18 スピーディな現場検証
日曜日。校内は閑散としていた。
たまに運動部関係の生徒を見かけるぐらいだ。
カズとカミちゃんは、銅像がどのような方法で運搬されたのかを探る。
カズは、銅像の周辺をルーペで念入りに観察する。
そして台座の右下に僅かに擦った跡があるのを発見した。
「微かに塗料がついているね。てことは最近、どこかでぶつけたんだろう」
擦った箇所に塗料が残っているということは、この擦り傷は古いものではない。
掃除で銅像を拭いたり磨いたりすることもあるだろう。
カズはピンセットを取り出し、塗料を剝がそうとして手を止めた。
「流石に、これを鑑定に回すのは時間がかかちゃうな」
カミちゃんは、カズがルーペで観察する様子を見て残念がる。
「私も虫眼鏡を持ってくれば良かったですわ。イギリス人みたいにルーペを持ち歩く習慣が無いのが残念ですわ」
それを聞いてカズが困惑する。
「え? イギリス人がルーペを持ち歩く?」
そんな話は聞いたことが無い。
するとカミちゃんは澄まし顔で答える。
「あくまでもイメージですわ」
カズが「なっ……」と、脱力するが、気を取り直して観察を続ける。
カズは台座が床に接触する箇所を指で触りながら言う。
「なんだろう? 粘着物……テープでも貼ったのかな」
指先に少しだけネバッとした触感。
これが何を意味しているのかは分からない。
一通り、銅像の周りを調べて、カズが提案する。
「上村さん、じゃあ動画の背景に使われた場所に移動しようか」
「そうですわね。でも、この銅像を二人で運ぶのは大変ですわね。体操着を着てくれば良かったですわ」
そう言ってカミちゃんは腕まくりする素振りを見せる。
カズが困ったように首を振る。
「いや、銅像を動かす必要はないから。今は運搬ルートを確認して痕跡を探すだけだよ」
「あら。警察なら現場検証するのでは?」
「それは犯人が捕まってからすることだから……」
そこに大志が合流してきた。
大志は台車について調べる役目だった。
大志が報告する。
「この学校に台車は二台しかない。それも一台はカギのかかる倉庫、もう一台は事務員の管理下にある。なので生徒は勝手に使えないそうだ」
それを受けてカズが推測する。
「撮影された曜日が上村さんの指摘通りだとすると、金土日のいずれかなんだよね」
大志はポケットに手を突っこんだまま肩を竦める。
「土曜か日曜だな。金曜は避けるだろう。銅像を運ぶのは目立つ」
カズが同意する。
「だね。それと、運動部の生徒達の目を避けるはずだから、犯人が通ったルートは絞れるはずだよ」
大志は腕組みしながら唸る。
「ウーム。問題は運搬の方法だ。少人数で作業しないと目立つからな」
「大志、台車の線は完全に潰えたのかい?」
「残念ながら。なので、犯人がどんな方法を使ったのかを突き止めないとな」
そこでカミちゃんが素朴な疑問を口にする。
「ねえ。どうやって運んだかなんて、それほど重要なことですの?」
カズは丁寧に答える。
「ああ、それはね。動画をあげた人間は特定できても、撮影したのは自分じゃない、拾いものだとシラを切る可能性があるからだよ」
大志が補足する。
「大事なのは、こんな低俗なことをする犯人に黒幕……いや、動機を吐かせることだ」
カミちゃんが「黒幕」と言う言葉に反応する。
「黒幕とは何ですの?」
大志が、しまったというような顔をする。
カズがすかさずフォローする。
「と、とにかく、この前の落書きといい、この学校内で事件が頻発しているのはおかしい、ってことなんだ」
カミちゃんは眉を顰める。
「それは、源氏との学校対決が関係しているから……ですの?」
カズは頷く。
「その可能性は否定できない。そうだと断定もできないけど」
「分かりましたわ。そういうことでふたら……でしたら、捜査を続けましょ」
噛みながらもカミちゃんは納得してくれた。
大志が疑問を呈する。
「しかし、台車も無しに百キロ超の銅像を少人数で運べるものなのか?」
カズも表情を曇らせる。
「しかもトイレは2階なんだよね? 上村さん」
「そうですわ。おそれく、いえ、おそらく事務用の小さなエレベーターを使ったんだと思いますわ」
カズが眼鏡の奥の目を光らせる。
「事務用エレベーター? それは見ておかないとね」
カズと大志は、カミちゃんの案内で旧校舎の裏手に回り、あまり使われていない事務用エレベーターがあることを確認したた。
大志がエレベーターのボタンを押しながら首を傾げる。
「反応しないぞ? 鍵が必要なのか?」
カミちゃんが鍵穴を指さす。
「たぶん、荷物を運ぶ時などに鍵を借りるのですわ」
カズが尋ねる。
「それで、鍵はどこに保管されているの?」
「職員室ですわね。鍵をまとめている箇所がありますことよ。あとは……何人かの先生が鍵をお持ちなんじゃないかしら」
大志が言う。
「フン。となると鍵を借りたか、勝手に持ち出した人間が犯人と言うことか」
カズが頷く。
「うん。だいぶ絞られてくるね。でも、それだけじゃ足りない。どうやって運んだのか、その方法を特定しないと」
その時、カズに電話がかかってきた。
勝春からだ。
『動画を上げた生徒は特定できたヨ。さすが、組織は仕事が早いネ』
「本当かい! じゃあ、ボク達も急いで証拠を固めないと」
『こっちはネ。広く、情報集めをしてるンだけどサ、気になる報告があるンだよネ』
「どんなこと?」
『先々週の日曜なんだけどサ。晴れだったのに、ザァーって雨の音を聞いたという証言があるンだ。それも同じ時間帯に複数』
「にわか雨ではなく?」
『勿論、調べてみたサ。けど、雨の記録は無かったヨ。それに一瞬だけだったみたいだヨ?』
カズが首を傾げる。
「うーん。雨か……他には?」
『それとパチンコ玉だネ。女子トイレ、更衣室でパチンコの玉を拾ったって子が居るんだヨ』
それを聞いてカズが顔を顰める。
「パチンコの玉……そんなものがなぜ学校に?」
『だよネ。誰かが持ち込んだとしか考えられないヨ。』
「そうだね。偶然じゃないよね。おそらくは……て、もしかして!」
どうやらカズは何かに気付いたようだ。
その表情を見て大志が表情を緩める。
「フン。手ごたえあり、という顔つきだな」
カミちゃんは事情が呑み込めず、しきりに首を傾げている。
勝春との電話を終えてカズが指示を出す。
「上村さんは、エレベーターの鍵の持ち主に、ここ一か月間の貸し出した相手の確認をお願いするよ」
「え、あ、はい。それはお任せですわ」
「大志は鍵を借りてこのエレベーター周りを調べて欲しい。指紋採取も含めて」
「ああ。簡易キットは持っている」
それを聞いてカミちゃんが目を丸くする。
「え? 指紋採取? なんでそんな物を……警察みたいだすね!」
カズは宣言する。
「明日、学校で犯人を問い詰める。それまでに言い逃れ出来ないよう、証拠を固めよう」
カミちゃんが驚く。
「え? そ、そんなことが可能ですの? どうして? どうやって!?」
大志は落ち着いた様子でカミちゃんを諭す。
「心配するな。カズを信じろ」
たったこれだけの捜査で、あの動画をあげた犯人を突き止めたということ。
そして、明日にはその犯人に接触するということ。
あまりのスピード感に、カミちゃんは戸惑うしかなかった。