立ち上がっていたが――リーナがバスタオル姿でいた。
「墓穴を掘りましたね。やっぱり佐倉崎くんも男だったというわけです」
「卑怯だぞ委員長。あんなの誰だって引っかかるに決まってる」
「そんなわけな――」
「おい道晃。腰のタオルがズリ落ちてるから早く直した方がいいぞ」
「!?」
オレの発言を耳にした瞬間、委員長はマッハで道晃の方を確認した。
その視線が捉えたのは壁にかかってる葉っぱ的なものを手に取ってる道晃なのだが、腰のタオルは一ミリもズレちゃいない。
「……今のは引っかかったフリです。ええ、フリですが何か」
「ああ、そうだな」
失態を強引さで無かったことにしようとするその姿勢、嫌いじゃないぞ。
「和頼とはいえ僕を都合よく使わないで欲しいんだけど!?」
「悪い悪い、ついやっちまっただけなんだ」
「和頼は、そんなにバスタオルが落ちてるところが見たいの?」
ちょうどいい室温にするため、リーナがサウナストーンに水をかける。
ロウリュによって生まれたもわもわの蒸気によって室内温度を上昇した。
「リーナお姉ちゃんリーナお姉ちゃん、微妙に違うよ。おにぃが見たいのはバスタオルが落ちるとこじゃなくて、バスタオルで隠れてる中身の方だから」
「ふーん? 和頼はラッキースケベしたいの? それじゃあこんなのはどうかな、ちらり~♪」
「ちょ、お姉ちゃん!? それじゃチラリどころかモロだよ!??」
姫奈の声が蒸気の向こうから聞こえてくる。よほど水をかけたのか、視界は白くけぶって大分悪い。
だが、その白い空間の向こう側で、リーナが巻いていたバスタオルがパサリと床に落ちる。その瞬間をオレは確かに目撃したのだ。
「待てリーナ! サービス精神にあふれるのは嬉しいが、さすがにココでそれは不味いぞ!」
「道晃くんは絶対見たらダメです」
「指で塞がれたら物理的にどうしようもなくないかな!?」
いちゃついてる道晃・委員長ペアは放っておくとして。
理性と口は止める&突っ込む気でいるが、オレの両目は本能に支配されてしまっており至高の瞬間を見逃すまいとリーナをガン見していた。
その甲斐あってか、蒸気が薄れてきた部分を中心にリーナのグラマーな肢体が徐々に露わになっていき――。
「じゃーん♪」
オレはバッチリと見ることができたのだ。
――――リーナのビキニを。
「どっきり大成功だよ~♪」
「いえーい♪」
パァン! とハイタッチを交わすリーナ&姫奈。
なんだろうこの気持ちは。今ならオレ、全力で怒れるかもしれん。
「結局一番ムッツリなのは佐倉崎くんだったわけですね」
「委員長もグルか!」
「グルとは人聞きが悪い。私はリーナちゃん達の企みをに乗っただけです」
それがグルじゃなかったらなんだというのか。
「まさかあたし達がバスタオル一枚でいたなんて、本気で思ってたわけじゃないよね~おにぃ?」
舐め切った口調の姫奈が巻いていたバスタオルを掴んでぶわっと投げる。
下から出てきたのは、やはり水着だった。
「もちろん私もですが」
ダメ押しとばかりに、委員長も水着だった。
つまりアレだ。
最初からバスタオルだけでサウナに入っている女の子はいなかったというわけか。
「………………」
「うっわっ、おにぃのそんな顔初めて見たかも」
「大きな失望と落胆にふさわしすぎる表情ですね」
「そんなに日本的な裸の付き合いがしたかったんだね……和頼はとても立派な日本人なんだよ」
「いっそボロクソになじってくれ……」
とてつもない敗北感だ。みんな最初からオレを騙すつもりで……くそ! アホすぎるまでに引っかかってしまった!!
「もうダメだ、おしまいだぁ」
「おおっ、ネットミームの台詞だね♪」
「和頼がその台詞を知っていたとは思えないけど……タイミング的には合いすぎてるね」
「道晃よ、お前も男なら男心を弄んだ連中に何か言うべきだろ!」
「和頼」
「なんだよ」
「僕、友達として恥ずかしいよ」
なんでトドメを刺しにきた?
