北欧からホームステイ
==冒頭
オレがまだ小さい頃。
元気すぎるサンタクロースとお手伝い妖精のトントゥに出会った。
『ふぉふぉふぉ! こんにちは和頼少年。良い子にしてたかい!』
寡黙なトントゥを引き連れたサンタは陽気な婆ちゃんで、初対面の少年に熱烈なハグ&高い高―いの後にぶん回しをかました。インパクト抜群でフレンドリー。その行動は言葉の通じない異国で不安がっている俺の目と心を秒速で奪い、キラキラ輝いて見えたものだ。
以来、その豪快なサンタを恩師と仰ぐオレは短い間に色々と面倒を見てもらった。小さい頃の話なので大分記憶は薄れてしまっているが、それでも強く印象に残っている言葉がある。
『いいかい? あんただけの情熱を見つけるんだ、それもとびきりキラキラしたヤツ。それさえありゃ誰だって笑って過ごせるもんさ』
そんな恩師の名言に倣って、オレは自分だけの情熱を探している。
まあ……高校生になった今でも見つかっていないが……。
いつか自分の内からとてもキラキラしたものが見つかると信じて。
――そんなオレは、なんとアホなのか。
そのキラキラが内からではなく外から――それも唐突に来る可能性を失念していたのだから。
いやでも、無理もないなとも思うのだ。
例えば遠く離れた外国から来日した、メガトン級の情熱を持つ北欧美少女。
そんな少女と過ごす驚きの日々が、キラキラ輝く切っ掛けに繋がるなんて未来予想図にあるわけない。
そう、あるわけないだろ!! って話なのだから。
けれど、あの時にはその『あるわけない』が始まっていたのだ。
胸に秘めた大きな情熱を具現化した手帳を片手に――あいつと一緒に駆け回る。
とびきりキラキラした情熱の日々が。
==プロローグ①出会い
『親愛なる佐倉崎 和頼殿へ。もう少しで着くからのんびりしてて!』
「……あー」
手元のスマホに表示されたメッセージを読みながら春の空を見上げる。
少々バスが遅れている影響で、こっちに向かっている友人が到着するのはまだ先になりそうだ。
待ち合わせ場所にした駅前は、春休みなのもあって人通りは多い方。きっと誰もが残り少ない連休を楽しもうとしているのだろう。家族連れや学生らしき若者の、まぁ多いこと多いこと。
かくいうオレも付き合いの長い友人と大した予定も立てずに遊びに出掛けようとしているので、大した違いはない。
……そう、無いはずなのだが。
「なんだろうなぁ。どうしてあんなにキラキラしてるんだろうか」
暖かな太陽の光。
心地よく肌を撫でる風。
栄えている駅前の広場に咲き誇り、時に舞い散る桜の花。
THE・春。
存在する空間は同じはずなのに、オレは疎外感のようなものを感じてしまっていた。
油断するとすぐコレだ。気にしすぎなのは分かっているが、気になってしまうのだからどうしようもない。道行く人達をぼーっと眺めているだけで、その誰しもに大小違いはあれどキラキラしたものを感じてしまう。
一方オレはと言えば、キラキラの逆。
一言でまとめると、とても『くすくす』している。
オレの恩師が教えてくれたくすんでいる・くすぶっている奴を表している言葉は、今も忘れられずにオレの中に残っている。
「…………早くなんとかしたいもんだ」
ひとまずは、だ。
根本的な解決にはならないが、陰鬱にならないためにも友人と一緒に遊びに繰り出したい。
でも、その前に飲み物でも買って気分と喉をリフレッシュするか。
近くのカフェに移動して、桜色の香りがする見栄えのいい飲み物をテイクアウト。再び待ち合わせ場所へ向かおうとしたその矢先。
「おっ?」
「あうち!」
店の入口にある自動ドアを出て曲がった瞬間に、胸辺りにボスッと衝撃がきた。
つうかあうち? あうちって言ったかいま?
オレにはまったく大したダメージはなかったのだが、どうやらぶつかったのは人の頭だったようで、視線を下げた先にはふらついている頭部があった。
「うおっと!?」
そのまま後ろに倒れそうになった相手を反射的に支えようと、慌てて背中に腕を回す。だが、相手がコケるのは避けられたものの荷物まではどうにもならなかった。引いていたとおぼしきキャリーケースがガコーン! と盛大に倒れ、ついでに相手の持っていた小さなバックが飛んでった際に中身が散らばってしまう。
「すまん! 大丈夫……いや、大丈夫じゃないな。すぐに拾うから」
謝りながらぶつかった相手を助け起こす。
そこでようやくオレは目の前の人物の姿をしっかり確認できたのだが……一瞬言葉を失った。
「そり!! こちらこそ前方不注意のとんだご迷惑を――」
一言でまとめるなら、そこに居たのはとんでもない美人さんだった。
それもただの美人ではない。とても日本人離れした風体の外国人美少女だ。
この辺では全く見ることのない異国情緒を感じるカラフルな模様の服。
そのまばゆい黄金のような長い髪はそよ風で揺れているだけで美しい。目元は衣服とはミスマッチすぎる黒いサングラスで見えないが、それでも整った顔立ちの美貌が霞むことはない。むしろ見えないことでどんな目をしているのかドキドキしながら想像してしまいそうだ。
すらっとした細い腕の先ではキャリーケースが引かれていたようで、旅行者か何かだろうか。まさか撮影のために訪れた外国人モデルさん――と、勝手な想像をしながら非常に女の子らしい見事なボディに注目しそうになって……「ハッ」と気づき、なんとか目を逸らした。
どこのどなたか存じあげるはずもないが、さすがにワールドクラスに膨らんでいるビッグなバストを凝視するのは良くない。「うぉ、でっか」とか冗談でも口にしようもんなら銃で撃たれても文句は言えないだろう。
とにかく!
何が言いたいかと言えば、くすくすしている学生では伝えきるのが難しすぎるレベルの美少女がすぐ目の前にいるって話だ。
そんな少女がほぼ違和感のない流暢な日本語を口にしたのだから、続けて二度ビックリしてしまう。「そり!」と聞こえたが、多分そーりー――要は「ごめん」って意味だよな?
「こ、こっちこそソーリ―?」
せめてもの謝罪の気持ちが伝わればと上手くもない謝罪を口にしながら、舗装された歩道に散らばった物を素早く拾い集める。持ち主たる彼女も拾うために屈んでくれたのだが、何やらふらふら~と前のめりにコケそうになっていて罪悪感が倍増されてしまう。
よくわからんが相手はかなり疲れているようだ。キャリーケースからしてどこぞへ旅行してきた帰り道なのかもしれない。
「いいよ、そこの壁沿いで休んでてくれ。すぐに終わるから」
「あ、ありがとぅ」
小さな驚きと感謝を感じさせるような言葉を聞きながら、さっさっと荷物を拾いあげていく。ペンにハンカチ、メガネケースに包装された飴に……それから。
(……手帳か?)
かなり古い装飾のボロボロなソレが何か、最初はわからなかった。
なのにどうして手帳と判断したのかと言えば、手に取ってみた際にどこか温かみのある紙の感触があったからだ。
「ほい。これで全部だと思うが」
「うぃ!」
まとめて手渡すと、外国人美少女はパァ~~と明るく微笑みながら鞄の中に拾った物達を放り込んでいく。やや雑な扱いから大して大事な物でもなかったか? などと邪推してしまったが、その中でも古めかしい手帳だけはとても優しく丁寧に扱っていたので本当に大切な物だった可能性が高い。
「改めてごめんな。ぶつかっちまって悪かったよ」
「ノーノ―ですよ! ぶつかったのはお互い様ですから! むしろフラついていた分、こっちの方が申し訳なかったといいますか……ばらまいてしまった荷物を全部拾ってまでもらって、感謝感激です!」
「お、おお、そうか。そこまで言ってもらえる立場じゃないんだが」
「ご謙遜なさるな! やっぱり日本人はとても優しくて、いい人ですね!」
ご謙遜なさるな……? 変わった言い回しだが。
個人的な感覚ではあるが、文句のひとつやふたつは言われてもおかしくはないくらいの構えでいたオレは、なんともまあ逆に褒められてしまい困惑と照れが入り混じった気持ちになってしまう。
でも、同年代の可愛い子にそう言って貰えて悪い気分になる男は皆無だろう。
……とはいえ、いい人という表現は誤解だ。
「オレがぶつかったせいで大事な荷物が散らばったんだ。せめてもの詫びに拾うぐらいはするさ」
「大事な、わび?」
小首を傾げる少女。
それだけで一枚の絵になりそうな可愛らしさがあふれだす。ただ、そこに「意味が分からない」といった雰囲気が混じっているのは何故だろうか。
「違ったか? その手帳、あんたにとってかなり大事な物なんだろ」
「はい、これはとても大切な物ですネ! 詫び?で拾ってくれてサンキューです」
少しだけ独特のイントネーションの言葉とそれに交じる「ちょっと分からん」といったご様子。ふたつが合わさって、オレは「あっ」と納得した。
かなり流暢な日本語を話しているので一足飛びで意識外に出てしまったのだが、相手はそもそも外国の子だ。
『詫び』なんて日本語の意味が、上手く伝わるはずもないわけだ。
「すまん、言い方が悪かった。詫びってのは……えーっと、迷惑かけたから謝るための誠意を示す意味があって――分かるか?」
「大丈夫!」
「なら良かった」
オレの拙い説明(身振り手振り付き)が変だったのか。外国人美少女さんはサングラスで目元が見えていないにも関わらず分かるほどに、顔を緩ませているが分かる程に笑っているようだ。
「あ!?」
「どうした?」
「すいません、今のお話からすると私もあなたにわびないといけません!!」
「いや、その必要はないぞ」
オレの左手を両手で握られて詫びようとする女の子は大分慌てている。
しかしオレは物をぶちまけてもなければ、怪我もしていない。
手に持っていた飲み物が無いのは、さっき彼女の荷物を拾う時に道端に置いたからであって至って無事――。
――コツン。ばしゃあ。
「あ」
訂正。
今、オレの足が飲み物を蹴っ飛ばしたので無事ではなくなった。
「ご、ごめんなさ!? 私が不用意に近づいたからですね?!」
「いや、そんなことないから」
言えんだろさすがに。
あんたみたいな美人さんに触れられて、ちょっとびっくりして後ずさったからなんてこうなったなんて。あと大ボリュームの胸が当たりそうだったので触れないよう気を付けたとか。
がっつりセクハラで訴えられそうじゃないか。
「ほんとに気にしないでいいって。どうしてもって言うなら、おあいこって事にでもしよう。な?」
「ダメです! こういう事は後腐れ内容に両者合意の上で落としどころへ持って行き、キッチリ片を付けないとならん。そう教わりました!」
誰だよこの子にそんな極道か商売人のような教えを施したのは。
つうか詫びにピンと来ないのに、そっちは変に詳しいのな。ビジュアルと言ってる事がミスマッチすぎてなんともシュールだ。
「いいっていいって。それよりせっかく日本に旅行に来たんだろ? オレなんかに構ってたら時間が勿体ないぞ」
「時間? ……ほわあああああ!!? そうでした、時間通りに行かなきゃいけないんでした!」
「お、おお。それなら早く行くといい」
「う、うぅ……しかし、でもぉ」
ちらちらと腕時計とオレの顔を見比べる女の子。ただ慌てているだけのはずなのに、葛藤の強弱や動きの静動がコロコロと入れ替わっており見てて飽きない。
が。
このままじゃ埒があかないだろうから、オレは握られていた手を放してからこぼした飲み物を片付けて「じゃ、これで」と手を挙げて去ろうとする。
「待ってください!!」
今度はガシッと捕まえられてしまった。
ただ、そのまま強く引き留められたわけじゃない。彼女は何やら急いでカードのような物を取り出して、オレに握らせる。
カードの正体は……名刺のようだった。
「ソレにアドレスが載っていますので、後で連絡してください! 次に会う時には必ずオトシマエをつけますので」
「マジかよ」
オレは後々オトシマエをつけなきゃならんレベルでやらかしてたというのか。
これが外国流……。
「いいですか、絶対連絡してくださいね! でないと――」
「でないと?」
「とっっっっってもご立腹になりますから!!」
「お、おおっ」
連絡しなければオレを怒ることも出来ないと思うんだが、その辺はどう考えているのだろうか。名前も名乗っていないのだから、顔と背格好だけで探し当てるとでもいうのか? もしそんなことが可能なら一般的な個人の力を大きく超えているぞ。
まさか、ガチで裏社会の関係者……なんてことない、よな? 万が一そうだとしたらどこぞの海に沈されるなんてハメになったりして。
――ハッハッハ、洒落になんねえって!?
「ではまた!」
しゅたっと手を挙げて、外国人美少女がキャスターケースをゴロゴロ鳴らしながら去っていく。その移動はどこかフラついて危なっかしく、見送るこっちがハラハラするものだったが……さすがにこれ以上何かするのもお節介というものだろう。
なので、せめてもの声だけをかけることにした。
「急いで遠くに行きたいなら、バスかタクシーを使うといいぞ! ターミナルが近いからすぐに乗れる!」
「おーけいっ!」
「それから!」
「??」
最後に、しっかりと聞こえるように声を張り上げる。
「良い旅を!!」
せっかくあんなにも希望と夢いっぱいでキラキラしているのだから、どれくらいの旅行なのかはわからないが滞在している間は良い時間を過ごして欲しい。
そんな、おそらくはありふれたお見送りに対して、キラキラした女の子はさらに輝きを増しながら返事をしてくれた。
「Kiitos (キートス)♪」
思いがけない小さな出会いは、こうして終わった。
キラキラした女の子は見えなくなり、あとにはくすくすしているオレだけが残る。
「なんとも珍しい体験だったな。あ、そろそろ道晃も着く頃か」
元々待ち合わせをしていた友人との待ち合わせ場所に向かいながら、さっきのインパクト特大な外国人美少女とのやり取りを振り返る。
強引に渡された彼女の名刺が、さっきの出会いが夢幻ではなく実際に起きた出来事なのだと告げているようだった。
「連絡……か。あとで適当にしてもいいが」
それにしても、と名刺に書かれた文字を眺めながら思い返す。
「最後に返してくれたあの言葉は――」
絶対英語じゃないよな。キートスだっけ?
びみょーーーに聞き覚えがあるような気がしないでもないが。
どちらの異国の言葉なのか。その意味は?
