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第10話 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。





 たぶん『どこかの王族か貴族』のエリック・マーティンさんが、セント・ジュエルに援軍を送ってくれた日から、ひとつの季節が流れた。




 セント・ジュエル出身のわたしを気遣ってくれたのか、それとも彼の立場がそうさせるのか、彼のもとには逐一戦況が集まってくる。



 魔防壁のないセント・ジュエルの国防はザル以下で、おかげさまでわたしは、国にいた時よりもお国事情に詳しくなった。元姫としては微妙な気分である。



 マルケッタが彼の兵力に恐れをなし早々に逃げ出し、ジュエルが国防でてんやわんやの中、わたしたちがしていたのは、相変わらずの人探し。……だが、見違えるほど効率よくなった。



 それもこれも『魔防壁の崩壊』のおかげだ。わたし一人の記憶ではどうしようもないだろうと、ヘンリーさんがスパイに依頼し、家系図と所在地を洗い出してくれたのだ。




 ……なんというか……、魔防壁に頼りっぱなしで、他がボロボロの母国に呆れて言葉もない。いーのか国。おとーさま。ねえ。ちょっと。



 あっさり手に入ったリストを複雑な気持ちで凝視するわたしの隣で、『君の国らしいじゃないか』とくすくす笑ったおにーさんには、『無言ほっぺ引っ張り攻撃』を食らわせてやった。


 どーいう意味よ、それ。わたし警戒してるもん。




 ──そしてその封書は、何の前触れもなくやってきた。



 マガロ平原の休憩地、捌いたウサギの肉を串に刺しながら、鍋の番をするわたしたちに、聞きなれた声が届いた。




「ヘイ……ボス! セント・ジュエルの国王から書簡です! 書簡!」

「──なんだヘンリー。騒々しいな」


「だって! だって内容が内容なんですよ!」



 駆け寄ったヘンリーさんに立ち上がり、受け取った紙を広げる彼。

 


 ……お父様から? なんだろ?



 ウサギの串を火にくべて、訝し気に眉をひそめ羊皮紙を広げるおにーさんの後ろに回り込み────





『鉱歴768年 モース月 ハチ日

 スタインブルク王国 

 エリック・スタイン国王陛下殿

 


 セント・ジュエル王国機構

 国王 アレキ・サンドラ・ジュエリエル

 代筆 ジョウ・ズニカ・ケッルーノ




 マルケッタ挙兵に伴うスレイン国援軍のお礼




 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。日頃より当国の体制及び国風に、ご理解とご協力をいただきまして誠にありがとうございます。

 さて、先日のマルケッタ挙兵に伴う国家存続の危機に置かれましては、多大なるご支援を頂き誠にありがとうございました。つきましては、宴の席をご用意いたしましたので、ぜひ、ご近所お誘いあわせの上お越しください。 記 1)日時……』

 



「…………」

「………………」

『………………』




 すらすらと書いてある文に、黙った。

 妙な雰囲気が辺りを包み込む。



 訝し気に眉をよせるエリックさん、摩訶不思議なものを見た顔をするヘンリーさん、くらりとした眩暈に頭を押さえるわたし。




 ……こ、これ……、王立教育機関の保護者向けに送る通達文の丸写しだッ……! たしかにウチの国は外交皆無だったけどッ……なんか、ちょっと違わない……!? ねえ、違うよねおとーさま……ッ!?



 さすがにそれ(・・)は口にできず、ぷるぷる震えるわたしの背後から。心底戸惑った調子の会話が聞こえてくる。




「……あーっと、変わった招待状ですね?」

「……ミリア……、これは、君の国では普通なのか……?」


「…………すみません……うちのちちが……」

「…………いや。構わないが……」




 ──消えたい。父。ほんと何てことしてくれたの。

 



 困惑のエリックさんに固まるわたしを隅に、ひょうひょうとしたヘンリーさんが述べる。




「”懇切丁寧”って感じではありますけど、《ご近所お誘いあわせの上》っつーのがなんか……組合主催の飲み会案内かっていう──」

「──言ってくれるな、ヘンリー。国交の少ない国なんだ。それにミリアが育った土地だぞ?」



 どーいう意味かな。


 ──と、突っ込みたい気力も消え失せ、遠き母国で笑っているだろう父に呪いを送る。




 …………あのパピうえ……ッ! いえ、御父上さまっ……! 一般的外交文章というものを身に着けてくださいましッ……! これからの未来のために……ッ!!




 ぷるぷるわなわな。

 草葉の陰で震えるわたし。

 そんなわたしを引き戻したのは、爽やかなエリックさんの声掛けだった。




「────なあミリア。これは好機だと思わないか? 君も一緒に凱旋しよう。俺の付き添いとして、堂々と国の門をくぐるんだ」

「…………」


 

 言われ、目を丸め立ち上がる。振り向いた世界の中で、彼は悪い笑顔でほほ笑むと



「君を馬鹿にし虐げてきたやつはさぞ驚くだろうな? なにせ、国賓として招いたモノの中に、追い出した君の姿があるんだから」

「……そっか……、それ、いいかも……!」




 彼の提案に、わたしは前のめりで頷いた。

 近寄る足が自然と早足になり、両手を胸の前で合わせ、言葉が滑り出す。




「母国でおにーさんの探し人、探せるもんね。親戚ちまちま回ってもいいけど、母国で聞き込みしちゃえば早いわけで……! あ、ごめん初めからそうすればよかったねっ、遠回りさせちゃった……!」



「見返さなくていいのか?」

「ううん、そこはまあ……。それより、避けさせちゃってた方がごめんって感じ。でも、これで行けるから!」



「……いや。君の事情は分かっていたし、無理に王国へ行くつもりはなかったよ」

「……そうなの?」

「ああ。もとより賭けのようなものだったし。時間も、──……──し、な」

「最後、なんて言ったの?」

「…………」




 俯きがちのそれが聞き取れなくて、首をかしげるわたしに、彼は首だけを振った。

 小さく口の動きで『気にしないでくれ』と語る笑顔がなんだか遠い(・・)


 彼らしくない妙なよそよそしさに、わたしが違和感を覚えた時。 




「──なら、決まりでいいか?」



 

 無理やり押しのけるような『場を変える一声』があたりを貫いた。



 ヘンリーさんが頷く。

 『異論ありません』と言うように。


 エリックさんも頷く。

 『では、そうしよう』と目を合わせて。

 そして、わたしは──




「ちょっと待った」




 お二人の前に立ちふさがり、両手で制したのであった。





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