「くっ……こうなったら、せめてもの腹いせとしてその肢体を記憶と網膜に焼きつけるしか――」
「まあまあ和頼。そんなことより、もっと良いことしようよ♪」
「なんだ? 残念ながらオレの荒んだ心は生半可なものじゃ癒されないぞ。それだけのダメージを負ったんだ」
「それはそれはちょうど良かったよ。ところで和頼は身体がポッカポカになってる?」
「あん? お前がロウリュをしまくったおかげで十分熱くなってるぞ」
だからどうした。
そう問う前に、水着リーナはオレの手を引っ張って、外へと飛び出した。
「なんだなんだ!?」
「さっき説明した北欧サウナの入り方③を覚えてるかな? 今からそれを実践しよー♪」
裸足のまま駆けていくリーナに引っ張られて進んだ先。
柔らかな土の感触を足裏で味わいながら、木々を抜けた向こうにあるのは――到着時にも眺めた綺麗な川だ。
「お前まさか!? おい止せ、心の準備がまだ出来てな――」
「どぼーん♪」
ドボーン!!!!!
リーナが口にした掛け声を何倍も大きくした着水音と共に、オレの全身が一気にひんやりした川の中へとダイブする。
ちょうど頭の上まで沈むような深さの場所を選んだのか。オレのホットなボディは一気にひんやりクール状態を味わうハメになった。
「……ぶはぁ!!? つ、つめてえええええええ」
「ひゃあああ、きっもちいいーーーーーー♪ どうどう和頼、これが北欧式サウナのクールダウンだよ♪」
呑気なリーナが抱き着いてきた部分が妙にあったかい。
本来なら喜ばしい状況なのかもしれないが、微妙に足がつかない川の中だとあんまり楽しむ余裕はなかったりする。
「た、確かにじんわりと気持ちいいのが……って、クールダウンしたいなら川に飛び込む必要はないだろ! 椅子に座って外気浴で十分なのでは!?」
「あはははは♪ 北欧式は近くの湖や海、時には雪の中にダイブするのが醍醐味だよーー♪」
「日本人のオレにはちと厳しいぞコレ!? いや待て、足がつくところまで来たら余裕が出てきた。リーナはもっとくっついてもいいぞ、その方が多分気持ちいい」
「こんな感じに? ぎゅ~~~~~~♪」
「ぶはっ!? それだと首が締まッ!!?」
背後から回された両腕でイイ感じに締められながらバタバタするオレの手足。
遅れて来た三人は、のほほんとした笑顔で眺めており助けようという気概は微塵も感じられない。
「いいねー北欧式。僕もやってみようっと」
「では私も」
「あったしもー♪」
ぴょーんと北欧式クールダウンを試す三人。
なんでこいつらはオレの方めがけて跳んでくるんだ。
二度目の盛大な水しぶきが上がり、森の清流は楽しくて仕方ないといった感じの笑い声で満ちていく。
――もう、寂しさというくすくすの欠片はどこにもなく、そこはたくさんのキラキラでいっぱいになっていたのだった。
◆情熱レフティオの達成項目◆
☑和頼と遠くへお出かけする
☑友達と一緒にサウナに入る(※なんと北欧式!)
☑元気いっぱいになった。とても嬉しい
サウナに入って温まったら外に出る。クールダウンしたらまたサウナへ。
時にはロウリュをして盛り上がり、壁にかかっていた葉っぱの束で肌を叩くなど。
北欧式サウナを堪能しまくったオレ達が地元に近づく頃にはすっかり空は暗くなっていた。
「うにゅ……」
「姫奈ちゃん、眠そうです」
「和頼と違って、帰りの電車の中でもはしゃいでいたもんね。今日は日帰り旅行したようなもんだし、体力が切れたっておかしくはないよ」
「もう一人は元気があり余ってるようだけどな」
「サウナに入ったおかげで、まだまだ元気いっぱいだよ~♪」
おかしい。
リーナ以外の全員が姫奈のようにとまではいかないが、それなりに疲れているはずなんだが……どうしてコイツだけテンションアゲアゲなんだ。
まさか本当に北欧式サウナの力か? 北欧人にだけよく効く体力回復効果でもあるというのだろうか。
「まあ元気なのはイイ事か。どっちにしたって今日は駅前で解散かな」
「時間的にもいい感じだね。あと何かするにしても皆でご飯を食べるか、この辺で何かやりたい事があれば別だけど」
「リーナちゃんからは何かありますか? せっかくですから、遠慮なく言ってみるのもいいかと」
