第13話 先の振り方
──この後わたしはどうしよう?
王城の廊下・窓の外をぼんやり眺めながら、わたしは物思いにふけっていた。
身に纏っている『大人しい型のドレス』にも気分が上がらない。
『エリック陛下に感謝の宴を開く』ということで、わたしも王族仕様に着替えたが、気分はこれだ。
──ドレス……は、すごく綺麗なんだけどね……民の衣装に慣れちゃうと堅苦しくて仕方ない。
コルセットはキツイし、背筋伸ばさないとみっともないし、裾は踏むし裾を踏まれるし。
「……きゅうくつぅ……」
げっそり呟く。
この先を考えると憂鬱だ。民の服のほうがよっぽど楽だった。
王国に居なきゃいけない?
わたしは外に出たい。魔防壁が~って言われても、この先もそれに依存する国防もどうかと思う。わたしですら一応武器ぐらいあるのに。
ひとり小さく息をつき、おもむろに脇の下に手を入れ、コルセットから抜き出すのはお気に入りのペーパーナイフだ。
石造りなのはわかるが素材が不明のため、勝手に『星屑のナイフ』と呼んでいる。星屑みたいな混合物が綺麗な一振りである。
大好きな刀身を眺めて、一拍。
心の落ち着きを感じて、それをしまい込み、次にわたしはペンダントを掴み上ると
「──エリックさんと一緒に居たいなあ……、国を見捨てるわけじゃないんだよ、もっと外を見たいだけ。それで、隣は彼がいいなって思ってるだけ。……でも、そんなの望み薄だよね~、ショルン?」
王城の廊下の窓べりで、ペンダントの先についている『鍾乳石のショルン』に話しかけるわたし。『寂しい王女だ』って? 仕方ないじゃん、周りがヒソヒソ煩いんだもん。
「あんな奴らに頭下げて『一緒にいてください』って言うぐらいならひとりのほうが全然マシ。ね、ショルン」
ショルンは何も言わない。
当たり前だけど。でも聞いて?
「はあ、困ったなあ。一応、また外に出られるように荷物纏めてあるけど。ショルン、あのね? 一度『外』という蜜を知ってしまった王女は、もう王城などには戻れないの。そういうものなの。旅立ちたいの、わかるよねショルン?」
「でも、ひとりは厳しいじゃん? 厳しいよね? 小動物なら捌けるようになったけど狩れないし。かと言って、仮にレティがオモイビトでレティも一緒に来たとしたら、わたし地獄じゃない? 地獄だよねショルン??」
「はーあ、もう、なにやってんだろね? なんで苦しい道選んじゃったのかなあ。でもあんなの不可抗力だよ無理だもん気づいたら好」
「────誰と話してるんだ?」
「きわあああああああああああああ!?」
☆☆
──待って死にたい。後ろにいた。
「…………い、いつ、カラ」
脂汗が流れまくる。
驚いて言葉も出ない。
突如話しかけてきたおにーさんにわたしパニック。おにーさん言う。
「……いつ? 『地獄だよねしょるん』?」
「声かけてよッ!」
拍子に飛んだ鍾乳石のペンダントを見事キャッチし述べる彼に、思いっきり叫んだ!
あ~~あ~あ~あ~~!
もう殺してッ!
バレてない!?
バレてないみたいだけどああ~~もう~~~ッ……!
────と、叫びを全力で押し込み顔を押さえ震えるわたしの頭の向こうで、「ショルンってだれ? 疲れてる? ミリア?」と声がする。
────こっ……コロシテ……ッ! 末代までの恥ッ! セントジュエルはここで終わりますありがとうございました。またのご利用お待ちしております。
「……お帰りはあちらです……」
「帰れって言うのか? ちょっと待ってくれ、せっかく着替えたのに」
呟くわたしに、くすくすと笑いの混じる声がする。
うわん。
このまま伏せてるわけにもいかない……
熱い自分のほっぺに手を当てて、なんとか落ち着きを取り戻し、わたしは顔を上げ──……
ぱちっ。
……かっこいーなー……わー。
と、黙って見つめるわたしの前。彼はというと、固まっている。
うん? なに?
「おにーさん?」
「……────……あ、えーと、いや」
「? あ、そか。王族仕様は見たことなかったね?」
慌てた様子で言葉を絞り出した彼に、わたしは恥じらいも動揺もトキメキも”にこやか”で包んでほほ笑み殺した。力技である。
一応これでも、着るものを着れば姫君なのだから、王族スマイルは得意なのだ!
──を、胸の内。
わたしは、優しい緑の淑やかなドレスが映えるよう背を伸ばす。
両裾を腕で掬い上げ・王国の貸衣装ですっかり『陛下』な彼に、ひとつ。
厳かに腰を落として──ご挨拶。
「──《ごきげんよう、スタイン陛下。今宵の宴を楽しみにしております》……どう? ちゃんと王女してるでしょ?」
「………………」
「……どう? ちゃんと王女できてるでしょ?」
「…………」
────へんじがない。
「聞こえてる?」
返事がない。
ただ黙ってこちらを見ながら立っている。じっと見上げてみる。
『………………』
なにも言わない。
あの──……
──きい、てる、んだけど、な──っ……?
目合ってるのに、なんも言わないのは、え──っとぉ……?
…………はっ!?
「え、なに? 顔になにか着いてる? そんな変だった!?」
「………………いや……………………えーと」
慌てて顔を触り、身なりを確かめるわたしの前、彼はというと『変』だ。
視線は妙に泳いでいるし、眉は中央に寄っているし、右手は口元を隠し、左手は腰。そして──視線が忙しい。
────んっ??
「……ミリアさん、あー、……ちょっと、待ってくれるか」
「……はい、まちます?」
「あー……、えーと、うん。そうだな」
……なんか、ぎこちない? そわそわしてる? えっ? なに?
っていうか怒ってる? なに? え?
を、口には出さず。
じぃっと見上げるわたしの前、彼は、すぅ────っと大きく息を吸い込んで、
「────よく似合ってる」
「なんでそんな『決死の覚悟』みたいに。」
わからないおにーさんである。
今、戦場に行くような覚悟は必要だっただろーか?
……え……?
死に行くほどの覚悟が必要な……ドレス姿とは一体……
と、ひとり微妙な疑念の世界へ迷い込むわたしをほったらかしに、おにーさんはというと、いまだに混乱している様子。
カリカリコリコリとうなじを掻き、視線を惑わせチラチラこちらを見ながら眉を寄せる。
「あ、いや……その、……参ったな……予想の上を行ったというか、……嘘だろ……ッ」
「ん゛? なにが? っていうかレティは?」
「あ、ああ、彼女は」
煮え切らない彼に、ひとつ。
『思い人』のことを聞いた時。
おにーさんの声を遮って、兵士の声が廊下に響いた。
────「おい! 早くしろ!」「霊廟に異常だ!」
…………霊廟……?
「……なんで霊廟……? あんなとこで何が」
「────…………すまない。ミリア」
呟くわたしに固い声。
端的に危機感を滲ませる彼に、思わず目を向けた瞬間。
「…………『引き寄せ』だ。ヘンリーに会わせてくれ。……それと、霊廟まで案内してくれるか」
緊張を孕んだ声は、城の廊下に重く沈んでいった。




