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お出かけと異変

==オタク(ギーク)趣味を満喫するパート


 リーナが来日してから数週間が過ぎた。

 始業式からこっち、彼女は初来日とは思えない堪能な日本語力に外国人ならではのストレートなフレンドリーさで家でも学校でも馴染みまくっている。外見は北欧人でも心は最早日本人といったら過言だろうか。


 そんなリーナのサポート役であるオレはというと――。


「――イー」

「……」

「モイー、和頼♪ 朝だよ起きてー♪ 今日はあなたの十五歳の誕生日よ!」 

「ん、お……」


 休日のド朝っぱらから、件の北欧美少女に叩き起こされていた。

 しかし今日はオレの誕生日でもないし、ついでにオレは十五歳ではない。


「……他人の誕生日に早起きする趣味は無いんだ。あと五分。いや、十分……」

「わお! それ知ってるよ、日本の伝統的な朝寝坊の呪文でしょ♪ ワタシの一度言ってみたかった日本の大人気ゲームソフトの台詞にソレを返してくれるなんて感動だよ♪」

「……ぐーぐー」

「え~~~、おーきてーかーずーよーりー! 今日は何をする日か、前から決めてたでしょー」


「んがっ」

「むむむっ、起きないつもりならワタシにも考えがあるよ。…………とうっ!」


 掛け声が聞こえた次の瞬間。

 腹の上にきたドスン! とした重みの衝撃によって、オレの口から「ぐほぉ!?」と悲鳴が飛び出た。


 その重みが這うように体の上を移動して、耳元でぽそりと甘い囁きがする。


「……和護美に寝坊助だってチクっちゃうよ?」

「!!?」


 複数の衝撃によって完全に目がかっぴらいた。

 目の前にはニンマリしたり顔を浮かべるリーナの顔がある。

 先に言っておくが、オレは決して母親に告げ口されるのが恐ろしいわけじゃない。ヤバイのは人の布団の上にダイブしてきたリーナの行動力だ。

 何度も説明したはずなのだが、コイツにはまだまだ日本的な気遣いが欠けている。朝から同年代男子の布団に全身で乗っかってくるのは諸々危ないというのに!


「モイ~♪」

「……モイ、リーナ」


 モイ。

 リーナの故郷で使われる『おはよう』である。


「起きた?」

「起きた起きた。だから先にリビングに行っててくれ」

「うん! 朝ごはんが冷めないうちにね♪」


 ひょいっとオレの上から降りたリーナが「モイモイ♪」と告げて部屋から出ていく。モイを二つくっつけたその挨拶は「バイバイ」と似たような感じ。

 今回の場合は「じゃあね」といったところか。日常会話のはずなんだが、リーナが使うと元々可愛い語感の言葉が更に可愛い。


「ふぅ……あぶないところだった」


 追跡から逃げ切った逃亡者の如く、ニヒルに呟く。


 朝からワールドクラスの豊満ボディから繰り出される魅惑のボディアタックの直撃。危うく女子には言えない男の生理的な朝の現象がバレなくて良かったと思う。

 断じてもっとあの柔い感触を味わいたかったのを強引に誤魔化そうとしたわけではないいややっぱりちょっとぐらいコッチから触っても許されたんじゃないだろうかバカ止せ早まるなシぬぞ――。


 身体と心が静まるまで要した時間は、いつもより長めだった。



「んで、今日はどこに行きたいんだっけ」

「やだよぉ和頼ってば―。ウィンドウショッピングだって何回も言ったでしょ♪」

「ウィンドウショッピングねぇ……」


 目の前にあるお店を確認する。

 おかしいな。

 オレの知ってるウィンドウショッピングは、こんなにも可愛い女の子キャラやカッコイイ男キャラの絵が張り出された店に行くイメージが無いんだが。


「いざ参らん、我らが欲望を満たすべき禁断の地へ!」


 意気揚々と入店していくリーナ。

 彼女にとっての禁断の地とやらは日本中にあるらしい。

 

 だって――ここはアニメ漫画ゲーム系商品の店だし。

案内したのはオレだが。

 まさか道晃に連れまわされた経験がこんな形で生きるとはなぁ。


「すごいすごいスーパーグゥレイトォだよぉぉぉん!」

「泣くほど!?」

「だって北欧にはこんなお店どこにもないから! こんな、こんな充実したラインナップの品揃えなんてまるで天国ヘヴン――」

「嬉しすぎて意味が被ってんぞ」


「和頼はいつもとテンション変わらないね。日本人はこういうお店に来たら頭や鼻から煙が出るくらい気分爆上がりするものじゃないの?」

「そういう奴もいるかもしれんが」


 オレはそこまではいかん。

 それに比べてリーナの高揚っぷりときたら……今日日小さな子供がおもちゃ売り場に連れてこられてもココまでテンション高くはならないだろう。


「ふおおお!? こ、このフィギュアは作りこみが半端ないよ! ほら見て和頼、スカートの中にあるパンツまでバッチリ!!」


 前言撤回。

 小さな子供は露出の多いフィギュアを下から覗いて興奮したりしない。


「お嬢さんはしたないですよ」

「履いてない?」


 嫌な聞き間違えである。


「女子からしたらそういう系は微妙に感じる人が多いんじゃないのか?」

「あ、それは男女差別かな!? そういうのは良くないよ和頼! 女の子だってこういうのが好きな人は好きだから!」

「すまん、差別したつもりはない。ただほら、一般的にえっちな恰好をしてるフィギュアだからな。その辺、気持ち悪いとかないんかなと。こっちの棚にあるマスコット的な人形の方が良かったりしない?」

「全然!! でもマスコット系も好きだよ♪」


 さよか。リーナはオールジャンルOKなんだな。

 やっぱりというか、こんなにお喜びになるんだったら道晃に来てもらった方が良かったんじゃないかと考えてしまう。


 あっちも心の底からオタクなので、リーナとはさぞ話が合ったろうに。

 一応誘いはしたんだけどなぁ。


『先約があるから合流するにしても後でだね。それに和頼は気にしてないのかもしれないけど僕は隠れオタクだから! その辺よろしく』


 遠慮しているのではなく、単純に気まずいというか話が噛みあうか不安って感じの反応をされては強引に誘うこともできなかった。一応後で連絡してくる事になってはいるので、あとはその時次第だろう。


「あ、ああー……これもいい、こっちもいい、このキャラもかっこかわいくて好きなデザインなのでキープを――」

「吟味するのはイイんだが、さすがにカゴがパンパンになるほど入れてくのはどうなんだおい」


 まだ色々回る予定なのに一件目で懐をスッカラカンにする気か。


「うぅ、ワタシが石油王だったのなら~……」

「ある意味若者らしい悩みだわな」


 手に持ってるのがたっかいグッズ系なのがアレだが。

 本店に比べれば小規模であろうお店を余す事なくぐるぐる見て回るリーナにとって、もはやココはテーマパークみたいなものなんだろう。

 まあまあ、今日は一日中付き合う約束をしているからな。

存分に堪能するがいいさ。


「それでジョーネツレフティオが達成されるなら、尚更な」


 何を隠そう、このお店に来るのもジョーネツレフティオ達成の一環である。

 先日手伝いを申し出た身としては、近所のアニメショップまで案内するぐらいどうってことはない。

 それでもきっとリーナなら『日本で好きなグッズを買う』程度の項目のひとつやふたつは当然のように載っているかもしれな――。


「いや待て。まさかとは思うけど、グッズを百個買うだのキーホルダーを全種買い集めるなんてことは……おーいリーナ!」

「なーにー?」


 棚の向こうから姿を見せたリーナ。

 その手に持っていたカゴの数が倍になっている。笑顔のキラキラ度合いも倍々だ。


「…………このあとも移動するんだから、あんまりかさばらないようにな」

「だいじょーぶ! ちゃんと容量は考えるから♪ うーん、この犬耳ショートっ子と熱血系燃え男子、どっちの方がいいかなぁ――」


 しっかり注意しとくべきか悩んだが……あんなイイ笑顔を浮かべてるところへ釘を刺すのは気が進まない。気持ち的には好きな物なんだから許される限り好きなだけ買えばいいんじゃね、である。


 それでも最終的に掌サイズのフィギュアだけにしていたので、我を忘れたりはしなかったようだ。

偉いぞリーナ。


「次はおっきいの買うつもりで来るよ♪」

「お、おお」


 たった一回行っただけだというのに、もう常連さんになってる未来しか見えないのは何故だ。


「それで、次が本屋か」

「いえす♪ 本屋の次はゲームショップと中古ショップ、それから名物のお菓子屋さんに食べ歩き情報に載ってたお店と――」

「多くね?」


 先日聞いた時より大分増えているんだが?


「それからー、割と近場にあるってゆー聖地に巡礼したい♪♪」

「聖地に巡礼……?」


 ウチの近くにそんなメッカみたいな場所があったか?? 



「和頼! あの池の柵にコレを乗せてちょーだい!」

「このデフォルメされた犬の人形をか?」

「うい! 日本で最も有名な犬種・柴犬をモデルにしたマスコットだよ♪」


 絶好の位置で携帯カメラを構えたリーナの指示に従って、大きな池沿いの柵の上に手のひらサイズの人形を乗せる。

 すると、すぐにパシャパシャパシャパシャ! と連続シャッター音が鳴った。


「おいおい、まだ早いぞ。オレが写っちゃうだろ」

「待ちきれなくて! それに和頼が入ってる分には別にいいよ♪」


 ならばと、昔何かで見たであろう港で片足をボラード乗せたかっこつけポーズを取ってみたらリーナが噴き出してケラケラ笑う。

どうやらツボったらしく「あはははは♪」と爆笑しながらもその手はシャッターを止めていない。


 この状況。

別にバカップルがデートをしているのではなく、リーナが行きたかった聖地――もとい大きくて広い公園で彼女が望む写真を撮ってるだけだ。

 なんでも、市民の憩いの場であろうこの公園がリーナが大好きな作品に登場する場所のモデルらしく、移動中途中ではその良さと何故聖地と呼ぶのかについてめっちゃ語られまくった。


 オレ個人としては『観せてもらったアニメに出てたかも?』程度の知識しかなかったわけだが、これがまたリーナが楽しそうに喋る喋る語る語る。その全力姿勢から繰り出されるトークは、惹きこまれる情熱とわかりやすさに満ちておりオレも興味津々で聞き入り、気づかない内にどっぷりと作品の魅力とやらに浸かっていた。