調べれば多少はわかるんだろうが……どうせなら次に話す時に訊いてみるのもいいかもしれない。
何故なら、その方がよりキラキラできそうな気がするから。
勝手な期待をしながら、オレはのんびりと友人が来るであろう方向へと道を進んで行く。
そんな頭の中は、少女との出会いと別れでいっぱいだった。
==②お早い再会
「ただいまー」
家に帰ってきた時には、遠くの空が夕日の色に染まっていた。
玄関で靴を脱ぐためにかがみこんだ際に、見慣れない女物の靴が目に入る。
「姫奈の友達が来てるのか」
中学生の妹が友達を呼ぶのはよくある事だ。リビングから楽し気な話し声も聞こえてくる。素通りして自室に行けなくもないが、つれない態度を取ると今よりもっとくすくす状態が悪化する気がするな。
そう判断して、リビングに顔を出す。
「ういっす。玄関まで声が届いてるけど、どんな面白い話しをしてたんだ?」
そこでようやく、オレは自分の予想が大外れだったと知った。
「おかえりなさい、和頼くん」
「あっ、おかえりーおにぃ」
最初に反応してくれたのがウチの母さん。
続いたのはウチの妹。
ここまではいい。いつも通りだから。
「モイ♪ お帰りなさいませ~!」
三人目の声がした方へ向いた瞬間、オレの心に大きな稲妻が落ちた。
そんなアホな事があるか? と大きな疑念を抱きながら、目元をごしごしとこする。
しかし確かにリビングのソファーに座っているその人物は実在した。
姫奈の友達ではない。中学生にしては身長も高く、女の子としての各部位が立派に成長しすぎだ。ここまで日本人離れした容姿の持ち主を妹が我が家に連れてきたことは一度も無い。
「な……なんであんたが?」
「はい? ……………………ああ!!?」
見覚えがありすぎる少女が、しげしげとオレの顔を確認した後にガタン! と大きな音をたてて立ち上がる。
外国人ならではの美しいプラチナブロンドが、ふわっと浮いた。
「よく見れば、いつぞやぶつかった人ではありませんか!! なんて奇遇なんでしょう、まさかワタシを追ってここまで来てくれたんですか?」
「さすがにそれはな――――」
「お兄ってばストーカーに目覚めたの? いくら相手が可愛くても、家族としては見て見ぬふりできないなぁ」
「…………ほんとなの和頼くん?」
「話を変な方向に広げるな姫奈。あと母さんはもう少し息子を信じてくれ」
「ああ、なんてことでしょう。とにかく今はこの運命の再会を喜び合いましょうね♪」
「あんたはもう少しこの状況を気にしてくれ!?」
「んふー?」
尻尾ぶんぶんな人懐っこい犬の如き雰囲気で首を傾げられても困る。
ともあれ、オレは自身の驚きを解消したい気持ちでいっぱいだった。だからこの中で最も落ち着いて話ができそうな相手である母親に話しを振る。
「この子は母さんの知り合いか?」
「あらあら、確かに彼女は母さんの知り合いだけど……和頼くんにはもっとちゃんと挨拶して欲しいわぁ」
「どういうこった」
「どうもこうも、これからしばらく一緒に暮らす相手なんだから当然じゃないかしら」
「???」
「あらやだこの子ったら。ど忘れするには早すぎるわよ、前から伝えてたじゃない」
こほん。
母さんが軽い咳払いで間をあけてから、見知らぬ外国人美少女を示す。
「こちらは遠く離れた北欧から来日した大切なお客様で」
そのお客様とやらが『えへへ♪』と照れながらめっちゃイイ笑顔で母さんの言葉を引き継ぐ。
「ヘレナ・ルオツァライネンだよ! これからこの家にホームステイでお世話になりますので、どーぞよろしくしてネ♪」
「…………マジで?」
ただでさえ昼間に偶然出会った外国人美少女と再会しただけでも驚きなのに、明かされた衝撃の真実はオレの頭のキャパシティを一気に限界突破させる。ココは全開で驚愕すべき場面なのだが、短い確認の言葉を発するのが精一杯だ。
「ホームステイする子が来るなんて、いつ言った」
「この前も言ったでしょ? まさか、ヘロヘロに疲れてたから聞き逃したなんて言わないわよね?」
ヘロヘロになっていたとすれば、知り合いが所属してる部活の試合に人数合わせに参加した時か?
確かにあの日は滅茶苦茶疲れてたから、帰ってすぐに寝こけてしまったが。
「言い換えよう。ホームステイしに来るのが女の子だとは聞いてないぞ」
「あたしは知ってたよー」
「それ、オレに伝えたか?」
「そういえば言ってなかったかも」
こらマイシスター。
「あらあら、どうやら多少の行き違いがあったみたいね」
「多少、だと?」
我が母ながらその懐の広さに恐れ入る。
確かに前から細かいことは気にせず受け入れる性質だったが……。
「でも、和頼くんなら大丈夫でしょう」
「その大丈夫については何がどう大丈夫かに関して話す余地がデカすぎる」
オレだって誰かがホームステイする事自体が気に入らないわけじゃない。
ただ単に。
これから一緒に暮らすはめになる相手が、同年代の外国人美少女である点を常識的に考えて気にしているんだ。
「大丈夫じゃないの?」
「いや、だから何が大丈夫かによるというかだな」
「言っていいのかしら?」
「説明してくれなきゃ始まらないだろ」
「あ、あのー……」
親子の会話に、完全アウェイの少女――ヘレナの声が混ざりこんでくる。
その表情は申し訳なさそうというか、不安をありありと感じさせるものだった。
「ワタシ、お邪魔ですか……?」
「うぐっ」
じんわり涙を目元に溜めながら弱弱しく尋ねられる。
無意識なんだろうが、なんと破壊力がある訊き方なのか。
「そんな心配は無用よリーナちゃん」
「リーナ? ヘレナじゃなくて?」
「仲の良い人はワタシをその愛称で呼びます。出来たらあなたにもそう呼んでもらえると嬉しいです」
「そ、そうなのか」
呼んでほしげなヘレナ――もといリーナから強引に顔を逸らして、改めて母親と向き合う。そしたら、あからさまな溜息を吐かれてしまった。
「はぁ……ごめんなさいね、うちの息子ってばアホみたいにシャイで」
「実の息子に向かってなんて言い草だ。それより何がどう大丈夫なのかちゃんと説明してくれ」
「説明していいの?」
「どんだけ確認するんだよ怖くなってくるわ」
今更何を確認する必要があるのか。
オレは自分でそう判断したのに、そのオレ自身がこの決断を数秒後に後悔した。
「では、説明しましょう。あのね和頼くん?」
「おうさ」
「あなたがとんでもなく可愛い異国の美少女とひとつ屋根の下でほぼ同棲生活をする事に対して嬉し恥ずかしキャッ♪ な感じに大興奮するのは当たり前よ。だって男の子ですものね、いてもたっても居られないのも分かるわ。あ、たってもと言ってもナニが勃つなんて思春期過ぎる想像は遠慮してほしいのだけれど――」
「コッチがその発言を遠慮して欲しいわ!?」
言い方ってもんがあるだろおおお。
そんな言い回しじゃなけりゃ、オレももっと冷静に聞けたわ。
「もっとシンプルに!」
「まさか、今更ごねてリーナちゃんを追い払おうなんて言わないでしょ? 言わないわよね、優しい私の息子だもの」
「…………」
二手目に最強すぎる問いかけカードを切られてしまい、オレはもう黙るしかなかった。念押ししてくる分性質も悪い。どう言えば今後オレが今回の件に尾を引かないかよーく理解している人の手だ。
「大丈夫だよリーナお姉ちゃん。あたしの知ってるおにぃは、優しくて知り合いにはよりフレンドリーに接しつつサポートもしてくれる便利な犬――じゃなくていいお兄ちゃんキャラだから。口ではああいってるけど、どーせすぐ折り合いつけるって」
「お前は一言以上に余計なものが多すぎな?」
「探さないでくださいネ……」
「なんでヘレナさんは荷物をまとめてんだ!?」
しっかりツッコんだにも関わらず、ヘレナさんはちらりとオレの方を確認してから、スンスンメソメソしながら再び荷物をまとめに取り掛かる。
「おにぃサイテー」
「……和頼くん?」
「待て待て、なんでオレが悪そうな話の流れになってるんだ」
一方的すぎやしないか。
もはや疑念を晴らす切っ掛けさえ与えられないというのか。
「……ワタシの故郷では『さん』付けを仲の良い相手には使わないヨ。日本的に表現するなら『ぶぶ漬け食べなはれ』と開口一番に言いだす京都の人と同じようなものだカラ」
「えぇ……」
コレがカルチャーショックという奴か。
ってかよく知ってるなそんな独特の言い回し。
「しくしく……短すぎる間でしたがお世話になりました」
「わ、分かった。悪かったよヘレナ。そんな風に受け取るなんて知らなかっただけだよ」
「……や、やっぱり受け入れられないんダ」
「どうしろっつーんだよ!!?」
なんでだよ、ちゃんと名前で呼び捨てにしたぞ!?
オレとしては大分思い切ったつもりだが、これでもまだ足りないのか?!
と、そこまで胸の内で吠えたところでもう一つやってない点に思い当たった。
いやでも、いきなりそんな態度を取っていいのか。一般的な感覚としては失礼にあたるんじゃないかと気になってしまうんだが。
「…………じー」
切なげに見つめられて、もうなんだか気にしてるのがバカらしくなってくる。
これも異文化交流か……そう納得してオレは更に思い切りよく常識的なラインを踏み越えた。
「……リーナ」
「わ」
うん、見違えるほどに綺麗な笑顔が咲いた。
やっぱり問題だったのは呼び方だったようだ。
連絡不備をしていた母と妹の予測に対して完全に乗っかったようで癪ではあるが、オレはなるべく短く今の気持ちを伝えようと試みる。
「日本へようこそ。オレの名前は和頼だ」
「は、はい! 存じておりまする」
まあ、既にさっきから何回も出てるもんな。
それでも名乗るのは大事だ。
「長旅お疲れ様、ロクな準備も出来てないけど歓迎する。色々よくわからない時もあるだろうけど、オレで良ければ頼ってくれていい」
「か、和頼~~~~!! ありがとうございますダーーーーー!!」
おそらくかなり不安でいたであろうリーナが、感激の涙を零しつつ両手をフルオープンしながら飛び出してくる。そのまま勢いでどうするのかと思えば、彼女がしてきたのは何の遠慮も羞恥も感じさせない熱烈すぎるハグだった。
「ッッッ!!?」
「これからたっくさんよろしくしてくださいね」
ぎゅうーーーーーと大きなぬいぐるみ相手に子供がするかのように、リーナの熱いハグが繰り出される。
え、なんだこれ? 外国には日本ではしない熱い挨拶があったりするのは知ってたが、それってこんな初対面の異性に対して発動するもんだったのか? これがオーソドックスだとでも??
さっきからポヨンポヨンどころかボインボインと弾んでいる胸元のでっかい膨らみのインパクトたるや、確実に人生初だ。オレは今、世界を感じているに違いない。なんて抗いがたい情熱的な代物なのか。
いくらオレがくすくす人間だろうと、理性が負けて手を出しかねんぞ。
「嬉しそうなところ悪いけど、その辺にしといた方がいいよリーナお姉ちゃん。幾らおにぃでもオオカミになっちゃうかもだから」
「オオカミ? 和頼が大きな神様になりますか? 見てみたいです!」
「あらあら姫奈ちゃん。来日したばかりのリーナちゃんに変な知識を仕込んじゃダメよ。和頼くんも数少ない女の子との触れ合いかもしれないけど、親愛の挨拶をいやらしく感じるのはダメよ」
「さすがにコレは不可抗力じゃね?」
「和頼もぎゅーーーーー♪ してくれると嬉しいヨ!」
「…………」
「はいはい、迷いながらも無言で抱き返そうとする辺りがいやらしいよおにぃ。リーナお姉ちゃん、代わりにあたしがぎゅーーー♪ ってしてあげるからカモンカモン」
「わお♪ では、姫奈に改めて挨拶ネ」
オレから離れたリーナが、今度は姫奈に熱いハグをする。
ちっこい妹相手だと身長差が大きいため、生意気な顔がイイ感じにリーナの胸に埋まってしまっているが。
「にゃーーー、あたしは今確実に世界の大きさを感じている!!」
「せかい、ですか?」
「ううん、気にしないで! すっごい気持ちいいだけだから」
世界クラスのバストを存分に堪能している妹。
決してその体勢がうらやましい……なんて訳ではない。
いずれにせよ、こうして我が家に北欧から来た美少女が住むようになったのであった。
==北欧美少女と情熱レフティオ
翌日。
「よっ、リーナ。準備はいいか?」
「モイ♪ 準備OKだよ」
オレは引っ越し手伝いという名の力仕事に精を出していた。
「えっほ、えっほ。この箱はどこに置く?」
「その辺りでだいじょーぶ」
昨日は挨拶や話しもそこそこにして、リーナは早々にお休みモードに入った。夜に母さんから聞いた話だと「やっぱり疲れたんでしょうね」との事で、十何時間にも及ぶ長旅と初上陸した異国(日本)の空気は本人の知らぬところで体力を減らしていたらしい。
翌日にはバッチリ回復したようで、今はトラックが運んできた段ボールを移動させてる真っ最中だ。
当然のようにオレはその手伝いをしているわけで。
殊勝に見えるかもしれないが、さすがに女性陣だけに任せてひとりのんびりする胆力が無いなんて事情もある。
「和頼、手伝ってくれてありがとうございます! 超感謝だよ♪」
「どういたしまして」
返事をしながら手をつけようとしたのは、ガムテープで閉じている部分の面に『大事☆』と太字で書いてある段ボールだ。こういうのって大抵『衣類』や『割れ物』等と書くと思うんだが『大事☆』ってなんだ?
わざわざ記入してあるのだから、よっぽど大事な物が入っているのか。
「それは机の傍に置いてください。それ以外の段ボールは部屋奥の壁際にてきとーに積んでもらって構わないよ」
「了解」
当たり前ではあるが、ホームステイするからにはリーナ用の部屋は必須。
そこで選ばれたのが二階にあるオレの部屋の向かいにある部屋だ。親が曾祖父さんから受け継いだ家は、田舎っぽい古めの日本家屋なので空き部屋はいくつかあるはずだが、部屋は本人の希望で決まったようである。
必要に応じてリーナに考慮して欲しそうな点を尋ねつつ、引っ越し作業は順調に進んだ。一家全員の大がかりな引っ越しってわけでもないので、大きな家具やアホみたいに重い荷物もない。
だから気合いを入れて運ぶ物はあまり無かったのだが、。それでも……女の子は必要な物が多いのだろうか?
一人分の荷物にしてはダンボールの数は中々のものだ。
オレが居るなら力仕事は任せたと言い残して買い出しに行った母さんと妹の判断は合ってるんだか間違ってるんだか……。
「よし。とりあえず届いた荷物はあらかた運び終わったな」
「さんきゅーだよ和頼。やっぱり男の子は力持ちだね♪」
「んなことはない。ちゃんと鍛えてるヤツだったらもっと早く運んでる」
実際どちらかといえばオレは細身な方だ。
筋トレに勤しむ体育会系に比べればムキムキからは程遠い。
「ふむぅ~、日本男児は皆そうやって謙遜するの?」
「気にしないヤツもいるし、人それぞれだ」
「それぞれですか。一概に謙遜したりシャイな訳でもないんだね」
「そういうの気になるか? リーナの故郷――北欧だっけ? だとあんまり謙遜しないのか」
「どちらかといえば故郷ではシャイな人が多いと言われるよ。そこは日本人と似てるみたい」
「そういうもんか」
気軽に返したものの、個人的にはリーナの回答は意外な物だった。
なんとなくではあるが、日本人は消極的で謙虚で奥ゆかしい。外国人には積極的で尊大で大胆なイメージがある。
だが、所詮オレのイメージなんて勝手なものにすぎなかったわけだ。
「でも、リーナは元気で大胆ってよく言われるんじゃないか?」
「はっ!? そういえば言われてました! 近所の知り合いや友達からは『リーナはいつも元気だよね』とか『珍しいタイプだけどそこが良い』なんて風にも!」
そのリアクションに対する感想は「やっぱりそうなのか」だ。
ほぼ初対面の日本人に対してとてつもなく気さくに話す上に、まるで躊躇のない熱いハグをする女の子が早々いるはずもない。もしソレが普通なんだとしたら、北欧のいたるところで大胆すぎる抱擁が交わされているとニュースになっているのではないか。
「和頼はどうしてそう思ったの?」
「……なんとなく」
「まさかの直感! 和頼は実はエスパーなのかな?! 口からベロベロベロ~と流れるようにトランプを出せたりする?」
「それはエスパーっつうか、手品師な」
リーナと会話をしていると、ちょっとしたものからでも変な面白会話になりやすい。流暢な日本語を話すので忘れかけるが、やっぱりリーナも外国から来た女の子。多少の齟齬や可愛い覚え間違いは当然あるのだろう。
「んー……」
こうやって普通に会話が成立するんだ。
せっかくの利点を生かさない手はない。良くも悪くも近しい関係になるのだから、積極的にコミュニケーションをしていくに限るのではないか。
そうすればくすくすなオレも、彼女のようにキラキラしている人間に一歩近づけるかもしれないし……などと考えつつ尋ねる。
「リーナが良いなら、荷ほどきも手伝うけどどうする?」
「わお、では適当に開けて中身を出してもらえますか。大雑把にまとめてくれるだけでも助かるからね」
言うだけ言ってみた提案に対して許可が下りたので、こっそりワクワクしながら段ボール箱を開けていく。ちょっとした宝探し気分に近いかもしれない。
「……そういえば、さっきの『大事☆』って箱には何が入ってるんだろうな」
何気ない好奇心に駆られて、オレは結局数箱はあった大事☆箱に近づく。
もし見てはいけない物が入っていたら大変だが、まったく気にすることなくOKを出されているので見られて困るような物ではあるまい。
封を解いて、パッカンと蓋を開けてみる。
すると、そこに入っていたのは――。
「おっ、これって……」
最初に出てきたのはマグカップやお皿などの食器類だった。
はて? コレがリーナにとって大事な物なのか?
