第1話 呆れがセットのおにーさん
戦力外通告ってやつは、けっこー簡単にされたりする。そして、かなり理不尽だ。
「──ミリア・リリ・カルサイト! 役立たずのお前を追放する!」
「……え。ちょっと待っておとーさま??」
玉座にどっしり座りながら、わたしを指さすおとーさま。こういう時、人はショックを受けたりするのかもしれない。でも。
わたしの口から間髪入れずに飛び出したのは、自分なりの意見だった。
「今までさんざん『外に出たい!』って言ってたの却下して、そんな声高らかに『追放する!』とか言われても、ちょっと飲めないって言うか自分勝手にもほどがあるのでは?」
どよめく周りはオールスルー。面食らうパピー様にもう一撃!
「追い出すなら追い出すで『ミリア、行っておいで』って朗らかに送り出してくれたら、『はぁいおとーさま、すき♡』ってなるのに『追放する! どーん!』なんて言うことないじゃん、そういうのよくない! 良くないと思う!」
「み」
「って言うか? そうやって『事を大きくする姿勢』ってどうなの? ああもう良いです! そんなん言うなら出ていくし! 住むとこぐらい自分で決める! さよーなら!!」
☆☆
「────で。……国を飛び出して、行き倒れていたのか?」
「はい。まあ。そういうことになります。」
森の小屋の中。心底呆れた声に、わたしはこくんと頷いた。
わたし、ミリア・リリ・カルサイト。にじゅっさい。一応姫だった。
目の前で呆れまくってるのは、黒髪顔面彫刻のおにーさん。エリックというらしい。
緩いくせっけの童顔フェイス。年齢不詳。十代の男の子にも見えるけど、もう少し上? 態度は偉そう。しっかりしてるともいう。
堂々とした出で立ちが彫刻を思わせる、顔面美麗カラットの男の人だ。
彼に拾われたのが三日ぐらい前の夕方。枯葉に埋まってたらしい。寝っぱなしだったらしい。全然覚えてない。
呆れまなこの質問に平々坦々、『ぽん、』と応えるわたしに、エリックおにーさんは訝しげだ。
「……随分跳ね返りの姫君だな?」
「そうでもしなきゃ王族なんてできない。おとーさま性格悪い。絶対アレ『追放する!』って言いたいだけだよ、そう思う」
「……なんで娘を追放するんだよ」
「ブームなんじゃない? 噂で聞いたことある」
「………………。……まあ、何はともあれ食事をとれるぐらいに回復して何よりだ」
言ってカップのスープをひと口飲む彼。釣られてわたしも、こくんと飲み込み──顔を緩ませた。
「……おいし~……正直死ぬかと思ったよね~、助かったぁ~」
「……そんな知識で山越えしようとしていたのか……? ……頭が痛いな」
あくまでも緩く言うわたしに、また呆れるエリックさん。
そんなこと言われても、セント・ジュエルは山の中の小国。どの道を行っても山越えは避けられない。
色々甘かったのは確かだが、『とりあえず』。わたしはスープカップを両手にほんわか気分で眉を下げると、ゆるゆる〜と彼に言う。
「ありがと~、助かったよ~、目の前が真っ暗でなんにも見えないとか、生まれて初めての経験だった~」
「……のんきに言うよな……、君、俺が通らなかったらどうするつもりだったんだ?」
「……どーするって……」
訝し気な顔に、ぴたり。ちょっと考え、ちらり。
「……死んでたのでは?」
「他人事のように言わないでくれ。縁起でもない」
「野生動物の餌になってたと思う」
「……あっさり言うな」
「だって事実」
「……あのなあ、亡骸を見つける身にもなってくれ。数日は肉が食えなくなる」
「……それは、きついね? ごめんね?」
「…………」
あ。やばい、やってしまったかもしれない。
彼の『複雑を閉じ込めた沈黙』に、わたしは即反省した。
そう、これは『よくない癖』だ。言われたことに対してぽんぽんと返してしまうところ。自分では良いところだと思っているのだが、たまに注意を受けることもある。
考えなしとかよく言われる。でも、『テンポがこうなのだから仕方ない』が持論なのだが────……
『難しそうな顔』に冷や汗が出る。やばい。
彼はわたしの性格をよく知るわけじゃないし、ここでは『圧倒的強者』。わたしは置いてもらってる身。この体力で追い出されたらヤバイ。確実に死ぬ……!
