異世界でも弁護士してますが色々大変ですⅡ
『奴隷』それは、人が人としての尊厳や自由を奪われ、買った相手の為にどのような要望にも応えなければならない。
例え、それが劣悪環境での肉体労働であろうとも。
また、性欲を満たす愛玩道具だとしても。
「『奴隷』の救出ですか……」
ここは宿屋の下にある食堂の片隅の席。 私の目の前にはエルフ特有の耳を有し、淡く薄い緑のロングヘアをした一人の女性が真剣な表情で座っていた。
「アキハさん、どうか私に力を貸して頂けませんか?」
「ちなみに、今まではどのように?」
「闇夜に紛れ奇襲のようにしていました」
「それで、何処まで助け出せましたか?」
「集落内の行方不明者の半分程は出来ました。 ただ、最近では相手も巧妙になってきて調べるだけでも時間や労力が掛かってしまい、思うようには行っていません」
悔しそうに眉を寄せる彼女。名はイル・ライラル・クローザ。
「それで、今度は手法を変えてですか……」
「はい。 解放とまでは行かなくても、揺さぶりをかけ隙を作る事が出来たら、後は私達がやります」
いやいや、物騒過ぎる。 でも、だからといって手段を選んでたら、他の仲間の行方が更に追えなくなる。
たかだか、一民間弁護士がおいそれと首を突っ込んでいい話じゃない。
「お願いします! せめて、何か私に知恵を貸してください!」
「……わかりました。 何処まで出来るか分かりませんが、法律がある限り法の力を持って貴女のお力になりましょう」
そうと決まれば、今、彼女達が持つ情報が聞きたい。 イルさんに聞けば、私に着いて来て欲しいと言われ私達は場所を移した。
「………どういうつもりだ。 イル」
「ルキさん、彼女は私達の味方です。 今までのやり方ではない別の視点から動きたいと思って彼女に協力を依頼しました」
「その人間が我々の話を漏らすとは考え無かったのか? 浅はかな」
イルさんに今は人間に対してかなりナーバスになっているから、対応が厳しいかもしれないと聞いていたとはいえ、これは中々手厳しい。
まぁ、被害者であるエルフからすれば、仲間が人間によって奴隷として捕まっているから、信用出来ないのも無理はない。
あちこちから刺さる人間に対する憎しみと怒りが籠った視線をぶつけられ、私は内心では辟易していた。
「でもっ! アキハさんは違います! 彼女は弁護士です!」
「弁護士? なんだそれは?」
「弁護士とは法律の専門家として皆さんが生活していく上で権利、地位、健康といった基本的人権を擁護し、社会的正義を使命として法律を使ってアドバイスをする職業です。 今回の場合、基本的人権を犯されている為、弁護士として皆さんのお力になれると思い、イルさんと共にこちらに来ました」
この異世界で弁護士というのはまだまだ数が少なく、認知度的にも低い。 私はイルさんに代わりそう説明をすれば、警戒心はまだあるものの、先程までの視線の痛さはないが変な人を見る視線に変わってきた。
だからといって、いつまでもこうして平行線の話をしている場合ではない。
「時間は有限です。 私の事は働きぶりを見て判断してください。 とりあえず、今ある情報を見せてくれませんか?」
そうして始まった『エルフの救出作戦』。 イルさん達から得られた情報を精査すると、良くここまで集めたと感心するぐらい膨大な量だった。
「さて、この資料を見た限り幾つも法を破ってますし、穴も目立ちます。 私はこれらの情報を元に調査をします。 たかだか一奴隷商人でここまで手広く商売出来るのは、背後に更なる力、権力を有する何者かが居るからです。 それと共に調べ上げます」
「本当に出来るのか?」
「出来るか出来ないかじゃなくて、やるんですよ」
私はイルさん達に強気に笑みを浮かべると、仕掛ける為に私は彼女達の元を去った。
「『地に降りし星屑は、光を纏いて天へと還る』」
町外れのどちらかと言えば廃れた地にある一件の酒場。 荒くれ者が集い、日夜悪巧みや世間に対する不平不満を肴に飲んでいたこの場に、私は燕尾服にモノクルという変わった出で立ちで来ていた。
「アンタみてぇなのがよく知ってんな」
「余計な詮索は其方の為にならないですよ」
「ふんっ………。 下だ。今日はいい品が入ったみてぇだぜ?」
何がとは言わない。 あの日、イルさんの元を去った後、手に入れた情報を元にエルフを奴隷として売っている闇オークションへと私は潜入していた。
本来ならこんな事しなくても、その筋の人間に任せた方がいいのは分かっているが、確たる証拠を手に入れる為だ。
そして、始まるオークション。 次々と落札される商品という名の人間や獣人。 それを見て複雑に思いながらも今だけは我慢して欲しいと、願いながらオークションは白熱し動く大金。
氷山の一角だとしても、ここは法の元後で裁きを受けて貰う。 絶対にだ。