不思議に思いながら梱包されていたひとつを手に取ってしげしげと確認してみると、見覚えのあるキャラクターが描かれていた。
「ああー、そういえばコイツは北欧生まれだったか?」
独特のシルエットがわかりやすいキャラクターは、けっこうな愛好家がいるはずだ。オレはあまり詳しくないが、コイツはそのビジュアルからカバだの妖精だの言われていた気がする。言う程カバか? とは思うが、テーマパークもあったような無かったような……。
なんかようやく、北欧出身者らしい物を見つけてしまった気がするな。
「リーナはムー●ンが好きなのか?」
「んう? ああー、好きだよー。ムー●ンは故郷だととても有名なキャラだし、日本でもよく知られてるよね?」
「多分トップクラスに知られてるんじゃないかな」
「だよね! お土産にいくつか持ってきたので、後で渡すよ♪」
出身地のキャラを気に入ってもらえて嬉しかったのだろう。リーナの笑顔がるんるん気分で割り増しになっている。
「男物っぽいデザインがあったら優先して欲しいな。女の子っぽいデザインだとちょっと似合わないって妹から茶化されるだろうから――」
冗談っぽく口にしながら、段ボールの中身をさらに取り出していく。
すると深いところから食器とは全く違うものが顔を見せた。
「これは……ブルーレイボックス?」
パッと見タイトルのような物が見当たらず何の作品かはわからなかったが、やけに豪華で凝ったデザインの箱が出てきた。ホームステイ先に持ってくるなんて余程お気に入りの一作なのだろうか。
そして、この辺りからがさごそと荷ほどきを進めている内に、段々と中身を無視できなくなってくる。
「コレはマンガだな。これもそう、こっちもだ」
やけに重い箱があったかと思えば、本が詰まっていたのか。そりゃ重いわけだ。オレは読んだことが無いタイトルなのだがコレもリーナのお気に入りなのか。わざわざ持ってくるのなら愛読書なのか。
なんて思えたのは最初だけだった。
「こ、これは!?」
一応、オレは大してアニメや漫画に詳しい方ではない。そういうのが大好きな友人が近くにいるので全く知らないわけじゃないが、それでも読んだ作品は大流行した名作ばかりだろう。
そんなオレであっても、明らかに異色すぎるジャンルのグッズだと分かるようなものが出るわ出るわ、もう大量に。以前友人から得ただけの拙い知識によれば、これは等身大ポスターとタペストリー、こっちがアクリルスタンド。ぬいぐるみにストラップ、キャラTシャツにタオル等々。
これがもしイケメンキャラが描かれたグッズだったのであれば、いわゆる女性向けか無類の男性アイドル好きとして納得できた可能性もあったろう。ムー●ンならさすが北欧で済む。
だが、目の前にあるのは制服姿の美少女やら露出の激しい格好をしてる女の子が描かれたグッズばかりで数の多さが違いすぎる。
絶対多い! それはもう割合でいえば8対2、いや9対1くらいでムー●ンが負けてる!
そんな代物を目の当たりにしたオレがどう考えたか。
簡単だ。
「おいおいリーナ。こっちの箱なんだが、どうやら送り間違えみたいだぞお」
北欧からきた外国人美少女とそれらのグッズが結びつかず、手違いだと判断したのだ。
「な、何だってえ!?」
オレの発言を耳にしたリーナが大慌てで取り出されたグッズ類を確認する。
それはもう「そんなバカな?!」と叫びそうな勢いだった彼女だったが、一通り確認し終わった頃にはすっかり安堵の表情を浮かべていた。
「もー、びっくりさせないでよ和頼。てっきり他の人の荷物と間違えて届いてしまったものかと……」
「え? だから手違いだろ。それ」
「のんのん。正真正銘、まごうことなく、コレはワタシの荷物ですよ」
そうあっさり言いのけられた時の衝撃と来たら、とんでもなくデカイ稲妻がピシャーン!! と落ちたようなもんだった。
「マジで?」
「ええ」
「これがリーナの私物?」
「はい♪ 勿論ワタシのです、さっきからそう言ってるじゃないですか」
「こういうのが好きなのか」
「好き好き、大好きですよ! 日本風に言うなら、ラブラブ愛してるといっても過言ではありませんし、大体そんな言葉じゃ足りません!!」
「お、おぉぉ……」
力強過ぎる断言に、ちょっとだけくらっとする。
目の前にいるホームステイ美少女の趣味嗜好が、この手のが大好きな男友達のソレと被っているとは。
会わせてみれば、さぞ話が弾むんじゃないだろうか。
「和頼はどんなアニメが好き? もしかしなくて、こういうのがお好きだったりするのでわ!」
「いや、知り合いに好きなヤツはいるが、オレ自身はそうでもない」
嫌いなわけでもないが。あえて表現するなら一般レベルだろう。
ディープな方になると途端に分からない。
「じゃ、じゃあ! この作品を知らないの!? 日本が誇る最高のアニメーションズの中でもとびっきり面白い感動超大作なのに!!」
「……すまん、オレは観てないな。そんなに有名なのか?」
「ゆ、有名だよお! ……あ、あれ? 有名……だよね? 全米が泣いたにちなんで全日が泣いたと称されるレベルのはずじゃ」
マジか。すげえなそれ。
となるとやっぱりオレが知らないだけなのかもしれん。
「もしかして持ってきたグッズも全部その作品関連の?」
「ううん、さすがに全部ではないよ」
「だよなぁ」
「だって全部なんて到底揃えきれないし。好きな作品は一個だけなんてありえないから。これでもなるべく厳選したんだよ?」
なんというガチっぷりが伝わる素敵なお言葉か。
「……はっ!? もしかして和頼ってば、オタク死すべし慈悲は無いとか無情すぎる言葉を言い放つ前時代的な輩かな!!? だとしたらワタシとあなたが相容れることは未来永劫訪れないかもしれないね?!」
「安心してくれ、少なくともそんな意味わからん暴言を吐いた記憶はない」
「じゃ、じゃあ……あんまり好きじゃないとか……?」
不安げな様子のリーナの問いかけ。
その答えは、すんなり口から出ていく。
「好きとか嫌いっていうより」
「より?」
「ひどくうらやましい……ってのが一番だな」
「ほえ……? それってどういう――」
「とにかく、オタクが嫌いとかそんなんじゃないって話だ。だから変に気にしなくて大丈夫」
さすがにリーナの部屋一面にこれらのグッズが飾ってあるのを目撃したら、見慣れない光景に一瞬ビビリはするかもしれんが。
「あ、あの……それじゃあひとつお願いをしてもいいかな?」
「飾る手伝いでもするか?」
そんな安易な予想は、
「ちょっとだけ一緒に観よ♪!!」
これまた見事に裏切られた。
けれど、そこには自身にはないキラキラと情熱がある。
そう感じ取ったオレは――。
「ま、少しなら休憩を挟んでもいいか」
自分でも驚くような速さで、リーナのお願いに応えていた。
どうせならと大型テレビのあるリビングに移動して、リーナ持参のブルーレイを再生する。
モノローグと共に制服姿の可愛い少女とカッコイイ少年が登校してるらしきシーンが始まった。絵柄からして男性向けで、ブルーレイボックス内に描かれたイラストを見る限りでは幾人もの美少女が登場するようだ。
プロローグが終わり、オープニングの歌が流れた始めた時に大きく表示されたタイトルには、やはり見覚えが無い。
それもそのはずで――。
「これ、大分前の作品なのか」
「年代的にはワタシ達がベイビーだった頃だからね。ああ~でもでも、このオープニングだけとっても最新作品に劣らないクオリティがあるよ~♪」
「そんなにか」
「端的かつ日本風に述べるなら『神』アニメです!!」
拳を握りしめながら力強く言い切るリーナの瞳は、何一つ疑う余地のない輝きに満ちていた。こ、こいつ……心の底から尊敬と憧憬と賛美が入り混じった目をしているぞ。
おそらくは本来のターゲット層とは大きく異なるであろう北欧出身の彼女をそこまで惹きつけるナニカが、この作品にはあったというわけか。
俄然内容が気になってきたじゃないか。
「なあ、コレってどんな内容なんだ?」
「はあああ!?」
何気ない質問をしたオレに対して、リーナが「何とんでもない事口走っとるんかワレェ!!」と言いたげな驚愕ッ面を向けてくる。
「なんて無粋な質問をするんだよ和頼は! そんなの応えられるわけないでしょ!!」
「そ、そうなのか?」
「当たり前ダーーーーー!! どんな作品だろうと初めて触れる機会は記憶喪失にでもならない限り人生で一回しかないのに!! その最も大切な瞬間を、和頼は棒に振ろうとしたんダヨ!!?」
リーナの語尾が割増しで奇妙になる程に高速でまくし立てられて超焦る。
お、オレは知らない内に彼女にそこまで怒られるような事をしてしまったというのか。
「余計な情報はいらない先入観を植え付けかねないよ! だから、今は姿勢と心を正して観るの、それが最適解ダカラ!!!」
「……お前、よく周りから人が変わるって言われる?」
ついさっきまでオレがリーナに持っていた印象は『明るく元気で茶目っ気のある外国人美少女』だった。しかし、今横にいる彼女から感じたのは『自分の好きな物が関わると大変情熱的(※大分言葉を選んだ)になるスーパーオタク』である。
「別にそこまでは言われません。皆こんなものだよ」
「少なくともその『皆』にオレは含まれてないようだな」
やべー!? リーナの出身地はこういう熱すぎるタイプばっかりなのだろうか。それともリーナが標準レベルで他はもっと激しく熱いのか? どっちにしてもすげえな外国。やっぱ日本とは大違いだわ。
「とにかく! このアニメは各々に大きな悩みを抱えた少年少女達が織りなすたった一度の青春と大きな感動と決して短くない泣けちゃう人生のお話なんだよ!! 最初は深く考えず、その心で感じ取って!!」
「その感じとるべき概要を教えてくれてるようだが、先入観はいいのか?」
「ノォーーーーーーーーー!!?」
リーナ、大絶叫。
わざとじゃなくて素で分かってなかったのか。こりゃコイツのイメージには新たな項目を加えなければなるまい。
曰く、『けっこーポンコツ』と。
「……和頼」
「なんだ」
「この家にでっかいハンマーはあったら貸して欲しいよ。百トンぐらいあるか、うまい具合に頭の記憶容量を吹っ飛ばせる感じノデ」
「待て待て、一般のご家庭にそんなトンデモハンマーはないし、大体何に使う気だ何に」
「今のワタシが出来る最大限のお詫びのためダ」
止めて記憶を失う以前にオレの頭がかち割れるから!!
――などと、のっけからアクシデントがあったものの。アニメ鑑賞はそのまま続行された。バカみたいなやり取りをしている間に進んだ分は、キッチリ巻き戻してリスタートだ。
そんで経つこと、およそ一時間。
「ふぇ、ぐす……あ、ああ、ダメだよぉ、コレはダメぇ。体中の水分があふれて干からびたゾンビになっちゃいそうだよぉ~~~~」
「わざとか言い間違えてるのか知らんが、それを言うならミイラだろ」
隣にいたスーパーオタクは、比喩表現だと思っていたバスタオルを滂沱の涙でびちゃびちゃに濡らし、綺麗な顔をぐっしょぐしょにしていた。こんな同年代女子の泣き顔を見るなんて初めてだ。
「う……も、もうむりぃ、限界ですぅ。……ふ、ふえ~~~~~~~~ん!!!」
「落ち着け、ほら深呼吸深呼吸。さすがに泣きすぎてててビビるから」
「そ、そういう和頼だって……ぐずってるじゃありませんか」
「バッ……ぐずってなんかねえし」
嘘です、ぐずってます。
さすがにリーナ並の大泣きっぷりはないが、オレの目からは誤魔化すのが困難なレベルで雫がポロポロと零れ落ちっぱなしだった。
言い訳に聞こえるかもしれないが、開始三十分まではこんなではなかったのだ。笑えるボケとツッコミが挟まるイイ感じの学園物だと思って、にやにやしてたんだよ。
ところがどっこい。
後半戦の三十分にして最後の十分程度しかないラストスパートに、オレの涙腺は見事に破壊されてしまった。
付け加えると、感受性MAXで視聴していたリーナのオーバーリアクションと秀逸なコメントの嵐に引っ張られたのもデカイ。オレより何倍もこのアニメに対する理解が深いであろう少女の言動は、作品の共感性と破壊力を何倍にも増幅した。
コレも一種のもらい泣きか。
「くっ…………」
ココに母さんや姫奈がいなくて良かった。さもなければ、大の高校生男子が目頭を押さえて泣いている恥ずかしい場面を目撃されでもしたら、本気で心配されるかここぞとばかりに茶化されただろう。
「はぁ……はぁ~…………や、やっと収まってきた」
「えへへ、和頼にも伝わったんだね。この作品にこめられた情熱と愛が」
「正直ヤバかった。映像で泣かされたのも本当に久々だわ」
「それは何よりだよ!」
「いいもん見せてもらったわ……」
心地よい感動を味わいながら、ソファーに背中を沈ませる。
そんなオレを超ニッコニコ顔で眺めるリーナ。
彼女が、とんでもない情報をもたらしたのは、すぐだった。
「さ、続きを見ようよ♪」
そう勧められた時のオレは、一体どんな表情をしていたのだろうか。
きっとたまげていたに違いない。
「続き、だと?」
「いえす! このアニメは続編を含めると約四クールちょっとあるから」
「四クールって、何話分だ」
「えーと、一クールが大体十二~三話ダカラ。その四倍で」
単純計算でその四倍。つまり四十八話から五十二話あるって事になる。
一話に付きおよそ三十分。オレがさっき見終わったのは約一時間だから……。
「まだ二話しか見てない……?」
「適当に計算してもあと二十倍は楽しめますネ。さいこーじゃないカ♪」
その適当計算で、オレは涙が止まらなくなる衝撃をあと二十回も味わうと?