そういえば以前道晃が好きな作品の楽しさに浸かっている内に抜け出せなくなったり、より深みに嵌って戻れなくなることをオタ用語で『沼』と呼んだりするなんて言ってたな。


 ――今正に、オレはその沼へと第一歩を踏み込んでしまったのかもしれん。


「みてみて和頼。ほら、こっちが今取った写真で、コッチの画像が作中の一シーンだよ」

「おお! すごいな、ほぼ完全に一致してる」


 細かい部分は違うし、実際に登場キャラが立っているわけでもない。

 ただ間違いなく同じ場所だと理解できるように撮られた写真は、とても面白く感じられた。

 なるほどな、こうやってモデルになった場所を撮ったりするのも聖地巡礼の醍醐味な訳か。  


「もっと面白くするなら、シーンの状況再現をする方法もあるんだよ♪」

「やらないのか?」

「えっ、和頼が池ボチャしてくれるの!?」


 なんでだよ。


「どうしてオレが池に落ちにゃならんのだ」

「だってこのシーンは、主人公とヒロインがイチャついてたら誤って池に落ちちゃうところだもん。『やらないの?』って聞いてくるってことはやってもいいんじゃないの?」

「そんな意図はない」


 大体アニメのシーンの季節は夏、今は春だ。

 池の水はそれなりに冷たいだろうし、風邪を引いてしまうかもしれん。


「そもそも、この池は普通に立ち入り禁止から難しい」

「難しいって事は、こっそりやれば大丈夫じゃない?」


「状況再現がしたいなら他のシーンにすればいいだろ。こだわる気持ちはわからんでもないが」

「うん? 別にそこまで池ボチャしたいわけじゃないよ」

「でもこっそりやれば大丈夫じゃない? って聞いてきたって事は相当やってみたいんじゃないのか?」

「?」

「??」

 

 お互いにくえすちょんまーくが浮かぶ。

 その後手をポンと叩いたのはリーナだった。


「あ、そっか! イマイチ話が噛みあわないような気がしたけど、原因が分かったよ」

「いつもの日本語覚え間違いか?」

「そ、そんなにいつも間違えてないし! 失礼だよ和頼、デリカシーに欠けるよ! ぷんすかぷんぷんになっちゃうよ!!」


 本人的には滅茶苦茶怒っている表現なのかもしれないが、リーナがぷんすか怒ってても全然怖くない。おやつが貰えなくてちょっと怒った大型犬を前にほんわかするのと同じような気分になるだけだ。



「ぷんすかぷんぷんなんて口にするヤツ、初めてかもしれん」

「ワッツ!!? 嘘だよ日本じゃこうやって怒るんじゃないの?! もしかしてレア発言?」

「万が一居たとしてもレアどころか超レアだ」

「あ……アンビリーバブルだよ。でも、言われてみれば日本に来てからそうやって怒ってる人は一回しか見たことない……」


 一回はあるんかい。


「誰だそんな愉快な怒りかたをしてたのは」

「姫奈だよ? この前、プリンを勝手に食べた和頼に対してプンプン怒ってたじゃない」

「あ、あー…………アレね」


 思い返してみれば確かにプンプンとぶりっ子してたかもしれんが。

 すぐに『おんどりゃーワレェ何しとんじゃボケナスがあ!!』と、兄を兄とも思わん言い草だったので結びつかなかったわ。

 しかも冤罪。

 実際にプリンを喰ってしまったのは母さんだったというオチだ。

 真相判明後に『お兄様~、人間誰しも間違える事で許して~♪ ごめーんね♪』とねこなで声を出した時はマジでしばきかけた。


「それじゃ次の場所に行ってみましょう♪」

「公園内に何カ所かモデルになった場所があるんだったか」

「うい♪ どうせなら写真を撮るのとは関係なく、公園内をぐるっと一周したいね」

「お供しますよっと」


 端から端まで歩けば一時間近くはかかる大きさの公園。そこをぐるっと一周すれば中々いい散歩コースになる。

 ちょっとした自然の林や運動場だけではなく、遊具エリアではしゃげる年齢の子供にとっては最高の遊び場だ。

舗装整備された幅のある歩道を少し歩くだけでも親子連れが多い。他にはぽかぽか陽気の中で連れ立つ友人同士にカップル、あとはまだまだ咲いてる桜を愛でる花見客等か。


 時折、こっちに向けられた視線を感じたが……もうそれなりに慣れたものだ。

 やっぱりココでもリーナは目立つなって話しである。


「あの、和頼? 少し前から視線を感じるのは気のせいかな? ワタシ、どこかおかしい?」

「気にすることないぞ。リーナみたいな北欧人が物珍しいだけだから」


「珍しいかぁ。でも、ワタシが視線を感じた方向に顔を向けると、みんな目を逸らすよぉ」

「そらアレだ。許可もなく誰かをジロジロ見るっていうのは余りよろしくない行為だからな。目を合わせづらいんだよ」

「そういうもの?」

「そういうものそういうもの。前にリーナが言ってたろ、日本人はシャイなところがあるって」

「ふーむむむ。見るなら堂々と見ればいいし、なんなら声をかけてもイイじゃない?」

「そこまでするとナンパか、怪しいお誘いになってハードルが高い」

「そうなの?」

「そうなのそうなの」


「じゃあワタシの事を一番近くでよく見てる和頼は全然シャイじゃないね♪」

「……そんなに見てるか?」

「まさかの無自覚だったり? あんなにいっぱい嘗め回すようにあちこち見てるじゃない」


 マジかよ。

 やばい、オレ変態みたいじゃん。


「半分は冗談だよ」

「待て、それじゃ半分は本当になるだろ」

「うーん、日本語ってムヅカシイね」


 どこまで本気かわからない冗談を口にしながら、リーナが足を止める。

 何事かと思ったが、単に撮りたい物が見つかったのだろう。近くにあった立派な桜の木々に携帯カメラが向けられた。

 ただ桜色の花が咲き乱れているだけではなく、根元に出来ている花びらの絨毯のコントラストが美しい。

おそらくほんの短い間だけしかない絶好のシャッターチャンスに違いない。


「あの桜も聖地巡礼の一ヵ所なのか?」

「ううん、これはシンプルに綺麗だから! やっぱり日本の桜はどこもビューティフルだよ♪」


「寒い北欧に桜は無い、か」

「あ、和頼ってば知らないね? 北欧にも桜はあるんだからー」

「マジか。寒すぎて桜には厳しくない?」

「ワタシもそこまで詳しくはないけど、普通に咲くよ。……といっても、日本みたいにあっちこっちにはなくて、かなり限定された場所になるけど」


 オレの北欧豆知識がまたひとつ増えた。

 これもまた異文化交流か。


「でも不思議だよね。北欧と日本はとても距離が離れている土地なのに、桜が咲いている景色は大きく変わらない気がするよ」

「へぇー、てっきり雪景色に桜みたいな景色なのかと」

「あはは♪ それはそれで幻想的だねー」


 何枚か撮って満足したリーナが歩き始めたので少し後ろから付いていく。

地図を見た限りでは一応公園内にある外周コースを進んで行けば自然と一周できるはずだが、リーナはそれに従わずに興味がある方へある方へと進んで行く。きっと上から見たらオレ達はジグザグにフラフラしたルートを歩いてるように見えるだろう。


「あ!」

「どうした」

「………………和頼。ちょっと休憩しない?」

「んお? どうした急に。歩き疲れたか――」


 訊いといてなんだが、リーナに疲れた様子はない。

 なんだったらさっきまでスキップしたり駆けだす勢いで移動してたので元気いっぱい体力満点である。


 となると他に理由があるな。

 その理由を探るべく少しだけ観察してみると、リーナが妙にそわそわしているのに気づいた。ついでに宝石のような瞳が、ある方向へちらちらっと向けられている。


 んで、ピンときた。


「どうせ休憩するなら、寂しい口を紛らわせる何かが欲しいよなー。公園に来るまでに何か買っておけばよかったかー」


 きっと道晃が傍にいれば『白々しいにも程がある!』とツッコんでくれたろうが、オレの言い方がどんだけわざとらしくザルだろうとその機微はリーナにはまだ掴めない。

 彼女はオレが何をどうしたいのか分かった上で返事をした事を、大変自分にとって都合のいい事態だと思っているだろう。


「そうだね! 買っておけば良かったよー!」


 もしリーナに動物の耳と尻尾が生えていたら、ピコピコブンブンと忙しく動いていたのではないか。そう思う程の待ちきれないといった反応だった。


「あー、そんなこと話してたらいい匂いがしてきたな。おっ! あっちの方で何か売ってるみたいだぞ。ちょうどいい事に!」

「うんうん、それはちょうどいいね!」


「じゃあオレは何か適当に買ってくるから、リーナはそこのベンチで待っててく――」

「ズルいよ和頼、自分だけ! ワタシも一緒に行くからね、絶対だよ。そもそもワタシは日本文化を学びにきたんだから、公園でどんなものが売ってるかも勉強の一環として必要な知識で!!」


 まくしたてるリーナ。

 耐えきれずに『ブハッ!』と吹きだすオレ。


「くっ、くくくっ……リーナさぁ。もっと素直に『食べたい!』って言えばいいだろうに……。あは、あははは! お前そんなに母さんの食べ過ぎ注意を気にしてるのかよ」

「笑うなダー!! だって出掛ける時に名護美が!」


『お出かけ先であんまりたくさん食べ過ぎちゃダメよ。お土産もダメじゃないけど、いっぱい買いすぎないように、ね?』


「って言ってたカラ!!」

「言ってた言ってた。はーー……はーー……くっくっくっ、アレは面白かったなぁ」


 完全に小さい子に対して忠告するお母さんのようだった。

 まあ、なんでそんな注意がされたかを思えば、ああもなる。


 以前リーナが近くの商店街に繰り出した時、日本の買い食い食べ歩き初体験に大興奮して半端じゃない量の食べ物を買った時があった。その半分以上は家に持ち帰ったのだが、賞味期限が短い上に量が量だったので家族総出で食べるのを手伝ったのだ。


 まあ……半分以上はリーナが一人でペロリだったんだが。

 こいつ、意外と健啖家なんだよな


「で? オレに隠れてこっそり買って、こっそり食べようとでもしたか?」

「そ……ソンナワケナイデスヨー」


 なんて白々しい。オレより誤魔化すのが下手だ。


「はぁ~……笑った笑った。あのな、別にオレから母さんに告げ口なんてしないから。好きなようにすれば?」

「わぁ! さすが和頼、太っ腹ー♪」


「一応言っておくが、オレの腹は太くないし奢りもなしだぞ」

「だいじょーぶ、そこは間違えないよ!」

「そっか、さすがに間違えないか」

「もう何回か間違えて使って和護美に怒られたから♪」


 既にやらかし済であったか。

 こうして人は多くを学んでゆくのだろう。


「ま、改めてなんか買うとするか。当然、一緒に行くんだろ?」

「モチのロン、だよ♪

 

 そんな古い日本語どこで覚えたんだろうか。

  やや不可解な言葉を謎に感じつつも、オレ達はいい匂いの元となる売店へと足を向ける。


「お団子! しょうゆ、みたらし♪ タイ焼き以外にも色々売ってるね!」

「さて、どれを買――」

「全部ひとつずつください!」


 決断はやっ!?

