童 話 礎の少女
童話『いしずえのしょうじょ』
昔々 あるところに 悪霊に困っている国がありました。
悪霊は人里に降りてきては悪さをし、村長は大変困っていました。
「だれか 悪霊をどうにかできる者はおらんのか」
そこに少女が手を上げました。
「おとうさま わたしが悪霊をとじこめてみせましょう」
少女は村長の娘でした。
村長は激しく反対しましたが、少女は言いました。
「村のためです 行かせてください」
少女の決意が固いので 村長は娘を行かせることにしました。
暗いくらい森の中。
かさかさ、がさがさ音がします。
「おばけさん おばけさん どこにいますか?」
おばけの返事はありません。
深い深い森の中。
ぎーぎー・ごうごう音がします。
「おばけさん おばけさん いたら返事して?」
おばけの返事はありません。
高い高い枯れ木の下。
がたがたごろごろ音がします。
「おばけさん おばけさん ここにいる?」
「だれだあ~!!」
「きゃああああ!」
枯葉にかこまれた石から ぬるりと出てきた おばけに
少女はびっくりして飛び上がってしまいました。
どてーん! と 尻もちをついたあと 見上げたおばけの体は朽ちていました。
そんなおばけに 少女は ぎゅっと驚きましたが すぐに起き上がると おばけに向かって言いました。
「おばけさん ここで何をしているの?」
「おれさまは ここにいるだけだ! ここが家だからだあ!」
「お友だちは 居ないの?」
「しつれいな奴だな! ほっといてくれ!」
「村の人が怖がってるの。この木や草が枯れたのはあなたのせい?」
「おれさまは 腹が減っているのだあ~!」
なんということでしょう。
おばけは 草を食べて 生活していたのです。
いたずらをするのも きっと 『お腹がすいていたからだ』と思った少女は もっていたりんごを ひとつ あげました。
「これ食べて? おいしいわよ」
おばけは りんごを 食べました。
「もっと食べたいぞ!」
「わかった じゃあ もってくるね」
「おばけさん りんごをどうぞおいしいよ」
「おばけさん パンをもってきたの」
「おばけさん 干した肉をもってきたよ」
次の日も次の日も 少女はおばけに食事をあげ続けました。
少女はおばけと毎日お話をしました。
食べ物もたくさんあげました。
おばけは満足したのか 森からでなくなり 悪戯することもなくなりました。
そして《森の奥でひとり寂しい かわいそうなおばけと遊ぶこと》が 少女の楽しみになってきたころ。おばけは少女にいいました。
「いつもさみしい よるはさみしい いっしょにいてほしい」
「……いっしょに ねてほしいの?」
とても寂しそうなおばけに 少女はこくんと頷きました。
「いいよ いっしょにねてあげる」
夜が来ました。
月明かりがしっとりと場を照らす中 おばけは おばけのおうちの中から言いました。
「おやすみ、ありがとう」
とても嬉しそうな声でした。
少女は嬉しくなり ゆっくりとおばけの家の蓋をしめると そこに俯せて言いました。
「おやすみなさい おばけさん」
朝が来て 夜が来て また朝が来ました。
何回も 何回も 夜が来て 朝が来ました。
季節がひとつ まわったころ。
すっかり平和になった村のほうから ある日 一人の青年がおばけのおうちを訪れると
そこには 草木で埋もれた墓のまえ 少女の石像が蓋を塞ぐように横たわっていました。
「おや、これは立派な石像だ。封印の石像かな」
青年はそれを町の人に伝えると 街の人は大喜び。
「あの子のおかげだったのか」
「あの子が悪戯おばけを止めてくれたのか!」
街の人は 少女の行動をたたえ『いしずえのしょうじょ』と語り継ぐようになりました。
☆☆
「……え、終わり? えっ?」
エリック・マーティンさんの小屋にあった本を読み終えて、わたしはひとり、驚いていた。
「えっ、これで終わり? なんか後味悪くない? 少女死んでるじゃん! わあ」
本をもう一度開いて独り言。
童話は確かに後味悪いの多いけど、これはなんていうか、もやもやする。
「…………とりあえず要約すると~『えさを与えないでください・食べられてしまいます』『要求はエスカレートします、騙されないようにしましょう』って言いたいのかな?」
「……それとも『クレクレ詐欺に注意しましょう』ってアレ? にしても村人の反応はちょっとなくない? まあ自己責任っていえばそうかもしれないけど、恩恵受けてるんでしょー? えー、なんかモヤっとする~」
ベッドの上でころころブツブツ。本をぱたんと閉じて、そこに戻し、そして腕組みである。
「……そもそもおばけと仲良くなろうとか、思わないし近づかないし、『触らぬ神にたたりなし』って言うじゃん……? というか、なんでおにーさん、こんな本持ってるんだろ……?」
眉間にしわを寄せて呟いて、疑惑の視線を向けるわたし。
読んで確信したが、どこをどう見ても幼い子供向けの書物だ。あれぐらいの成人男性が持っているような本ではない。それらを踏まえて推測を立てるとしたら────
「…………もしかして別居してる娘がいるとか……? ああ見えて離縁経験済み? いや、それにしては若くない? だってあの人、せいぜいにじゅう────」
────どんっ!
「…………!?」
わたしの一人会議を遮って、突如扉が開かれ──いや、ケリ開けられた。
ドカドカと靴音を立ててなだれ込んでくる、見覚えのある兵装の男たち。
──セント・ジュエルの兵士……!
飛び起き構えるわたしにその内のひとりが、ぬらりと前に出、笑う。
「……ミリアさまぁぁ、みつけましたよお~。ダメじゃないですかぁ、我々から逃げるなんてえ」
────ピンチは、お構いもなしにやってくる。