確かにさいこーだな、わーいやったー♪
「――って、さすがに気力が持たないっつーの!」
「ワッツ?! 気力なんて胸の内から幾らでも湧いてくるでしょ!」
「そんなオタク特有の特殊能力は持ち合わせてない」
「……訂正してください和頼」
オレの言い方が不服だったのか、ぷーっと頬を大きく膨らませるリーナ。言われてみれば失礼にあたる言い草だったかと思い直し、すぐさま言い直そうとすると。
「ワタシをオタク扱いするなんて、本当のオタクに失礼だぁ!」
「え、そっち?」
「そっちもあっちもどっちもないカラ。所詮ワタシなんて名だたるコンテンツを生み出す最高の聖域たる日本にようやく足を踏み入れただけの外の人。このステキすぎる国で生まれた時から至高の作品たちに育まれてきたオ・タ・ク! には到底及ばないのダ!!」
リーナの中では日本のオタクは雲の上の人か何からしい。
……でも、遠い外国に住んでた彼女からすればそう見えても不思議ではないのか。愛する作品達が生まれる東洋の島国に対する想いが人一倍強いのであれば、現地に住む人達は羨むべき対象なんだろう。
「……そこまで情熱的になれるほど、好きなのか」
オレからすれば、そんなリーナが羨ましかった。
やっぱり彼女がキラキラして見えたのは見間違いではなかった。オレには無いモノを彼女は持っているのだ。
きっとソレが、恩師が口にしたとてもキラキラするもの。
オレが未だに見つけられず、ひどく求めるものだ。
「……まあまあ、少し休憩を挟もうぜ。飲み物でも飲んでさ」
「わお、そういえば喉がカラカラですね。桃ジュースがあったらくれますか♪」
「なんで桃ジュース?」
「さっき登場したキャラが飲んでたダカラ!」
ある意味わかりやすい理由だ。
憧れのスポーツ選手が愛飲するものを飲みたくなるようなものか。
ぱぱっと用意してコップに注いだ桃ジュースを手渡すと、リーナがゴクゴクと一気に飲み干していく。
「ぷはぁ! この一杯のために生きてるよ♪」
「どこで覚えたんだそんな言葉」
「あれぇ!? 日本人は飲み物を美味しく飲む一環としてこう言うのが普通なのでは?」
「……いや、まったく使わないわけじゃないが。多分、そういう言い方をするのは仕事終わりに酒を嗜む酒飲みか、銭湯愛好家だ」
偶に母さんもやるし、親父はもっとやってたかもしれんが。
少なくともリーナのような女の子がよく使う言葉ではないだろう。
「日本語、難解ダヨ……」
「ペラペラ喋れてるリーナからしても難しいもんか?」
「難しいよ~。もっと勉強しないといけないねぇ」
「ホームステイに来たのも、日本語を学ぶため?」
ホームステイだなんだと言っても、要は留学しに来てるわけだ。
目的は人それぞれ違うが留学はそう簡単に出来るもんじゃない。少なくとも、それなりの時間を未知の場所で過ごすことになるんだ。覚悟も決意も相応に必要だ。
親の都合で外国に行くのとは訳が違う。
「ワタシが日本に来たのは、日本の文化を体験し学ぶのが大きな理由だね」
「ああ、衣食住や日本ならではの代物とか」
「そうそう。アニメとか漫画とかゲームとか♪」
「確かにそれも日本の文化か」
もっとこう、他にもあるのでは? と思わなくもないが。
だからといって日本で暮らしているオレ自身が何か日本らしい文化に触れてるか、語れる程詳しいかと問われればノーである。
「あ、もちろんアニメや漫画は大好きでありますが、可能な限り日本の文化を経験したいよ。それら全てが将来に役立つからネ」
「将来に?」
「はい♪ 日本と北欧を繋ぐ通訳や翻訳のお仕事をするのが目標だよ」
リーナは自分の未来予想図を語ってくれた。
要約すると、リーナの故郷辺りでは日本のアニメや漫画の大半が知られておらず、流通している作品数や冊数が少ないどころか取扱い店舗が全然無い。それらが大好きなリーナからすればそんな現状に満足できるはずもなく、ならばどうすればいいのかを考えた。
そうして辿りついた答えが、
「通訳や翻訳ってわけか」
「いえす♪ 故郷の言葉と日本語を両方使える人はあまりいないよ。それじゃ日本のアニメや漫画を扱う人達とロクに話もできなくて、日本の素晴らしい文化を広めるのが難しいに決まってるね」
「だったら自分がなればいいと?」
「ですです。アニメや漫画に触れられるよう一助になればイイなって」
――正直に言おう。
オレは、そこまでしようとするリーナの姿勢に偉く感動した。
夢を口にするのは簡単だ。
だが、その夢を実現させるために行動できるかどうかは難しい。
例えばオレに当てはめた場合。
恩師の教えに則ってキラキラするための情熱を探してはいるが、それで『外国に留学しよう』とはなっていない。しかし求める物は異なれど、リーナはちゃんと行動に移している。
それは十分すぎる程に尊敬に値するものだ。
ああ、だから羨ましいんだ。自分には無いものを、リーナは既に見つけているから。
「……えーと、でもね和頼。通訳や翻訳の話は決して嘘ではないんだけど」
「ん?」
「ここだけの話。実は理由は他にもありまして」
どこか照れくさそうにしつつもニッコニコの彼女が取り出した物。
それは――――。
「お? それって初めて会った時に拾った……」
彼女がとても大事な物だと口にした、古ぼけた手帳だった。
「コレにはね、色々とやりたい事が書かれてるんだよ」
こほんと一息置いてから、リーナが秘密のひとつを明かす。
「その名もジョーネツレフティオです♪」
「じょーねつれふてぃお?」
なんだそれは。
※※ココで後にやってるジョーネツレフティオの説明を挟む?か否か※※
そう訊き返そうとしたら、玄関のドアががちゃりと開く音がしてすぐに姫奈が顔を出した。
「ただいまー! アレ? 二人で何か観てたの??」
「おかえりなさい姫奈。ちょっと和頼と一緒に神作を観ながら国境を越えた交流をしてたところダヨ♪」
「かみさくでこうりゅうって、どゆこと?」
意味わからんといったご様子の姫奈がテレビ画面をチラリ。
すると、「わっ!」と恥ずかしさ多めの声が上がり、妹の頬が赤くなる。
なんの偶然か。この時画面に映し出されていたのは、可愛いヒロインが服を脱いで裸になろうとしている場面だった。
いわゆるお色気シーン、もしくは友人の言葉を借りるならラッキースケベとかいうヤツか。
「わお! 見てみて和頼! この子、すっごいいい身体してると思いませんか!? 制服姿だとそうでもないのに、脱いだ途端にボインボインですよ。これがジャパニーズKIYASE!!!」
「おいっ?!」
なんでそういうとこだけ無駄に語彙が堪能なんだよ!
そんなツッコミを入れる前に、駆けだす姫奈。
「おかあさーーーーーーん!! おにぃとお姉ちゃんがリビングでえっちな国際交流をーーーーーーー!!」
「お前も無駄に誤解を招く言い方をするんじゃないっつうの!!」
「和頼、いつの間に罪を犯したの?」
いや罪は罪でも冤罪だろコレ。
このあと、姫奈の訴えを聞いた母さんから取り調べを受けるハメになった。
何が起こってるかわからんらしいリーナは割とすぐに解放されたのだが、何故かオレだけ問い詰めが念入りだったのはさすがに不条理がすぎるというものだろう。
「それじゃあ、リーナちゃんの佐倉崎家ホームステイ歓迎を祝して~~~かんぱーい」
「乾杯」
「リーナお姉ちゃんいらっしゃーいようこそ日本へ♪」
「いらっしゃいました~♪」
チン、と。
掲げたコップ同士がぶつかりあう。
買い出しから母さん達が帰ってきたら、リーナの歓迎会はすぐに始まった。リビングテーブルの上に並んだ料理はどれもとても豪華で美味しそう――なのだが佐倉崎家の面々が好きな食べ物が皿に乗ってるのはいいとして、寿司桶&ショートケーキとチョコレートケーキが交互になってるホールサイズケーキが並んでいるのは若干シュールだ。
これも一種の和洋折衷?
「母さん。テーブルの上が大分愉快なものになってるぞ?」
「歓迎パーティってこんなものじゃない? 私の愛情たっぷり手料理とおうちで作るのが難しいお惣菜。和頼くんが好きな濃い味付けのお肉。それとも他に食べたい物があった?」
「いや、食べたい物がないとかじゃなくてだな」
なんでお寿司とケーキが真ん中でデッカく主張してるのかって話しな。
「姫奈。ケーキを選んだのはお前だろ」
「そうだけど? あ、おにぃもしかしてアレ? もー、他の種類のが良かったなら早めに言ってくれればいいのに~」
「だから欲しい物が無いとかではなくてだな。こんなに食べきれるのか?」
「甘い物は別腹だから。ねー、リーナお姉ちゃん♪」
「ねー♪」
女の子同士は仲良くなるのが早いこと早いこと。
姫奈がすり寄りながら抱き着こうとしたのを、リーナは快く受け止めている。
「和頼は別腹じゃないの? 日本人は甘い物に対して普通とは違うお腹のスペースがあるんでしょ」
「生憎オレの腹にそんな奇天烈スペースはない」
「キテレツって、なに?」
「あー、えっとだな。とても不思議な、的な意味だ」
「ふむふむ? 別腹とはとても不思議な空間なのですね」
「そうそう、甘い物をたくさん食べる女の子だけに備わってるんだよー♪」
「わお♪ ではワタシにも別腹はありますね。三段くらい!」
「ぶふっ!」
「どうかしましたか和頼?」
「なんでもないぞ」
『三段腹』という言葉がよぎり、そうなってるリーナのお腹を想像したなんて言えるわけない。
ここで「はっはっはっ、こんなに食べたらリーナの腹の段数が増えそうだよな」なんて口に出したら、リーナにその意味を確認された上に女性陣からさぞ軽蔑されるだろう。
ちなみに、リーナのお腹は三段も別腹があるようには絶対見えない。
うちの女達と比較してもスッキリクールで――。
「……和頼くん?」
小声で母さんが窘めるような口調で名前を呼んでくる。
「何も言ってないが?」
「覚えておきなさい。目は口ほどに物を言うものよ」
「…………」
要するに、あんま変なこと考えないようにというご注意が飛んできたのだ。
ウチの母さんはしばしばエスパー染みてるよなぁ……。
「お寿司はリーナちゃんのリクエストに沿ってみたのよ。ご近所にある美味しいお寿司屋さんの物だけど、どうかしら? お口にあえばいいんだけど」
「だいじょーぶだよ! このサイズなら、ちゃんと口の中に入るから!」
「え、なんて?」
姫奈の頭にくえすちょんまーくが浮かぶ。
「多分アレだ。口に合うが味うんぬんじゃなくて、サイズ的にデカすぎて入らないとごっちゃになってる」
「そーそー! これぐらいよゆーだよ♪」
「おにぃ、良く分かったね」
「なんとなくな」
短い期間ではあるが、リーナから繰り出される『そのまま聞くとよくわからん日本語』は何度も体験している。初来日した外国人としては日本語が上手でも、少し変わった言い回しの意味を汲み取るのはハードルが高いらしい。
リーナの場合、その理解度合いによって面白日本語がポンポン飛び出す。
もしオレが外国に行ったら似たような事態になるんだろーなーと思わなくもないが、そもそも外国語が上手く話せないのでコミュニケーションすらままならないか。
「さ、好きなだけ食べてね」
「はい! ありがとございマス♪ いただきますデス!!」
ちゃんと両手を合わせて食事の挨拶をするリーナ。
その所作は面白日本語とは違い、なんでか分からないがしっくりくる程にちゃんとしている。もしかしなくともたくさん練習してきたのか?
だとすれば、なんて真面目なのか!
感心していると、リーナが自分の席から近いおかずに箸を伸ばす。
ひょいパク、ひょいパクと食べる様子は見事な箸使いと言っていい。外国人が日本食を食べる際には、箸が使いづらいなんてものじゃないのでフォークやスプーンを使うイメージがあったのだが……。
「フォークもあるけど、その様子じゃ必要ないか」
「んぅ?」
もぐもぐ、ぐもぐもとまるでハムスターのように頬を膨らませたリーナがこちらを向く。
「いや、気にしないでいい。箸は使いづらいんじゃないかと思ったんだが、リーナには関係ないみたいだから」
「んぐ、んぐ……ごっくん。どこかお箸の使い方が気になる?」
「そうじゃないわリーナちゃん。和頼くんはあなたの使い方がが上手だから驚いてるのよ」
「すごいね~、あたし外国の人はみんな箸を使うのが苦手だと思ってたのに」
「ふっふっふっ、この日のためにスパルタで練習しましたからね。もう随分と慣れたものですよ」
鼻高々にするリーナが自信ありげに再び箸を伸ばす。
次に彼女が選んだのは煮物の小さな豆だったが、オレでも滑らせずに取るのは難しい部類なのに特に苦も無くソレをつまんで――。
ツルッ、ポト。
「お、オゥ」
つまんでみせようとしたようだが、見事にすべって取りこぼした。
自身ありげだっただけにコレは恥ずかしい。リーナの顔が徐々に赤くなってゆく中、何ひとつ気にかけていない母さんが「フォークとスプーンもあるから、好きに使ってね」とフォローを入れるのはこのタイミングでは気遣いではなく追い打ちかもしれん。
「あ、アンテークシぃ……」
「いいの、いいの。気にしない気にしない」
「あんてーくしって、どーいう意味ぃ?」
「姫奈、今は聞いてやるな」
タイミングと表情からして日本語でいう「すみません」や「ごめんなさい」のニュアンスだろう。そう言えば、以前にも聞きなれない言葉を耳にしたことがあったがアレはどんな意味があったのか気になるな。
「なあ、リーナ」
「ふっ、なんですか和頼。滑稽なワタシを笑いたければ笑っていいんだよ、ほらわーっはっはっはって笑ってください、わーはっはっはーって!」
「そんな風に笑う趣味は無い。じゃなくて、リーナが口にする言葉には聞きなれないものが混じるが、やっぱり母国の言葉なのか?」
オレだって日常で誰かと話す時、若者言葉もあれば元々は英語であろう言葉が混じることは多い。普段はまったく気にかけないし、ニュアンスだけ伝わればいいみたいな面もある。
ただ、その感覚が北欧から来た美少女にも通用するのかはわからないと思ったからこその質問だった。少なからずリーナの言語には、オレ達によく分かる日本語をベースに、偶に英語で更に別の言語が混ざっているようだから。
「あんまり意識してないけど、きっとそうだよー。やっぱり使い慣れてるからかワタシの故郷で使われる言葉が混ざっちゃいますね」
「ね、ね! さっきのあんてーくしぃもそうなんだよね?」
よほど気になるのか。続けて質問する姫奈に対してリーナがちょっと恥ずかしそうにしながら答える。
「あんてーくしは、日本語の『すみません』が一番近いですね」
「謝るときに使うんだ?」
「ソレもありますが、相手の注意を引きたい時に使ったりもします。英語でいうとエクスキューズミー」
「ああー、だからすみませんが一番近いと」
「いえす♪ 日本だとすみませんは色々な場面で応用できる便利な言葉なんですよね? だからアンテークシはすみませんではないかと」
「ごめんねリーナお姉ちゃんは、あんてーくしリーナお姉ちゃんになるの?」
「その場合は、アンテークシの前にヴォイを付けると、謝罪の意味合いが強くなります」
「じゃあ、ヴォイアンテークシ、リーナお姉ちゃん?」
「そんな感じです♪」
「おおー! あたし、北欧の言葉で謝れるようになったよ」
「あくまでリーナの故郷での話なんだから、北欧全部で通じるわけじゃないと思うぞ」
しっかり覚えているわけでもないが、北欧は四か国はあったはずだ。
そのすべてが同じ言語をメインで使ってるかといえば、おそらく違うだろう。いや、オレも詳しく知らんからアレだけども。
「なあ、オレもひとつ教えてもらってもいいか?」
「もちろんだよー」
「キートスってどういう意味?」
「キートスは『ありがとう』だね!」
「サンキューと同じ?」
「ういうい♪」
「なるほどなぁ」
って事は、昨日リーナと別れる際に言われたのはそのまま「ありがとう!」だったってわけだ。またひとつ彼女に対する理解が深まったな。
――理解といえば……母さん達が帰ってくる直前に教えてもらったジョーネツレフティオなる手帳の件がある。
実は歓迎会の準備をしている間に、こっそりあの手帳について確認してみたのだが。
『ジョーネツレフティオは、こっちの言葉にするなら情熱帳かなー。ジョーネツはそのまま情熱で、レフティオはワタシの国の言葉でノートを指すの』
『やりたい事リストって言えば伝わる? この手帳には日本で達成したいたーくさんの項目が載ってるの』
『えへへ。実はこのジョーネツレフティオの内容を達成するのが、勉強以外の大きな理由なのダ♪』
とまあ、そんな感じに説明をしてもらったのだ。
おかげでリーナがあの手帳をとても大切そうに扱っていたかの合点がいった。あの手帳に彼女が日本に来た目的の多くが載っているのだから、そりゃあ大事に決まっている。きっとその内容は情熱とキラキラに満ち溢れているのだろう。
「情熱……か」
誰の耳にも届かないつぶやきが漏れる。
ほんとに、オレも早く見つけたいものだ。
やや重い息を吐きながら適当に寿司を取ろうとする。
そしたら、
「ちょっと待ったー!」
姫奈にストップをかけられた。
「なんだいきなり。食べたい寿司ネタでもあったか?」
「それもあるけど、そうじゃなくて! このお寿司はリーナちゃんがご所望したんだから、おにぃが先に食べるのはどーかと思う!」
「あ、すまん。そういうことなら、リーナがまず最初に食べた方がいいわな」
どうぞどうぞとジェスチャーしてリーナに一番乗りを促す。
「で、では……せっかくなのでワタシから頂かせてもらいマス」
大分緊張した様子で寿司にトライし始めるリーナだが、なんで彼女はこんなにも緊張感を漂わせているのだろうか。
「もしかして、寿司はリーナにとって特別な食べ物だったりするのか? 海外だとタコがデビルフィッシュとか言われてるよな確か」
「そういうのもあるかもだけど、単純に日本のお寿司はワタシにとって憧れのご馳走なんだよ!」
「ご馳走? 日本の寿司が??」
「和頼くんは外国で出されるお寿司がどんなのか知ってる?」
「寿司は寿司だろ。にぎりの上に魚介類が乗ってるんじゃ」
「その認識で実物を見たらビックリするわよ~。なんじゃこりゃーって」
母さんがそんなお茶目な発言をするところが、今日のなんじゃそりゃーなんだが。
「まぁまぁ、とりあえずリーナちゃんは肩の力を抜いてひとつ食べてみなさいな。きっと気に入るわ」
「は、はい。ありがとうだよ名護美ぃ」
母さんの名前を呼びつつ、今度こそリーナがお寿司――まぐろの赤身が乗ったにぎりを自分のお皿にとる。この時、箸を意識して使わずに手づかみだったのは何かの礼儀かこだわりか。
まあ、手で掴んで食べるお寿司ってなんか美味いよな。
「では……」
じーっと皆で見守られながら、遂にリーナが本場日本のお寿司を食す。
おそるおそるといった感じだった少女が、むぐむぐと口を動かし――どんどんその表情からなる輝きが増していくのが手に取るように分かった。
「お、美味しい~~~♪♪♪」
どうやら想像以上にお気に召したようで何よりだ。
リーナはそのまま一貫ずつとはいえ、いくつものお寿司を頬張っていく。タコ、いくら、ぶり、ハマチ、うに。初見では「ん?」と手を止めてもおかしくない見栄えの寿司ネタでも一向に気にならないようだ。
「さ、サイコー! サイコーです、これが本場のSUSHI!!」
「そんなに美味しい? どれどれ~……パクッ、もぐもぐ。うん、いつもどおりのお店の美味しいお寿司だね」
「じゃオレも」
最初に味わうべき主賓が食べてくれたので、オレはマグロ辺りから攻める。うん、確かにとても美味しい。
その上で姫奈が言うようにいつもどおりの美味しさであって、リーナ程の感動はさすがにない。
「わ、わ、わ、すごいスゴイ! 前に食べたことのあるお店のとは全然違う!」
「その前に食べたお店の寿司があまりに微妙だったと?」
「北欧でもお寿司は食べれはするけど、ぶっちゃけあまり美味しくないかお寿司という名のなんちゃってSUSHIだったりするカラ」
「なんちゃって寿司?」
「たとえば、そもそも魚介を使ってない物ですね。野菜寿司みたいな?」
意味が分からん。トマトやキャベツでも乗ってるのか?
