第2話 艶ですね
──《鍾乳石》。洞窟や地下に生えてる石で、結晶が固まったやつだ。
ダイヤや水晶のように透き通っていたり、角度で色が変わることもない、地味な石である。
宝石の国・《宿り石でカーストが決まる国》で、そんな地味石を宿したわたしの身分扱いと言ったら、説明するまでもない。
が、そんな石でも石は石。
真っ白な鍾乳石を誂えたペンダントを渡して説明するわたしに、顔面美麗カラットのおにーさん《エリック・マーティンさん》はしげしげと口を開いた。
「……鍾乳石……、へえ……これが……聞いたことはなかったな……」
「だよねえ、地味だもん。ダイヤモンドやサファイアは有名だよね。それには到底、美しさも華やかさも劣るんだけど、わたしの大事な宿り石だからさ、それなりにちゃんとやってきたんだよ?」
困った顔で首を傾げ訴えてみる。
言いつけは守ってきたし、やることはやってきた。なのにー、もー……!
思い出してむくれるわたしの前で、エリックさんは平静だ。一通り、鍾乳石のペンダントを見つめた彼は、それをこちらに手渡すと、
「……”ちゃんと”……か。セント・ジュエルの公務など、俺には想像もできないけど……なにをしてたんだ? 祈祷したり、力を放ったり?」
「んっ?」
──なにって──……
「…………──いやっ?」
首をかしげた。祈祷とかしたことないね?
「? え?」
それに眉をひそめ首をかしげる彼。一瞬で走る疑惑の空気。しかしそれは違うと主張する。
「『そこに』、『存在していた』」
「……いただけ?」
「────だって特に何にも言われなかったし……おうぞくだし……お外でないし……」
「……役に立てていたと言えるのか…?」
「あ! あ! そういう目で見る! わたしだって特技あるもん! ありますし!」
ジト目の眼差しに、胸をトントン叩いてアピールする!
そう思われても仕方ないことは仕方ないが、おにーさんの『怪しいんだけど』な顔は心外だ! ここはちゃんと証明せねば!
「石! その辺にふつーの石、無い? 石!」
「──石? 外で拾って来いよ。ごろごろしてるぞ」
心底興味の無さそうな返事をしり目に、ベッドから這い出て急ぎ小屋の外へ。若干ふらつく足は無視。適度な石を拾って砂を落とし、じゃじゃんと見せつけ彼に言う。
「──はいっ! 本日ご用意致しましたは『普通の石』でございます。種も仕掛けもありません~」
「……曲芸でも始めるのか?」
「はぁい、よく見てくださーい? くすんでいますね? これにわたくしミリアの真心と愛情を添えて」
「………………」
「ぎゅってしたら出来上がり! はいみて、艶が出た! ねっ? 艶でた!」
「…………艶、出たな。」
「艶、出たでしょ?」
「…………艶、出たな。」
「────艶、でるんです。」
「艶ですね」
「つやです」
・・・
「……ねえその全力で『だから何だ』って語るのやめてくれないっ? 地味に傷つく! 特技なのにー!!」
「……別に、そんなこと言ってないだろ」
「これ! 純度の高い子ならちょっと動かすことぐらいできるんだから!」
「へえ。そうですか」
「やろうか!?」
「危ないから結構だ」
こ、こいつ……! こいつっ……!
わたしのつやつや変化をみても顔面彫刻のまま微動だにしないなんてっ……!
ああっ、無駄につやつやになった石が悲しい。無駄につやつやしてる。もう、このいたたまれない気持ちをどうしたらいいのっ? たすけて艶の石っ!
なんてうるうるし始めたわたしをスルーして、彼は、平静なのである。呆れ眼でこちらを一瞥すると、そのまま溜息を吐き、顔に渋みを押し出して言うのだ。
「……病み上がりなのに騒がしい姫君だな」
「役立たずじゃないもん。」
「泣くかむくれるかどちらかにしてくれる?」
「女の子の感情は忙しいんですっ」
むくれたままキッパリと言ってやった。
もー! この人空気読まない! 『わあ、すごい!』とか心の底から感動しろとは言わないけど、もうちょっと! もうちょっとさあ!
──を、胸の内に。
彼の『ああ、だから追い出されたのか。仕方ないな、これじゃあな』視線攻撃に耐えたわたしを次に襲ったのは────悲しい、自己嫌悪だった。
「……ま、これじゃ、追い出されても仕方ないかもね~、役に立ててなかったしなあ……」
ぽそっと言いつつ、石を撫でる。
艶めいた石は何も言わないが、その艶めきで慰めてくれているみたいで、ほんのり心が軽くなる。
……うんうん、石だけよ。わたしを慰めてくれるのは……
と黙るわたしの隣から、厳格な声は──怒りを纏いながら、その場を貫いた。
「──だからと言って、やり方は褒められたものじゃないな。他に身寄りもない女性をいきなり放り出すなんて、王のすることじゃない」
……あ。……代わりに、怒ってくれた?
