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3 平家と源氏

 昼休みに入って三人が教室を出ようとすると、真面目そうな女の子が声を掛けてきた。


 三つ編みの黒髪に赤縁の丸眼鏡。

 綺麗な顔立ちをしているのだが、どことなく取っ付き難い表情をしている。


 カズが尋ねる。

「君は確か……」


「はい。このクラスの委員長をしております。ウエムラと申します。うえむらと書いて上村です」


 彼女の事務的な口調にカズが顔を強張こわばらせる。

「あ、そうだったね。い、委員長の上村さん。よろしく」


 いきなり目を付けられてしまったのではないかとカズは警戒したのだ。


 だが、彼女は上品な笑顔を見せる。

「あなた達、お弁当は、お持ちなんですの?」


 委員長の問いに勝春が「ないヨ」と、首を振る。


 勝春の言葉に何人かの女子が(それならアタシのを)と言わんばかりに色めきたった。


 だが、上村委員長が、きっぱりそれを制した。

「では、わたくしが食堂に案内しますわ」


 それを見て女子達が「何それ」「カミちゃんズルいよね~」との恨み節がチラホラ。


 それに気付いて勝春が疑問に思う。

「ウエムラなのにカミちゃん? そういう風に呼ばれてるんだネ」


「え? ま、まぁ……そうなんですけど。と、と()かく私が案内いたします」


 勝春が「エ? とぬかく?」と、反応する。

 そして大志に囁く。

「もしかしてサ。台詞を『かむ』からカミちゃんって呼ばれてるのかもネ」


 だが、大志は「さあな。別に興味はない」と、素っ気ない。


 勝春が大志のリアクションに呆れる。

「相変わらずダネ。大志の女嫌いは」


「フン。そんなことはどうでもいいが、当然、コロッケ定食はあるんだろうな?」


 大志の質問に委員長のカミちゃんが首を傾げる。

「どうかしら。私の記憶では無かったような気がしますけど」


 その答えに大志が「チッ」と、小さく舌打ちした。


 それをカミちゃんが聞きとがめる。

「まっ! 後藤君。今、舌打ちしましたわね!」


「なんだ。聞こえてたのか。大した地獄耳だな」


 大志は嫌味でそう言ったつもりなのに委員長はなぜか顔を赤らめる。

「まっ! そ、そ、そんな……それほどでも」


「なぜ照れる?」と、大志が首をひねる。

『地獄耳』は別に褒め言葉ではないのだが……。


 カズと勝春が、この子は、ちょっと天然ボケが入っているのかもしれないという表情で顔を見合わせる。


    *    *    *


 食堂での食事中に三人はこの町の歴史について委員長からレクチャーを受けた。


『カミちゃん』こと上村委員長の話をまとめるとこうだ。


 風土記ふどきによると平家町と源氏町は、ともに小さな漁村が始まりだったという。


 そして、奈良時代から平安にかけては、それなりに友好的な関係にあったらしい。


 ところが、平安時代末期の源平の戦いで互いに傷ついた落武者おちむしゃが、それぞれの村に逃げ込んだことで状況が変わった。


 平家と源氏、各々《おのおの》の落武者が村に居つくことで、次第に対立していくことになってしまったのだ。


 その後、二つの村は数百年に渡って、海に出れば漁場で争い、水不足になれば川の水を奪い合い、ことあるごとに、いがみ合ってきた。


 さらに近代に入ってからも選挙の度に激しく対立し、お互いに相手を敵視してきた。


 それなので三十年前に鉄道の駅を新設した時は大変だったらしい。

 お互いの町が、駅舎えきしゃを自らの土地に建設するよう、激烈な誘致合戦が繰り広げられたという。


 勝春がウンウンと頷く。

「なるほどネ。だからあの駅は鉄橋の中間点にあるんだネ」


 カズが箸を止めて独り言のように呟く。

「でもよく合併したよね。そんなに仲が悪い町同士が」


 カミちゃんが解説する。

「仕方が無かったんですわ。どこの地方も財政難ですから。それに合併しないと国からの交付金が減らされてしまいますのよ」


 大志がフンと鼻を鳴らす。

「なるほど。背に腹は変えられんということか。確かに国からの補助が無ければ地方経済は成り立たんからな」


 勝春がイチゴ・オレを吸いながら話題を変える。

「けどサ。『みやび市』って名前は洒落しゃれてるよネ!」


 カミちゃんは「それが大変だったんですのよ」と首を振って経緯を説明する。


「お互いに平家だ、源氏だって譲らないから大変でしたの。源氏市にするか平家市にするかで住民投票も行ったんですけど、結局、平安時代に由来して『みやび』ってことで妥協したのですわ」


 三人が想像していた以上に両者の対立は深刻なようだ。


 分断された町。


 しかも、こんな状態で学校の生き残りをかけた対決など果たして可能なのだろうか? 

 何かとんでもないことが起こるのではないか? 


 校長が心配するように相手は何をしてくるか分からない……。


 勝春が長閑のどかな食堂内を見渡してから質問する。

「ところでサ。カミちゃんは、何か噂を聞いていない?」


「え? 噂……何の噂ですの?」


「学校対決のことだヨ」


「ああ、そ、それなら聞いておりますことよ」

 なんだかカミちゃんの歯切れが悪い。


 そこにカズが口をはさむ。

「なにか浮かない顔だね。何か問題でも?」


 カミちゃんが目をせながら言う。

「実は……みんな、こうして学校では、ほとんど口にしませんけど、SNSや裏では、そのことで持ち切りなのですわ」


 勝春の顔から笑みが消えた。

「なるほどネ。あまり良くない傾向だネ」


 カミちゃんは悲しそうに頷く。

「ええ。お互いに相手に対するヘイト発言は見るに耐えかねる内容ですわ。それが日々エスカレートしていますの」


 ネットでの発言が、現実世界よりも過激になるのは良くあることだ。


 大志が遠慮なく言う。

「あの軽薄けいはくな市長の評判も良くないだろう? 奴のせいでこの学校が無くなるかもしれんのだ」


 カミちゃんはハッと顔を上げて、「それは……」と、言いよどむ。

 彼女は、この学校対決を快く思っていないのかもしれない。


 勝春はスマートフォンを取り出しながら立ち上がる。

「じゃあ、オレは情報収集してくるネ」


 勝春は誰とでも仲が良くなることができる天才的な陽キャラだ。

 しかも、その社交術は心理学に裏打ちされた特殊スキルといっても過言ではない。


 もし、源氏のスパイ活動や妨害工作が存在するなら、勝春がこれから構築するネットワークに情報が引っかかるはずだ。


 カミちゃんから聞いたこの町の歴史。

 確かに対立の根は深そうだ。


 そんな状態で学校対決を行うとなると、ただでは済まないだろう。

 単なる中傷合戦ならともかく、傷害事件などに発展しかねない。


 そうなると、まさに現代の『源平合戦』になってしまう。


 学校トラブルを解決することが任務のミステリー・ボーイズにとって、そのような事態は絶対に避けなくてはならない……。


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