──と、こっそり危機感を覚えるわたしの前で、しばらく考え込んでいたおにーさんは不意に顔を上げると、黒く青い瞳に疑念を乗せて言うのである。
「……『確認』したいんだけど。君は本当に『姫君』なのか? にわかには信じられないんだけど」
「んまぁ、そーだよね~、でも、残念ながらセント・ジュエルのお姫様なんだなぁ。これが」
やや不敬気味の質問に、肩をすくめて答えるわたし。
エリックさんの気持ちはわかる。
わたしでさえこんなのが姫君だと言われても信じらない。
国を出た時の衣装も普通のワンピースだし、それも土まみれだった。今だっておにーさんの服を借りている状態だ。
どこからどう見ても王女には見えない。
「──っていっても、第26王女。継承権なんてあるはずもない、上位貴族に毛が生えたようなもんだよ~、末端のまったん。」
「……ふうん。まあ、君が継承権から遠い王族なのは納得だな。王座に近ければ近いほど、それ相応の教育を受けているはずだが、君にはそれを感じられない」
「興味なさげな口調で割と失礼なこといってるよね? まあいいんだけどね??」
「──本来、王族相手ならばこんな態度は『不敬』だ。しかし、君の場合は……」
「……はい、らしくないです。自覚あります」
そのとーりです。
わたしのツッコミをナチュラルスルーする彼の言葉をまんま受け止め、肩をすくめた。
「──だって、しょうがなくない? 人には人の性格があると思わない? そんな、生まれもった個性を潰してまで、王族やりたいと思わないもん」
「……王族って、希望でするものじゃないと思うけど」
「……けっこーずぱっというよね。おにーさん。お口が正直だよね」
「そうでもない。普段はわきまえてるさ」
……ほんとかコイツ……
さっきから思ってたけど、このおにーさん、顔は美麗カラットだけど性格はなかなかだ。『顔面でモテるが辛辣さで嫌われる』部類の人とみた。
本人がモテたいかどうかは存じ上げないが、『ここにいるだけはある』のかもしれない。
そこまで胸の内で呟いて。わたしは彼を視界の中心でとらえると、軽~く、問いを投げてみた。
「おにーさんは? おにーさんこそ、こんなとこでナニしてるの?」
「……おにーさんじゃなくて、エリック。エリック・マーティン」
「ん、エリックさん。なにやってるの?」
「……別に。何というわけでもないけど」
「こんな山奥でぇ?」
嘘だあ。
絶対うそ。なんかある。でなければこんな場所に住むわけない。
まあ、おかげさまで助かったのだが、こんな顔面美麗カラットの殿方が、こんな山奥に生息しているもんだろうか?
じっと疑念の目を向けるわたしに、彼は──一拍。
「──そうだな。しいて言えば……」
ゆっくりと。
思わせぶりに間を溜めて『すぅ──』と意味深な目線でひと撫で。ニヤリと不敵に笑いながら、わたしの瞳を覗き込み────
「……君みたいな遭難者に恩を売って、交換条件を突きつける為──かな?」
「うわぁ────……え? 遭難待ち!?」
「真に受けるなよ。冗談だ」
悪い顔で笑ってすっと引く。
……ちょっと。なんなのもう。完全にからかわれている。こいつ、完全にからかっている。
絶対モテない。『話している分にはいいが、恋人にしたくない』というやつである。
…………このやろう…………
あ、はしたない。ダメダメ、そんな言葉はだめよ、ミリー。一応王女だったんだから。
心の中の正直な自分をちゃんと窘めて、こほんと咳をし内側を清らかにするわたしの視界の隅っこで。
何かを考えていた様子のおにーさんは、手で口元を覆いながらしげしげと呟いた。
「しかし……セント・ジュエルの王族を、こんなところで拾えるとは思わなかったな。何の因果か、偶然か……」
「まあ落ちてたんだけど、落とし物みたいに言われる日が来るとは」
「セント・ジュエルと言えば、シャトンの大地でも閉鎖的で国交が少ない。なのに、王族と会いまみえるなんて……」
「みんな外に出ないんだよ~。悪用されちゃうの」
「──……まあ、そうだろうな。命は平等だというが、王族と民草ではその重みが違う。通常、主の首を獲られてしまえば、国家存亡の危機に」
「あ。違うの。そっちもあるけど、そこだけじゃなくて」
流れるように言う彼に、わたしはぱたぱたと手を振り、そして──話していた。
「セントジュエルの王族ってね? 生まれつき、宿り石があるの。中に石を宿してる。その力で国防してるってわけ」
「……なるほど? 政治に使うには、持って来いだな」
「そう。だから外に出なかったの。わたしは要らなかったみたいだけど」
──体質の秘密を他人にしたことなんてなかったんだけど。
「……君は? 君も石を宿しているのか?」
「うん」
彼と話すテンポが、不思議と心地よくて。
「──わたしの宿り石は、鍾乳石。聞いたことある?」
わたし、説明しちゃってた。
胸元のペンダントを引き上げて、悪戯っぽく。
文字通り、《秘密のお話》をするように。