 迷わず全品を食べようとする、最早さすがの食いしん坊っぷりだ。


「和頼は何買う?」

「醤油団子が二本もあれば十分だ」


 オレとリーナの買った量の差がえぐい。

 単純に考えても三倍はある。

 しかし、オレは知っている。


「いっただきまーす♪」


 ほくほく顔で出来立てのおやつを頬張るリーナは、これらをぺろっと平らげてしまうだろう。

 見てるだけでもお腹がいっぱいになりそうな量なのだが、決して大きくはないお腹のどこにそこまでの食べ物が収まるのか。これも甘い物は別腹とやらに関係しているのか、はたまた北欧人の神秘か。


「もぐもぐ、もぐもぐ。んーーー日本の食べ物はどれもすっごい美味しいね♪♪」

「そこまで喜んでくれれば作ったおばちゃん達も喜ぶだろうさ」


 美味そうに喰ってるリーナを見てると、普通の団子が特別美味しい物に思えてくるから不思議な物だ。


「横で見てたけど、日本で買い物するのにもかなり慣れたみたいだな。注文もちゃんと出来てたぞ」

「最初からワタシは買い物できてたヨー」


「明らかに買いすぎてたヤツが何を言う」

「それはアレだよ。どれも美味しそうだったから」

「にしても限度がある」 


 ちなみに前に若干の計算間違いが発生して手持ちのお金が微妙に足りず、残りはオレが払った事もある。しっかり後で返してもらったけどな。


「北欧でもいつもそんなに大量買いしてたのか?」

「のんのん。そんなにワタシは食いしん坊じゃないから」


 ハムスターみたいに頬を膨らませながら否定されてもなぁ。


「そもそも! あっちじゃこんな風に気軽に買えないよー」

「なんで?」

「いわゆる買い食いできるお店がとっても少ない。ヘルシンキのような首都ならまだしもね。あと値段もこんなに安くないから」

「店も少なけりゃ値段も高いと……?」


 ならば、確かに気軽に買える環境ではないな。


「この前、和食レストランに皆で行ったでしょ。あの時もワタシ驚いだよー。こんなに美味しい物がこんな安い値段で!? ってね」

「あそこは至って普通のファミリーレストランだぞ?」

「その感覚がワタシからしたらビックリよ。北欧の外食は滅多にするようなものじゃないからね。何かの記念やお祝い事の時だけとは言わないけど、ちょっと気合い入れて行くような場所。お金持ちならまだしも、普通の人が頻繁に外食なんてしたら懐がすぐにスッカラカンだよ」

「おお……そんななのか」


 食べるのが好きな人には辛そうな環境だ。

 仕事が忙しくてご飯を作れない人はどうしてるんだろうか。


「あとは絶対的に日本のお店は種類が多いね。しかもどれもハイクオリティ♪ 目移りしちゃって大変だよ」

「日本人でも悩む時は悩むからなぁ」


 いつかリーナが何十種もの食べ物が売っているお店に行ったらどうなるのか。さぞ面白い状態になるのではなかろうか。


「知ってるかリーナ。この近所にはとあるアイス屋さんがあってな」

「んむ?」

「最初から約三十種類の味――フレーバーがあるにも関わらず、それをふたつみっつ、ダブルやトリプルって感じに重ねる注文ができるんだ。どんな組み合わせも自分で好きにできるから大変人気がある」


「三十種類をダブルやトリプルで!? 聞いたことあるよ! ワタシはまだ実際に行ったことないけど」

「付け加えると、アイスの大きさも選べる」

「お、おおー…………それは是非とも行ってみたいよ」

「もっと暖かくなってからの方が美味しいぞ」

「早く暖かくなって欲しいね!」


 もぐもぐパクパクと食べ物を口にしながら、リーナがキラキラした目で遠くの空を見上げる。いい食いつきっぷりだという嬉しさと、そんなに喰っててまだ食べる気が増すのかよというツッコミが同時に沸いた。


 そんなリーナさんはしっかり自分の分を完食してご満悦。

 団子を食べ終えたオレ達は休憩を終えて、また公園内を巡り始める。


 その道中、他愛のない話をしている際に「そういえば……」とサポート役として訊いておいた方がいい話題があったのを思い出した。


「ひとまず数週間経ったわけだが、何か困ったりしてないか? 家のことでも学校のことでもなんでもいいが」

「すっっっっごい楽しんでるよ! 名護美も姫奈も、クラスメイトや先生もみんな良くしてくれてるから!」

「そうかそうか、何よりだ」


 オレからすると、学校では若干珍獣というか――パンダみたいな扱いをされてるような気がしないでもないが。当人に不満がないならそれでいい。

 一緒に暮らしていると分かるが、リーナは大変素直でオープンな人柄をしている。

もし何かしらの不満があれば、ちゃんと口に出すだろうしな。


「クラスの女子とはどんな話をしてるんだ?」

「んー、何が好きかとかどんな人がタイプとか」

「らしいっちゃらしい話題だな」

「他によく出るのは和頼の話かな!」

「オレの話し?」


 なんでだ。

 陰口だったら泣いちゃうぞ?


「ワタシがホームステイしてるのが和頼の家だから。みんな色々気になってるみたいだよ」

「よかった陰口じゃなくて……」


「ええー? そんなの誰も言ってなかったよ。和頼ってばけっこー人気者みたいだったけど?」

「オレが人気者とか、なんの冗談だ」


 そんな扱いをしてもらった記憶はない。

 女子から隠れた人気があるイケメンなら一人だけ心当たりはあるが、そっちと間違えてやしないだろうか。


「一応忠告しておくが、周りの質問に対して律儀に答えなくてもいいからな? 変な質問なら尚更だ。面白いネタがないか探してるだけなんだから」

「律儀になんて答えてないよー」


 ははは何をおっしゃる、と言いたげに手先を上下にプラプラさせるリーナ。


「ただ朝と夜に仲良しの挨拶をして、よく一緒に遊んだり、いつも傍にいるだけだって答えてるからノープロブレム♪」

「…………」


 何故だ。聞く限りでは特に間違ったところは無いはずなのに。

 ――嫌な予感しかしねぇ。


「リーナ」

「ん?」

「今のは一字一句そのまま答えたのか?」

「それはもちろん――――実際には省略せずにわかりやすく伝えてるよ♪」


 こえー、その『わかりやすく』伝えてる部分がこええーーー。

 そのわかりやすさには『正確なニュアンスを間違えずに』が含まれているかが不安すぎる。


「ちなみに、周りの反応は?」

「んーと、はしゃぐような感じでキャーキャー騒いだり、もっと詳しく教えて欲しいとお願いされたり?」


「繰り返すが律儀に教える必要はないから、嫌だったら断るんだぞ?」

「だいじょーぶ!! ワタシもちゃんと分かってるから!」


「そ、そうか」

「まるで青春ラブコメ作品のような展開だって、ワタシでも思うから! 共通の楽しさは皆で共有した方がもっと楽しくなるって知ってるので♪」


 多分、そんな思考は一部の人類しかしてないんでわ。

 

「あとはー、よく話す友達が出来たよ♪」

「おお、良かったじゃん。クラスの女子か?」

「うん! 同じクラスの佳世子だよ」

「かよこって……」


「皆からは委員長って呼ばれてて、お洒落なメガネをかけてる――」

「ああー、幸城ゆきしろか」


 幸城 佳世子。

 ウチのクラスにいる真面目女子の筆頭。委員長というあだ名はクラス委員長の経験が多いところから来ており、その態度も合わさって非常にしっくりくるから定着したらしい。


 実はオレが話す機会が比較的多い女子なんだが、幸城とリーナがよく話すようになるとはなぁ。ある意味納得してしまう。


「委員長って愛称がこれでもか! ってぐらいあんなに似合う子は初めて会ったよー。ザ・日本の大和撫子というべき雰囲気もグッド♪」

「大和撫子なぁ……」


 あいつが?

 いやまぁ、和服とかは似合うかもしらんが。


「今度一緒に遊ぶ約束したの! 今からとっても楽しみだよ」

「そりゃ何よりだ。でも幸城はけっこー忙しいはずだから上手くタイミングを合わせないとな」

「そうなの?」

「ああ、周りには内緒にしてるけど、勉強や習い事以外にも労働に勤しんでる」


「ふーん……和頼、よく知ってるね?」


 怪しむような視線を向けられる。

おや? なんか体感温度が下がったか?


「幸城に最も近しい友達に聞いたんでな。周りから見えないところで色々頑張ってるんだってよ」


 オレからすれば幸城もまたキラキラしてる一人。

 その情熱が羨ましい。


「しっかし幸城か。リーナとはさぞ話が合うんだろうな」

「そう? まだ満足に話せてないから分からないけど、そうだといいね!」


 きっと大丈夫だろう。そんな予感がする。

 だってあいつもまた、リーナや道晃の同類なのだから。



 次にバスに乗って次に向かった先は、駅から少し離れた繁華街。

 とても都市とはいえない自然多めな地元やその周辺において、最も栄えているエリアである。


「この辺に入ってみたかった店があるって?」

「そうだよー」


 地元民のオレはちょくちょく足を運ぶ繁華街ならリーナ向けのお店のひとつふたつはあるだろうが、具体的に「どこに?」と問われればパッとは思いつかない。

 時間的に昼飯だろうか?

 日本らしい昼飯といえばなんだろうか。ハンバーガー……は学生はよく利用するが、リーナがあえて食べたいと考えるかはちょっと違う気がする。


「えーと、地図によるとコッチだね」

「表通りから離れるのか」


 むしろ裏路地をあえて進んでいるような感じだった。

 明るく開けた表通りと違い、建物に挟まれた裏路地はやや暗いし狭い。……まさか怪しいお店の類だったりして? もし本当にアングラな場所に入ろうとした場合、サポート役としては止めるのが筋だろうが……。


「ココ! ココだよ和頼!」

「これって……」


 到着した目的地の前で立ち止まりながら、お店の看板と名前を確認する。

 表通りからやや奥まった位置に存在した見つけにくい店の看板は、暗い雰囲気とは真逆のとても明るくポップで派手なピンク。店の名前は『メイドリームかなで』。


「……えっちなお店か?」

「ワッツ!? どうしてそうなるの!」


「入口の周りに可愛い女の子の写真やイラストがいっぱい飾ってある。って事はそういうプレ――いや、そういう人と遊ぶお店なんじゃないかと」

「誤解、誤解だよ! ほらよく見て、別にアダルトな注意書きやマークなんてどこにもないでしょ!」

「よく知らんが、そういうお店って堂々と注意書きを張りだしはしないんじゃないか」


 体裁というか、誤魔化すためにというか。


「もー! 和頼は妄想が激しすぎ! そういうお店じゃないっていうのは入ればすぐにわかるよ、ほら行こ!」

「待て待て、まだ心の準備ができてない。というか、リーナは一緒に入るのがオレでいいのか? 相手はもっとしっかり考えた方が――」

「和頼なら頼もしいよ! むしろ和頼じゃなきゃヤダ!」


 いつの間にそんなに信頼されていたのか。嬉しいじゃないか。

 ちょっと感動しながら、メイドリーム奏に入店していくオレ達。

 

 そこで待ち構えていたのは――。


「お帰りなさいませお嬢様~♪」

「ご主人様もご一緒ですね。どうぞあちらの席でお休みくださいませ♪」


 やけに煌びやかな空間とメイド服に着飾った可愛い女の子達だった。


「えーっと……」

「モイ~、そしてただいまだよ~♪ ほらほら、あそこの空いてる席に座ろ」


 甘ったるい赤と白の苺パフェ色に彩られた店内。同色の椅子とテーブルが綺麗に配置された店内をウキウキ進んで行くリーナに手を引かれるオレ。

 凄まじい場違い感しかない。一体何がどうしてこうなった? 


