4 アジトのアパート
三人組が転入した初日は何事も無く下校の時間となった。
学校の統廃合をかけた対決が近いというのに、表向きの校内の雰囲気は、長閑なものだった。
ごく普通の高校生活を満喫する生徒達に浮足立ったところはない。
その反面、ネットやグループチャットでは、あること無いことを含め、源氏との対決の話題が溢れていた。
勝春がスマホを操作しながら、ため息をつく。
「やれやれだネ。情報多すぎ。どんだけ源氏を憎んでるんダロ?」
前を歩いていたカズが振り返る。
「どう? 有意義な情報はありそう?」
「今のところは無いネ。スパイや工作員は、まだ本格的に動いてないのかもヨ」
最後尾を歩く大志が欠伸する。
「フン。噂ばかりでは話にならんな」
カズ、勝春、大志の三人は、組織が手配した今回の住処となるアパートに向かっていた。
場所は平家学院から海方面に下った旧港町だという。
目的地に着いて勝春が呆れる。
「トホホだネ。何かサ。いつもより手、抜いてない? てか、経費削減?」
組織が用意した木造二階建てアパートは思ったよりも、ずっと古かったのだ。
カズが苦笑する。
「一人一部屋って聞いてたから、多分こんな感じじゃないかとは思ってたけど……見たところ築五十年ってトコだね」
ところが純粋な日本男児の大志は全然、気にならないらしい。
「いや、落ち着いた感じで良いじゃないか。古風で」
勝春が突っ込む。
「古ければ良いってモンじゃないヨ。古風と単に古いのは別物だヨ」
三人の部屋は二階にある六部屋のうちの三つ。
足元が軋む階段を上がって直ぐの部屋をカズ。
その隣室に大志、続いて勝春が自分の部屋として使用することにする。
各々《おのおの》の部屋に入る寸前に勝春が提案する。
「じゃあサ。打ち合わせは、表の喫茶でしようヨ」
アパートのはす向いには昔ながらの小さな喫茶店がある。
それを確認してカズが頷く。
「わかった。じゃ、ボクも着替えたら直ぐに行くよ」
大志も「まあ、いいだろう」と、同意する。
三人は、作戦会議を表通りの喫茶『RISE』で行うことにした。
* * *
喫茶『RISE』は旧港町の商店街にあった。
商店街といっても店舗の殆どはシャッターが閉まっている。
営業している店は、こことその向かいの『蒼矢商店』くらいしか見当たらなかった。
店に入る前に勝春がため息をつく。
「けどサア。ずいぶんと寂しい商店街だネ」
カズが色あせた看板やシャッター街と化した光景を眺めながら言う。
「そうだね。昔はもっと賑やかだったんだろうけど」
大志がグルリと辺りを見回す。
「地方の商店街には、こういう所が益々、増えているらしいな」
「寂しいネ。食事する場所もあんまり無さそうだネ……」と、勝春が首を振る。
そんな会話をしながら店に入るなりカズが目を丸くした。
「え? 鼠先輩?」
勝春がカズの後ろから店の奥を覗き込む。
「ア、ほんとダ。やっぱ目立つネ」
「フン。やはりアホだな」
大志の言葉にカズが苦笑する。
「大志は、ああいうタイプに厳しいよね」
不良少年たちにとって大志は天敵であると同時に、大志もその手の人種を嫌っている。
もっとも鼠先輩はどうみても三十歳を超えているので不良少年とはいえないのだが……。
勝春が困った顔をする。
「ネ、止めとく? ここじゃ秘密の作戦会議、できないかもヨ」
しかし大志は首を振る。
「いいや。あんなアホが一人居たところで問題はなかろう」
カズが頷く。
「そうだね。あんなに目立つスパイは無いと思う。けど、込み入った話は止めておいた方が賢明だね」
店内は空いていた。
鼠先輩は店の奥で週刊誌を眺めながらリラックスしている。
見たところ一人のようだ。
他には何とか電力のヘルメットを被った作業員四人のグループだけだった。