「ん~…………あ! それならワタシ、あそこに行ってみたいよ!!」
「あそこって……」
リーナが指さした方角にある看板。
そこにはデカデカと『カラオケ』の文字があった。
「カラオケって……リーナは歌うのも好きなのか?」
「歌うのは嫌いじゃないけど、それより日本のカラオケが気になってたよ! 北欧のカラオケとは全然違うだから♪」
「カラオケに違い?」
またなんか微妙に文化の差があったりするのか。
まさか選曲可能な曲数が違うだけって事はあるまい。
それならリーナがここまで強く興味を示すわけがないし。
「でも無理強いはしないよ。みんな疲れてるだろうし……出来たら、和頼にはついてきてもらえると心強いけどッ」
「オレは帰りの電車で多少寝てたから、疲れはそんなでもない。道晃達はどうだ?」
眠そうな姫奈は家に帰るだろうなと決めつけつつ、友人達へと尋ねる。
「カラオケか~。まさかの全力オールナイトやっちゃうかうぐッッ」
割と乗り気っぽい道晃の横腹を、委員長が小突く。
「ごめんなさい。今思い出したのですが、今日の夜中に道晃くんと私はオンラインゲームで新実装されたダンジョンを攻略する予定があるんです」
「え、そんなのあった――――」
「はい、ありましたよ。まさか忘れてはいませんよね?」
何やら道晃の顔を掴んで、こそこそと内緒話をする委員長。
内容までは聞こえてこないが怪しさは中々のものだ。
しかも話しが終わった途端に道晃の態度が、
「そういえばそうだった! いやー、残念ながら僕達は参加できそうにないね」
コロッと変わった気がする。
委員長は一体どんな話をしたのやら。
「あとは姫奈だが……おーい、カラオケに行きたいか―?」
「うにゅ……今は歌う気分じゃないからパス~」
言うと思った。
「滅茶苦茶眠そうだが、一人で帰れるか?」
「あー、おにぃはさすがにあたしをバカにしすぎだよ。こちとら中学生なんだから家に帰るくらいよゆーだし」
「不安だ……」
「大丈夫大丈夫、途中まで僕らが送ってくよ」
「いいのか?」
「いいに決まってるさ。その代わり、今日の企画主はちゃんと最後までリーナちゃんに付き合ってあげなよ」
何やら念を押すように促す道晃は、どこか悪い顔をしているようにも見える。
果たしてこの友の言葉をそのまま受け止めるべきか否か。
「大丈夫ですよ佐倉崎くん。道晃くんも別に悪巧みをしてるのではなく、ちょっとしたお詫びをしようとしているだけです」
「詫びねぇ……」
一体何の詫びなのかは分からんが。
真面目な委員長がそう言うなら、本当にそうなのだろう。
「まあいっか。それじゃあ姫奈は家に帰ったら母さんにもう少し遅くなることを伝えておいてくれ。一応オレから連絡もしとくけど念のためな」
「まっかせなさーい」
「んじゃ、付き添いはオレだけになるが……行くか? カラオケ」
「全然不満じゃないからだいーじょうぶい♪」
「よし。それじゃあまた今度なー」
「後日学校でね」
「今日は楽しかったですよ」
「おにぃ。ちゃーんとリーナお姉ちゃんを満足させてきなよー?」
「また明日、だね♪」
それぞれが別れの言葉を口にして、今日の集まりは解散。
オレとリーナだけはご所望のカラオケ店へと移動していく。
「いらっしゃいませ。お客様は何名様でしょうか」
「二人で。すぐに入れる?」
「少々お待ちください。……はい、一~二時間のご利用でしたらすぐにご案内できますが」
「それでいいよな?」
「もちろ~ん」
快く返事をしたリーナが文化の違いを味わえるよう残りの受付を任せてみようかと思ったが、リーナが受付の仕方がよくわからなかったようなので結局オレが適当に済ませて部屋へと移動する。
「もしかしてカラオケに行ったこと事態あまり無いのか?」
「えへへ。行ったことが無いわけじゃないんだけど、勝手が違い過ぎたよ~。あ、ここがワタシたちのルームだね! おお~~~~、やっぱり内装からシステムまで全然違う♪」
一体何がそこまで違うというのか。
歌う前に尋ねてみたら、オレの予想を大きく超えるレベルで文化の違いがあることが発覚した。