そんな彼に、自然と目も上がる。
こういうのはちょっと嬉しい。
密かな喜びを感じつつ、チラリと盗み見た彼は……怒った顔をしているんだろうと思いきや、気遣いの眼差しでこちらを見つめていた。
「…………ミリア。落ち込んでる?」
「……え、あ、う、うーん……ゼロではないけど……まあ、もともと、扱いそんなに良くなかったしね。地味石ミリーとか言われて、笑われたりしてきたし」
言われて逃げるように、軽く答えた。
さっきのはいいけど、こういうのはどーも慣れない。『心を使ってもらうやつ』。どうしていいかわかんなくなる。だから、誤魔化す。
けれど、彼は……寄り添うように言葉を紡ぐのだ。
「……そうか。悔しかったよな」
「『うっさい黙れ』って思ってた」
「……フ!」
一瞬で散らした。
そう、笑われた方が楽でいい。こういう方がいい。しみったれたのは好きじゃない。
メソメソ泣くより、腕組みしてご立腹の方が性に合うのだ。
「……生まれつきどうにもなんないことをクスクス笑うよーな奴らに使ってやる感情は無い」
「……随分、強気な姫君だな?」
「王族、強気じゃないとやっていけないところがあるの。セント・ジュエルだけかもしれないけどね」
「……なるほど……”鍾乳石”に、セント・ジュエルね……」
ひょいっと肩をすくめたわたしに、かみ砕くような考えているようすのおにーさん。何を考えてるのか知らないけど、まあ《とりあえず》、です。
わたし、彼に言っておかなきゃならないことがある。
それを胸の内。考え込むおにーさんに、そろ~っと上半身を寄せ──
「──で、あの、いちおー起きれるようにはなったんだけど」
「ん?」
帰ってきたのは不思議そうな黒く青い瞳。丸まったそれに、もういっちょ。
「……もうちょっとお世話になってもいい? 今『出てって』って言われたら、死ぬ自信ある」
申し訳なさと苦笑いと、おずおず感で聞いてみた。わざとである。申し訳なさそうに出るのがポイントだ。
これが彼に効くかどうかはわからないが、──でも。今放り出されたら死ぬ気しかしない。散々いろいろ言ってしまったが、ここは少し恩情を頂きたかった。
そんな、おずおずモードのわたしに、彼は一変。顔面美麗カラットの顔を呆れに染め上げると、
「……どこの世界に『目覚めたばかりで土気色の顔をした王女様』を放り出す人間がいるんだ? 俺、そんなに冷たく見える?」
「・・・……」
……う──ん……
「…………見えないことないかな?」
「──人を見る目を養った方がいい」
☆☆
顔面美麗カラットのおにーさん、エリック・マーティンさんとの生活は、意外にも会話に溢れていた。
はじめはその容姿と威厳を感じる空気に『冷酷無比』なんて印象だったが、この人……割と世話焼きだ。話題も豊富。話は長い。
言うなれば、『ああもう』と言いつつ苦労に巻き込まれていくタイプで、半面容赦がない。
ウサギなんてさばいたことないのに『やれるよな? 君ならできると思うんだけど』と、狩りたてのウサギを渡された時はどうしようかと思った。やったけど。へたくそすぎて怒られたけど。
そして、デリカシーはない。『典型的な、「痩せたい」と言えば『まずその菓子を食べるな。話はそれからだ』と返すタイプだと思う。
理路整然・理屈思考・情より効率重視。
そんな彼に『割と優しいよね』とぽっそり言ったら、『ベッド、返してくれる?』と言われたが、実際にベッドから追い出すことはしなかった。意地悪なんだか優しいんだか、よくわからない人である。
この小屋もそうだ。彼の住まいなんだろうが簡素過ぎる。一通り生活用具は揃っているが、本当に一通り。生活用具が少しと、数冊の本。これも『レシピ本と経済学と童話』という、不思議な並び。
レシピ本は役に立った。城の中では、料理をはじめとする生活に関することはやらせてもらえなかったけど、突然ウサギを置かれたらやるしかない。おかげさまでキチンと美味しくできたし、彼も驚いてくれた。
まあ、そのあとちゃんと『無理するな』って言われたけど。お世話になってるんだしそれぐらいはしたい。
──そしてその日、彼の外出中、やることも終わって退屈なわたしは、おもむろに童話を手に取っていた。
題名『いしずえのしょうじょ』。