01 第一発見者
九月下旬の早朝五時、秋晴れを連想させる一日の始まりだった。
宇田川舞は、桜の名所として知られる兵庫県西宮市の夙川沿いをウォーキングするのが朝の日課である。
秋の訪れと共に日の出が遅くなってきたので、まだ散歩者の姿は見当たらなかった。
夙川は阪急電鉄 甲陽園線の線路と平行して流れているが、苦楽園駅を過ぎた辺りから、川は線路と離れ、川幅も狭くなってくる。
川沿いの遊歩道が、緩やかなカーブに差し掛かった時――。前方には一際ぐんと大きな染井吉野の木がある。盛り上がった根の間を舞うように、白い薄絹が翻った。
舞は幻想的な光景に目を奪われ、そっと後を尾けた。ただの薄絹ではない。白いネグリジェを着た髪の長い女だった。夢遊病者なのか? と舞は瞬時に悟った。
だが、尾行するしかなかった。辺りは静かだった。時折り動物の声だろうか? 規則正しい不快な音が、静かに響いていた。
甲山に棲みつく猪が出没したのか? 舞は手足の関節をリラックスさせて、突発事の勃発に備えた。それにしても、白い女の行方が気になる。
しばらくすると、ベンチに横たわる男の姿が目に入った。異臭が風に乗って漂って来るので、浮浪者だろう。不快な音の正体は男の鼾であった。
舞が安堵したのも束の間、女が男の後に回って、立ち止まった。女の手元が一瞬ぴかっと光り、右手を上げる姿が見えた。舞は咄嗟に声を上げて走り出した。無意識にポケットからスマホを取り出し、録画ボタンを押していた。
一瞬の差であった。確かな事実は、不快な音が鳴りやんだことだ。
女はフラフラと桜の根元まで行くと、何事もなかったかのように眠りに就いた。頸椎を一突き。男の首に刺さったペーパー・ナイフの柄は、朝日に反射して煌めいていた。
昏睡状態の女を横目に、舞はベンチの男に近付いた。
ベンチの背凭れを背に眠っていたところを、襲われたのだろう。男の顔に悲惨さは現れていなかった。男の右手がだらりとベンチからはみ出している。脈を測ってくれ、と言わんばかりに、手首が上向きの状態だった。