そりゃ確かに寿司とは呼びづらいわな。
「そういうのを食の違いっていうのかね」
「お寿司に限らず、食文化は大きな違いがあるものよ。日本に至ってはどんなものでも美味しく出来てるから、比べる相手が悪いかもだけれど」
父さんと共に諸外国を回った経験がある母さんが言うと説得力がある。
「もっと食べてもいいですか!」
「遠慮なく召し上がってね。足りなかったら追加で頼んでもいいし」
「わっほーい♪」
リーナが超ご機嫌でお寿司をパクつく光景は、大変微笑ましい。
付け加えるなら、その喰いっぷりは見てるだけでお腹がいっぱいになる人もいるかもしれないレベルだ。
オレはまあ……美味そうに喰ってる姿を見て、釣られるように腹が減ってきたけどな。食べ盛りだから。
「にしてもよく食べるなリーナは。嫌いな物や苦手な物は無いのか?」
「いやいやそんな、ワタシにだってそういうのはありますよー」
「の割にはどの寿司ネタも食べてるが」
「だってどれもとても美味し――――」
ニッコニコで食べていたリーナの動きが、ピタッと止まった。
電池が切れたおもちゃのように、それはもう突然にだ。
「…………」
「ど、どうした?」
「ほ」
「ほ?」
「ほわああああああ☆●▽※&%$$$!!?」
「なんだなんだなんだ―――?!」
ぶっとんだ叫び声をあげたかと思えば、リーナの宝石のような瞳からぶわぁ! と涙が滝のようにあふれだし、パニック気味に口元を押さえる。いやよく見れば口どころか鼻も押さえてるな。
「く、ぐちがーーーー、ぱなもツーーーーーンってーーーー!!?」
「ツーンって、もしかして……」
「あらやだ。まさかの当たりを引いちゃったのね」
「呑気に言ってる場合じゃないだろ母さん。リーナ、よくわからんがキツイならぺってしちゃえぺって」
「~~~~~~ッッッ?!!」
素直に吐き出してもいいのに、ブンブンと頭を振るリーナは頑なに口を押えて拒否の意志を見せた。食べた物を吐きだすのはマナーには反するかもしれないが、さすがにそこまで耐える必要はないと思うんだよなオレは。
と、姫奈の方からも悲鳴が上がる。
「うばあ!!? ちょ、ちょっとお母さん!! もしかしなくてもこの中のいくつかに強烈なわさびがてんこ盛りで入ってるみたいなんだけど?!」
「お店の人が気をきかせてくれたのかしらねぇ」
「そんな気遣いはいらないって!! はあああああ、口の中が大変なことにーーーー」
慌ただしく姫奈が向かった先は多分トイレだろう。我が妹は特段耐える気はないようである。
「……う、ぐぅ……こ、これが噂に聞く日本のわびさびぃ――。なんて強烈な……」
「詫びさびじゃなくてワサビな」
「うぐぐぐ、詫びて欲しいでごじゃる~詫びて欲しいでごじゃる~」
めそめそしてるようで割と余裕があるのか、変な語尾でシクシク泣いてるリーナは可哀想であると同時に笑いを隠さねばならない程に面白いことになってしまっている。
「ワサビが苦手……でも、そりゃあそうか。北欧にはきっとワサビなんて無いもんな。ほら、多分もう当たりならぬ大ハズレは無いだろうが、食べる前にネタをぺろっとめくれば見分けがついてあんし――ん?」
自分の皿の上に乗っていた寿司ネタをめくると、そこにはてんこ盛りの緑が仕込まれていた。ここから寿司桶に戻すのはアレなので、さほどワサビが苦手なわけではないが好きでもないオレが無言でパクリと食す。
「………………ふっ」
ニヒルな笑いを浮かべようとするも、中々強烈なツーンに襲われて涙目にならざるを得ない。。
「母さん」
「なあに?」
「今度お寿司を頼むときは、大将に絶対に当たりを仕込むなって言っといて」
「さび抜きを注文する際には念を押しとくわ」
「ひぃああああああ、ま、まだ口や鼻が大変なことにーーーーーー」
その後。
落ち着いたリーナはお寿司に対する警戒心丸出しで、ひとつ食べる度に中にワサビが入っていないかを確認するようになったのであった。
※※ジョーネツレフティオの達成項目について+リーナの手紙文章を挟む?※※
◆情熱レフティオの達成項目◆
☑本場・日本のお寿司をいっぱい食べる
☑ワサビに挑戦した
===学校へ
四月上旬。
三月末から続いていた春休みが終わり、新学期が始まる。
高校生活二年目に突入したオレの新たな学生生活がスタートする――――んだが。
「こんなスタートは予想外だったなぁ」
「これがっ日本の入学式!」
何故にかオレ達は、始業式より一足早い入学式に出席していた。
隣では興味深そうにキャッキャッしているリーナがいる。
わざわざ学校側の許可を得て先生方と同様に壁際に立つ。その目的を実行する辺り、なんとやる気にあふれている事か。
『だってワタシは新入生として入学式には出れないカラ! でもでも、せっかくだったら故郷にはないイベントをこの目で見たいじゃないか!!』
リーナが住んでいた北欧には、日本学生の定番たる入学式や始業式の類がないらしい。そう説明されれば彼女の行動も「なるほど」と思ってしまう。
日本の文化を学びにきたのであれば、母国にない入学式を見聞きするのは十分勉強になるだろうからな。
ただリーナの場合は。
『学園物でよく見かけるイベントだから! でも内容は詳しく載ってないから、今こそ真実を知るべき時なのダ!!』
既にこの数日間でオレも違和感を感じずにしっくりきてるのがすごいが、日本のアニメ漫画に対する弩級オタクたる彼女にとって学園物で出てくる入学式に対する興味は半端ない。
いや、正直に言ってしまえばマジかよと思ったぞ?
だってオレにとっては入学式なんぞ面倒で退屈がちなイベントのひとつだろ。それを嬉々として見たいって主張するヤツなんて基本的にどこにもいない。それが一年生ではない留学生の北欧人なんてどんだけ珍しいのか。
「わ~~~、みんな初々しくて可愛いです♪」
「高校一年生になったと言っても、つい一か月前までは中学生だからな。新しい学校に緊張してたり、馴染めるか気になってる奴も多い」
同じように新入生席に座っている同級生もほとんどが初対面。友達だってこれから作るんだ。そりゃ初々しいさ。
「ふふふっ」(←ぶんぶんと手を振っている)
「なにしてんだ」
「ワタシをじっと見てくる子がいたので、手を振ってみました」
「あまり目立たない方がいいんじゃないか」
「あ、手を振るとやっぱり目立ちますか? 入学式という新たな門出の行事にはふさわしくありませんかね?」
「そこまでは言わんが」
入学式で手を振ってはならないなんてルールは無い。
ただ、何だ。
この場において一応ひっそりしてはいるものの、留学生たるリーナの存在感はかなりのものだ。今は新入生が入口から順番に入場してくる途中なのでマシだが……この後に控えている校長の話が始まろうものなら、きっといつも以上に校長先生の方へ視線を向けるヤツは少なくなるだろう。
いやほんとに。リーナの目立ちっぷりが半端ない。
さっきからヤケにオレがいる方へちらちら見てくる人が多いなと思ったら、みーんなリーナを見てるわけだよ。
気持ちは十分すぎる程に分かる。オレだって自分が新入生の時に、なんかよく動く年上の美少女(多分先輩)がいたら絶対注目する。間違いない。
「写真を撮るなら今がチャンスだぞ。この後は関係者の静かなトーク、もとい眠くなる話が始まるからな」
「では和頼も撮ってくれますか。一人より二人の方がイイ写真も撮れますから」
「それぐらいなら構わないけど」
「いぇーい♪」
確かに構わないとは言ったが、真っ先に自分が写真に入るようにオレの前に立つのはどうなんだ。
まるで観光地の名所をバックにした観光客のようだ。
「こほん」
近くにいた先生が明らかにオレ達へ向けた咳払いをする。
その意図を理解しつつも、オレは聞こえなかったフリをしてやり過ごそうとした――のだが。
「だいじょぶですか先生。風邪気味なら無理をしない方がいいですヨ」
北欧から来た美少女には日本人らしい間接的な手法が通じなかったようで、割とマジトーンで心配しながら咳払いをした先生に声をかけてしまう。
まさかの反応に「え!?」と驚いてしまった先生の困惑顔に対して吹きだしそうになったのは秘密だ。
その後、特に突飛な出来事が起こるわけもなく(※リーナの存在が突飛すぎると言われたら否定できないが)、つつがなく入学式は終わりを迎えた。
「ルオツァライネンさん。日本の入学式はどうでしたか?」
「いえす先生! とても興味深かったですネ♪」
「それはそれは、日本の学校行事の一端が垣間見えたようなら何よりです」
リーナの見学許可を取ってくれた先生が話しかけてきたので、リーナがにこにこしながら対応する。そこに疲れた様子はなく、彼女のキラキラは微塵もくすんでいない。眩しい、なんて眩しいんだ。
オレはといえば、ホームステイファミリーの一員で同じ学校に通う同級生。その二つの理由によって付き添いで彼女の抑え役――もといサポート係として動いてただけなのにちょっとぐったり気味。
リーナのパワフルさが羨ましい。
「和頼、お疲れ様だよ!」
「お疲れぇ……」
若干お疲れ気分ではあるものの、表には出さずに無難な返事をする。
そこへリーナが追撃をしてきた。
「次は始業式ですね♪ 入学式とは何がどう違うのか、楽しみです♪♪」
「お、おぅ」
そうやって楽しみにしてくれる生徒(※しかも超可愛い外国人)がいるなら、式の準備や進行をしてくれる方々もきっと張り切るってもんだろう……。
「和頼和頼! 制服姿の学生がいっぱいいますよ!!」
「そりゃ通学路だからな」
「くぅ~~~~、憧れのジャパニーズスクールライフ~~~♪」
「前の学校とはそんなに違うのか」
「全然違うよ! だってこれまで通ってきた学校にはこんな可愛い制服なんて無かったもん!」
スカートを両手で一つまみしてからクルッと華麗なターンを決めてみせるリーナからは、光の粒子が舞っているかのように見えた。
その光景を目の当たりにしたラッキーな生徒達からは「おおっ」とどよめきが上がり、これまた注目が集まってしまった。
「見るなって方が無理だよなぁ」
新学期が始まる日。
見慣れないどころの話じゃない北欧出身の外国人美少女が歩いていたら、誰だって気になる。サポート役として並んで歩くオレだって気になるのだから当然だろう。
「にしても、リーナが通う高校がオレと同じ学校とはなぁ。てっきり留学生向けのトコにでも通うのかと」
「そういう学校もあるけど、ワタシは日本にある普通の学校に行きたかったんだ。和頼が通っている学校は他のトコに比べて外国との交流も多かったし」
「一年に何べんかだけある交流会の事か。外国に姉妹校があるとかかんとか」
そんな交流会に参加するのは生徒会役員や語学堪能で外国に興味がある連中なので、ちゃんと出たことがないオレが詳しいわけでもない。他の学校に比べたらそういう交流が盛んだと知ってる程度だ。。
「~~♪ ~~~~♪♪」
「鼻歌とはご機嫌だな」
「和頼は嬉しくないの?」
「嬉しく……?」
何がどうして?
「だって、こんな可愛い制服を着てるんだよ。これから新学期という新しい学園生活も始まる。進学して高校二年生にもなる。空はこんなにも晴れてるし暖かいし、桜はとてもキレイ! こんなのご機嫌にならないはずもなし♪」
春風に舞う桜の花びらの中心にいるかのように、リーナがくるくると回る。長い金色の髪が踊りながら煌めく姿は見惚れる程に美しい。
自分のようにくすくすしている男が近くにいるのは場違いではないかと感じつつも、キラキラした彼女の傍にいることで少しもテンションが上がらないかと言えば嘘になるわけで。
「まあ、ご機嫌とまではいかないけど」
「けど?」
「リーナと一緒の登校は悪い気分じゃない」
「ならばよし! だね♪」
テンションが上がりすぎたのか。ニコニコ顔のリーナがオレの腕に自分の身体を絡めてくる。
「ぅお」
その際に無視することが出来ない柔らかい膨らみの感触を味わってしまい、変な声が出た。そもそもが、まるで恋人を相手にするかのような積極的なスキンシップだというのに! 破壊力が何倍にも跳ね上がる。
「どうかした? 顔が赤いよ」
「いや……そっか、外国ではこういうのが普通なんだな」
「んふぅ?」
「あのなリーナ。トラブルに繋がるといけないから説明するとだな」
少なくともオレの知っている現代日本では、登校中に男女が腕を抱いて歩いたりはしない。そうやってコッチにおける常識のようなものを教えていく。
きっとこれから先、何度もこういうことはあるんだろう。
だが、リーナがその身体をすぐに離すようなことはなく、解放されたのは校門が見えてきた辺りだった。
で。
朝っぱらから大変目立つ行ないをしてしまったわけだが、リーナの目立ちっぷりときたらその程度で収まらない。
「和頼! 始業式は入学式と同じ場所でやります!?」
「そうだな」
「和頼~、ほらあそこの席が空いてますよ。並んで座りましょう♪」
「席は出席番号順だぞ。あとリーナはオレや他の生徒とは別途席が用意してあるって先生が言ってなかったか?」
「そういえばそうだったかも?! じゃあ……あ、先生! ワタシ、こっちの椅子に座りのですがイイですか!」
「さすがにソレは無理じゃ――」
「オールオッケーだって♪」
「許可が早い!?」
ウチの先生、あんなにレスポンス良かったか?
やはり女子には甘いという噂は本当だったのかもしれない。
「では並んで座りましょう♪」
「まあ、そういうことなら」
「~~♪」
「なぁ、リーナ」
「なに~?」
「ちょっと近すぎないか」
隣同士で座ったからといってここまで肩がぶつかるレベルで密着するか?
たまたま椅子の配置が近すぎなんてこともないだろうし。
「べ、別に和頼とくっついてると不安じゃなくなるってわけじゃないんだからネ!」
「どうした急に」
「えへへ♪ そういうツンデレなセリフがあって、一度言ってみたかったのダ」
てへぺろとちっちゃく舌を出すリーナが、少しだけ離れる。
それにしたってまだ近いが。つうか、袖をつまんでくるのはなんでだ?