静かに気配を消して裏方に侵入。 私の勘が正しければ、リストがあるはず。
「あった……」
「何があったって?」
「っ?!」
「女性がこんな所に入っちゃダメでしょ」
やっと見つけた顧客リスト。 それを持ち逃げようとしたら、身なりのいい男が入口を塞ぐように立っていた。
「おや、スタッフさん。 私はただ単にトイレに行っていましてね。 ですが、モノクルを落としてしまって、探していたんですよ。 それにしても、私が女性? 面白い事を言いますね」
「何、言ってんのよ。 その身体付きに声のトーン。 上手く誤魔化してるが、俺の目は誤魔化せないよ」
参ったな。 この男、隙がない。
そして、私は自慢じゃないが、運動が全然出来ない! 元の世界の友人や家族には頭はいいが、運動神経が残念過ぎる。と呆れ果てさせたほど。
そんな私がこの場から逃げるなんて絶対無理だ。
「何が目的かってのは愚問だね。 先を越されるなんて雇い主になんて誤魔化そう。 あ、ちなみにソレは持って行っていいよ? 俺はどっちかと言うとこんな胸糞悪いオークションなんて潰したい方だしね」
「雇い主? それは一体……」
「んー……教えてもいいけど、ヒントだけ、ね? 貴女に以前、心から救われた気高き品のある女性だよ」
「それって……」
頭をよぎったのは、かの公爵令嬢。 でも何故と表情に出ていたのか男はしぃーっと人差し指を口元にかざして出口を指差した。
「さぁ、行くんだ。 ここは貴女みたいな素敵な女性が来る所じゃないよ? もう、こんな無茶は辞めるんだ。 分かったね?」
男に促され裏口から追い立てられるように出された私。
色々と納得出来ないが、とりあえずリストは手に入った。 王手まであと少し。
「ふぅ……。 後はこの法を適応する為には国王の書簡と手続き。 抑えて貰う為の憲兵の手配。と…」
宿の一室で私は今回の依頼を完了するに必要な書類を纏めていた。 そんな中過ぎるはあの男。
「いやいや、大事な依頼最中になに思い出してるのよ! しっかりしろ私!」
パァンッと両頬を勢いよく叩いては決戦に向けた準備を続ける。
「こんにちわ。 フロッグ子爵。 今日は急な面会にも関わらず、応じて下さりありがとうございます」
「いえいえ、民間とはいえ弁護士殿からの面会要請ですからねぇ。 して、今回はどのようなご依頼で私の元に?」
「私はある依頼人からの代理でフロッグ子爵、貴方を訴えます。 つきましては……」
「はぁ? この私を訴えるですって? くはははっ! 面白い冗談ですね! 一応、聞きますが何方がなんの件についてですが?」
さて、今回はここだけじゃないのが、この作戦のキモだ。 一応、遠隔で音声を飛ばす事の出来る魔道具をエルフから借りて耳に付けている。 エルフ達は地下に居る奴隷として捕まってる仲間の救出。こっちは私が引きつければ引き付けるほど、効果は高まる。
あとは、奴隷商の現場の取り押さえだ。こっちは、憲兵と騎士団、更には、なんと宰相さんが動いてくれた。 これで、私が居なくても大丈夫だ。 でも、一切相手に警戒されてはいけない。 慎重にタイミングを見計らって貰う。 現場を抑えたらこちらに通信が入る予定だ。
「おや、身に覚えがないですか? ですが、訴えに必要な書類、証拠は揃っておりますし、証人も居ますよ?」
「だから、その私を訴える人物とその内容を聞いているんですが?」
「貴方を訴えると申告しているのはエルフ代表としてイル・ライラル・クローザさんです。内容は此方にあります」
書類を見せる私。 イルさんの名前を聞いても分からない子爵。 だが、書類に記してある内容を読んでいくうちにその顔色は変わっていく。
耳に入るは奴隷商取り押さえが完了し、中に囚われていた人達の保護。
「さあ、何か弁論はありますか? あぁ、貴方が懇意にしていた弁護士ですが、資格取得詐称で既に捕えられてます」
「なっ……! こんなのは言いがかりだ! 第一この国では『奴隷制度』は廃止されているだろう! こんな事は私はしていない! 何かの間違いだ!」
「それを反論するのは法廷でお願いします」
「ふざけるな! こっちが下手に出ていれば! こんな書類など貴族の私に楯突く気か! 平民上がりの民間弁護士風情が!」
「平民上がりだろうが、貴族だろうが法の元では関係ありませんよ。 貴方の本性は差別主義だった事も追加させていただきます。 一応、お伝えしますが、逃げたら罪は重くなりますし、国王様も法廷には来られます。 無様な姿は見せない方が良いと思いますよ」
耳から入って来たのは、エルフ達の救出成功の知らせ。 これで、私の出番は法廷を残すのみ。
「楽しみにお待ちしておりますね」
怒りから言葉を失っている子爵を前に私は帰ろうとした。
「ふざけるなぁ! お前を消せばこんな茶番はなくなるぅっ! お前達、出てこいっ!」
………………?
