2 クライアントは市長?
ミステリー・ボーイズの役割は、本来、学校のトラブルを解決することだ。
カズ、勝春、大志の三人は、問題を抱えている学校に転入し、事件を解決することを任務としている。
それなのに今回は、統廃合を賭けた学校対決の助っ人のために呼ばれたという。
源氏高校と平家学院の学校対決。
負けた方が廃校となる。
みやび市を二分し、未だに源氏と平家で憎み合っている中、生き残りを賭けた学校対決は熾烈を極めるに違いない。
カズは、しばし考えて首を捻る。
「けど、何で市長、自らがボク達を呼んだんでしょう? 普通、市長は中立の立場をとるものでしょう。もしかして市長は平家側の人間なんですか?」
カズの指摘に校長が首を振る。
「いやはや、そうではない。市長は、平家学院を卒業しておるのだが、どちらの町にも『ゆかり』がある珍しい人物でな。どちらの味方というわけではないようだ」
カズは「そうですか……」と、言ったものの、納得していない様子。
それは勝春と大志も同じで、自分達に求められる役割がイマイチ理解できない。
勝春が、やれやれといった風に肩を竦める。
「妙だよネ。オレ達、学校のトラブルシューターなのにサ。学校で困ったことが起きてるならともかく……」
大志も腕組みして難しい顔を見せる。
「ウム。しかも依頼人が市長だと? なぜ、事件があったわけでもないのに俺達が必要なんだ?」
その時、バタバタと外が騒がしくなった。
廊下に響く足音が近づいてくる。
バタンと応接室のドアが開くと同時に威勢の良い声。
「こんにちは! 失礼しますよ!」
そう言ってツカツカと室内に踏み込んできたのは四十歳前後の男。
スーツを着てはいるものの、長身で色黒、見た感じサーフィンでもやってそうな風貌だ。
そこで校長が恐縮する。
「いやはや、これは市長! わざわざお越しくださいまして」
市長と呼ばれた色黒の男はカズ達に視線を向ける。
「お! そちらが例の『ミスボ』の三人?」
そこで市長の後からついてきたスーツ姿の女性が後ろから口を挟む。
「市長! またそうやって何でも直ぐに省略する」
勝春が大志に耳打ちする。
「ミスボって、オレらはドーナツ屋かヨ」
そこで校長が三人に市長を紹介する。
「いやはや、こちらが市長の加山雄三郎氏。お隣が秘書の高野さん」
三人も自己紹介する。
「岩田和成です」
「田川勝春デス」
「後藤大志、以上」
加山市長はニヤニヤしながら三人の顔を眺める。
「いやあ! 三人ともかなりのイケメンじゃないか!」
「市長! またそうやって直ぐ省略語を!」
「え? イケメンって省略語なの?」
「そうですよ。市長たるもの、もっとお言葉に注意を……」
「わかった、わかったって。でも、ボカァ好きだな」
「ボクも止めてください。使うなら『私』ですっ!」
そんな秘書と市長のやりとりを見守りながらカズが申し訳なさそうに口を開く。
「あのう、せっかくなんで今度の対決のことで聞きたいんですが」
市長は「ん? ボカァ、構わないよ」と、軽く答える。
だが、秘書の高野女史が慌てる。
「市長! 秘密情報を教えては問題があるのでは?」
市長はそれを制する。
「大丈夫だって。で、どういう質問かな?」
カズは軽く首を竦める。
「いえ。学校対決というのは、具体的にどういう方法で勝敗を決めるのかなって」
「うーん。それはまだ発表できないなあ。まだ考え中」
市長の言葉にカズがきょとんとする。
「え? まさか、まだ何も決まってないとか?」
チャラい市長は軽い感じで答える。
「おおまかな内容はもう決めてあるよ。重要なことは、このボクが直前に決定するんだ! それもアドリブでね」
秘書が、しつこく指摘する。