「どしたの和頼? すんごいキョドってるよ」

「リーナもソワソワしてるだろ」

「だって楽しみで仕方なかったから! メイド喫茶は日本の伝統文化でしょ♪ 子供の頃から何度も通っているであろう和頼とは違うよ~」

「人の子供時代を捏造するでない」


 そんな子供いたらビビるわ。


「それからメイド喫茶は別に日本の伝統文化じゃな――」

「わ~~~~フリフリのメイド服可愛いよ~~~」


 聞いちゃいねえ!?

 …………まあ、確かに可愛いには違いないが。


「和頼。あんまりジロジロ見るのは失礼だよ」

「理不尽が過ぎる!? 今この瞬間最もお前に言われたくない言葉だぞソレ」

「えー? だって和頼はえっちな目をしてたし。でもわからなくもないよ~、ちょっと屈んだらショーツが見えそうだもんね。あ、あのメイドさんガーターベルトでとってもセクシー」


「どこだ?」

「…………ほらー、やっぱりえっちな目じゃない。ちなみにそんなメイドさんいないから」

「男の純情を弄ぶのは良くないぞ!」

「胸の谷間やひらひらスカートをガン見するのはもっと良くないから」


 フッ、正論すぎて何も返せん。


「ふーんだ。和頼のえっち」

「年頃の女の子がえっちえっち連呼するんじゃありません」


 ぷりぷりお怒り気味のリーナを嗜める。

 すると、ツインテールの店員さんが近づいてきた――――のだが。

 何故か、オレはその店員さんに既視感を覚えた。


「お帰りなさいませごお嬢様、ご主人様♪ こちら本日のメニューになりま…………」

「ん?」


 メニューを渡そうとしてくれたメイドさんの動きが不自然に止まる。


「こほん、えー……お勧めは『トロトロふわふわな愛情たっぷり夢見心地オムライス』です♪」

「わぁ~、どのメニューも全部可愛いし美味しそう~。和頼はどれを注文する?」


 リーナが声をかけてきた事に気付きながらも、オレはじーっとメイドさんを見ていた。

メイドさんはお盆で顔の下半分を隠しつつもヤケに焦っているっつーか、早くこの場から離れたくて仕方なさそうな雰囲気でいっぱいになっている。。


 ってか今、リーナが和頼って呼んだ時にめっちゃ反応してたな。

 それはつまりオレの名前に何かあるって事になるんじゃ――。


「あ」


 そこまで考えて気づいた。気づいてしまった。

 だからこそこの場は何も気づかなかったフリをしてやるのが最善だと、そんな答えまで行きついた。


「どうかしたの和頼?」

「なんでもない。メイドさんが可愛くてちょっと見惚れちゃってな」

「ええ!?」


 メイドさんよ……そこは驚かないでスルーしてくれよ頼むから。 


「わ~か~る~! ツインテールっていいよね♪」

「そうそう。でも、あまりメイドさんを引き留めちゃ悪いから、さっさと頼もうぜ。オレはさっきのお勧めオムライスとコーラで」


「もー和頼ってば。そんな適当な注文しないで、ちゃんと言ってあげないとー。『トロトロふわふわな愛情たっぷり夢見心地オムライス』と『しゅわしゅわぱちぱちのブラックスウィート(※コーラ)』でしょ♪」

「お、おう」


 リーナよ、わざわざ言い直さなくていいんだ。

 接客時間を短縮するために省略したんだから。


「じゃあ、ワタシは~…………そうだ! メイドさん的にお勧めのドリンクがあれば教えてくださいな♪」

「はい!?」


 オレ、もうドキドキハラハラが止まらないよ。

 正体を隠したいなら少しは平静を装えよとツッコミも出来やしねぇ。。


「えー……あー……そ、それでは外国から戻られたお嬢様には、こちらの『胸キュンの甘ずっぱいホワイトピーチドリンク』が良いのではないかと」


 スッ、とメニューのひとつを指で示すメイドさん。

 直後、その手をリーナが嬉しそうにガシッと掴んだ。


「お、お嬢様!?」

「ありがとうだよ! じゃあワタシの飲み物はソレにしま――――って、あれ?」


 リーナとしては感謝の意を伝えようとしただけなのだろう。

 しかし、この行動によってやや距離をとっていたメイドさんがお盆で隠していた顔が誰のものか、ハッキリ見えてしまった。


「委員長! 委員長じゃない!! わ~~、こんなところで会うなんて奇遇だよ♪ どうしたのそのツインテールは? いつもはショートなのに――ああわかったキャラになりきるためのウィッグですね♪ それも似合ってますよ~♪」

「ひ、人違い! 人違いです! ほら、そちらのご主人様もそう思いますよね!?」

「……オレに確認する時点で無理があるだろ」


 せっかくオレが気遣ってスルーしようとしたのにも関わらず、素直で正直な――この場合、空気の読めなかった――リーナは思いっきり正体を暴いてしまった。


 メイドさんの正体。

 それはオレ達のクラスで『委員長』のあだ名で親しまれている女子生徒。


 幸城 佳代子だったのである。



「ふわ~~~可愛い、可愛いですよメイド佳世子~♪」

「うぅ……そんなに可愛いを連呼しないでくださいぃ。リーナちゃんの可愛さに比べたら恐れ多いですからぁ」

  

「リーナリーナ。北欧じゃどうか知らんが、日本だとあんまりストレートに褒めるってのは相手が恥ずかしい事もあるから、その辺でな」

「なじぇ?」

「そういう文化じゃない……だとわかりづらいか。つまりアレだ、シンプルに照れちゃうんだよ。あとデリカシーが無いと見なされる時もあって――」

「私の心情をつらつらと語る佐倉崎くんが一番デリカシーが無いですけど!?」


 ツッコミ度満点でお怒り気味なメイドさんこと委員長。

 彼女は何故かオレ達と同席して、接客担当兼話し相手となっていた。


「すまん委員長。けど、いいのか? こんな形で席について話してて」

「私もどうかと思いますけど、店長が『お友達が来たならたっぷりサービスしなさい♪』って勧めてくれたの。お客さんも少ないから、休憩も兼ねてって」


「そうか。いい店長さんなんだな」

「いい人ですよ。そんなことより……ひとつ言っておきたいんですけど」 

「委員長委員長♪ さっきのもう一回やって、もう一回やってくれませんか! もえもえきゅーんって♪ カメラで写真撮っておきたいから」


「あのねここで――」

「ね! ほら、ワタシも一緒にやってみたいから!」

「あの……」

「お願いだよ佳世子~!」


「カヨちゃんモテモテだ~♪」

「いいなー、あんなに外国人美人さんにせがまれるなんて♪」

「うらやまし~♪」


 離れたところにいる先輩メイド達に煽られ(?)る委員長。その表情がみるみる赤くなっていく。


「もう! 先輩方もからかわないでください!! リーナちゃんは少し落ち着いて!」

「「「はーい♪」」」

「えへへ、怒られちゃった~♪」


 女の子ばかりのメルヘンチックな空間が、目の前に生まれていた。


「佐倉崎くんはじーっと見すぎ!」

「いや、女の子だけで楽しそうなところに男が割り込むのは無粋かなと」

「そんな気遣いはいらないです」

「分かった分かった。そんな睨まなくても、もうリーナは止めるから。ほらリーナ、委員長が困ってるぞ」

「写真……」

 

「写真を撮るのは後でもできる。その前に委員長の話を聞こう」

「……わかったよぉ」


 興奮してたリーナの首根っこを押さえて、場を収める。

 そんなこんなでようやく委員長の話を聞く場が生まれた。


「で、ですね。私がここで働いてることは、その……」

「ああ、知り合いや学校には黙ってて欲しいんだろ?」

「さすが佐倉崎くん。話が早いですね」


「えー、可愛いんですから何も問題ないのに~……」

「可愛ければなんでもOKにはならんだろ。確かにメイドの委員長は可愛いかもしれんが、高校生がメイド喫茶で働くってのは人によってはあんまり良い印象じゃなかったりするんだ。お堅い学校関係者とかには特に」


 一応バイトは禁止じゃないが、それでも先生に知られたら微妙な展開になるのがありありと想像できる。場合によっては注意どころの話では終わらないかもしれない。


「そういうもの?」

「そういうもの、そういうもの」

「何かあったらワタシが協力するって言ってもダメなの?」

「こう考えたらどうだ。こないだ見た学園物アニメに『親の莫大な借金を少しでも返そうとバイト禁止の学園に内緒で働く女子生徒』がいただろ。委員長が秘密にしてくれと頼むのは、アレに近い状況だからだ」

「な、なるほど!! それは隠さないといけないね!」


 よかった分かってくれたようだ。


「佳世子! ワタシは絶対絶対誰にもこのお店で働いてるとは喋らないし、出来る限り売上に貢献するから任せてね♪」

「ひゃあ!? ちょ、ちょっとリーナちゃん!?」


 ひしっとハグしてきたリーナに対して困惑する委員長。

 なんだっけこういうの。そう、確か百合と言うんだったか。


「良かったな委員長、分かってもらえて」

「ほんとに? これは本当にちゃんと分かってもらえてる?」

「大丈夫だ」


 その笑顔を信じれば。

 多分、きっと。


「そんなわけだから、お友達価格でたっぷりサービスしてくれると嬉しい」

「何がそういうわけなのか意味不明なのでお断りします。そんなにサービスが受けたいならメニューに書いてあるからお金を払ってください」

「うん? そんなサービスメニューが載ってたのか。どれどれ」


 ロクに見てなかったメニュー表を調べてみると、料理や飲み物とは別に特別サービス料金表みたいなのがまとまっていた。


「えーと……写真を撮る、各種ゲームで遊ぶに、ガチャを回す」


 最後のがわからんが、確かに色んなサービスがあるようだ。

 ガチャってガチャガチャの事か?

 なんでメイド喫茶でガチャガチャ???