「何か呼ばれましたが、来ませんね」
「な、な、なんでだっ! 何をしている!」
隣の部屋へと怒鳴る子爵。
バァッンッ!
激しい音を立てて扉と共に吹っ飛んで私の近くの壁へと叩き付けられる武装した人間。 び、びっくりしたー……。
その後から出てきたのは、あの日オークション会場で会った謎の男。
「ふぅー……。 もう、静かに寝ててよね? ん? おや、綺麗なお嬢さん、もう話し合いは終わったかな?」
「な、なんで貴方が此処に……」
「例の人からの依頼だよ。 でも、それは建前。 俺自身が君の事が心配でね。 全く、こんな所に護衛も付けずに乗り込むなんて聞いた時は焦ったよ。 無事で良かった」
よく見れば本当に焦って走って来たのか、額には汗が浮かび、息も僅かに荒い。
「君は賢いんだが、愚者なのか本当に分からないな」
私の元に歩きながらも困ったような笑みを浮かべる男。
「なっ、何者だ!」
先程の音と私兵の様子に、完全に怯えて腰を抜かした子爵が恐怖に震えながら男を指差した。
「人を指差しちゃダメですよ。 全く、そんな簡単な事も分からないんですか? おっと、俺の名前ですよね。 俺はこの国の騎士団を預かる騎士団長、レグレス・オルグートです」
「ぁっ……ぁ……。 お、お前が、いやっ、貴方様が鉄壁のレグレスっ!」
「んー……。 その名は俺には似合わないですがね。 さて、今回の事は俺からも国王に色々と報告することが多いので、これで失礼しますね。 さぁ、お嬢さん。 行きますよ」
自然とさりげなく私に手を出す男いや、レグレスさん。 あまりにも有名な人物だった事に私も驚き、戸惑ってしまった。
「ぁ……。 お、お嬢さんじゃないです。 私はアキハ・シノノメです」
「クスッ……。 はいはい。 アキハさんね」
私の手を取り軽く引っ張りながら、優しく微笑むレグレスさん。
後日、裁判が開かれた。
勿論、こちらの勝訴。 子爵が新たに雇った弁護士は頑張ったが、私の敵じゃない。
まぁ、『奴隷制度』が廃止されているはずの国でこのような事件を起こしていたのだ。
本来なら極刑の厳罰だったが、減刑され永年強制労働という事になった。
こちらもエルフの救出の際、家宅侵入とか過剰防衛など突っ込まれると痛い部分があったので、破壊した建物の相場の半分程の賠償金と今後はこのような危険な真似はせず、国と協力して救出等をする事を確約されたが、彼らの安全の為だ。仕方ない。
そして、私はというと……。
「アキハ、今度、こんな無茶する時は俺に教えるんだ。 いいかい?」
「はぁ。 あの公爵令嬢様には後で礼を言っておいてください。 無茶する事がないような依頼が来る事を願います」
「そこは素直にわかりましたじゃないのかな?」
食堂でテーブルを拭いている私の元にはあの騎士団長、レグレスさんがたまに食べに来るようになった。
ちゃんと、食事をしてくれるので無下には出来ないし、なんで来るかは分からないままだが、今日も私は宿屋の片隅で『人生相談』を受けている。