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ランビエの絞輪  作者: 久遠 三輪
第二章 アポトーシス自滅
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12 解剖医の素顔

 水曜日になった。舞は昨日と同様、早朝七時にカフェ《ブリック》を訪れた。荒垣との約束は七時半だったが、確認事項が多いため早めに来た。荒垣は、昨日と同じ窓際席で新聞を読んでいた。荒垣は舞の気配を感じたのか、顔を上げずに口を開いた。


「君が早く来たら、新聞をじっくり読めないだろう」


「では、約束の時間まで他の席で待たせていただきます!」舞は幾分、ムッとした。


 舞の態度が伝わったのか、荒垣が顔を上げ、声を和らげた。


「まぁ、いいよ。質問事項が増えたんだな。何か作戦があるんだね」


 荒垣は察しが良い。舞の行動は、見破られているようだ。


 舞がサッとメニューを観察すると、ライ麦パンのトーストがあった。ライ麦パンなら、食物繊維やミネラルが多く、栄養価も高い。食後高血糖も起しにくいだろう。注文後も、舞はしばらくメニューのページをめくっていた。


「メニューを見ているとき、嬉しそうな顔をするんだね?」


 舞はハッとして、荒垣の顔を見詰めた。


「メニューを見ると、カロリーや栄養価、糖質などが気になるのです。これも職業病の一つでしょうね」


 荒垣と雑談を交わすのは、初めてだ。雑談ついでに、舞は以前から訊きたかった質問を投げかけた。


「荒垣先生は、どうして解剖医になったのですか?」


 荒垣がちゃんと答えてくれる確率は低いと感じていた。だが、荒垣の視線は新聞に注がれたままだったが、口は開いた。


「生きている人間が、一番めんどくさい。その点、死人に口なしだ。でも死体は、解剖したら多くを語ってくれるから、奥が深いんだ」


 荒垣は、さも愉快そうに話している。舞は質問を続けた。


「それが、解剖医になりたい動機だったのですか?」


「話したら長くなるからねぇ。掻い摘んで言うと、阪神淡路大震災の時に、母が瓦礫の下敷きになって亡くなったんだ。まだ小学生だったから、父がその場を立ち去るように言ったけど、母親の死体に見入ってしまったんだ」


 荒垣は新聞のページを捲りながら続けた。


「悲しい感情よりも、母の身体に何が起こって、命がなくなったのか? その理由を知りたいと思ったんだ。悲しみの感情が湧いてきたのは、葬式の時だった」


「子供の頃から、気丈だったのですね」


「当時は実家の薬局を継いで、薬剤師になろうと思っていたんだ。だけど、高二の時、父が死に際に、『医者になれ』って言ったんだ」


 荒垣は舞の顔を見ず、相変わらず眼で新聞記事を追っていた。新聞を読みながら、自分自身について淡々と語り続ける。


「親父のために医者になった訳じゃないけどね。まぁ学生でいろいろ実習してみて、解剖医が適任だと思った次第だ。なり手が少ないから、人間関係もラクだしね」


 朝刊を読み終えた荒垣は、新聞を畳みながら舞の顔を見た。


「雑談は、ここまでだ。本題だけどな」


 舞は口に運びかけたライ麦トーストを、急いで皿に戻す。荒垣が舞の仕草を見て笑った。


「せっかく畏まってくれているのに、悪いけど。例の名前はリストにはなかったよ」


「指導教員からも聞きましたよ。きっと同じLANからの情報なのでしょうね」


「そうだろうね。最初から見当はついていたけど。別に極秘の記録があると思うんだ。リストには、なっていないかもしれないね」


「違法行為があったということですか?」


「何でも裏があるからね。頭のイイ奴は、法に触れない方法も心得ているだろう。研究データとして、どこかに記録しているはずだ。手書きならお手上げだけど、今の時代、それはないだろう」


「探せるのですか?」と、舞はさらに質問を続けた。


「俺にプログラマー並みの知識があれば、いいんだけどね」


「これ以上は、調べないんですか?」と舞は、眉を顰めて言った。


 荒垣は答えず、伝票を持って立ち上がった。荒垣は、物事を途中で投げ出すタイプではない。何かの事実を摑んだら、連絡してくるだろうと舞は確信した。


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