「委員長!」

「どうしたのリーナちゃん」

「諭吉さん一枚で写真は何枚撮れるの!?」

「リーナちゃん落ち着いてください! 万札掲げながら私との写真を撮る必要なんてどこにもないんですよ!?」


 コスプレした友達との写真を撮るのに諭吉さん放出するなんて瞬間を、オレは生まれて初めて目の当たりにした。


「でも写真にはお金がかかるって……」

「違うんです! いや、お店のサービスとして料金がかかるのはそうなんですけど! クラスメイトと写真を撮るのにお金を払うのはちょっと気が進まないといいますか」


「諭吉さんを使うなら十枚は撮れるぞ。イイ感じのポーズを十通り考えておかないとな」

「アホな冗談言ってないでお嬢様を止めてくださいねご主人様?」


 割とガチめな怒りのオーラを感じたオレは、急いでリーナを引き留めた。この際使った「友情を金で買うのか?」という言葉は相当効いたようだ。


「わ、ワタシは友達になんて真似を……」

「気にしないでください。留学して間もないんですから、ニュアンスが分かりづらいところもたくさんあるでしょう?」

「か、佳世子ぉ~♪」

「だからといって気軽に抱き着くのはダメですってば!?」


 二人の百合っぷりにメイドさんや少ないお客さんらがざわつく。

 裏にいたはずの女性店長さんがわざわざ表に出てきて、パシャパシャ写真を撮ってくのが印象的だった。もしかして百合好きなのかもしれない。


「しかし、委員長がバイトしてるのは知っていたが、まさかメイド喫茶で働いていたとはな……」

「私だってあなた達に知られるとは思ってなかったですよ。普通の学生なら入るはずのないお店なのに……どうして来たんです?」


「リーナの行きたい場所がココだったから」

「メイド喫茶は日本の伝統文化だから♪」

「確かにそうですね」


 否定しないんかい。


「まあその辺繋がりでリーナと委員長が仲良くなったんなら、それはそれでいいか」

「何の話しですか?」

「うん? 要するに二人は同じ系統の趣味を持つ仲間だったんだろ? だから会って間もないのに仲良くなったわけで」

「…………佐倉崎くんは何か誤解しているようですね。私とリーナちゃんの趣味は――――」


 委員長の言葉が途中で「お帰りなさいませー♪」というお出迎えの挨拶にかき消される。どうやら誰か新しいお客さんが入店したようだ。


 で、そのお客と言うのは。


「あ、いたいた! おーい和頼~!」


 オレの最も親しい友人、清藤道晃。

 後で合流するかもと言っていたので連絡したら速攻で来た男である。


「よお道晃。随分早かったな」

「合流するって言ったろ? 教えてくれた場所もよく知ってる店だったからすぐに来れたわけさ」


「よく知ってるのか」

「ウチから近いメイド喫茶なんてココだけだし、それに……佳世ちゃんも務めてるしね! お疲れ様、佳世ちゃん」


 メガネを光らせながら道晃が笑いかけると、委員長が今日イチ嬉しそうに笑い返す。


「いらっしゃい道晃く――じゃなかった、お帰りなさいませご主人様♪」

「言い直さなくていいよ。そういう挨拶をしてもらって悪い気はしないけど」


「モイ~、お帰りなさいませご主人様だよ~♪」

「あれぇ!? どうしてリーナさんがココにいるのかな?!」


「日本の伝統文化であるメイド喫茶に行きたかったんだと」

「はぁ~……北欧だとメイド喫茶ってそういう扱いなんだ」


 多分、違う。


「なんだいなんだい和頼ってば、メイド喫茶でデートなんてやるじゃないか。いつの間に僕らへ繋がるオタクロードに大きく踏み込んだんだよ」

「肘でうりうりするな」


 肘でつっついてきた道晃に対して同じように肘で突っ返す。

 こんなやり取りは日常茶飯事なので、オレ達的には軽い挨拶みたいなものだ。


 ただ、この場にいる一人にとっては違ったようで。


「グッジョブ道晃くん! どうせならもっと寄り添ってみたらどうですか!? そう、二人の燃え盛る愛を体現するように熱く激しい感じで!!」


 ガタッ! と勢いよく立ち上がって興奮したのは委員長である。

 その豹変ぶりに驚いてるのは初見のリーナだ。


「佳世子どうしたダ?」

「リーナちゃん。仲のいい男子達がイチャイチャするのって素晴らしいですよね。ああもう、どうしてこんなにも胸がときめくんでしょうか」


「ワッツ!? え、あ、佳世子ってもしかしなくてもそっち系が好きだったんだ!?」

「なんで驚いてるんだリーナ。お前も同じだろ」

「「「全然違う!!」」」」


 何故かリーナ・委員長・道晃の三人から一斉に否定されるオレ。


「勘違いも甚だしいよ和頼ってば! その認識には天と地ほどの差があるから!!」

「佐倉崎くん! 今のあなたはすべてのオタクに対して失礼なことを言ったんですよ!」

「あのね和頼! リーナちゃんはわからないけど、少なくとも僕と佳世ちゃんを同類扱いするのは止してくれ。戦争になるから!」


「お、おお……」


 なんで怒られてるのかサッパリ分からん。


「ワタシが好きなのはどっちかっていうと男性向けジャンルなの! 女性向けのボーイズラブと一緒にするのは混ぜるな危険!! まあ、全く興味がないわけじゃないけどッ」

「え!? リーナちゃんコッチもイケるんですか! てっきり道晃くんと同じ方向性を好んでいるのかと……」

「いやいや、僕とリーナさんじゃタイプが全然違うよ。僕はリーナちゃんみたいにフルオープンしてないから。隠れオタクなんで」


 三者三様。

 それぞれが噛みあってるんだか噛みあってないんだかよくわからん状態となり、最も蚊帳の外であろうオレに理解できる領域が超高速でふっとんでいく。


 そんなわけでアレだ。


「とりあえず、全員落ち着け」


 そして座れ。



「いやー、リーナさんはすごい日本の文化(アニメや漫画)に造詣が深いんだね。僕の知り合いでもそこまで詳しい人はあまりいないよ」

「そんなことないよー。ワタシなんてまだまだダカラ♪」

「ね、ね、今度私のお勧めを渡すから読んでみませんか? きっとリーナちゃんならそっちもイケると思うんですよ」


「…………」


 さっきまで驚き&ビックリの連続だったというのに、三十分もしない内にオレを除いた三人は意気投合しまくっていた。話の内容はオタクネタに詳しくないオレからすればディープすぎてちんぷんかんぷんなので、いいとこ頷きながら相槌を打つ程度である。


 何と言うか、今のこいつらはすんごいキラキラの塊だ。


「でも、方向性は全然違うのに佳世子と道晃は仲が良いんだネ。二人は相手が同行の士でも気軽に話せるタイプなんだ」

「ううん、僕は異性相手に気軽に話せないよ。アニメや漫画の話だってオタク友達としかしない。立派な隠れオタクだから」


「え、でも佳世子とは普通に喋ってるよね?」

「それはだなリーナ。道晃と委員長が他の誰よりもよろしくしてる仲だからだ」

「ヨロシクしてる?」

「付き合ってるんだよ二人は」


「えええええええ!!? そうだったんだ!? 全然気づかなかったよ!!」

「こら和頼! キミは随分前から知ってるけど、他の人には基本秘密にしてるんだからそんな軽くバラすなよ!」


「リーナに根ほり葉ほり聞かれる前に助けてやったんだよ。お前まだコイツを前にすると緊張しちゃってトチるんだろ?」

「彼女みたいな北欧系ウルトラ美少女を前にして、僕が簡単に話せるわけないだろ」


 なんで「えっへん」って感じに胸を張ってるんだコイツは。


「でも、わかります。私もリーナちゃん相手だと気後れしちゃいそうですし」

「ワタシ、とっつきづらいかな?」

「いやいや、お前ほどフレンドリーなオタク留学生はいないって。どーせすぐに慣れて、何の気兼ねも無く話せる友達になってるさ」


「そうかな? でも和頼がそう言うなら、きっとそうなるよ~♪」

「なるなる、もう全然余裕で」


 現にいま話してるし。


「……そういう佐倉崎くんは、随分とふつーにリーナちゃんと接してますね。やっぱりアレなんですか?」 

「アレ?」

「ホームステイ先だからとはいえ、同年代の思春期男女がひとつ屋根の下で爛れた同棲生活を送っているという……」


 誇張された発言に、オレは飲み物を吹きだしかけた。


「待て待て。真実と捏造がごっちゃになってるからソレ」

「その辺、僕も気になってるんだけど実際どうなんだい?」


「ふふふっ、ワタシと和頼は毎日おはようとおやすみを言い合う仲だよ♪」

「……和頼さん? ちょっと詳しく教えてもらわないと、僕は冷静さを欠きそうだよ?」

「欠くなよこの程度で!?」

「うるさい! こんなに可愛い子とおはようとおやすみを言い合う仲とか、ノリが完全にギャルゲーかエロゲーみたいじゃないか! どんだけ手を出すのが早いんだよこのスケコマシ!!」

「誰がスケコマシだコラァ!」


「佳世子佳世子、スケコマシって何?」

「え!? えーっと……私にはちょっーーーーと分からないですねぇ。あ、後で佐倉崎くんに教えてもらうといいんじゃないかと」


「止めろ委員長。オレになすりつけるな」

「仕方ないじゃないですか。私の口からは説明できませんし、正直今は絡み合う二人からしか摂取できない栄養素を吸収するので忙しいんです。あ、どうせなら『僕という男がありながら』って言ってくれると嬉しいなーって」


「おい彼氏。彼女からのリクエストに応えてやらんのか」

「あのねぇ和頼。僕は佳世ちゃんの趣味を理解してるし受け入れてもいるけど、無駄にエサを与えるような気はないんだ。エスカレートするだけだから」


「佳世子はそんなに二人の絡みが見たいの?」

「当然です、だって最の高じゃないですか。ああ、バイト中じゃなければカメラに保存できたのに……」


「撮るな。消してしまえそんな写真」

「嫌です」


 キッパリと断れる委員長はノーと言える日本人である。


「他には最近何かあったりしたかいリーナちゃん?」

「ん~、今日は和頼がお寝坊さんだったので起こしてあげたよ」


「どうやったんですか?」

「こう、ベッドの上に乗ってゆさゆさと」

「朝から騎●位を!!?」

「うわああああ、破廉恥すぎるよ和頼!!」

「破廉恥なのは斜め上に誤解を加速させる委員長だろうがあああああ!!!」


 とまあ、こんな感じで。

 収集のつかないオレ達の騒がしい会話は、メイドリーム奏の店長が柔らかく窘めるまで続き……。


 労働に勤しむ委員長が仕事に戻り、彼氏の道晃が応援も兼ねてもう少し残ると宣言。

 帰路に着くころには空は夕焼け色に染まっていた。


 リーナの日本語はところどころおかしいところがあり、それが誤解を生んでいると説明するのはヤケに疲れた。対してリーナは嬉しそうなもんで、その手には大事なジョーネツレイティオが開かれていた。


「えへへ♪ またやりたい事が達成できました。しかも今日だけで複数も! これは快挙だよ、記録更新だよ♪」

「どんなのがあったんだ?」


「メイド喫茶を堪能する、とか!」

「ああ、そりゃ十分埋まるわな」


「あと日本でオタク友達が作れたのは嬉しいよ~」

「道晃と委員長か。濃すぎる面子だ」


 奴らに比べればオレの薄いこと薄いこと。


「それに、それにね」

「うん」


「和頼とデートできたよ♪」

「…………でー、と?」


 果たしてアレはデートだったんだろうか。

 なんかこうオレの持ってるイメージと食い違いが大きすぎて、そういった感慨深さはあんまり無かったんだが。大体オレ達は付き合ってるわけでもないわけで。

 いやしかし、男女が仲良くお出かけするという点からすればデートと言えなくも……。


「ふへへ♪ また次もお願いするよ♪♪」


 屈託なく笑いかけてくる北欧系美少女。

 その喜びを強く感じられただけで、今日は果たして本当にデートだったのかの有り無しを考えてるのがどうでもよくなってきた。


 リーナがデートだと言えばデートなのだ。それでいいじゃないか。


「まあ……オレで良ければ」

「もちろん和頼がいいんだよ♪」


 正面からストレートに言われてしまって、オレはちょっとの間だけリーナの目が見れなくなってしまう。

 内心では、やっぱり外国人は日本人に比べてオープンでストレートなのが普通なんかね? と思ってしまうのであった。



◆情熱レフティオの達成項目◆


☑聖地巡礼をする(一カ所目)

