第6話 その期待に応えなきゃ
人って意外に、自分のことが見えないのかもしれない。
時計塔の街イーサで、聞いたわたしに返ってきたのは、おにーさんの心底驚いた声と間の抜けた顔だった。
遠慮なくわたしは追撃する。
「好きだったよね? 初恋の人だよね?」
「……い、いや、ちょっと待て。さっきから話が飛び過ぎてないか? リュウダの話はどこに行ったんだよ」
「それは光のかなたですね。で、好きなんでしょ?」
「繋げ方が乱暴だな……ッ! なんで君の話にはそう脈絡がないんだ。『話は変わりますが』とか『それはさておき』とか接続詞はどうしたんだよ……!」
「好きなんでしょ? 話反らさない。好きなんでしょ?」
「……だから……ッ! 俺は、君にそんなことを言った記憶はないし、彼女に・そんな気持ちも・抱いていない」
必死じゃん。怒ってるじゃん。顔が赤いんだなあ。ふ。ふ。ふ♡
にへぁ。
「──〰〰っ、だから。昔・遊んで・楽しかったから・それで、ひとめ会いたいだけで」
「ふふん。それを一般的に、初恋の人に会いたいというのだよ。おにーさんくん」
「……君に一般論を語られたくない」
「顔真っ赤でそう言われても効かんなあ~」
「…………」
黙った彼にほくそ笑んだ。
完全しょーり♡ ふふん♡
そっぽ向いてるけどバレバレよ♡
エリックさんと出会ってから日は浅いが、毎日毎日『思い出のあの子』について、愛しいものを見るような瞳で語られたら、どれだけ鈍いやつでもワカルというやつである。彼は直接的に口にはしなかったが……でしょうね♡って感じ。
だけどこんなふうに照れるなんて、もぉ~、……かわいいなあ♡
『顔面彫刻仕様』のおにーさんの『そんなところ』に、わたしは自分の両頬を手で包むと、
「かーわぃいなあ~♡ ちっちゃいころの思い出♡ 忘れられなくて探し回るとか♡ や~だもう、おにーさん可愛いとこあるじゃん♡」
「…………煩い。笑うな。……ああくそ、言うんじゃなかった……!」
「やばー♡ 可愛すぎ……! 誰かに言いたーい♡ 誰もいないのツラすぎるっ……!」
「…………見るな、追いかけるな」
「うんうん、わかったわかった♡ ミリアさんが協力してあげましょう♡ 可愛い女の子探そうね♡ 思い出のあの子ね♡」
「……ぺしぺし叩くな。もう……! ……会わなきゃならないんだ。絶対に」
「…………」
……その、『照れを押し込んで述べた絶対の強さ』に、わたしは浮かれた気持ちを抑えて、黙った。
……これは、なにかある。もちろん全部は読み取れないけど、ただの『初恋の人探し』じゃない。
そもそも。
エリックさんは『彼女を探して国を超えてきている』のだ。
他のお国事情はさっぱりわからないが、見つかるかどうかわからない人間を探し回るのは──見えもしない光を求めて、闇を彷徨うようなもの……
そんな気持ちで見上げた先。エリックさんの顔には、覚悟と強い意志が感じ取れて──……
────よしっ。
「──茶化してごめん。探そう、おにーさんの探し人。おにーさんが『絶対』って言うんだから、それなりの理由があるんでしょ?」
「……ミリア?」
「おにーさんが『セント・ジュエルの人だ』って断言するなら、親戚回りしたっていい。わたしのこと、フルに使ったらいいの」
言いながらわたしは彼の隣に立った。
眼下に捕らえたブーツの紐に指をかける。
気持ちはもう、決まってた。
「……ミリア……気持ちは嬉しいが、どんな扱いを受けるかわからないだろ」
「ふふ、『知らせが一瞬で通達されるような道具や魔法』があるわけじゃあるまいし、わたしが王族追放されたこと知らない親戚のほうが多いよ」
ぎゅっと固く縛った紐から手を放し、体を起こしつつ。荒れ果てた街を眺め────わたしは続ける。
「セントジュエルはね……、石が育たなかった人とか、石を持たない王族とか、わたしみたいに目立った実力がない役立たずは追い出すから。探せばいるはずなんだ」
──城の中には該当する人、いないけど。範囲を広げればいるかもしれない。わたしが知らないだけで、『金髪金目のかわいい子』はきっと存在してるはず。
それらを胸に、エリック・マーティンさんを正面から見つめ、はっきりと告げた。
「『協力するなら最後まで』。中途半端が一番きらい。だから、戦力外通告されるまで付き合う。よろしくね?」
「──戦力外通告って」
「……あはは、それは、じょーだん。あんまり聞きたくないけど、まあ、結果駄目なら受け入れるから」
複雑を露わに、困った顔をする彼に軽く微笑んで、わたしは『次』を見つめてた。
また『要らない』って言われたら怖いけど。
その時まで、できることをしようと思う。
彼はわたしに『欲しい』と言ってくれた。
役目をくれた。
なら、その期待に応えなきゃ────”女が廃る”。
「じゃあ、とりあえずセント・ジュエル方面に戻りつつ、その辺に散らばってる親戚尋ねてみよっか。おにーさんの《探し人》、見つかるかもしれないっ」
滅んだ街にはさようなら。
おにーさんの背中をぐいぐいと押しやって、そこを後にした。
『絶対見つける』。
そんな強い気持ちを胸に持って。
☆☆
「……ねえ、もうちょっと手がかりとか……ない……?」
「…………」
──イーサを後にして、軽く一か月を過ぎたころ。
東シャトンのファルダという街の外。
食したウサギの骨を弔いながら、げっそりと聞くわたしに、返事は戻ってこなかった。
おにーさんもだいぶ滅入っているのかもしれない。
食べ残した料理を見て息を吐く。前はもっと食べていたのに、ここ最近食が細く感じる。
……まあ……それも無理もないのかも。
だってここまで、空振りし続けているのだから。
今までは『当てもなく、ただ希望を探して』という感じだったらしいが、今は違う。
ある程度絞っているゆえに期待も出る。
彼は、そのたびに『彼女かもしれない』という淡い期待を抱きながらも、粉砕されているのが現状だ。ぶっちゃけ気の毒で仕方ない。
「……これ……わたしがいない方がいいんじゃ……?」
「……何言ってるんだ。バカなことを言うな」
へこむわたしに彼の声が飛ぶ。
その苛立ちを含んだ音に顔を上げると、彼は窘めるような面持ちで、
「──霞を掴むようなものだった旅から、確実に進展してる。君が居なかったら、こうは運んでいなかっただろうし、なにより……」
「なにより?」
「────へーか!!」
「……へーか?」
聞いたことのないその声は、突然耳に飛び込んできた。
《なにより》の続きも吹っ飛び《へーか》に目を見開くわたしと、あからさまに怪訝を押し出すおにーさんに。声の主はおっきな声で続けたのだ。
「エリックへーい……ヘーイ、カレシ!!」
「……へーか……?」
「……ヘンリー……」