どうやら北欧のカラオケというのは、日本でいうところのスナックに似ているらしい。防音設備のある個室で歌って楽しむのではなく、お店で曲をリクエストして色んなお客さん達が見ている前で歌うスタイルとの事。
なにそのザ・オンステージ。
よほど歌声に自信があるか、テンションが高まってないとやる気にすらなれないのではないか。
「ダネダネ。それに大人向けのお店にしか機材が置いてなかったりもするよ」
「日本とは全然違うんだなぁ」
かくいうオレも別にカラオケに頻繁に行くわけでもない。
歌うのが好きな連中に誘いには乗るし何らかの打ち上げ等で参加する時はあるが、その程度ならよくある話だろう。
「ふわあああ♪ 知ってる曲がいっぱい入ってる! どれを入れようか迷っちゃうよ~♪♪ あ、最新ソングまである。これ今年日本で放映したばかりの作品なのに、すごーーーい」
「そかそか。いいぞ許可する、今日はたーんと歌いなさい」
「和頼もたくさん歌うよー♪」
「いやオレはそんなに歌えな――」
「どれ入れるどれ入れる?♪ あ、どっちも知ってる曲があったらデュエットするのもいいかも♪」
「……あんまりディープなアニメソングは全然わからんから、せめてメジャーなので頼むわ」
室内には二人しかいないので、他の誰かに気兼ねすることもない。律儀に順番を守って一巡するまで待機することもないので、初日本カラオケに挑戦するリーナが連続で歌おうが一向に構わんのだ。
偶にオレも曲を入れたりしたが、全体的な割合は八対二もないかもしれん。
ちなみにリーナの歌声がどんなものだったかというと。
「~~~~~♪」
とにかく楽しそうにのびのびと歌っているのが印象的で、好感が持てるものだった。コイツは歌でもキラキラしてるのかと思ったぐらいだ。
ってかレパートリー豊富だな。
しっとりせつない系から激しく熱いのまでなんでもござれか。
「ほんとにカラオケに行ったことないのか? ずいぶん色んな曲を歌えてるようだが」
「アニソン・ゲーソン・コラボ曲ならたくさん聴いてきたから! 向こうで歌えなかった分こっちで発散出来て嬉しいよ♪」
情熱を注げる趣味があるってすごいわぁ。
しみじみとそう思ってしまう。
「ふぅ~……さすがに歌いすぎて喉がカラカラだから休憩だ~」
事前にドリンクバーからとってきたジュースを美味しそうに飲み、喉を潤すリーナはほとんど一気飲みという豪快さである。
まるで飲み物のCMを見てるかのようだ。
「楽しそうで何よりだよ」
「うん、楽しいよ♪ 今日はほんとに楽しいことがいっぱいだから!」
全身で喜びを現すリーナがすぐ横に移動してくる。
またデュエットでも希望するのかと思いきや、そんな雰囲気でもない。
けれどじっとオレを見つめてくるリーナは、とても嬉しそうだ。
「ワタシね、和頼に伝えたい事があるんだよ」
「オレに?」
「今日は本当に感謝してるんだっ。もう寂しさなんて全部吹き飛ばせちゃいそうなぐらい、元気づけてもらったから」
はにかむリーナ。
正面からストレートに言われてしまうと、冗談や適当な相槌を挟むこともできないため中々気恥ずかしい。
「キートス……和頼」
どこか艶めかしい手つきで、リーナの両手がオレの頬を優しく包む。
「大したお礼も出来ないけど、せめてこれぐらいは――」
上目遣いな瞳は潤み、好意と照れに蠱惑的な色香が混じっていた。
「お、おい。まさかお前、ジュースと間違えて酒を飲んだなんてアニメみたいなポンコツっぷりをかましたんじゃ――」
「ふふふっ、どうだろ~? でも、どっちにしても和頼にお礼をしたいのは変わらないから。それに日本のカラオケって、男女二人きりで使う時は情欲に身を任せる場でもあるんでしょ?」
誰だその間違いすぎる知識を教えたのは。
さすがにそんな一部の使い方を日本文化として覚えるのはマズイだろ。
「ふわぁ~……なんだか眠くなってきたんだよ。和頼、あったかいから……」
ふにゃふにゃした口調で小さな欠伸をしつつも、近づいてくるリーナの顔が止まらない。まさか本気か! 日常的にハグするのが挨拶な外国人なのだから、感謝の証としてキスぐらい当たり前だとでも!
……いやしかし。
冷静に考えてみればオレが嫌がる理由は何もないな?