☑メイド喫茶に行く

☑日本でオタク友達を作る




===終章・ホームステイ美少女ホームシック



 リーナが日本+オレんに来てから約一ヶ月が過ぎようとしていた。

 同年代の女の子――しかも北欧美少女留学生が加わった生活は最初こそ面喰らったものの、さすがにそれなりに馴染んできている。


 今となっては彼女と一緒にいるのが日常だ。

 まるで同棲生活――いや、誤解を恐れないならまごうことなき同棲生活ではあるんだが、予想していたホームステイとは違ったというか……サポート役になった恩恵としてよくわからんレベルでスキンシップは激しいし、フォローする回数も多い。


 だが、ソレが嫌なわけじゃなかった。

 むしろくすくすしていた自分に、リーナのキラキラを分けて貰っているような感じがするのだ。キラキラしてる彼女をオレなりに手助けできている。そんな実感がこの状況を心地よく感じさせているのか。


「さすがに自分勝手がすぎるかな」

「いきなり何を呟いているのやら」


 授業と授業の合間にある小休止。

 体操着姿のオレと道晃は校庭へと向かっている途中だった。


「和頼が何について自分勝手かはさておき、最近何かあったのかい?」

「なんだその話題に困った時の適当な切り出し方は」

「いや、なんて訊けばいいのかなーと。まさか気づいてない訳はないだろ」


 道晃の視線が前方を歩く女子達の集団を示す。

 談笑している彼女らの中にはリーナも混ざっており、友人が何が言いたいのかはすぐに察せられた。


「リーナの奴も随分馴染んだもんだよな。最初から人気はあったけど、最近はより拍車がかかったというか」

「それは良いことだね。でも、僕が言いたいのはそっちじゃなくて――」

「ああ、なんか元気が無いというかボーっとしてる時間が増えてる事だろ」


「え、そうなのかい?」

「なんだこの話じゃないのか」


「僕が話したいのは、最近和頼とリーナさんが一緒にいる時間が減ってない? ってとこなんだけど」


 予想外の第三意見に、今度はオレが少しだけ面食らった。


「そんなに減ってるか?」

「正直僕的にはあまり変わらないと思うけど、佳世ちゃんがそう見えるらしくてね。だから何かあったのかなーと探りを入れてるわけだよ」

「う~ん?」 


 言われてみれば思い当たる節が無いわけじゃない。

 明るく元気な美少女留学生リーナに惹かれるヤツは多く、クラスメイトを中心に知り合いや友達の輪は大きくなっている。

 そうなれば当然、オレの出番は減るわけで。

わざわざ男のオレに頼らんでも、女友達にフォローしてもらえたのならそれでいいのだ。普通に考えれば男女間にはちょっとした壁があり同性同士の方が繋がりを作りやすいし、男のオレには訊きづらいこともあるはずだし。


「諸々心当たりはないのかい?」

「わからん、家にいる時はいつも通りだしな。……なるようになった、って事じゃないのか?」

「身近にいる和頼がそう感じるなら、そうなのかな? だったら佳世ちゃんにもそう伝えとくよ」


「ああ。もし何かあったらまた教えてくれ」

「了解さ」


 悪友に一応頼みはしつつ、改めてリーナの様子を窺う。

 けれどもやっぱり特に変わった様子はない。至ってふつーに学園生活を送っているようにしか見えん。


 そもそもこれまでの経験から考えて、リーナはどんなに小さい事でも気になるものがあればオレに質問や相談をしてくる。そういうのが無いって事は、必要が無いってだけじゃないのか?


「……わからん」


 結局答えは出やしない。

いまひとつ晴れないもやもやを抱えながら、オレはしばらくリーナを注視するしかなかった。


 だが、道晃とのやり取りがあった矢先。

 家の中でその小さな異変は起きた。


「……どうかしたか?」

「ううん、なんでもないよ」


 リビングのソファー。並んで座るオレとリーナ。

 その距離がいつもに比べて絶妙に遠い。


 ここ最近というもの、オレはリーナのアニメ好きに便乗する形でアニメ鑑賞夜更かしが日課になりつつあった。夜更かしといっても平日であれば朝になったら登校するのだから長引いても日付けが変わる前まで――というルールでやっている(実際は超えることもままあるが)。


 そんな時、決まってリーナはオレと並んで座るようにしており、その距離は異常なまでに近い。手を伸ばしたら触れるなんて物じゃなく、寄り添っているのと大して変わらない。

 さすがにその距離感は危険だと判断して離れようとした事もあったが。


「離れちゃヤッ、よ♪」


 離れようとした分だけ向こうから密着してきたので諦めた。

こうなるといずれはオレの理性が吹き飛ぶ方が早いし、そうなった日には『美少女留学生に手を出したクソ野郎』のレッテルが貼られてしまう。

それははさすがにマズイ。


 しかし、今回のリーナは自分から距離を取っていたのである。

 第三者がいれば至極真っ当な(※それでも近いが)状況にも関わらず、オレからすれば小さな異変とも思える出来事といえるだろう。


「なぁ、今日はどんなアニメを観るんだ?」

「観るのは正義の変身魔法少女と悪の秘密組織が戦うアニメだよ。あらすじだけだと女の子向けなんだけど、中身はゴリゴリの男性向けなヤツ♪」


 何気ない普段の会話に対してリーナの反応はいつもと変わらない。

 ――距離があるように感じたのはたまたまかなのか?


「なんてタイトル?」

「あ、それは――」


 リモコンに伸ばしたオレの手とリーナの手が偶然クロスする。

 お互いに身を乗り出していたので、急に距離が縮まった形だ。

 そしたらなんと。


「ひゃわあ!?」


 これでもか! ってぐらいに高速で腕を引かれてしまった。

 なんていうかこう、触ろうとした物がとってもバッチイ物だと気づいた時のような反応だった。


「あ、悪い」

「う、ううん、ワタシもごめんだよ! 驚きすぎちゃった、なははは」 

 

 苦笑しながら元の位置に戻るリーナ。

 うん、アレだな。


 正直――クソほど怪しい!!

 さすがにそこまで大仰にやられたらオレだって気づくわ。


 だが何故そうなる? 原因に関してはさっぱり見当がつかない。

 オレの手とぶつかりかけたのを避けたっつーことは、接触したくないナニカがあるとかそういう話なのか。

 仮に接触したくないとして、それはオレ限定なのか万人共通なのかも気になるところだ。


「あ、二人で何してるのー?」

「モイ。これから次のアニメを観るから、姫奈も一緒に観るならどうぞー」

「じゃ、せっかくだし今日はあたしも参加しよーっと。へっへっへっ、今日はリーナお姉ちゃんの膝をあたし専用にしちゃうぞー♪」

「きゃー専用にされちゃうよー♪」


 冗談めかした口調の姫奈がリーナの膝の上に座り、それを後ろからリーナがぎゅーーっと抱きしめる。

 うーん……?

 この感じだとリーナは別に誰かに触れるのがイヤなわけじゃなさそうだ。


「なーに羨ましそうにしてんのおにぃ。まったくえっちなんだから」

「兄の評判をエロ方面に落とすんじゃない」


「え~? じゃあ羨ましくないんだ? リーナお姉ちゃんの身体はどこもかしこも柔らかくていい匂いがこーーーーんなにするのにな~」


 見せつけるようにリーナの身体にすりすりする姫奈。

 男なら誰でも「この野郎、出来るもんならやっとるわ!」と怒っていい場面であろう。


「ふひゃはははは♪ そんなにしたらくすぐったいよ姫奈~♪」

「そーれすりすり」

「も~ダメだってばさ~」


 あのワールドサイズの胸に顔をうずめるとは、我が妹ながら恐ろしい。

 オレがやったら間違いなくセクハラで怒られることを平然とやりおる。


「さーておにぃもからかったことだし、観よ観よ♪」

「ういうい♪」


 相槌を打ちながらこくこくと頷くリーナが、ちろりとオレの方へと向く。


「一応言っておくけど、和頼は姫奈みたいにくっついちゃダメだよ?」

「やらんて」


 やれるもんなら、多分とっくのとうにやってるし。そもそも毎度くっついてくるのはお前の方からだったじゃんと思わざるを得ない。

何だ、一体何がどうしてこうなっているんだ?

 うーんわからん。

 さっぱりわからん。

 が、頭を悩ませている内にひとつの理由に至った。

 もしやとは思うが。


「……オレ、いつの間にかリーナに嫌われたのか???」


 原因は分からないが、他に思いつくものはない。

 中々に大きなショックを味わってしまったオレにはもう、始まった変身魔法少女アニメの内容入ってこなくなっていた。



 さらに数日後。


「はふぅ……」


 リーナの状態はますます悪化していた。

 教室の席に座っている彼女はどこか遠くを見つめるように黄昏ており、彼女が放っていたあの眩しいキラキラも薄れ、心なしか美しい金髪もしんなりしおれているかのよう。


「あの、佐倉崎くん。絶対に何かあったと思うんですけど……私で良ければ相談に乗りますよ?」

「ありがとうな委員長。ただ、本気で心当たりがなくてなぁ……」


 心当たりがなければ相談も難しい。

 少なくとも特別オレからリーナに対して何かヤラかしてしまった訳ではないのだから、原因は他にあると思われる。


「男相手だと話しづらい事もあるだろうし、委員長が直接リーナに話しを聞いてみるのがいいんじゃないかと」

「わかりました。それじゃあこの激推しの本を渡すついでにやってみますね」


 激推しの本とやらが半裸イケメン二人が表紙でない事を願いたいが、この際切っ掛けになるならなんでもいい。

 オレはすすすっと足早にリーナの席へ移動する委員長を見守る。


「リーナちゃんリーナちゃん。今日はどこか元気が無さそうに見えますが、何かあったんですか? ほら、良かったらこの本を読んでみてください。すっごい元気になりますから」


 相談っつーか、もはや布教活動みたいな切り出し方をする委員長。

 オレなら一秒で「いいえ結構です」と断りかねないが、オタク友達の気遣いをあのリーナが無下にするはずもない。


 どこかアンニュイな表情のまま、弱々しく微笑んでいる。


「さんきゅー佳世子~嬉しいよー」

「あ、ココで紙袋を開けないでくださいね。一応学校に漫画を持ってくるのは禁止されていますから」


 開けた場合、周囲のクラスメイトに禁断の中身を認知されてさぞえらいこっちゃな展開になるのだろう。

 委員長も自分の趣味をオープンにしてないし、品行方正で通ってるからな。


「えへへへ、キートス~♪」

「はう!?」


 リーナが得意とする感謝のハグが炸裂し、委員長の体が硬い板みたいにビーンと硬直する。

 奥ゆかしい日本人として、この光景は何度見ても『おおー、さすが外国人』と感じてしまう代物だ。


 …………ただ、その。


「ぎゅ~~~~」

「あの……リーナちゃん?」

「あふぅ……」

「そ、そろそろ離れてもいいんじゃない……?」


 今回のハグは、一段と長い。

 まるで帰りを待ち侘びた飼い主に甘え続けるペットのように、リーナが身体を離す気配がない。


「えっと………………チラっ」


 委員長の視線がオレに飛んできた。

 その目が「へるぷみー」と訴えていたので『その調子だ』とサムズアップで帰してやる。

 