疑問に思いながらリーナの顔をちらり。
すると、訝しむオレなんて些細なものだと思い知らされるような眩い笑顔のカウンターが飛んできて……結局は実害があるわけじゃないから彼女の好きにさせることにした。
「和頼和頼」
「んー?」
「ワタシ、大変なことに気付きました」
「どうした」
とんでもない真実を知ってしまったミステリードラマの登場人物のような顔つきで、リーナが口を開く。
「教頭先生のお話が、入学式のお話とそっくり!」
「気づいてしまったかリーナよ。いい機会だから教えとくと、こういう式における先生のながーいお話なんてのは似たようなもんなんだ」
多少の違いはあろうが、概ね同じような空気になる。
その空気が生徒にもたらすのが「早く終わらんかなー」となるのも同じだ。
なんて冗談めかして言ったら「な、なんですとー!?」とオーバーリアクションなリーナが生まれ太。
そんで教頭に睨まれた。とほほだわ。
たくさんの生徒の中でリーナだけがキラッキラッに瞳を輝かせる始業式が終わると、各自が二年生の間使うことになる自分の教室へと移動する事になる。
そのタイミングでリーナが先生に呼び出されたので、一旦別れ、オレが自分の席で突っ伏していると。
「新学期初日からお疲れ気味だね」
「よっ、道晃」
頭の上から聞きなれた友人の声がしたので、顔を上げる。
そこにはこれまた見慣れすぎているグリグリ眼鏡をかけた尻尾頭こと清藤道晃がいた。
「春休みボケ? それとも単なる寝不足? まさか運動のしすぎってわけじゃないよね。前に春休みはあまり助っ人で呼ばれてないって言ってたし」
「強いて言うなら異文化コミュニケーションに務めたかな」
「異文化? なになに、異世界からファンタジーな住人でも転移してきたの?」
「だとしたら、そういうのが好きそうなお前に真っ先に教えてるよ」
とはいえ、当たらずも遠からずか。
異世界じゃないにしても、遠く離れた異国から来た女の子はオレにとって似たような存在だろう。
「その時は是非頼むよ。でも和頼の唯一たる友人の僕としては、キミがやけに仲良くしていた美人さんが気になるね」
「お前以外にも友達はいる。勝手に人を寂しい人扱いするな」
「うんうん、少なくともあんなに目立つ子と一緒にいてぼっち扱いは難しいね」
で、あの子はどこのどなた?
ぐりぐり眼鏡の向こうにある道晃の目は、きっとそう問いかけている。
別に隠すようなことではないので素直に口にしてしまってもいいんだが……詳しく説明を求められること請け合いなので少し悩むな。
例えば、リーナがうちにホームステイしてる件については一応伏せた方がいいのか、とか。アイツがどう考えているかを知らないのにオレが勝手に誰かへ伝えるのは困るかもしれない。
ホームステイといえども、同年代の男女が一緒に暮らしているのは大きなスキャンダルになりかねないのだ。
「あー……アイツはだな」
「待った、当ててみせるよ。そう、きっとあの子は親同士が決めていた和頼の婚約者――」
「絶対あり得ないと分かって言ってんな?」
眼鏡をキラリと光らせながら道晃の口元がニヤリと形を変える。
いわゆるオタクである友人はそっち系の言動が多いものの、アホじゃない。なんだったら成績は上位だし。
「よお道晃。今度は同じクラスだ、よろしく頼むぜ」
「やあ、こちらこそよろしくね」
昔はともかく、今はそこまで親しくないであろう運動部系のクラスメイトから挨拶されても爽やかに反応できる。こういう場面ではオタク的な言動が出ないので、きっと相手は道晃のことを『勉強ができる眼鏡くん』と認識しているだろう。
「相変わらずオレ以外には二次元大好き系トークしないのか」
「あのねぇ和頼。何度も言ってきただろう? いくら僕らの年代になってからオタクが昔よりずっと受け入れられているといっても、誰もが和頼のように一切気にせず接してくれるとは限らないんだよ」
「オレはネタを振られても分からないんだが?」
「キミは分からないなりに理解してくれるじゃないか。あ、興味ありそうな漫画を勧めたいから今度貸すよ」
「ああ、ありがとな。じゃ、そういうことで」
「話の流れを終わらせようとしてもダメだよ。まだあの女の子について聞いてない」
よほど興味が湧くのか。今回の道晃は引き下がる様子がない。
もういっそのこと全部話した方が早いか……。そんな気分になってきた頃合いで、会話を強制的に打ち切れる担任の先生が入ってきた。
「ほれ、先生が来たぞ」
「むむっ、仕方ない。今回は引き下がろう……」
不満そうに自分の席へ戻っていく道晃。騒がしかった教室も各々が席についてしまえば静かなもんである。
「おはよう二年生の諸君。一年の頃から私の授業を受けている者からすれば今更だろうが、最初ぐらいはそれなりの挨拶をば。――一年間よろしく!」
かしこまってるんだか砕けてるんだかよくわからん挨拶を終えた担任に対して、生徒側から拍手やヤジが飛ぶ。元々好かれている先生なので、あの人が担任なのを喜ぶヤツも多かろう。
「では、高校二年生という青春の一ページを共にするクラスメイトの人柄や名前を知るために、順番に自己紹介をするぞ」
良くも悪くもざわつく教室内。
きたきた。こういうのも毎回やる定番だよな。リーナがこの場にいたらこれまた喜んだことだろう。
……ん? そういえばアイツの姿がないな。
ココにいないんだから別クラスか。
「ところで諸君らは、美味しい物は先に食べる派と後に食べる派どっちかな。ちなみに私は先に食べる派だ。コレは単に美味しい物は真っ先に味わいたいからで、考えようによっては辛抱できないからなんだが」
ふふんと、これから面白い物を見せようとしている人がするようなフリを担任が始めだす。
「ラッキーなことに、このクラスには他のクラスにはないビッグイベントが用意してある。先に言ったからには余りうるさくしないようにな? いいか? 絶対うるさくするなよ絶対だぞ?」
念入りに言い聞かせた担任が「入っていいぞ」と廊下の方へ声をかける。
すると、カラカラカラと教室のドアがスライドして――。
ざわっ!! と教室の空気が大きく揺れた。
しゃなりしゃなりと、日本人離れした容姿の女子生徒が入室してくる。
その姿は『慣れない場に足を踏み入れた初々しさ』と『決して気後れすることなく、背筋を伸ばして堂々としているカッコよさ』をクラスメイト達に感じさせたはずだ。
オレだってそうだ。
その上で、さっきまで超フレンドリーに接していた北欧美少女の登場に、どう受け止めていいのか困惑したのはオレだけだ。
なんだどうしたアイツ。
普段のパワフルすぎるぐらいにニコニコしてる時とはまるで別人だぞ。今のリーナはいいとこのお嬢様のようじゃないか。あの感じから実は『誰よりも弩級のオタク』とは誰も思うまい。
「彼女の名前はヘレナ・ルオツァライネン。こないだ日本に来たばかりのほやほや可愛い留学生だ。自己紹介の一番手はルオツァライネンに頼むとしよう」
担任が送った目の合図を受け取ったリーナが小さく頷く。
突然の外国人留学生にして超美少女の登場はよほど衝撃的だったようで、教室内はざわざわがやがや。だがそれも……まだ最初の波に過ぎなかった。
この直後に、チョークを手に持ったリーナが黒板に名前を書いたのだが――英語とは異なるであろう誰も読めない字で書いたかと思いきや、続けてその横にフリガナを振り始める。
あいつ、日本語を流暢に喋れるだけじゃなくて文字も書けるのか?
そう思わせるには十分すぎる日本語力を発揮したリーナが、クラスメイト達に向けて女神のような微笑みを披露する。いつもの元気いっぱいニコニコではなく、深窓の令嬢のようなエレガントさだ。
「うぐっ」「ぐは」「か、可愛い」「きれい……」
どうやら男女問わずに多数の生徒が胸を撃ち抜かれたようだ。
ちなみにオレはギリギリ被弾してない。
「うん、いいぞルオツァライネン。じゃ挨拶をどーぞ」
「……いえす」
緊張と照れから落ち着くための深呼吸。
なんか見てるこっちの方も緊張してきたかもしれない。
もしかしなくても親が子を見守る気持ちというのはこんな感じなのか? そんなツッコミ待ちのような思考でいたら。
「ん?」
一瞬で、静寂の雰囲気を醸し出していたリーナのナニカが切り替わった。
気のせいでなければその宝石のような瞳の奥がぎゅぴーんと光り、口元に不敵な笑みが浮かび上がったのではなかろうか。
で、飛びだしたのが。
「日本のみなさーーーーーーん、元気ですかーーーーーーーーー♪♪♪」
どこぞのプロレスラーみたいな一言目。
オレの中で完全に「あ、やっぱリーナだわ」と上手くハマらなかったピースが一発で合致した。
「初めまして! 北欧から来ましたヘレナ・ルオツァライネンです♪ 憧れの日本に来れて今の気持ちはとってもとってもハッピー! 日本の文化は最高です、リリンが生み出した文化の極みで一等賞。ではでは日本に来たのも留学も初めてだけど、どうぞよろしくだってばよ♪♪♪」
張りのある元気な声が、教室の後ろの壁に届くほどのボリュームで勢いよく叩きつけられる。この教室の中にいる者で聞こえなかったなんて思う者は皆無だろう。ついでに「は? 何が起きた???」とビックリ顔になってないヤツも皆無に違いない。
だが、一番驚いたのは多分オレだ。
あいつ! 初日の一発目から盛大にぶちかましおったわ。
なんという大胆不敵さか。
外国人ってみんなこんな感じのテンションなのか???
「ご清聴ありがとうだよー♪」
選挙カーの上に乗ってる候補者のようにリーナが手を振る。
唖然としていたクラスメイト達がどんな反応をするのか。これにはかなりのドキドキ感があったのだが。
そんなものは余計な取り越し苦労だった。
「う……」
「「「「「うおおおおーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」」
机や椅子どころか天井や床がビリビリと震える大歓声が一泊置いて巻き起こる。
散々前フリをしていた先生も一緒になって声を出してる辺りノリが良すぎだ。まあさすがに他の教室から苦情がきたらヤバイので「はいはい、静かにしろー」と皆の興奮ゲージが下がり始めた頃合いに止めに入っていたが。妙に手慣れてるのは何なんだろうか。
「ある意味盛り上がる自己紹介の手本になったが、キミらは真似しなくていいからな。というか、出来るなら避けてくれ。他の先生から私が怒られる」
お茶目なジョークを交えつつ、担任がリーナに改めて声をかける。
「ルオツァライネン。キミの席はあそこだ」
「あいあいさー♪」
「ここは『はい』と返事をすると、他の先生から注意されないぞ」
「はい!」
「うんうん、その調子だ」
完全にいつもの調子になったリーナが向かってきたのはオレ――の隣の席である。
休みか何かでいないのかと思いきや、専用の席だったか。
「モイ! よろしくお願いしますね~♪」
「よろしくー」「こちらこそ」「分からない事があったら訊いてね」
こっちに来るまでの短い間にも何人もの生徒と和やかな挨拶。リーナのぶちかまし自己紹介は見事に人の心を掴むのに成功したようだ。
んで、いよいよもってオレの前まで来たかと思えば。
「モイ~♪」
もんのすごいドヤ顔気味な微笑み後に、隣りの席に座った。
一発目の挨拶に成功したのがそれだけ嬉しかったんだろう。
「よーし。じゃあ次は出席番号順でやってくぞー」
「先生。あの挨拶の後じゃハードル高いっすよー」
「飛び越えられないハードルはくぐればいいんだ。はよやれー」
名言っぽような駄文のようなことを口にした担任によって小さな笑いが起きたあと、今度こそ普通の自己紹介が進んで行く。
当然オレもやることになるわけで、佐倉崎の苗字ゆえに出番は割と前半になるわけだが、そこは何だ。
「佐倉崎 和頼です。これからよろしく」
特にウケ狙いをするわけでもなく、ものすごく無難な――言い換えるなら特徴も面白みもない挨拶でフィニッシュした。
「ふ~~~」
各自の自己紹介後。
やっと一息吐いたのはアレやコレやと連絡事項の多いホームルームが終わってからだった。
すぐ隣を向けば、リーナの下にはクラスメイト達が群がっている。
「さっき口にしてたモイって外国の挨拶なんだよね?」
「この学校を選んだ理由ってあったりする?」
「時間がある時でいいから! ウチの部活を見に来ないか!?」
「ほんとに可愛いし綺麗~やっぱり肌や髪のケアって外国のを使ってたり――」
怒涛の質問責めに勧誘、お褒めの言葉等々。
まだ出会って一時間も経っていないはずなのに随分な人気者っぷりだ。
「和頼」
「なんだ道晃? 訊きたい事は本人に直接訊けよ」
「悲しいこと言うな。あの輪の中に割り込むのは隠れオタクには厳しいって」
そういうお前の発言の方が悲しくない?
「ルオツァライネンさんとはどういうご関係で?」
「クラスメイトで同級生」
「へぇ? クラスメイトで同級生なだけで登校と始業式でイチャつき、果てには専用のハッピースマイルセットを貰えると」
「…………」
個人的にはそんなにイチャついた記憶もハッピースマイルセットを貰った覚えはないが、周りからはそう見えたのか。
「他に挙げるとすれば、隣の席なのがお前と決定的に違うわな」
「隣りの席にいるだけであんなに可愛い子とお近づきになれるだって!? ソレなんてラブコメだよ!」
「そんなこと言ったらお前だって、偶然同じ場所に居合わせた女の子とよく仲良くやってんだろが」
「同行の士が好きな作品について語り合うのは当たり前だよ。美少女留学生と無駄に仲良さそうなんて超レア体験と一緒にしないで欲しいな」
うん、何が違うのかオレには分かんねえわ。
よーし、ココは適当に誤魔化して後日決着をつける方向で行こう。
「あのなぁ、別にそんな大したことじゃな――――」
「ええ!? ルオツァライネンさんって佐倉崎くんと一緒に住んでるの!!?」
すぐ近くから大声が響き、オレの声をかき消す。
「和頼」
「なんだ親友」
「今、とんでもない新情報が大っぴらかつ大胆に知れ渡ったんだけど」
「気のせいかもしれないぞ。最近耳鼻科には行ったか?」
無理矢理目を逸らすのが精一杯なオレ。
「どうぞリーナって呼んでネ。友達や家族は皆そう呼ぶダカラ」
「リーナ?」
「要はあだ名でしょ」「なるほど」
「じゃあじゃあ、佐倉崎くんとリーナちゃんって……同棲してるの?」
「はい♪」
気のせいというには厳しすぎる発言が、再びリーナから発せられた。
オレに顔面を近づけてくる道晃の圧がヤバイ。
「かーずーよーりー?」
「なんだい道晃くん顔が近いよ」
「耳鼻科に行く必要がないひとつの真実が明かされただけど?」
「誤解と語弊がある」
「どこにだよ!?」
「一緒に暮らしていると同棲している。この二つは概ね同じ意味だが、聞き手のニュアンスで変わってくるんだ」
自分で言っておいてなんだが、苦しい言い訳だ。
「ええっ!? その二つには違うニュアンスがあるの和頼!」
「ココでお前が割り込んできたらダメだろ! 後で説明するから今はスルーしてくれないか」
ややこしさが倍増してしまうだろうが。
「ノンノン、間違えているのなら早いうちに直した方がいいでしょ! 何がどう違うのか教えて欲しいのダ」
「えー……あー……」
「なんだなんだどうした」
「佐倉崎がルオツァライネンさんに対して、同棲について語るらしいぞ」
「ほほう、それはそれは」
わらわらと集まって囲んでくるクラスメイト達の玩具を見つけたような笑顔が恐ろしい。下手打ったら何をどう言いふらされるか分からん。
そこでオレが取った手段は。
「そんなことよりリーナはホームルーム後に学校案内をして欲しいって言ってたろ。すぐに行動開始しないと説明しきれなくなるがいいのか?」
「そ、それはマズイですぞ?!」
リーナを利用して、強引にこの場を離れることであった。
「すぐに行きましょう和頼!」
「ああそうだな! というわけで済まんな諸君、また今度!!」
コレがオレ一人で逃走しようものなら屈強な運動部員達に妨害されたかもしれないが、リーナが望んで出ていくというなら関係ない。むしろ快く送り出さねば心象も下がるというものだ。
そんな状況を生かして、オレはリーナに引っ張られるような形でそそくさと教室を後にする。
「ちぃ! 逃げたか!」
「一緒に暮らしているって分かっただけで大ニュースだけどね」
「ドキドキする―。ふ、二人ってやっぱりそういう系の関係なのかな……、家族公認の大人な関係的な」
かすかに耳に届いた言葉は、聞こえなかった事にしよう。
とはいえ――――上手い言い訳は後日用に考えておいた方が良さそうだが……。
「さあ和頼! どこから案内してくれますか♪」
もしかして、今日はずっとこんな調子が続くというのか?
