第14話 『礎の少女』
話についていけなかった。
おにーさんの言う『引き寄せ』も、『セントジュエルが危ない』も、『カノジョ』との関係性も。
『巻き込んだ』と述べるエリックさんに、わたしは思わず首を振って口を開くと、
「まって。話を聞いてると、『化生の世廻り』と『カノジョ』がなんか……関係あるの? ちょっと結びつかなくて混乱してる」
彼は言った。『半月後までに見つけたかった』と。新月がタイムリミットなのもなんとなく汲み取れた。しかし、そこに『カノジョ』がうまくハマらないのだ。
「えと、まさか……その人が巫女さんで、化生を押さえる力があるとか? 」
「いや、違う」
静かに首を振る彼に、わたしが「じゃあ、霊媒師?」と首を傾げようとしたその時。彼は、深刻かつ平静な口調で告げたのだ。
「────必要なんだ。彼女が持っている《御影の楔》が」
■■
城内の隅の小屋。
わたし達が見守る中、エリックさんは静かに言葉を紡ぐ。
「……「楔」の話をする前に、説明しておきたいことがある。ミリア。《礎の少女》という童話を知っているか?」
「……あ、読んだよ。小屋にあったやつだよね?」
「そう。あれは、スタインに伝わる伝承を童謡にしたものだ。元の話があるんだよ」
……”伝承が元になってる”……”童話”……
それを受けて、素早く物語を思い出すわたしの様子を見ながら、彼は言葉を続ける。
「英傑『ドリス・スタイン』は当時、周囲を困らせていた悪霊を封じた後、自らの体を石化することで、その墓蓋を塞いだ。ドリスのおかげで栄華を極めたスタイン家は、ドリスの墓を霊廟として誂え奉った。しかし悲劇が訪れる」
「ドリスの魂を喰らい増殖していった奴らは、地の底で徐々に力を取り戻し、ある日・溢れ出した。それが約300年前の『化生の乱』。スタインの城は阿鼻叫喚の地獄絵図だったらしい」
「しかし、それで黙っていられるわけがない。『化生のものを城から出すわけにはいかない』と、当時の領主・チェスターは健闘した。『ドリスの体から削り作った鉱物の剣』で城内の悪霊をせん滅し、最終的に彼は、根源を断つため墓の奥底に沈み────楔で核を貫くことで・再び封印を成し遂げたんだ」
「その『鉱物の剣』が『御影の楔』。御影石という石からできている。とても大切な宝剣で、スタインを継ぐ者にしか持つことを許されないんだが…………」
「だが?」
そこまで澱みなく語っていた彼の話が途切れ、思わず語尾を繰り返す。
『待ってるよ』と示す様に見つめてみるが、エリックさんは……気まずそうに眉を寄せ目を反らすばかり。
「…………? おにーさん??」
「……陛下、やっちまったんですよ」
「? やっちまった?」
「……あげちゃったんです。その子に」
「あげたあ!?」
「〰〰〰〰……!」
瞬間。
素っ頓狂な声を出すわたし、苦虫を噛みしめたような顔で目を反らす彼、無言で首を振るヘンリーさん。
真面目な空気が一瞬にして飛散した中、エリックさんは心底言いたく無さそうに眉間を寄せてぼそぼそと、
「…………いや、その……あの子が発つ最後の日、どうしても”何か”を渡したくて。当時持っていた『一番大切なもの』を贈ったんだ。父上・母上から『宝だ』として渡され、いつも身に着けていたもので……その」
「うわぁ──……」
「ふつう、家宝あげます!? いくら好きだったっつっても、ねえ!?」
「…………ヘンリー」
「こ、こどもってこわい……! こどもってこわい……! 純粋な初恋ばなし可愛いけど、こどもってこわい……!!」
「……ああもう。なんとでも言ってくれ。俺が馬鹿だったんだ。解ってるよ」
震えるわたしに、肺の奥から思いっきり息を吐き出すエリック陛下。
その表情が雄弁に物語る『仕方ないだろ、子どもだったんだ。その時はあげたかったんだよ』という『無言の訴え』。
……う。まあ、まあうん、
「──ま、まあわかるよ? なんか恩人? なんでしょ? その子のおかげで持ち直したぐらいの恩を受けたなら、贈り物したくなる気持ちはわかる。けど『女の子に楔』あげる??」
「ですよね、普通は花や髪飾りですよね?」
「まあ~、そこでそれが出ちゃうのがおにーさんっぽいけどさあ~、家宝のクサビって……」
「『花冠』のほうが良くないですか!?」
「わかる、花冠かわいい!」
「…………残らないだろ」
「残らなくてもピュアじゃん~!」
「…………ああ…………もう…………うるさい。残るものをあげたかったんだ」
恥じらいながらヘソを曲げる彼。
……くう……、こういうところ、可愛いと思っちゃうあたり負けてる……!
そんな、内側のきゅんを頬の下に閉じ込めて、わたしは困り眉で彼に問う。
「──で、大人になって、大騒ぎ?」
「ええ、そりゃあもう。城中ひっくり返して大捜索ですよ。で、結果こうです」
「…………おにーさんさあ……」
「その呆れ顔を向けないでくれ。胸に刺さる」
「あ、えと、それで、その~、封印は大丈夫なの? ミカゲのクサビ? 今『無い』ってことだよね?」
声に凄みを醸し出しながら、ぼっそり言い放ったおにーさんのトーンに、わたしは、話の先を促した。
これ以上は彼が可哀想である。
──すっかり湧き上がってしまったが、今は『化生の世廻りを阻止するための作戦会議中』。エリック陛下への感謝の宴まで時間もない。
そんな問いかけに、彼は一変。そのお顔から恥じらいを消し、すぅ……っと、纏う雰囲気を”厳格”に変えつつ述べる。
「────厳密にいえば、儀式の際、御影の楔がなくとも抑えることはできる。その分安寧の時間は短くなるが、長き歴史の中で『御影の楔』を使わなかった先代もいてな。『ただの鉱物の短剣』で責務を果たした者もいる。だから最悪、俺さえ沈めば事なきを得られるのだが……」
────ん? まって?
「…………せっかく責務を果たすのなら、少しでも長く安寧が続いた方がいいだろう? だから、あの子がまだ『御影の楔』を持っていることに賭け『期限が来るその日まで』探すことにしたんだ」
最後、なんて言った? 『俺さえ沈めば』?
待って、待って、追いつけない。
追い付かない。
────冷えていく。
背中から、指の先まで。
「まあ、今となっては楔の有無なんて、後付けのようなものだったけど」
震え始める指を、窘めることすらできないわたしが、救いを求めるように見つめた先。飛び込んできたのは……悲しさと寂しさを乗せた眼差しだった。
「……会ってみたかったんだ。もう一度。あの子に会いたかった。あの子のおかげで俺は『今日までこれた』と礼を言いたかった。……けれど、叶わなかったな」
諦めを宿して呟く彼が、わたしの芯を冷やしていく。
待って。待って。
ちょっと待って。
穏やかな顔でこっち見ないで。
待って、まって、それって、ねえ、ちょっとまって。
「──その代わり、ミリア。君と良い旅ができた。君との旅は俺にとって──」
「ちょっと・待って」
彼の安穏を遮って、わたしは口を挟んでいた。
聞きたくない。
言いたくない。
けれど、どうしても聞かなきゃいけない。
『違う』を期待して、わたしは──
「あの、かくにん、したいんだけど、もしかして、その『責務』って」
「────ああ。人柱として、命を捧げ国の安寧を保つことだ」
──そんな、まっすぐな目で言わないで……




