19 勝春の心理的揺さぶり
月曜日。午前中は普通に授業を受けて、昼休みに体育館の裏に移動する。
カズが、カミちゃんを連れて待ち合わせ場所に到着すると、すでに大志と勝春が待機していた。
大志が「人払いはしておいた」と、ポケットに手を突っこんだまま言う。
勝春が苦笑いする。
「マァ、素行のよろしくない連中に、ちょっと抵抗されちゃったけどネ」
おそらく、体育館の裏という定番ポジションは、不良たちの溜まり場なのだろう。
それを大志が追い払ったということだ。
カミちゃんが、勝春と大志が授業をサボっていたことを咎める。
「まあ! 姿が見えないと思ったら、こんな所で授業をボイコットしてらしたのね!」
大志が「ボイコット?」と、変な顔をする。
勝春は困った顔で「ハハ……」と、髪をかき上げる。
カミちゃんが問い詰める。
「どこで何をなさってたの? 何か事情でもございましたの?」
大志は面倒そうに「パチンコ屋に寄ってただけだ」と、答える。
「んまぁああああ! 不良ですわ! 法律違反! 不貞行為ですわ!」
勝春は「ン? 不貞行為?」と、首を傾げる。
不貞行為とはパートナー以外と肉体関係をもつことなのだが、たぶんカミちゃんは分かっていない。
大志に食って掛かるカミちゃんを見かねてカズがフォローする。
「まあまあ、上村さん。二人とも最後の詰めをしてたんだよ。これも事件解決のためだよ」
カミちゃんは、ほっぺを膨らせる。
「でも、いけないことなんですわ……」
委員長として見過ごせないとでも言いたいのだろう。
大志がカミちゃんを無視して報告する。
「例の物は用意しておいたぞ」
カズがニッコリ笑う。
「ありがとう。じゃあ、いけそうかい?」
大志は紙袋を持ち上げてみせる。
「ああ。準備は万端だ」
カズが腕時計を見る。
「そろそろだね。来るかな?」
勝春は笑顔で断言する。
「来るサ。ダイレクトにメールで君達を疑っているって書いたから。証拠もあるヨってネ」
大志は呆れたように言う。
「いいのか? 警戒されてしまったんじゃないか?」
「いいんだヨ。逆に口裏合わせをしてくれてた方が助かるンだ」
カズが頷く。
「そこは勝春に任せるよ。今回は時間が無い中で証拠が少ない。勝春の手腕に頼らざるを得ないよ」
勝春がウィンクする。
「心理戦なら任せてヨ」
大志が鼻を鳴らす。
「フン。今回はお前に任せる。容疑者が女子の衆だからな。俺の得意分野じゃない」
勝春が答える。
「マァ、大志の出番は、力でねじ伏せる必要がある時だもんネ」
話についていけないカミちゃんは引き気味だ。
そこに女の子の二人組が現れた。
おどおどした様子でこちらの様子を伺っている。
勝春がニコやかに声を掛ける。
「古田敦子サンと渡辺美南サン、だネ?」
小さく頷きながらも警戒心丸出しの二人がゆっくりと近づいてくる。
古田敦子は小柄で髪の毛が短い、気弱そうな女の子。
渡辺美南は若干、ぽっちゃり体型の茶髪セミロングだ。
勝春は笑顔で迎える。
「ありがとネ。二人だけで来てくれてサ」
既に勝春の心理戦は始まっていた。
彼女たちが応援団として仲間を連れてくることが予想された。
だが、勝春は昨夜の彼女達への連絡の時点で「噂が広まってしまうおそれがあるから、関係ない子は呼ばないほうが良いヨ」と、それを封じていたのだ。
勝春が容疑者の二人を促す。
「じゃ、ついてきてネ。ここじゃ、やりにくいからサ」
交渉場所を突然、変えるのも心理的な揺さぶりになる。
有無を言わさず勝春は歩き出す。
古田と渡辺も嫌そうにそれに続く。
カズとカミちゃん、最後尾に大志がついていく。
勝春は体育館の裏から正面玄関に回り、例の校長の銅像の前を横切った。
その間、わざと何も言わない。
それに対して容疑者の二人は銅像から目を逸らす。
そして、トボトボついてくる。
一行は旧校舎に向かう。
女子更衣室の前を通り、廊下の突き当りから校舎の裏手に移動する。
その行き先はエレベーターだった。