 その後。


「やっぱりアレはおかしいですよ! あと佐倉崎くん、なんでさっき助けてくれなかったんですか最低です!」


 さすがに授業が始まる前に解放された委員長だったが、その後の休み時間になったらぷりぷりしながらオレに文句を言ってきた。

結局分かったのは『リーナが変』というのみで原因までは判明していない。


 こりゃもっと真剣に考えた方がいいかもしれん。

 そう考えたオレは、信頼のおける人物に助言を求めてみたのである。


「そんなわけで、母さんのご意見を伺いたく」

「あらあら、リーナちゃんの元気がない理由ぅ?」


 真剣に考えた結果。

 オレが相談した相手は、最も家庭内を把握しているウチの母さんだった。

身近にいる人物で最も年をとっているこの人ならば学生ズでは気づかない点も把握してる可能性は高いのだ。


 話しをリーナに知られると気まずいので、相談は母さんの部屋で行なった。ついでに姫奈に協力してもらってリーナには軽く出掛けてもらっている。報酬は近所の美味しいケーキだ。


「そうねぇ……。まず言える事としては」

「うん」

「我が子の回りくどさと鈍感ぶりに呆れるわ」

「何故オレがディスられる?」


「あのねぇ和頼くん。お母さんを頼ってくれたのは嬉しいけれど、あなたが最初にすべきはリーナちゃんと直接お話をすることじゃない?」

「いやいや、オレが話を訊いてもリーナは話したがらないだろ」

「どうして?」


「そりゃあ仲良くなった女友達相手にも悩みを打ち明けてくれないからさ。あと、あいつは困ったりや気になったり、なんか用があればいつもオレに訊いてくれるだろ? 今回何も訊いてこないって事は、オレじゃ役に立たないものが原因で――」

「てい!」


 掛け声の割に全然威力のないチョップが頭に振り下ろされた。


「あにすんだよ」

「そんな考え方のままじゃくすくす一直線よ」


 オレのくすくす状態を知っている母さんが、ある意味最もダメージが入るお叱りを投げかけてくる。


「…………そんなにダメか?」

「そんなにダメでもないわ。けど、和頼くんは自分を卑下し過ぎよ」


 やれやれと首を振る母さん。

 だがその表情はすぐに慈愛に満ちた微笑みへと変わっていく。


「どうして自分が役に立たないって思ったの? リーナちゃんがあなたに直接そう伝えたのかしら? 違うわよね、あの子がそんなこと言うはずないもの。つまり和頼くんが自分でそう思ってるだけでしょう?」

「…………」


「役に立たないから、仲良くないから、頼り甲斐がないから話してくれない、そんな時もあるでしょう。けれどね、逆もあるのよ?」

「逆? なんだよその逆ってのは」

「身近にいる大事な人であればあるほど、話せないし隠そうとする時よ」


 衝撃が、走った。


「リーナちゃんの懐きっぷりを見れば一目瞭然じゃない。あの子が和頼くん以上に一緒に過ごしてて頼りにしてた人なんていなかったでしょう」

「でも、最近はちょっと避けられてる気がするぞ。前はもっとベタベタひっついてきてて――」


「じゃあ、そこよ」

「どこだよ」


「ひっついてたのに避けられているような気がするのでしょう? だったらそこについてリーナちゃんに訊いてみればいいじゃない」

「…………それ、場合によっちゃオレがひどいダメージを負わないか」

「あらあら、ひどいダメージを負うかもしれないぐらいリーナちゃんを気にしてるのね。お母さん嬉しいわ」

「他人事だと思ってない?」

「まさかッ。愛する息子と娘のように想っている子がもっと仲良しになりそうで、胸がドキドキしてるわ」


 くすりと笑う母さん。

 なんだか重要な意見を貰えたんだか、からかわれたのか分からない。

 ただ、少なくとも。

オレがこれ以上くすくすしないために進む道は見えた気がした。


「ありがとう、もう十分だ」

「最後にひとつだけ聞いてもらえる?」

「うん?」

「なんだかんだ大丈夫そうでも、やっぱり遠い異国に行くっていうのは大変なものよ。それを忘れずにね」


 いいアドバイスだ。本当にそう思う。

 結局、母さんはオレよりもずっと周りが見えているのだろう。


 オレは本当にまだまだくすくすだなぁ――。

 未熟者のため息を吐きながらも、オレはその日の内に行動を開始した。

 

「リーナ、ちょっといいか。話しがあるんだ」


 リーナの部屋のドアをコンコンと叩きながら声をかける。

 すぐに反応してくれたリーナは、変わらずアンニュイな表情でドアを開けてくれた。


「モイ、和頼。なになにどしたの。好きなアニメの話しがしたいとか?」

「そっち系の話題――には多分ならないと思う。部屋に入っていいか? あ、別にお前の部屋じゃなきゃ出来ない話しでもないから、場所はどこでもいいんだが」


 入っていいか聞いといてアレだが。

 リーナからすれば男のオレが部屋に入るのは抵抗があるかもしれない。そんな考えからの言葉だったのだが。


「じゃあワタシの部屋は散らかってるから、和頼の部屋で話そっか」

「〝えッ」


 予想外の提案だ。

オレは慌てて時間を貰って掃除をした。

 年頃の男子学生の部屋というものは同年代の女子を呼ぶのにこれっぽっちも適していない。見られると恥ずかしい物が無造作に転がってたりするからだ。


「ぜぇぜぇ……ま、待たせたな。もう部屋に来てもらって大丈夫だぞ」

「えっちな本はベッドの下に隠したの?」

「ソンナコトナイヨ」


 こいつっ、エスパーか何かか。

 いや、オレは別に隠してないですけどね?


「女の子が気軽にそういう事を言っちゃいけないぞ?」

「え~、別にワタシはそういうの気にしないよ~? あ、それともワタシがドン引きする性癖まみれだったりするの」

「そうだな。北欧系爆乳少女のあられもない姿満載のエロ本なんて見られたら大変だ」

「リアリー!!?」

「もちろん冗談だ。……待て待て、疑わしい者を蔑むような目を向けるな。ちょっとしたジョークだよジョーク」


 こないだ教えてもらったのだが、今のリーナのように軽蔑や不信感いっぱいの目をジト目というらしい。

 中々可愛いと感じてしまうオレは変なのだろうか。

ともあれ、ひとまずはリーナを部屋に招き入れる。


「殺風景だね。和頼は断捨離中なの?」

「あまり使わない物を押入れに突っ込んでるだけだよ」


 これは嘘ではない。雑多ではあるが、これまで自分だけのキラキラを見つけるために色々トライしてきた成果は確かに眠っているのだから。

 まあ……机と椅子、ベッドと小さな本棚程度しか家具は無いし、壁に何か飾ってるわけでもない。

そんな部屋はリーナの感性だと面白みは少ないだろう。


「適当に座って」

「うい~」


 返事をしたリーナが腰かけたのはベッドの端だ。

 なんで真っ先に一番危うそうな場所に行くんかねコイツは。

まさか誘ってる?

……訳はないか。

 オレは向かい合うような形で床に座った。


「…………」

「どうした?」

「ううん、この部屋は和頼の匂いがいっぱいするなーって」


 だから!

コメントに困るっつうの!


「それでどんなお話しがしたいの?」

「あ、ああ。実はそんなに大したことじゃないかもしれない……というか、そうだといいんだが」


「んー?」

「お前さ。最近元気が無いだろ。なんだろ、前みたいにキラキラしてないっつーか、何か悩んでるんじゃないかと」


 一瞬、リーナが押し黙る。

 その際に強張りをオレは見逃さなかった。


「……そんなことないよ~。ワタシはいつでも元気いっぱいキラキラウーマンでしょ♪」

「それならそれでいいさ。でも、そうじゃないなら話して欲しい。一緒に大事なジョーネツレフティオを達成していったオレとお前の仲だろ」


 特段考えて用意した言葉ではなかった。

 実際そうだし、自然と口から出た本心でしかない。


 しかし、何がどういうわけか。

 オレの発した言葉はとんでもない威力でリーナにぶっ刺さってしまったようで。


「…………あ」

「本当に何もないのか?」

「……ッ……ッッ……ッッッ」

「うおいどうした!? そんなになるまで重い事情があるのか?!」


 リーナの瞳からポロポロと涙が零れたのを皮きりに、泣き笑い→ぼろ泣きへとすごいスピードでリーナの表情が変化していく。


 そんなもん目の当たりにしたくすくす男子に上手く慰める手段があるはずもなく、あわあわするしかないのが非常にカッコ悪い。


「お、落ち着けリーナ! いやもし吐き出したい物があるんだったら全部吐いてくれていいぞ! もしや誰かに嫌がらせでもされたか!? あるいは日本の闇を知ってショックだったとか!? そういや道晃が話してたんだが、人気作品映画の公開日が延期になったらしいがソレ関連か!!?」


 リーナを中心に超下手くそな半円一人マイムマイムをするかのように身振り手振りを交えて慰めようとしたが、当然ながらあんまり効果は無い。

もう何をしたらいいのか全然わからんプチパニック状態になったオレに残された手段は、部屋にあった綺麗なタオルを渡してあげるくらいだった。


「よ、良し! 何かして欲しいことがあったらなんでも言ってみてくれ! アレか、ひとまず泣き顔が見えないよう一旦部屋から出てくか!?」

「…………なんでも。今、なんでもするって言ったの?」

「おう!」


 正確には『なんでもする』ではなく『なんでも言ってくれ』だが、慌てふためくオレにその差異を理解する思考回路は残っているはずも無かった。



「……ええい!!」

「ォ、イ!?」


 ラグビーのタックルばりな勢いで胸に飛び込んできたリーナを、反射的に受け止めるしかなかった。


「ぎゅ~ってして」

「は?」

「なんでもやってくれるって言ったよ。だから、いっぱいハグして」

「いやしかしだな」


「ダメ?」

「………………ダメ、ではない」


 むしろもっと無茶な要求に比べれば、こんなのリーナ的には挨拶みたいなものだろう。そんな物でいいなら幾らでもしてやるってものだ。

この際、思春期の健全な煩悩には全力で蓋をする気概でいかせてもらう。


 いいか?

間違いを犯すなよ、オレの男心よ!!