うん、やっぱりない。
ならば貰える物を貰ったところで問題はないわけだ。
よし、答えは出た。
勝手な自己完結で準備を整えていると、もうリーナの唇は目と鼻の先だった。
ここからはどうする気なのか。まあ多分頬だろうと思いつつも、ワンチャン口もあるかもしれん。
何にしてもドキドキするのは変わりない。
きっとリーナもそうなのだろう。
頬はほんのり紅潮していて、気恥ずかしそうだ。
――そしていよいよ、せめてものお礼とやらを受け取れる瞬間。
「……あはっ♪ 和頼のえっち~」
リーナが悪戯に成功した子供のようにニヤッとした。
「お礼のキスなんて北欧でも中々しないよ♪ そういう文化はもっと別の国のだから」
「お、お前…………サウナの時だけに飽き足らずこんなとこでまで」
まさか味を締めたのか。
案外、本来のリーナという少女はこういったタイプという可能性もあるが。
「そーりー和頼♪ でもカラオケでいい雰囲気を作るなんて、こうでもしないと達成できないと思ったの! おかげでジョーネツレフティオがまたひとつ前進したよ」
「じょ、ジョーネツレフティオにそんな項目が……」
「うん、ほらココに」
リーナがいつも持ち歩いている古びた手帳の一ページを開いて見せてくる。
そこには確かに『日本のカラオケで遊ぶ』とは別に『カラオケでいい雰囲気になる』という項目が存在した。
「ハァ~~~~~……」
「わわっ、すんごい残念がってるね!?」
「残念……そうだな、残念といえば残念なんだが。どっちかっつーと安心の方がデカイ気がする」
「そうなの?」
純粋に「なんで?」と問いかけたそうなリーナに応えるオレ。
「今日一日でさ、オレはリーナのホームシックをなんとか出来ないかって考えた。だから色々調べて、あのサウナを堪能してもらったわけだ。でも振り返ってみると、それだけじゃ無かったなって思ってさ」
「それだけじゃ無い?」
「オレは自分だけのキラキラした情熱が見つけられなくてくすくすしてるって話したろ。リーナはそんなオレからすれば眩しいぐらいにキラキラしててさ、だからどうすればお前みたいになれるのかって考えてた」
「……何か分かった?」
「少なくとも、リーナがどんな奴なのかは前より分かったぞ。そんでオレが今回どうしたかったのかも理解が深まった」
自分のことだというのに、どんだけ時間がかかっているんだか。
その辺がくすくすに繋がってるのかもしれんな。
「オレは、もっとリーナを知りたかったんだ。その、お前の事がずっと気になって仕方なかったからさ」
「え!?」
完全上位の立ち位置でニコニコしていたリーナの綺麗な顔が、ビックリ一色に変貌する。さっきまでのからかいスタイルはどこへやら。
まさかのとんでもない事態に発展してしまった、どうしよう。そう言わんばかりにあたふたあたふたしまくりだ。
「そんなに気になってたの……?」
「間違いなくな。片時も目を離せないぐらいだった」
「そこまで!?」
「ああ、そこまでだ」
「あ、あわわわわ。なになにどうしたの、シャイで鈍そうな和頼がとっても積極的だよ。もしかしなくても本当にワタシの気持ちに気づいてくれて――」
緊張を紛らわすように髪の毛先をいじりながら、よく聞こえない小さな声でもにょもにょするリーナ。
「ちょっと時間はかかったけど、ちゃんと伝えるよ。リーナ、オレはお前の事を――」
「は、はい!」
たっぷり間を置いてから、オレはリーナに親愛のハグをする。
そして、素直な気持ちを告白した。
「新しく出来た、本当の家族のように想ってる!」
「……………………わっつ?」
力強く言い切るオレ。
一方で、リーナはどこか「なんて?」と言いたげだ。おかしいな、あんまり伝わって無さそうだ。もしかして外国人には伝わりづらいニュアンスなのか。
なので、改めて正面から言い直すことにした。
「いやほら、リーナは家へホームステイに来たわけだからさ。最初はお客さんのように感じてたわけだよ」
「…………」
「でも、勘違いだった。ホームステイを受け入れる相手はホームステイファミリーつって、本当の家族のように接するもんなんだよな。いやぁ、そこに気付くのが遅くなってごめんな」
「………………」
「だけど安心してくれ。これからはサポート役はもちろん、ジョーネツレフティオの達成も今まで以上に協力するから。なんてったって、リーナは家族なんだからな。遠慮なんて要らないぞ!」
「…………………………」
あっれぇ、なんかリーナさんが不満気だぞ?