「市長! またボクって言ってます!」
「細かいなぁ。佳代ちゃんは。ボカァこれでも……」
言ってる端から『ボク』と口にしてしまった市長が、はっとする。
いちいち秘書に叱られるところも、『ボクは』が『ボカァ』に聞こえてしまうあたりも、どうも威厳のない感じがしてしまう。
カズ達が呆れていると、秘書の高野女史が時計を見て顔色を変えた。
「し、市長! 次の予定が!」
「え? もう終わり? まだ来たばかりだよ?」
「駄目です! さ、移動しますよ!」
結局、加山市長はカズの質問にはろくに答えず、秘書の高野女史に腕を引っ張られて慌しく応接室を出て行った。
二人の後ろ姿を眺めながら大志が呟く。
「なんだアレは? 夫婦漫才か?」
勝春も苦笑いする。
「ハハ。あんまり市長さんらしくないよネ」
そこで校長が汗を拭いながらフォローする。
「いやはや。あれでも、なかなかの『やり手』と評判なのだよ」
それを聞いて勝春が首を竦める。
「そんなもんですかネ」
「とにかく」と、カズが前置きして話を進める。
「対決の詳細は、あの市長のアドリブで決まってしまうんですよね」
「いやはや、そうなのだ。とにかく大変な仕事だろうが、よろしく頼むよ」
校長の頼みを聞き流しながら大志が立ち上がる。
「さてと。では、さっさと挨拶に行くとするか」
勝春とカズがそれに続く。
そしてミステリー・ボーイズの三人は教室に向かうことにした。
* * *
転入生として三人が紹介される際に、女子達が大騒ぎするのはいつもの事だった。
アイドル顔負けの爽やかスマイルの勝春。
女子の母性本能を鷲掴みにするキュートなカズ。
そしてクールな目鼻立ちと抜群のスタイルを誇る大志のイケメン三人組。
そんな三人がいっぺんに転入してくるのだから、女子のテンションが上がるのも無理はない。
そんな反応には慣れているはずの三人だったが、今回に限っては彼等の方が面食らってしまった。
なぜなら騒がしい教室の中に明らかに違和感のある人物が混じっていたからだ。
勝春が大志に囁く。
「何アレ? ちょっとヤバくない?」
大志は、さっそく注目の人物に厳しい視線を注ぐ。
「フン。絵にかいたようなアホだな」
カズが小声で大志をけん制する。
「ちょっと大志。いきなり問題おこさないでよ」
「わかっている。しかし……」
三人の目を『点』にした人物。
それはクラスの真ん中に陣取る白のスーツにパンチパーマという場違いな男だった。
しかもサングラスにチョビ髭。どうみても昭和時代のチンピラだ。
「参ったネ。どう見てもオッサンだヨ……」
勝春が顔を顰めていると、問題の男がすっくと立ち上がった。
そしてゆっくりと黒板の前まで歩み寄ってくる。
一瞬で教室内の空気が緊迫する。
三人の前まで来た男は、すっと右手を前に差し出して口を開いた。
「ユア ウェルカム!」
本人は『ようこそ!』と言いたかったのだろうが、「Your welcome!」では『どういたしまして』の意味になってしまう。
教室内に、しらっとした空気が流れた。
皆、口をぽかんと開けてこの男を眺める。
さすがの三人も呆気にとられてこの男の行動を見守るしかなかった。
男はチョビ髭を撫でながら言う。
「見ての通り、君らより、ちょいと年上だがヨロシク! 鼠先輩って呼んでくれ!」
カズが「ちょいと年上?」と、変な顔をする。
どう見ても四十代のオッサンにしかみえないのだが……。
なぜ、こんなオッサンが学校に通っているのかは分からない。
見た目も昭和のチンピラだ。
しかし、この男『鼠先輩』こそ、今回の任務に大きくかかわってくる要注意人物であることを、ミステリー・ボーイズはまだ知らない……。