…………余計な誤解を生まないよう、細心の注意を払わねばならんな。
「案内するのはいいとして、具体的に行きたい場所はあるのか?」
「むむむっ、それは悩んじゃうね」
「悩んじゃうほど多く行きたい場所があると?」
「そうだよー。ワタシにとってはこの廊下だって珍しいんダカラ」
廊下? なんで廊下?
この何の変哲もない一直線の通路にどんな魅力があるのか。
「不思議そうな顔してる」
「正直なところ、リーナが何を珍しがってるのか分からん」
「ふふふっ、和頼が北欧に学校に来たら違いにビックリするんだろうね」
「そんなに違う?」
「全然違うよ~。たとえば……廊下にロッカーが無い!」
「ロッカーって……物をしまうロッカーだよな?」
「いえす! 故郷の学校はみーんな廊下にロッカーがあるんだよ。外国のドラマや映画で学校のシーンを観たことない? あんな感じ!」
言われて映画の記憶を掘り起こしてみる。
そういえば確かに若者が登場する映画には、ロッカーがある廊下が映っていたような気がする。観てた時には全く気にならなかったが、もしアレが日本の廊下と比べてみればどうかと問われれば『違う』と応えるはずだ。
「なんで廊下にロッカーがあるんだ?」
「教室にロッカーがないからだよ」
「教室と廊下のどっちにもロッカーあるんじゃなくて?」
「そもそもの前提が違うんだヨ和頼。北欧の学校はね、日本でいうところの自分に割り当てられた教室がないの」
「自分の教室が……ない?」
「えーとっ、どの授業も決められた場所で行なうようにって言えば伝わる?」
「要は、オレ達でいうところの移動教室がメインって事か? 決められた自分の教室がないからロッカーもない。だから廊下に設置してると」
「そうそう!」
なるほどなー。そりゃあ廊下の光景すら珍しくも感じるか。
「廊下ひとつで珍しく映るなら、いっそ学校中をぐるっと案内した方がいいか」
「そうしてくれると嬉しいだ♪」
「OK。したら近場から順番に行ってみよう」
「ひゃっはー、日本の聖地巡礼の始まりだよー♪♪」
「聖地?」
「日本の学校は、アニメにも頻繁に登場する場所だから!」
「ああー、聖地ってそういう意味合いの? でも、この学校自体がモデルになったなんて話は聞かないが」
「それはそれコレはコレ! 確かに、作品の舞台として使われたトコなら超嬉しいけど贅沢は言わないよ。日本の学校ってだけでワタシには聖地なの!」
「さよか」
もしこの学校に魂が宿っているのなら、こんなにはしゃぐ留学生の登場はさぞお喜びになっているかもしれないな。
そんな妄想をしながら、リーナを連れて案内を進めていく。
基本的な教室は自分達のクラスと大差がないため、リーナが気になって足を止めない限りは軽くスルーでいいか――なんて考えていても各教室にいる同級生達の日常的な学校生活はリーナの目を惹くようで、しばしば足を止めては幾らかの質問をされた。
「和頼! さっきの教室もそうでしたが、下校していい時間になっても多少の生徒が自分の教室に残っていたりするね! 何か理由があるの?」
「……自分の教室なら別段とやかく言われないから、かな?」
「他の教室ではとやかく言われるの?」
「『なんで居るんだ?』ぐらいには思われるだろうな。今はクラスメイトの顔と名前をしっかり把握出来てないから、他クラスの生徒がいても分からないだろうけど」
「特に入ってマズイわけではない?」
「マズくはないが、多少は気まずくなる可能性がある。自分のクラスという集団に、別の集団の生徒が入ってくるわけだから」
「ぉぉぅ、そういうものなんダ……。クラスという集団に別の集団の人が来ると違和感が強いわけだね。じゃあ他クラスの人と友達になるのは難しさアップダヨ」
「そんなにたくさん友達が欲しいのか?」
「え? だって日本の言葉で『友達百人出来るかな!』ってあるじゃない。アレってたくさん友達作ろうねーって推奨する意味だよね」
「言われてみれば……そうかも」
そもそもは古い歌か何かだったっけ?
帰ったら母さんに聞いてみた方がハッキリ分かるかもしれん。
「和頼は友達百人います?」
「数えたことないから分かんないな。案外いるかもしれないが、オレは大人数でつるむ機会はそこまで多くないし」
「ええ!? 和頼ってば多人数でつるむ機会が少しでもあるの??」
「え、そんなに驚くとこか?」
むしろ普通じゃね? 大人数でつるむ機会なんて、そもそも交友関係が普通以上に広くないと無いだろ。
「さすが裏でHENTAI文化が開花し続ける国だね。そっかぁ、和頼ってばそんなに女友達ととっかえひっかえ……破廉恥!!」
「だれが破廉恥か!」
「だって! だってだってだって、つるむってそういう意味じゃない!?」
高速で自分のスマホを操作したリーナが、表示した画面をオレに見せつける。
そこは日本語の言葉について解説している辞書のようなサイトであり――。
『つるむ』
/意:交尾する、つがう
初めに出てきたのがコレだった。
とんでもない誤解である。
「全然違うわ!? 何を想像してんだお前は!!」
「わっつ!?」
「オレが口にした『つるむ』ってのは、そういう意味じゃない。一緒に行動するとかそういう意味だ」
「え……じゃあ、この例文は……?」
/一例:夜の歓楽街をつるんで歩く
「合ってない! ……いや、本来の意味的には合ってるかもしれんがっ、少なくとも学生が使うことはほぼ無い」
「じゃあ和頼は、夜の歓楽街を友達とつるんで歩かない?」
「ないよ」
少なくとも今は。
「ホッ、良かったよー。日本の学生はそんなに爛れてるのが一般的なのかと……」
「そんな一般常識は知らん」
日本の皆、オレはたった今この瞬間に北欧美少女のとんでもねえ誤解を解いてやったぞ。褒めてくれ、これで間違った常識が北欧に届くことはない。
「やれやれ、リーナは日本の文化が好きって割には変なところでポンコツってるよな。常識的に考えておかしいとは思わないか?」
「思わないわけじゃないけど、日本アニメには一人の主人公に対してたくさんの異性が関係を持つハーレム物が割とあるでしょ。だから本当なのかなーって」
「マジで?」
「いえす。界隈によっては大流行してるよ」
マジで?(二度目)
道晃のヤツに今度確認してみるか……。
「それはさておき、そういうのはフィクションだフィクション。皆無とまでは言わないが、そこかしこに転がってる状況じゃないぞ」
「そ、そうなんだ…………。たくさんの女の子に囲まれてあたふたしてるラッキースケベの現場は一度見てみたかったダ」
お前の興味が向いてる方向が分からんくなったよオレ。
外国から来たオタクは皆こんなだったりするのか?
「そんなハーレム状態の男が好きなのか?」
「ノー。むしろ可愛い女の子の方が好き」
「ほう、ツンデレとかそういうヤツ?」
「ツンデレ! アレはいいものだよー、誰もかれもが可愛くてギャップ萌えがすごくて……推せるね!!」
しまった、オレが推しの概念に着火してどうすんだよ。
このあとリーナのツンデレ好きトークが続いたのだが、オレはその半分も分かる事ができなかった。
「さて、音楽室、家庭科室、理科実験室に多目的フロアと回ってみたが、次は一旦外に出るか」
「いよいよ屋上かな!?」
「なんだ、そんなに屋上に興味があるのか?」
「あるある! すっごいあるよ!! だって屋上と言えば、イベント発生ポイントの王道でしょ!!」
力強く言い切るリーナ。
その気持ちをオタクじゃないオレは共有しにくいのだが、彼女がそこまで言うからにはそういうもんなんだろう。
「ガッカリさせそうで悪いが、ウチの屋上は基本的に立ち入り禁止だぞ」
「なじぇ!?」
「危ないから、だったかな? というか余程屋上を有効活用しようとしてる学校でもなければ屋上は入れない学校の方が多いだろ」
「オーノゥ……」
がっかりしてる、すんごいがっかりしてる。
「ただ」
「ん」
「それは表向きの話で、入る方法が無いわけでもない」
「え!? 教えて和頼! どうやったら入れるの!!」
今度は食いつきっぷりが半端ない。忙しいヤツである。
「ひとつは怒られるの覚悟で、こっそり入る。屋上に続く扉の横には窓があって、そこは鍵がかかってるわけじゃないからな。やろうと思えばいける」
「アウトローな話だねぇ」
「もうひとつは、ちと手間がかかるけど屋上の鍵を借りて堂々と入る」
「なんだー、借りれるなら難しくないでしょ」
「その借りる先に上手く話しをつけないとダメなんだ。今日は無理だけど、そんなに入りたいなら今度なんとか出来ないか試してみるのも――」
「やったあ♪ ありがとだよ和頼ッ」
リーナがぴょんぴょんと飛び跳ねる。
その度に世界クラスの胸がポインポイン揺れてしまう。
こいつは危険だ危険すぎる。うかつにジャンプもさせられない。
「そんな訳で、屋上以外を見て回ろう。
【中庭】
「天気の良い日に多くの生徒が集まる場所だな」
「仲良くランチタイムする?」
「そんな感じ。あとは適当にボール遊びをしてる奴もいる」
「ドッジボールですか、イイね!」
ドッジボールとか懐かしすぎか。
小学生ならまだしも高校に入ってドッジボールをする奴は少ないだろう。
【プール】
「ウチの学校は屋外プールだから授業で使うのも夏のみだけどな。時々イベントで使ったりはしてるらしい」
「夜中に忍び込んでこっそり入っちゃうドキドキ空間だね♪」
「え、プールってそういう認識?」
「日本のプールは、男女間の仲を極地的に深めるスポットだから!」
バレたら説教待った無しスポットの間違いでは。
【音楽室】
「椅子だけであまり楽器は無いみたいだけど……」
「吹奏楽部の知り合いによると、楽器には高価な物も多いから基本的には楽器置き場に仕舞ってるんだと」
例外として、ピアノのような簡単に運べなくて授業で使われる楽器は設置されたままだけどな。
「あ! これって大太鼓だよねッ、日本の伝統楽器!!」
「そうだな。それもデカイから端っこに置いてあるんだろ」
「……うずうず…………てぇい!」
ドーン!
大太鼓のいい音が一発響いた。
「わあーーーー、大きな音♪」
「あまり鳴らしすぎると誰か来るかもしれない。ほどほどにな」
大太鼓を楽しそうに触ったりバチで叩てみるリーナは小学校低学年のようだ。オレもあの頃は大太鼓を叩くだけで笑ってたっけなぁ。
「そういえばリーナはこんな話は知ってるか? 誰もいないはずの音楽室に近づくと、ひとりでにピアノが鳴っててさ。一体どうしてと思って確認すると」
「すると?」
「天井から滴る血でピアノが鳴ってるんだ」
「えええええ!? なにそれホラーーーー!!?」
単なる学校七不思議系の話を振っただけなのだが、リーナは満点のリアクションをしてくれた。調子に乗ってその後もいくつかの定番怪談話をしてみただのが、途中で「怖いのはお腹いっぱいだよ!」とストップが入ってしまう。
もしかして怖い話は苦手なのかもしれない。
【部活棟】
連絡通路を通って移動した先にある少し古い建物は部活棟と呼ばれている。
正確には部だけではなく同好会も使っていたりするが、昔から色んな人が部活棟部活棟と呼んでいる内にそう定着したのだとか。
「ココは部活動用の教室がたくさんある建物だ。運動部・文化部、規模の違いなんかに関係なく活動で使いたい奴が使ってる感じだな」
「おおー、部活動専用の校舎なんだね!」
部活という単語に対して、リーナのテンションが更に上がる。
「和頼は何部なの?」
「帰宅部」
「きたくぶ?」
「どこの部や同好会にも入ってない奴を帰宅部って呼んだりする。活動内容は授業が終わったらすぐに帰宅するだけ」
「えええ!? なんでどうして!!?」
「それは――」
オレの場合は、部活動に打ち込んでいるヤツと同等以上のキラキラも情熱も見つけられなかったから。
そう発しようとした口からは、情けない真実を暴露するのを避けるように声が出なかった。代わりに出たのは無難な答えだけだ。
「この学校の部活は、必ず入る必要がないからな。授業が終わった後にどう過ごすかは個人の自由なんだよ」
「ふーむむ? 自主性を重んじるっていうー事かな?」
「多分な」
「そっかぁ。和頼が入ってる部活ならワタシも入ってもいいなって考えてたのにぃ」
意外な考えに少々驚く。
リーナがそう考えるようなナニカをした覚えがオレには無い。
「リーナならどんな部活でも歓迎されるだろ」
数多の目を惹く美少女留学生の入部希望を断る輩などいない。
仮にオレが所属してる部にリーナが入ろうとしたら、両手でバンザイして大歓迎するはずだ。
「どうかなぁ? ワタシは部活動はやったことがないから上手く活動できないかもしれないよ」
部活棟の廊下に足を踏み入れたリーナが自信なさげに呟く。
「なんだ、リーナも帰宅部だったのか?」
「ううん。そもそも学校に部活動そのものがなかったの」
先を歩いていたオレは足を止めて振り返る。
「部活動そのものが無い?」
「いえす。いわゆる日本の学校にある部は、ワタシの故郷にはないよ。和頼風に言うなら、みんな帰宅部になるかな?」
「……リーナの故郷では、みんな灰色の青春を送っていると」
「あははは♪ 灰色の青春とは独特な言い方だねっ。心配しなくて部活動が無いだけで、住んでいる地域に習い事教室やスポーツチームはあるから。何か頑張りたいものがあるならそっちに行くの」
「あー、そういう感じなのか」
学校の部活がないだけで、本当に何もないわけじゃないのか。
大分焦った。危うく北欧がオレの脳内で悲しい土地になるとこだった。
「……でも、部活は無いからね。部活動が日常的に行える日本はひどくうらやましかったよ」
「そんなにか?」
「そうだよー。だって、学校の同級生やクラスメイト、先輩後輩と一緒に同じものを目指したり作ったりできるから。そういうの、とてもいいじゃない♪」
言いきったリーナの顔は心底明るくポジティブなものだった。
何の含みもなく、彼女のは純粋に部活動がとても良い物だと信じている。
もう何度目になるかわからない眩しさに目がくらみそうだ。
もし、オレが何かしらの情熱を既に見つけていたのなら……リーナはうらやましく感じてくれたのだろうか。
……わからないな。
確実に言えるのは、リーナの考え方にはとても共感できるという事だ。
「そうだな、いいものだ」
「だよだよ♪」
「だったら気になる部活があったら体験入部してみたらいい。もう少し経ったら新入生の部員を増やすために各部活がこぞって動き出す。みんな躍起になって部の説明をするし、何が楽しいか何が出来るかなんかを教えてくれるぞ」
「ほんと!? それは楽しみだね♪」
「それはそれとして、今だったら気になった部を覗いてみるぐらいはOKだぞ。オレは帰宅部ではあるけど、そこそこ知り合いがいるからな。挨拶がてらちょっと寄ってみるぐらいは問題ない」
「おおー、和頼は顔がすごくデカいね♪」
「……もしかして広いって言いたいのか」
「そう、それ!」
ビビった。
いきなり真正面から『顔がすごくデカイですね』なんてガチで言われた日には、どんなリアクションを取ればいいのかサッパリわからん。
「何かしら興味のある部活はあるのか?」
「あるよ!」
「どんなの?」
「アニメ漫画研究会!」
清々しいまでに予想のど真ん中をぶちぬく答えに、つい笑ってしまう。
ほんとにそういうトコはブレない奴だなぁ。
「和頼なんで笑ってるの? 何か面白いことあった?」
「リーナと一緒だと飽きないなって」
「ワタシも和頼と一緒だと飽きません。とってもハッピーだよ♪」
屈託なく言い返されてしまい、ほんのり照れる。
そこで、校舎の方からコッチへ駆けてくる男子が窓の向こうに見えた。
お互いに知ってる仲だったので軽く手を挙げてきたソイツに対して、オレも挙げ返す。
「どうしたどうした和頼。誰かに呼ばれてきたのか? さすがに始業式の日から助っ人を頼もうとするヤツなんていないだろ」
「特に呼ばれたわけじゃない。オレは留学生の案内をしてるだけ。ちょうどいいからお前さ、バスケ部の一員としてこの子にどんなことやってるか教えてやってくれないか」
「モイ~♪」
「はぁ? なんだそれ――――って、どっから連れてきたんだそんなべっぴんさん!? うちの学校にそんな子いたか??!」
べっぴんさんて。
何故そこで古風な言い回しをチョイスしたんだコイツは。
「べっぴんさんなんてそんな……照れちゃうよ」
そしてその意味を理解できる北欧美少女の存在よ。
「可愛い、可愛すぎる。キミさえ良ければ、今日からでもマネージャーにならないか? プレイする方がいいなら女子バスケ部に推薦するけど」
「待て待てまーて、ステイだステイ。勢い任せに手を握ろうとするんじゃないよこのむっつりスポーツマンが」
リーナの前に割って入り、知り合いの手をべしっと弾く。
「邪魔すんな和頼! 今いいところなんだ!!」
「おまっ、ガチトーンかよ。そんな風にがっつくから女子に避けられるんだぞお前は」
「てめえ!? 周りが思ってても口にしないような事を堂々と言いやがって。デリカシーってもんがねえのかあ!!」
「アハッ、和頼と彼はとても仲良しなんだね♪」
「男同士の付き合いなんてこんなもんだ」
そんなやり取りがあって……。
半ば強引に生まれた流れによって、最初に覗く部活はバスケ部となったのだが。
バスケットボールを巧みに扱って見せる知り合いの熱烈アピールに対するリーナの返事は。
「ワタシはバスケ部には入らないかな♪」
何一つ容赦のないズバッと切り捨て御免な代物だった。
これこそ真にデリカシーが無いとは言うのではないか?