もしかしてオレの家族宣言が気に入らなかったのだろうか。だとしたら大分悲しいのだが。
しかし、微妙に不満そうな顔は瞬時に消え去り、すぐに普段通りの明るくニパッと笑うリーナが戻ってきた。どうやら見間違いだったらしいな。
「ありがとう和頼。とっても嬉しいよ♪」
「そうか、良かったよ」
その割にはオレの背中に回された腕に妙に力がこもっているようだが。
「でも、全然ダメだね♪」
「ダメなのか!?」
「ハグをするなら、もっとちゃーんとしっかりやるの。お互いの体の間に隙間が出来てるのはイマイチどころの騒ぎじゃないよ!」
リーナが指摘したとおり。
オレと彼女のハグにはそれなりの隙間が生まれている。
理由は簡単だ。だって、オレからのハグで密着したらセクハラじゃん。
ただでさえリーナの乳腰太腿等が危ないというのにだ。しっかりハグとかヤバすぎるだろ。
「ちゃんとやってー」
「いやしかしだな」
「む~、口だけじゃ伝わらないものもあるから、ちゃんと行動で示した方がいいよ!」
「ちょ、あんまり体重をかけると――」
「え?」
リーナもわざとではなかったはずだ。
しかし、彼女が両腕に力を入れてオレの身体を引き寄せたためあり余った力が後ろ側にかかりすぎて、リーナは後ろに向かってすてーんと倒れてしまう。
結果どうなるかと言うと。
「あ、あう…………」
オレがリーナに覆いかぶさるように押し倒してるような形になるわけで。
「あ、あぶね~……」
危うくリーナの豊満ボディに全身でのしかかってしまうところだったが、間一髪手をつけたおかげでなんとか堪えられた。二人の間は非常に近いが、リーナを潰してしまうよりずっといい。
――そう思っていたんだけどな。
「あの、和頼。て、て……」
「て?」
「手が……当たって」
蚊の泣くような声で訴えるリーナは、とんでもなく乙女チックな恥ずかしい顔になっている。その原因は、オレの手だ。
なんともまあ逃れようもない程にしっかりと、オレの片手がリーナのワールドクラスなバストに触ってしまっていたのである。
触ってるっつーか、もはや鷲掴みかもしれん。
どっちにしても大変よろしくない事に間違いはない。
「す、すま!?」
慌てて引っ込めはしたものの、生々しすぎる感触が掌に残っている。
言い逃れはできようはずもない。事故とはいえ完全にやってしまったのだ。
だが、リーナは怒るでもパンチを放ってくるのでもなく、ただじっとオレを見上げたままだった。
その瞳と目が合っただけで吸い込まれるような感覚があり、さっさとその場から離れればいいものを、何故か半身がギクリと固まって動けない。
「和頼……その、ワタシ――和頼なら」
「リーナ……」
まるで何かに突き動かされるように、オレとリーナの身体がくっついていく。
その直前。
ぴるるるるるるる♪ と、備え付きの電話がやかましい音を鳴らした。
「っとお!?」
心臓が口から飛び出しそうになりながら、急いで受話器を取る。
聞こえてきたのは退室時間前を告げる声だった。延長する気はなかったので、そう伝えて電話を切る。
「……そろそろ退室のお時間だってさ」
「そ、そうなんだ。そんな風に電話がかかってくるシステムなんだね」
一本の電話によって、さっきまでの怪しい空気はどこへやら。
すっかり普段の状態に戻ったオレ達は、少なからず微妙な空気になりながらもカラオケ店から出て行く。
「その、さっきはすまん」
「ううん、そもそもはワタシが倒れちゃったのが原因だから」
とぼとぼと並んで歩きながらの帰路は、なんとも気まずい。
コレが普通の友達同士であれば帰る家が違うから、どこかで別れる事になる。だがオレ達の帰る家は同じなので、いつまでも別れはしない。
「ふふふっ、和頼すんごい気まずそう」
「お互いさまだろ……」
「そうかも? でも、もうワタシは気にしてないよ♪」
「マジかよ」
「だって、和頼がさっき言ってたとおりだから」
少しだけ駆け足でリーナが歩道の前方へと走り、くるりと振り向く。
夜の町の光に照らされた彼女は、相も変わらずにキラキラした笑顔でこう告げた。
「家族になったんだもの。だから多少のトラブルなんてなんでもないよ♪」
「……そう言ってくれると助かるよ」
リーナのキラキラした光がオレのくすくすな闇を抑え、消し去っていく。
オレもいつかはそうなりたいもんだと、感じずにはいられない。
この時のオレは新しい家族へのありがたみと、自分なりの情熱に繋がる切っ掛けを同時に見つけたような、そんな春の暖かさのような気分になったのであった。
◆情熱レフティオの達成項目◆
☑佐倉崎家の家族になる
☑あの人と仲良くなる
□好き同士になる(※チェックはまたいずれ)
==エピローグ
『キラキラなサンタさんへ
日本は五月晴れの空が爽やかな季節となりました。
北欧は例年通りであれば少しずつ暖かくなっていることでしょうが、いかがおすごしでしょうか。
このお手紙は日本語の練習も兼ねて書いています。
まだまだ未熟なので友達や家族に添削してもらっています。
そうしないと変な日本語やひらがなばかりの文章になってしまうので……間違いがあったら後日遠慮なく教えてください。
憧れの日本に来てから早一ヶ月。
私は毎日を楽しく過ごしています。
いつでもどこでも驚きと新鮮さでいっぱいです。
お世話になっている佐倉崎家の皆はとてもよくしてくれています。
和護美さんは優しくて料理が上手です。
姫奈ちゃんは悪戯好きですがとっても可愛いです。
和頼くんはいつも私を助けてくれています。
お友達も出来ました。名前は道晃くんと佳世子ちゃんです。
二人は私と似たような趣味をしていて、私よりずっとアニメや漫画に詳しいので話していると勉強になります。雰囲気は師匠に似てるかも?
