乃木坂の要望
「ダムエルさんっ!」
午前中の訓練が終り、みんなで挨拶をしてそれぞれの貴族家へ昼食を摂りに帰るとなったギリギリのタイミングで、乃木坂が思い詰めた様に顎鬚男を呼び止めた。
ダムエルは慇懃にも思えるくらいゆっくりと乃木坂の方を振り返り、「勇者様、何でございましょうか」とあるかないかの笑みを浮かべた。
「そ、相談したい事がっ。ここでは・・・・あっちの方で相談させてく、くださいっ」
「かしこまりました」
二人が訓練場の端っこへ移動するのをみんなで見守っている。
乃木坂ん所のパルモ子爵家の赤髪の子息がそれに続こうとしたが、咄嗟に乃木坂がストップという感じで右手を前に出した事でそれ以上彼ら二人について行く事ができなくなった。
他の貴族家の子息が赤髪子息を取り囲み、「ハーミット、お前んところの勇者、どうしたんだ?」と心配したのか、ただの好奇心かは分からないが、口々に聞いていた。
「家の妹や従妹が勇者に侍る事を拒んだんだ」
「え?どうして?勇者の子なら色んなスキル持ちが生まれるはずなのに?」
「そのスキルが一つしかない上に、覇気がなく、容姿も相容れないと・・・・」
「貴族の娘たる者がそんな心得違いで良いものかっ!?」
「そりゃ、お前ん所の勇者は2つもスキルがあるからそう言えるんだ・・・・」
彼らの声は潜めてあり、普通なら聞こえないはずなのだが、世界渡りをして勇者仕様になっている俺たちの耳は、全部普通に聞き取る事が出来た。
そして貴族の子息たちは乃木坂とダムエルの会話は聞こえない様だが、俺たちクラスメイトは意識すればちゃんと聞こえているのだ。
結構離れた所にいるのにも関わらずだ。
「担当の貴族家を変えて下さい」
「勇者様の御要望は分かりました。新しい貴族をご紹介する前に、今の貴族のどこがお気に召さなかったのかお教え下さいますか?同じ様な貴族家をご紹介しないためにも、是非、お願いします」
「僕の・・・・スキルの数が少ないと文句を言わないヤツがいい」
「分かりました」
「それと・・・・俺を・・・・嫌がらない娘の家が良い」
「畏まりました。早速次の貴族家を探しますが、これから探しますので、少しお時間を頂く事になります。そうですね・・・・10日間くらいお時間を頂けないでしょうか」
「そんなに!」
「申し訳ございません。今から、勇者様と同じくらいの年の男子がいる貴族家で、独自の騎士団を持ち、ちゃんと勇者様を単独で護衛できる家でないといけませんし、勇者様に過ごして頂くそれなりのお部屋なども用意できるくらいの財力のある貴族を探さなければなりません。この合同訓練には毎日参加して頂きたいのですが、貴族家では一緒にお食事をされなくても良い様に、また勇者様のお部屋にお食事を運んだり、お風呂の用意以外で不用意に家人が近づかない様、私からもパルモ子爵へ伝えておきます。何なら、ここまでの行き帰りは、ハーミット様とは別の馬車を城で用意する事も出来ます。10日前後ですが、この様な形でお待ち頂けないでしょうか?」
「・・・・。分かった」
「ありがとうございます。それでは今からハーミット様にお伝え致します。パルモ家への帰宅は、先ほどもご提案させて頂いた様に、城で用意する馬車で単独でお帰り頂くと言うことで手配させて頂きます。ただ、護衛は、馬車の横に騎乗の形でパルモ家の騎士を数名付けさせて頂きます。勇者様の安全が優先ですので、よろしくお願い致します」
やっぱり受入貴族家を変えて欲しいという要望だった。
ダムエルは好きじゃないが、言っている事は納得できる。
新しい貴族家を紹介して下さいと言われても、すぐに用意できないのは考えられる事だから、食事も移動も別々にしてもらえるなら、10日間は気まずいかもしれないが、あっという間に過ぎるだろう。