「せめて西側にあれば山肌で遮られたのに」
「でも、どのみち距離が足りないですよ」
作業員の席から離れるために入り口に近い窓際の席に陣取った三人は、アイスコーヒーを注文して、今後の方向性について協議する。
勝春が尋ねる。
「で、どうヨ? カズは資料を読んだんだろ?」
「ああ。市議会の議事録だね。読んだよ」
大志が腕組みしながら問う。
「それで学校対決の中味はどうなんだ?」
「それがさ。曖昧なんだよね……肝心な所が記載されていないんだ」
平家学院と源氏高校の存続をかけた対決。
その対決の詳細は未だに分からないままだ。
勝春が、やれやれといった風に首を振る。
「はぁ? マジかヨ! ホントにあの市長の思いつきで決めるのかナ?」
大志は厳しい表情でカズに説明を促す。
「話してみろ。どこが曖昧なんだ?」
「それがね。勝敗は三回戦で決めるそうなんだけど、具体的な対決方法が、まったく記されてないんだ。何を競うのかが、まるで分からない」
大志が眉間にしわを寄せる。
「それじゃ対決にならんだろうが」
カズは問題の議事録のコピーを取り出して説明した。
「これを読む限り、やはり鍵は市長が握っているみたいなんだ。対決の内容、場所、ルール、勝敗の判定。それらが全部、市長の判断で決められるんだってさ」
勝春がため息をつく。
「ハア……そういやアドリブって言ってたよネ。あの軽そうな市長が」
大志が突っ込む。
「軽薄なのは、お前の専売特許だろうが」
それに対して勝春が「悪かったネ!」と、むくれる。
「まあ二人とも続きを聞いてよ。一応、テーマは決まってるんだ。対決の内容は、体力・知力・地元密着度の三つなんだって」
それを聞いて大志が渋い顔をする。
「体力と知力は分かるが、最後の地元密着度とは何なんだ?」
カズは首を振る。
「さあね。今は分からないけど、そのうちヒントが出てくるんじゃないかな」
カズは楽観的にそう言うが、対決の中味が分からないのでは敵のスパイが何を仕掛けてくるか見当がつかない。
勝春が腕組みして呟く。
「けどサ。それじゃ対処しようがないよネ……」
大志も頭を掻く。
「体力対決か。せめて何の競技か分かればな。野球なのか、サッカーなのか……」
その時、注文の品が出てきた。
女主人が、おぼんを手に三人のテーブルに来た。
ところが、カズのアイスコーヒーにはアイスクリームが乗っかっている。
大志のグラスにはポッキーが一本、ストローみたいに差さっている。
そして勝春のグラスにはパフェ並みにアイスやフルーツ、生クリームがテンコ盛り。
コーヒーはグラスの底に申し訳程度しか入ってない。
それを見て勝春が顔を引きつらせる。
「あ、あの……パフェは頼んでませんケド?」
すると女主人は勝春に豪快なウインクを送る。
「やーね! サービスよん♪」
大志がポッキーでコーヒーをかき混ぜながら呆れる。
「何なんだ、この差は……」
しかし、もっと悲惨な客がいた。
それは鼠先輩だ。
女主人は鼠先輩の席にツカツカと歩み寄ると「ガッ!」と、グラスをテーブルに叩きつけた。
鼠先輩がグラスを凝視して文句をつける。
「おいおい。氷ばっかじゃねぇか!」
確かにグラス内は氷9のコーヒー1ぐらいの割合だ。
「おまけに、底の方にしかコーヒー入ってねぇし」
鼠先輩の抗議に対し、女主人は黙って『お冷』を手にすると『ドバドバッ』と、鼠先輩のグラスに注ぎ込んで満タンにした。
で、一言。
「アンタには、これで十分!」
そんなやりとりを見てしまった三人が顔を見合わせる。
カズが苦笑いする。
「どうやら勝春は気に入られちゃったみたいだね」
大志が意地悪そうに笑う。
「どうせならお前だけここに下宿するか?」
二人の突っ込みに勝春は「いやぁ……参ったネ」と、頭を掻くしかなかった。