そうそう、この前は皆でお出かけをしました。
行き先はどこだと思いますか?
答えはまさかのサウナです!
特急電車で遠くに行き、温泉施設やカラオケにも行きましたが、やっぱり日本に北欧式のサウナがあるのが衝撃的でした。
実はサウナに行ったのは私がホームシックにかかってしまったからです。
それに気づいた皆が――特に和頼くんが中心になって私を元気づけようと企画してくれました。
本当に嬉しくて嬉しくて、今ではすっかり元気になりました。
今後は北欧から日本へ行ったときには、サウナ不足にならないようにしないとダメですね。やっぱりサウナは欠かせません、サウナ万歳です
』
「ふふふっ」
まだまだ肌寒い天気が続く北欧。
森の近くにあるとある家の周辺では雪も大分減ってきたが、一歩でも室内から外へ出れば吐く息は真っ白になる。
だから、楽しみにしていた手紙を読む老婦がいるのは、お気に入りのロッキングチェアがある暖かなリビングだった。
日本から届いた可愛らしい便箋には二枚の手紙が入っており、一枚目を読み終えた老婦は二枚目に目を通し始める。
『トントゥからのお願い。
ここから先はなるべく内緒にしてください。あととても友達や家族には見せられないので辞書と格闘してなんとか書いています。ご了承ください。
サンタさんには周知の事実だけど、ワタシが日本へホームステイした目的を達成する道はとても前途多難です。
当然といえば当然なのですが、あの日出会った男の子はワタシのことを覚えていませんでした。……昔のことだし引っ込み思案だったワタシも良くないけれど、少しぐらいは思い出してくれても罰が当たらないと思います!
ワタシを元気づけるために動いてくれたのはすっごく嬉しかったけど!
嬉しすぎて泣いちゃいそうだったけれども!
でもでも、せっかく二人っきりでいい雰囲気になったにも関わらず手を出してこないなんて、日本人が奥ゆかしいのはたくさん聞いていたけどさすがにあんまりじゃない!? 据え膳喰わぬは男の恥なんて言葉もあるのに!!
』
「何を言ってるんだい、このお馬鹿」
トントゥの好き勝手な文章に、キラキラのサンタは大笑いした。
目の端から涙を浮かべるほどに笑ったのは久しぶりだった。
『
でも、実際に手を出されたら恥ずかしくて大変だったかも?
そう考えたら少しはこのもどかしさもマシになる気がします。サンタさんがいつか言っていたように既成事実(?)を作れたら話は早いかもしれませんが……早々上手くはいきません。
ワタシにとっては普通のことでも、日本人にとっては刺激的だからイケるイケる。そんな助言に準じていっぱいスキンシップをしているつもりですが、まだまだ足りないのかなぁ? もし良い方法があったらまた教えてください。
――思い返すだけでも色々ありました。
けれど、既にワタシは日本に来て良かったと思っています。
サンタさんに貰ったジョーネツレフティオの達成も順調です。
コレはいつも傍にいる和頼くんが手伝ってくれたおかげですね。
彼が傍にいる時、油断したらいつも胸がドキドキしています。
あの人はワタシのことをとてもキラキラしていると言い、自分はくすくすだと感じているようですが……絶対にそんなことはありません。
ワタシからすれば、彼こそが誰よりも輝いて見えます。
異国から来た女の子に親身になり、分け隔てなく接してくれる。どれだけ時間が経とうとも、あの頃とちっとも変わっていませんでした。
……もしワタシが。
あの日からずっと恋焦がれているあなたと再会するために日本へ来た、そう告げたらビックリするでしょうね(※勇気が足りなくてまだ無理だけど)。
でも、いつか。
きっといつか、この気持ちを伝えられたらと想っています。
応援してください。
まだるっこしいトントゥより
』
「ハッハッハッハッ! ほんとだよっ、まだるっこしいたらありゃしない!!」
豪快に笑い続けた老婦は、受け取った手紙を丁寧に引き出しへとしまう。
祖母としてもサンタとしても、手紙を受け取ったからには返事を書くべきなのだが、今はどんな面白そうな助言を添えてやろうかと小さな悪巧みを考えている真っ最中だ。