 念入りに覚悟を決めて、行き場のなかった両腕でリーナの全身を包むように抱きしめる。

 柔らかいわいい匂いがするわ程よくあったかいわで色々大変だ。リーナがぐすぐすしてなかったらもっとすごい大変だったろうな。

ああダメだ語彙と思考が馬鹿になってるわコレ。


 それでも。

 それでもだ。

 少しでもオレにそうして欲しいと願ってくれたのなら、応えたかった。


「……ぐすん」

「よしよーし、たんとお泣き」


 自分がおばあちゃんになったつもりでハグを続け、時折ポンポンと背中を叩いてやることしばし。

この間、ずーーーーっとオレの身体にはワールドクラスなぽよんぽよんを初めとしたあっちやこっちが接触してたのだが、おばあちゃんスタイルが功を奏して理性が吹っ飛びはしなかった。


「ご、ごめんね……和頼。こんなに慰めてもらっちゃって」

「いい、いい。なーんも気にすんな」

「……キートス」


 しばらくはそのままだった。

 その内――さすがに時間をかけて泣いた分落ち着いたようで、ぬくもりが離れていく。さっきまで見えていなかった顔には涙の跡が残ってはいたものの、どこかスッキリしたように感じられた。

すぐにオレの胸に頭をぐりぐりと押し付けはじめたので、あまり長く確認はできなかったが……。


「少しは元気になったなら良かったよ」

「うぃ~」

「んで、話しを戻すんだが。一体何がどうしてそうなったんだ?」

「それは……」


 リーナがもじもじと言いづらそうにするが、そこを話してもらえないことにはしょうがない。本当に話したくないとあれば諦めもするが、雰囲気からして話すかどうか迷っているようだった。


 なので一押しをする。


「安心してくれ、リーナが秘密にして欲しいなら絶対誰にも言わない。それにもしオレには言えないってんなら母さんか姫奈に代わってもらう」

「うぅ~…………絶対?」

「絶対絶対」

「……笑ったら怒っちゃうよ?」

「は? なんだそれ。オレのツボに刺さるような理由なのか?」

「そ、そういう訳じゃないよ。ただその、和頼に笑われたらショックだから」

「よくわからんが……ま、話してみ」


「じ、実は――――」



 これまでの元気がなかった理由を、リーナはまごまごしながらもゆっくり教えてくれた。

 急に泣きたいぐらい寂しくなる。

 故郷を思い出す時間が増えた。

 

――そこから導き出される答えは。


「それってホームシックじゃね?」

「うぅ~、やっぱりそうなのかな~……でも別にワタシは日本に来てから不満なんてないのにぃ」


「ホームシックになる原因なんて人それぞれだろ。理由がハッキリしてる時もあればそうじゃない時もあるし、どの時期になるかも人による」

「……ああ~、まさか憧れの日本に来てこんな風になるなんて……は、恥ずかしいよぉ~」


 もそもそとベッドの上に乗った後にタオルケットで全身をすっぽり隠すリーナ。怒られた時の子供が隠れるような行動が可愛すぎて、ちょっとだけ笑ってしまう。


「ああ!? い、今笑ったでしょう!! さっき絶対笑わないって言ったのに、約束破るのが早すぎだよ!!」

「違う違う。今のはホームシックに笑ったんじゃなくて、お前の隠れ方が面白かったからだ。昔、姫奈もそんな風に隠れてたのを思い出してな」


「ほんとうにぃ~?」

「嘘なんてついてどうする。リーナがホームシックになったからなんて理由で、オレが笑うことは絶対にないさ」


「言い切るんだ」

「オレもなったことあるからな。だからどうしようもない淋しさってのは分かるつもりだ」


 リーナがちょっと驚いた感じで、タオルケットから顔を覗かせる。

 改めてオレは嘘偽りはないと証明するように、しっかり彼女と目を合わせた。


「にしてもホームシックか。それならそうと早めに相談してくれても良かったんだぞ? オレはてっきりもっと深刻な原因があるのかと……」

「か、和頼に『ワタシ、ホームシックになっちゃったよ』なんて簡単には言えないでしょ! 心配かけちゃうじゃない!」


「そうかそうか。オレはお前に嫌われて避けられてるのかと思ったぞ」

「なんでワタシが和頼を嫌いになるの!??」

「いやー、なんか微妙に距離を取ってたしハグの頻度も減ったろ。その割には委員長や姫奈に抱き着く時間は長くなってたから」


 ハグの頻度が減ったから。

口に出すとなんてアホっぽい気づきなのだろうか。

 こんなんバカップルだって早々ないだろ。


「あ、あれだって……ちゃんと理由があるからで」

「どんな?」

「…………ホームシックになると、無性に寂しくなるでしょ」

「だな」


「だから……寂しさを紛らわせるために人肌恋しくて……ハグするとたくさん安心するダカラ」

「あー……それでさすがに男のオレとハグすると外聞が悪いから、委員長達にしてたと」


「ノー。今の状態で和頼とハグしちゃったら、離れたくなさすぎてずーーーーっと甘えちゃうからだよ。ワタシ、和頼が超好きだから」

「お、おぅ」


 またコイツはそういう発言を。

 びっくりしたわぁ。

 びっくりしすぎて『コアラかよ』と突っ込めなかったわぁ。


「もーーーすんごい我慢してたんだよ。ちょっとでも手が触れただけでも我慢できなくなりそうなくらい! この前偶然に触れあった時に抑えられた自分を褒めてあげたよ!」

「この前って、リモコン取ろうとした時にぶつかったアレか」


 なるほど?

 リーナの発言をそのまま受け取るのであれば、一見オレを避けてるように見えた行動は我慢のあらわれだったと。


「えへへ、ごめんね♪ でも、もう大丈夫。たった今たーっぷりハグして貰ったから、元気充填百パーセントだよ♪」

「いや、ホームシックがその程度で解決するなら苦労はな――」

「和頼」

 

 ふにゃふにゃした口調ではない。

いつになく真面目なトーンで名前を呼ばれる。


「ワタシは、色々考えた上で日本に来たの。ちゃんと勉強して、クラスメイトや友達と絆を育んで、ジョーネツレフティオも可能な限り達成する。だからホームシックなんかに負けてられないんだよ」

「リーナ……」

「和頼にサポートしてもらえるのは本当に助かってる。でも、あんまり頼りすぎるのも良くないよ。優しい和頼にから甘えちゃうのが癖になったら後で困っちゃうかもしれないし、ワタシのせいで和頼の時間を奪っちゃうカラ」


「オレは困ってなんかないぞ」

「えへへ、そういってくれると不安にならなくて済むよ。……うん! ありがとう、和頼。もう十分助けてもらったから、そんなに気にしないで!」


「……それでいいのか?」

「うん♪」


 そう言われてしまったら、この場でオレにかけられる言葉はあまり無い。

 ひとまずリーナの元気がない理由は分かったのだから、今回はそれで良しとするべきか。


「分かった。でも、何かあれば話してくれ。迷惑なんてこれっぽっちもかからないんだから」

「うい! あ、でも……せっかくだからもう一回お願いしようカナ」


 何か悪戯を企んでいる子供のように「にひひ♪」と口角を上げたリーナが、再びオレに正面から抱き着いてくる。


「もう少しだけ、こうしてて欲しいヨ。そしたらもう寂しくないから」

「なんなら寝る時も添い寝してやろうか?」

「わお、それもアリだね♪」


 普通なら言語道断と怒られそうなオレの軽口も、リーナは軽く受け流してしまった。まあ本当に添い寝を所望されたら焦るのはオレだし、リーナがそういう受けごたえをするのを見越しての発言だったんだが。


 ちょっと……いや、大分惜しい気持ちだ。

 身勝手な男子高校生で済まん。


 健全な男としては、リーナのような可愛い子にくっつかれる状況というのは喜びが勝手に沸いてくるものなんだ。


「か~ず~よ~り~、もっとしっかりハグして欲しいよ~」

「よしきた」


 合意の上なら何も問題のないオールグリーンだ。

 この際なのでオレも我慢を一旦緩めて、滅多にない長すぎる至福のハグを堪能しようか。



 ――などと考えたのが良くなかったのか。



「おにぃー、ケーキ食べよー。おにぃが買ってきた美味しいケーキ屋さんのヤツどれが食べたいか皆で決めた方がいい、か、ら…………?」


 いきなり、姫奈が部屋のドアをバーン! と開け放った。

 ノックも何もなかったためにオレに対応する術はなく、よりにもよって誤解しか生みかねないタイミングで、妹に抱き合ってるところを目撃されてしまったのだ。


「……え、えっと……あ、ああそうだ! あたしちょっとコンビニで買いたい物があるんだった~。いやー思い出して良かったなー。あ、いっそのことお母さんに車出してもらって色々買い足すのもありかも! こりゃ二時間はかかるかもしれないわ。じゃ、そういうことだから……えと、ごゆっくり~?」


「ド下手クソな気遣いをするぐらいならさっさと立ち去れ」

「あ、ひっどーい! せっかく可愛い妹が気を効かせてあげようとしてるのになんたる言い草! ってゆうか、別におにぃに気を遣ってるんじゃないから! このあとおっぱじまるであろう兄と姉のような人のイヤンな声なんて聞こえた日には恥ずかしさで死ねるからなんだからね!!」

「安心しろ、誤解だから」


「うそうそ絶対うーそ―! だって今正に男と女の野生の王国がパオーン!!って始まりそうな雰囲気だったじゃん! 甘酸っぱさのレッドラインを通り越して淫らでふしだらな愛の大交流会がさあ!!」

「なにその意味わからん抽象的表現の嵐!? 誤解だつってるだろが!! ほらリーナもなにか姫奈に言ってやれ。オレ達は決してそういうことをしてたわけじゃないってな」 


 オレの言うことは信じられんでも、リーナなら通じるだろう。

 そう考えての行動だったのだが。


「そうだよ姫奈! 和頼がパオーンなんてするわけないよ!」

「うんうん」


 言い方はアレだが、その調子だ。


「ただ一方的にワタシが頼んだだけ! このままだと心が寂しくて寂しくて泣いちゃいそうだから、出来るだけ長く抱きしめてって。二回お願いしただけ! ワタシが一方的かつ強引にお願いワタシを慰めてっておねだりしたの!!」

「「〝なっ」」


 リーナの発言に兄妹揃って濁った呻き声が飛び出す。

 よりにもよってこんな時に使い方のおかしい日本語力が発動し、狙いすましたかのように意味深になってしまうとは。。


 あまりにもショックを受けたのか。

 姫奈がよろよろと後ずさりながら、扉の向こうに消えていく。

 直後。


「お、おかあさーーーーん!! おにぃとリーナお姉ちゃんが秘密の爛れた関係を絶賛構築しちゃってるよおおおおおお!!」


 どたどたと走りながら母親に報告するアホが爆誕した。

 誤解を解くどころか、状況は悪化の一途だ。


「リーナ……お前ってやつは」


 なんでそうも絶妙なデンジャゾーンを踏み抜けるんだろうか。

 さっきの熱意あふれるリーナの発言を耳にした姫奈は、きっと想像以上にオレ達の関係がイヤンな方向へ進んでいると思ったことだろう。


「ワタシなりに訴えたつもりだたけど……どこかおかしかった?」


 悪気ゼロでそう言われてしまっては――もう何も言えない。



◆情熱レフティオの達成項目◆


 ――ホームシックになってしまう。

 元々の達成項目無し。一回休み。

 ……あえて付けるなら、


☑ホームシックにかかる(※とても悲しい)




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