学校案内を大方終えて自分達の教室に戻ってくる。
そこにはもう誰の姿もない。クラスメイト達はとっくのとうに家に帰ったか友達とどこぞへ遊びにでも行ったか。
いずれにせよ始業式後に長く教室にいるような生徒は極一部だろう。
「オレ達も帰るか」
「……んー、もう少しだけココに居てもいい?」
このあと特に用事があるわけでもない。
少し前に友人から遊びに誘う連絡はあったが、リーナのサポート役を引き受けた身としては彼女の望むままに付き添おうと決めていたので「また今度な」とだけ返していた。
何より、オレ自身が北欧からきたこの留学生となるべく一緒にいたかったというのもある。リーナはどうしてこんなにもキラキラしているのか。それが知りたかったのだ。
すぐそこにいた彼女はゆっくりと歩きながら、机や椅子の縁をなぞり、教壇に上がって全体を見まわしている。続けて外側の大きな窓を開け放つと眠気を誘うような心地よい春風に乗って、ひらりひらりと桜色の花びらが教室の中へ入って近くにあった机の上に辿りついた。
そんなちょっとした出来事を楽しむように、リーナが自分の席に座ってから迷い込んだ花びらを手の中に仕舞いこむ。何故かは分からないが、どこかで見た映画のワンシーンを目の当たりにしているような、そんな気持ちになった。
ただまあ、その映画のキャストは嬉しそうにだばーっと机に突っ伏したりはしていなかったが。
「えへへ♪ 今日はいっぱい案内してくれてありがとね和頼」
「どーいたしまして」
「ワタシにとってこの場所は、お伽噺の中に出てくる遠い異国の素敵な場所そのものだから。本当に嬉しかったよ」
「サポート役として当然のことをしたまでだ」
「律儀だね。日本人らしいよ」
「そういうもんかね。誰だってそうするもんじゃないか? 仮にオレが居なかったら、リーナは困るし満足に見て回れなかったろ」
リーナだったらマイペースにあっちこっち回れなくもない気がするが、そこはそれ。普通に考えれば来たばっかりの異国の学校で自由気ままに過ごすのは難しいはずだ。
大体、心細くて仕方ないだろう。
いつかの知らない外国に行っていた幼いオレのように。
「そういうところ、好きだよ~」
「は?」
聞き間違いか?
いきなり『好きだ』と告白されたぞ?
「日本人は他の国に比べて、自分以外の人の事を考えて動くのが素直にワンダフルだよ。ルールに則って秩序を乱さないよう行動する。どれだけ長蛇の列になってもお店にちゃーんと並ぶの、日本以外だと考えられないよ」
ニュースか何かでそんな事を言われていたような、無かったような。
少なくともソレ自体をおかしいと考えたりはしなかったかもしれない。
「実際なってみないとわからんけど、大半の人は列に割り込むような真似はしないかもな」
「すごいすごい!」
「特にすごくはないような……」
「いやいやご謙遜を」
「いやいやそんなそんな」
「んー、あんまり謙遜は美徳になりやすいけど、やりすぎると良くないよ。特に和頼は、けっこー周りに気を回しすぎるタイプでしょ」
ドキリとした。
見透かされたみたいだったから。
「……なんでそう思ったんだ?」
「ワタシに対して、そんな感じの態度だから」
「実はこれでもけっこー好き勝手フリーダムにやってるんだ」けどな
「ふむぅ? 正に今、ワタシに対して気を遣って誤魔化してるのに?」
「……誤魔化してないぞ。本当に好き勝手にやってるんだ。実際必要以上にリーナの傍にいるだろ」
「そんなの好き勝手とは言わないよ」
「オレの場合はそうなんだよ。つまり、どういう事かって言うとだな――」
そうしてオレはリーナに付き添っている理由を話した。
自分が何に悩み、どうしたいのか。……その道筋が見つからずくすぶっていて、くすくすになっている事を。
「キラキラと、くすくす……」
「具体的にそれらがどんな物だってのも上手く言えない。ただ、オレからすれば今のオレはくすくすしてるんだ。クラスメイトや同級生、友達や家族がキラキラしてる瞬間は何度も目にするのに……今のオレにはソレがない」
これまで何もしてこなかったわけじゃない。
むしろ何もしていないのなら「そりゃあキラキラするはずがないだろ」と一蹴出来た分、現在はめんどくさい事になってるとも言えてしまう。
「スポーツに本気で打ち込んでるヤツなんかいい例だ。いつ何時でもソレだけを考えて、何が一番いいかを選んで行動してる。たくさん練習して、認められて、試合に出て、活躍する」
もちろん誰でもそんな分かりやすい道を進むわけじゃない。挫折も諦めもある。ただそれでも、強い情熱を持っているヤツというのは眩しくキラキラしている。むしろ折れかけた時程、とんでもなく輝いているのだ。
「オレも、欲しいんだ。熱中できる何かが、ソレがオレのやりたいことで今の生き甲斐なんだと胸を張って言える、キラキラした情熱と輝きが」
「…………」
「で、それをリーナは初めて会った時から持ってたんだよな。なんつーか、誰よりも明るくキラキラにまぶしかったんだ」
「ワタシが、キラキラ?」
「そ、キラキラしてる。ぶっちゃけものすごく羨ましい」
「ふーむむむ」
「だから、お前の傍にいればオレもそのキラキラをお裾分けっつーか……何か自分だけの情熱に繋がるヒントが得られるんじゃないかなーみたいな。とにかく色々と打算があったわけ。な? 自分勝手だろ」
胸の内を打ち明けて溜まっていたものが無くなりでもしたのか。
割かしスッキリしてしまった。
これまた自分勝手な話だ。
そんな身勝手な理由をぶちまけられた相手はたまったもんじゃない。大きな怒りをぶつけられても仕方ないだろう。
――――そう考えていたんだけどな。
「うーん、和頼は細かく色々考えているんだね。でも、でもさ」
「ん?」
腕を枕にしていた頭をオレの方へ向けた、リーナがハッキリと言い切る。
「初めて会った時、和頼がワタシを助けてくれたのは……あなたが相手を心配できる心を持った人だからでしょ」
そんな言葉をかけられてしまったオレは、数秒ポカンとしてしまった。
「こないだお店の前でぶつかった時、覚えてる。和頼はワタシが地面に落とした荷物を全部拾ってくれたじゃない」
「コッチに非があるかな」
「ソレは違うよ。あの時、確かにワタシ達はぶつかったけれどどっちが悪いかで言えば間違いなくワタシだから。もし周囲の誰かに聞いたのなら、百パーセントはワタシの方がよろしくないって証言したでしょ」
「…………」
オレは「んな事は……」と変にどもりながら後頭部をガシガシとかいた。
上手い言い方が思いつかなかった。
「あの時のワタシは、長時間フライトの影響で寝不足と時差ボケのダブルパンチ、体調ビミョーでフラつき気味だったでしょ。近くの人に変な風にぶつかって怪我をさせていたかもしれない」
「さすがにそこまでじゃなかったろ」
頭を左右に揺らしてはいたかもだが。
「事実だよー。でも、そんな決して良くないはない相手を和頼は助け起こした。落とした物も拾ってくれた。何より大切な手帳も」
「ソレ、持ってきてたのか」
学生鞄の中からリーナが取り出したのは古ぼけた手帳、ジョーネツレフティオ。そのページがたおやかな指でパラパラとめくられていく。
「おかげ様で、もういくつかの項目が達成されたよー。ワタシだけじゃこう簡単には行かなかったね!」
達成された項目を歌うようにリーナが読み上げていく。
「日本人に親切してもらう。その時はちゃんとお礼を言う」
「……」
「学校の制服を着る。誰かに可愛い褒めてもらえたらなお良し」
「……」
「同じ学校に通う子に、学校案内をしてもらう。可能ならたっぷり時間をかけて」
「……どれもリーナなら難しくはなかったさ」
その積極性と行動力があれば。
そういう意味合いで発した言葉だったが、彼女は多少違う受取り方をしたらしい。
「もー、そんなことないよ! だってコレ、どれもワタシ一人だけじゃ出来ない事ばっかりじゃない。他の誰かがいなきゃ完全達成ムリムリよ。……あ! いけないいけない、今の内に出来立てホヤホヤチェックを付けておかなきゃ」
「ん?」
取り出したるボールペンを使ってキュッキュッと、ジョーネツレフティオに新たな印が書きこまれる。
「よーし♪」
「今度はどんなものが達成されたんだ?」
「ふっふっふっ、それはねー」
ちょっと勿体ぶるように、それでいてどこか照れているような様子でリーナが応えてくれた。
「『放課後。自分の教室、自分の席で、スキな人と二人だけの時間を過ごす!』だよ。こういうの青春ぽくてエモいから!」
喜びの感情が詰まった言葉に、またもや驚かされる。
スキな人と二人だけの時間をって、その、なんだ。リーナにとってオレはそう言う相手として見られているっつーのかと。
もしそうだとしたら、表現の仕方が大胆かつストレートすぎやしないか。やばい、心臓がうるさい。
「ど、どれも……オレ以外の誰かが達成してくれた、んじゃないかね」
半分無意識に動揺を隠そうとして声が詰まる。
なんだこれ。どうしてオレはこんな態度を取ってしまっているのか。落ち着け、外国たる北欧の女の子からすればコレぐらいの発言は日常茶飯事の大したことない物かもしれない。
うん、多分そうだ。日本人は奥ゆかしいが、外国人は情熱的かつストレートに気持ちを伝えるのが多いって何かで聞いたことあるし。
頭の中でものすごい早口をするようにあーだこーだ思考していく。
だが、それもリーナが次の言葉が発せられるまでだった。
「だとしても、この場に居てくれたのは和頼でしょ。だから、えっと」
「……」
「キートス。和頼♪」
キートス。
リーナの故郷で使う、ありがとうの言葉。
えへへ~と、いつもより割り増しで蕩けそうな笑顔を向けられてひどく戸惑う。
同時に、その純粋でキラキラな感謝は――くすくすしているオレの心に熱を分けてくれた。
冷たく渇きそうな心の炉に、火が灯ったような気がしたのだ。
オレがずっと求めていて、でも見つけられなかった。
キラキラの欠片。
情熱という名の燈火が。
「……ありがとな、リーナ」
「ふぇ?」
「上手く言えないけど、すっげえ嬉しい」
「うん♪ ワタシもやりたい事が出来て、とっても嬉しい――よ♪」
「!?」
席から勢いよく立ちあがったリーナが、隣の机に座っていたオレに突撃――もといハグという名の抱き着きをかましてくる。
同年代女子、しかもとびっきりの北欧美少女からこうも躊躇なく抱きしめられるなんて事態は思春期男子には異性の身体の柔らかさや不思議と香るいい匂いやらを初めとした様々な理由で刺激が強いにも程があり、特にリーナに至っては立派にすぎる胸部が否応なく接触するハメになるため、これまた尋常ではない根性と忍耐力が要求され――――。
などと理性的っぽい思考が高速駆け巡ってはいたものの、その裏では。
『この心地よさ、最高かよ!!』
男の本能的な部分が叫んでいる。
……欲望に負けなかったオレを、誰か褒めてほしい。
「リーナ、その、なんだ」
「こういう時はしっかりハグするのが礼儀だよ和頼。距離のあるハグは良い挨拶にならないから」
そう言われてしまったので、ひとまず軽くハグをし返すしかない。
決して、けっっっして『マジで!? すごいぞ異国文化!!』なんて考えてはいないのだ。
「そうそう、もっとぎゅ~~~っとしていいよ。男の人同士だと、お互いの肩を強く叩いたりもするの」
「そうか、教えてくれてありがとうリーナ」
でもな?
「日本だと、こういう挨拶は馴染みがない――というか、しないんだ。特に学校の教室なんかでやるとな、あー……罰が悪いみたいな?」
「え!? 日本学校ではハグすると罪に問われるの?!」
「そうじゃない。罪にはならない。ただ、あんまり良くはない……」
「ご、ごめんね! そうだとは知らなかったから!」
リーナが慌てて身体を離す。
かくいうオレは説明しといてなんだが、未練たっぷりだった。
「はぁ~……日本学校の教室だと多少ムラムラする事してても、割とフツーなのにハグはよろしくないんだね。残念……」
「ちょっと待った、今なんつった?」
ストレートを飛び越えて、卑猥領域に踏み入るような単語が出たぞ。
「ハグはダメだけど、ムラムラするのはOKなんでしょ」
「…………一応確認するが、ムラムラってどんな意味で使ってる?」
「あー、馬鹿にしてるでしょ? それぐらい分かるよ。ムラムラって言うのは、要するにロマンチックな事だよ!」
「全然ちがっ――……いや、そうでもない……のか?」
わからん。
だが、完全否定はできずとも『多分ニュアンスが結構違う』感がありすぎるのも事実だ。
「和頼もムラムラした?」
「止せ。万が一誰かに聞かれでもしたら、オレがエライことになる」
「誰かに聞かれると和頼が偉くなれるんだったら、誰か呼んでこよ!」
「そうじゃない、その偉いじゃないんだリーナ。ええいどう言えば伝わるんだこれは!」
こんなタイミングで日本語の難しさを味わうことになるとは。
それから下校中になんとか誤解を解いたものの。
「ムラムラはエロティックな意味!?」
誰かに訊かれたら恥ずかしすぎるか、セクハラ扱いで怒られそうな説明は避けられ無かった。理解はしたものの、リーナは文化の違いをしっかり味わっているようで……。
「わ、わぁ…………」
隠そうとしても隠せない程に、顔を赤くしていた。
お互い、なんともまあ珍妙っぷりが際立つ様子である。
そんな状態だったものだから、オレから彼女に大事な決断を伝えられたのは家に着く直前だった。
「なあ、リーナ」
「な―に?」
「その、リーナが良ければなんだけどな」
くすくすした悩みを打ち明け、キラキラした回答をもらう。
それで少しだけ思い出せた事がある。
恩師のサンタと一緒にいたお手伝い妖精トントゥについてだ。
トントゥは、人が幸せに暮らす手助けをこっそりしてくれる優しい小人。人間が大好きなトントゥは困ったときには助けてくれる存在。
寡黙で静かな口数少ない小人だったし、一緒にいた時間は短かった。けれど確かに仲良くなれた相手だった。
あの日のトントゥは、オレにとって間違いなくキラキラしていた。そのお手伝いに救われ、憧れた。目の前にいるリーナと同じといっていい。
――ソレが理由かは、わからないが。
――無性にトントゥのようになれたらと思ってしまったのだ。
だから。
急な話に断られても不思議は無かったが、小さく灯った情熱の火を更に強くするために言い切る。
「オレに……お前のジョーネツレフティオを達成する、その手伝いをさせて欲しいんだ」
――――この瞬間が、くすくすに停滞していたオレがようやく踏み出せた一歩。要約、自分だけのキラキラと情熱を得る道へ足を踏み入れた時間となった。
◆情熱レフティオ・いくつかの達成項目◆
☑入学式を見学する
☑始業式に出る
☑クラスメイトに明るく楽しい挨拶をする
☑日本の学校を見て回る ← (※継続中)
☑情熱レフティオの協力者を得る ←(※和頼が申し出てくれて嬉しい)