「好きになった男を追って我が遠き祖国まで行ったお手伝い妖精さん。さてさて、どんな手紙を送ってやろうかねぇ。くすくすしてるあの子にも一言添えてやりたいところだが……」
遥か遠くに行ってしまったトントゥ――可愛い可愛い孫に返事が届くのは、もう少し先になりそうである。
「手紙は上手く出せたか?」
「バッチリだよー♪」
家から近い郵便局。
外で待っていたオレに向けて勉強と練習を兼ねた手紙を出せたと豪語するリーナ。Vサインも自信たっぷりだ。
「にしても今時手書きの手紙とはアナログな。何通か送ったんだろ?」
「うい。郵便局の人が親切だったから特に問題はなかったよ~」
「困ったときは詳しい人に任せるのが確実だな。正直、こないだリーナに手紙について聞かれた時は焦ったし」
アナログな手紙なんざ生まれてこの方出した記憶がほぼ無いからな。
オレもまた携帯ひとつでメッセージを送る現代っ子というわけだ。
「和頼でも知らないことはあるんだね~」
「当たり前だろ。オレは物知りじゃないし、なんでも知ってる博士でもないんだからな」
「でもワタシが知りたいことは、大体教えてくれるよ。それって凄いことだから!」
「そりゃあリーナが訊きたいことの大半が日本の常識だからだよ」
「ううん、和頼は自分が知らない事でもなんとかしようとしてくれるでしょ。こないだだって、そう。寝不足になるぐらい北欧やサウナについて調べてくれたよ」
「…………まあ、それぐらいは、な」
相変わらずの外国人っぽさいっぱいのストレートな褒めっぷりだ。
大方の日本人は照れざるを得ない。
「言っとくけど、いつでも誰にでもするわけじゃないぞ? あんまり頼りすぎるのもよくないからな?」
「ういうい♪ 和頼は、家族だからやってくれたんだよね。だいじょーぶ、ちゃーーーんとわかってるよ~♪」
「それならいいが」
「和頼、ワタシは」
リーナが両腕を広げながら、とことこと近づいてくる。
「そんな和頼が――――Mina rakastan sinua(※←フィンランド語のアイラブユー)なの」
「は?」
今、リーナはなんと言ったのか。
聞いた覚えのなさすぎる言葉の意味が、オレに分かるはずもな勝った。
「おいおい、さすがに今のじゃなんて言ったのか分からないぞ。悪いが、もっと分かるヤツにしてくれないか」
「あははは♪ キートスって言ったんだよー」
「いーや、キートスだったら何度も聞いてるから分かるはずだ。つまり別の言葉を口にしたに違いない」
「和頼が北欧の言葉をもっと勉強してれば分かったよ~」
「そう意地悪せずに教えてくれよ」
「うん、いいよ♪」
てっきりからかったまま終わるのかと思いきや、リーナはあっさりとOKをしてくれた。なら、あとはどんな意味だったのかを知るだけだ。
しかし多少待ってもリーナがその意味を口にする気配がない。
なんだ焦らしてるのか? そう思った直後に、リーナが両腕を広げたまま待機していることに気付く。
――――あー、そういう感じか。
その動作の意味を理解したオレはやや照れながらも、同じように両腕を広げる。
もうなんか定番の合図みたいになりそうだなコレ。リーナが以前よりも打ち解けてくれた証か、それとも甘えたいだけなのかは定かじゃないが。
オレの動作を確認したリーナが満足げに頷き、飛び込んでくる。
ソレを油断してぶっ倒れないようしっかりキャッチした。
「さっきのはねー、大好きって言ったんだよ♪」
純粋無垢な好意を向けられて、嫌になるはずもない。
外国の愛情表現はとにかくストレートで隠そうとしないよなぁ……。
そんな呑気な感想を抱きながら、オレはリーナが満足するまでハグをする。
リーナが来日してから一ヶ月ちょい。
桜色の季節が終わりを迎え、次は新緑の時期が訪れる最中。
こうしてくすくすなオレは、
北欧から来た新しい家族と次のキラキラを見つけに行くのだった――。
◆情熱レフティオの達成項目◆
☑日本からおばあちゃんへ手紙を出す
□トントゥの正体に気付いてもらう(継続中)
□自分の気持ちを伝える(※継続中。いつかきっと達成しますように)