勝春は何も言わずにポケットからエレベーターの鍵を取り出し、鍵穴に差し込み、エレベーターを動かす。
プレッシャーをかけられ続ける二人組は表情を硬くしたままだ。
勝春は二階のボタンを押して、『開』のボタンを押し続ける。
そして、ぽっちゃりの渡辺美南に向かって言う。
「このボタン。3秒、長押しで扉は開いたままになるンだよネ?」
渡辺美南は何と答えてよいのか分からず唇を噛んだ。
エレベーターには勝春と容疑者二人とカミちゃん。
直ぐに二階に上がり、廊下に出る。
女子達を先に降ろしてから、勝春が先頭に立ってエスコートする。
女子トイレ前で少し立ち止まる勝春。
その間、5秒。
だが、これも二人にはプレッシャーになっているようだ。
再び歩き出して勝春は、無人の教室に女子達を誘導した。
カミちゃんが、(あれ?)という風に周囲を見回す。
エレベーターに乗らなかったカズと大志の姿が見えない。
だが、勝春は、それに構わず教室の真ん中に容疑者二人を座らせた。
そして、彼女達に対面するように着席すると、本題を切り出した。
「単刀直入に言うネ。銅像のショート動画をあげたのはなぜ? 動機は?」
動画をあげたのは君達だね? ではなく、いきなり動機を聞く勝春。
彼女達が動画をあげた犯人というのは規定事実という前提だ。
このように、未確定の事実を前提とした質問とすることで、質問者の意図する方向に誘導する手法を『誤前提暗提示』という。
ぽっちゃり渡辺美南が口を開く。
「ち、違うし! 私たちは何も……」
そこで勝春の表情が笑顔から真顔に急変した。
「端末の個体識別番号から調べはついてるンだヨ。だから直接、連絡したンだヨ?」
カミちゃんが、ため息交じりに呟く。
「まるで警察ですわね。こんな短時間に犯人を突き止めてしまうなんて」
勝春は胸を張る。
「この手の調査は意外と簡単なんだヨ。犯行予告の書き込みの特定が凄くはやく出来るのと同じだヨ」
カミちゃんが、それに合わせる。
「確かにそうですわね。犯罪が行われてしまうと大変ですもの」
「ウン。弁護士を通して開示請求をしてたら、それなりに時間がかかるけど、その気になればすぐに調べはつくンだヨ」
ここまでは打ち合わせ通りだ。
そこで小柄で気弱そうな古田敦子が声を振り絞る。
「わ、私は拾った動画をあげただけ」
ぽっちゃり美南が「そうそう」と助け船を出す。
「敦子は動画を拡散しただけよ」
勝春は冷静に首を振る。
「イヤ。違うネ。撮影、編集したのは君達だヨ」
即座に敦子が否定する。
「そんなの無理! あんな重いものを私ら二人で動かせないもん」
美南も「そうだよ。台車も無いのにどうやって運ぶのよ?」と、訴える。
そこで、真面目な顔をしていた勝春がクスリと笑う。
「ヤレヤレだネ。君達、それ。半分、自白してるようなモノだヨ?」
カミちゃんが勝春の言いたいことに気付く。
「二人でやったなんて田川君は言ってませんことよ? それに台車を使っていないと断言できるのは、なぜかしら?」
カミちゃんの指摘に敦子と美南が、しまった! という顔を同時にみせた。
勝春は言う。
「エレベーターの鍵、ボタン。校長の銅像。指紋が残ってたンだよネ。君ら二人のもの」
敦子と美南はソワソワが止まらない。
勝春がニヤリと笑う。だが、目は笑っていない。
「指紋は消したつもりだろうけど、銅像の台座についてたテープの粘着箇所にバッチリ残ってたヨ」
それはカズがルーペで発見したものだ。
カミちゃんはそれを思い出して、はっとする。
勝春の追及は続く。
「それにネ。非力な女の子でもホラ。銅像は運べるンだよネ」
ちょうど、勝春の視線が廊下に向けられた。
つられて他の三人も廊下を見る。
「あ!」と、敦子が息をのむ。
「嘘……」と、美南は顔を歪める
皆の視線が集まる中、校長の銅像は廊下をスムーズに移動していた。
きれいな水平移動だ。
どうやら、カズが片手でそれを押しているようだ。
勝春がウィンクする。
「ほらネ。台車が無くても簡単に百キロ超の銅像を動かせるンだヨ」