17 変態すぎる銅像
校長の銅像は、正面玄関に入って正面でお出迎えする形で設置されていた。
勝春が「フーン」と、銅像を観察する。
「なるほどネ。動画を撮る時に移動させたンだネ」
大志が銅像と校長を見比べて顔を顰める。
「似すぎだろう。なぜ、ここまで精巧にした? 気持ちが悪い」
校長がモジモジする。
「いやはや。確かにリアルすぎるとは思っておったんだよ。その、3Dプリンタとかいうものを使って本格的に……」
カズは、トホホといった風に言う。
「結果的に似すぎてしまったのが裏目に出ちゃいましたね」
「いやはや、これは先代の校長からの贈り物なのだ。代々続く伝統でな。例え留守中でも、お客様を校長自らがお出迎えする、という考えによるものでな」
大志が納得する。
「ほう。客人に礼を尽くそうというのか。それは良い心がけじゃないか」
意外と大志は古風なところがあるのだ。
勝春が銅像を押しながら言う。
「ウーン。重いナ。百キロぐらいありそうだネ」
それを聞いてカズが推理する。
「となると、動かすのが大変だね。てことは複数犯も想定しないと」
* * *
夕飯を兼ねた打ち合わせをしようと三人が喫茶RISEに入ると、なぜか委員長のカミちゃんが居た。
カズがきょとんとする。
「あれ? どうして上村さんが?」
「あ、あら偶然ですわ。さ、さんぽん、いえ、散歩の途中なのですわ」
「ああ、そうなんだ。それはお疲れ様」と、カズは素で答える。
三人がカミちゃんとは別なテーブルに座ると、カミちゃんが少しむくれた。
「なんですの? 私を避けてらっしゃる?」
彼女は自分のグラスを持って席を移動してきた。
勝春が「いや、別に、そういうワケじゃないケド」と、頭を掻く。
カミちゃんは意外とグイグイ来る。
「ねえ、また捜査しているのではありませんこと? 校長先生の動画の件ですわね? そういうことでしたら私も協力しますわ!」
カズと勝春は顔を見合わせる。
カミちゃんは落書き事件の時に少しだけ捜査に参加してくれた。
正直、役には立たなかったのだが……。
とりあえず三人は軽食を注文する。
大志の「コロッケ定食」は、女主人に速攻で却下される。
なので「ナポリタン」で揃える。
すると「オイラもナポリタン!」という声が上がった。
誰だろうと皆の視線が奥のテーブルに注がれる。
そこで「よう!」と、手を上げたのは鼠先輩だった。
大志が渋い顔をする。
「なんで、あいつはいつも居るんだ?」
カズが苦笑する。
「どうやら、この店に入り浸っているみたいだね」
すると女主人が「そうなのよ。営業妨害だわ」と、奥の席を睨む。
鼠先輩は抗議する。
「営業妨害はねえだろ! 客に向かって!」
女主人が凄む。
「誰が客だって? ハン! ツケを払ってから言いな!」
カミちゃんの乱入は予定外だが、三人は動画をチェックしながら手掛かりを探す。
カミちゃんはクリームソーダを飲みながら画面を覗き込んでいたが、ぽつりと指摘する。
「撮影されたのは……旧校舎二階の女子トイレですわね」
カズが「え? それは確実?」と、確認する。
「ええ、そうですわ。この窓枠からの景色から分かりますわ」
勝春が尋ねる。
「なるほどネ。でも何で二階だって分かるンだい?」
「木ですわ。三階だと木のてっぺん近くになるはずですもの」
大志が、ほっとする。
「場所を特定する手間が省けたな。女子トイレを回らなくて済んだ」
勝春が苦笑する。
「大志はホントに女の子の匂いが駄目だもんナァ」
カミちゃんは続ける。
「それと、たぶん、これを撮影したのは金曜日だと思われますわ」
カズが「なんで曜日までわかるの?」と、驚く。
カミちゃんは説明する。
「トイレットペーパーが積んである所が見えますでしょ? これの補充は月曜日だけですの。この減り具合から、週末であると考えられるのですわ」
カズが「上村さん、結構、鋭いね!」と、感心する。
そこで注文のナポリタンが到着。
カズにはタコさんウインナー付き、勝春にはジャンボフランクフルトがおまけでついている。
RISEの女主人は勝春がお気に入りなのだ。
大志が野菜だけのナポリタンをフォークでかき混ぜて文句を言う。
「なんで俺だけ具が野菜なんだ?」
女主人はツンとした顔で答える。
「あんたはさっきコロッケ定食が無いって聞いて舌打ちしたから」
鼠先輩に至っては茹でただけの麺にケチャップは別。
「かけて混ぜろってか?」と、困惑する鼠先輩に女主人はノーコメント。
三人はカミちゃんと明日の予定を相談しながら早めの夕食をとった。
カズが外の様子と時計を見比べてお開きにする。
「もうこんな時間か。そろそろ解散だね」
勝春がタブレット端末を操作しながら言う。
「じゃあ、カズがカミちゃんを送っていってあげなヨ」
カズが「え、でもボクより勝春の方が……」と、言いかけてカミちゃんの顔を見る。
ここで送っていく役を押し付け合うのは失礼だと気付いてカズが確かめる。
「ボクで良ければ送っていくけど? いい?」
するとカミちゃんはニッコリ笑った。
「お願いしますわ」
勝春は情報整理が追い付かないだけでなく、RISEの女主人に「お残しは許しません」と、くぎを刺されているので超大盛ナポリタンを完食するまで身動きが取れない。
女アレルギーの大志はハナからそんなつもりはない。
ということは消去法でカズがカミちゃんを家まで送ることになった。
店を出て、人通りのない夕暮れ時の旧港に向かう。
電柱の無機質な長い影がオレンジに染まった一本道に等間隔に並んでいる。
海に目を移すとピンク色の波が黒い領域の浸食を受け止めようと、瞬きながら小さく揺れている。
堤防に沿って歩きながらカズが言う。
「上村さん。本当は偶然じゃないんでしょ?」
カズに指摘されてカミちゃんが、あっさり白状する。
「正解ですわ。学校で事件が起こっているということは、また貴方たちが動いているんじゃないかと考えましたの」
「ひょっとして勝春に会いに来たんんじゃない?」
カズのからかうような言葉にカミちゃんが、きょとんとする。
そして、立ち止まる。
「岩田君に会いに来たんですのよ?」
カズは足を止めてしまう。
「え? ボク!? なんで……え?」
「その……きょ、興味の対象なのですわ!」
「……ボクは観察される対象かい」
カミちゃんは再び歩き出す。
そして目を細めながら呟く。
「不思議な人達ですわね……」
その言葉は独り言のようにも聞こえた。
だが、それは明らかにカズ達の存在のことを指していた。
カミちゃんは言う。
「この町は寂れていく一方ですわ。半導体工場の誘致に失敗して」
「へえ、そうなんだ。そういえば……こっちの方面はずいぶんと土地が余っているように見えるね」
「そうなんですの。辛うじて人口は横ばいですけど、主要産業が無ければ、いつかこの町も……」
「それこそ源氏だ、平家だといがみ合っている場合ではない、と?」
カズの言葉に、カミちゃんは頷く。
「おっしゃる通りですわ。今どき平家と源氏で対立しているなんて」
「君もそう思っているの?」
「もちろんですわ。市長のお考えも理解はできますわ」
「学校対決も?」
「それは……」と、言いかけてカミちゃんが唇を噛んだ。
そして言葉を選ぶように答える。
「良いことと悪いことの両方がありますわ。でも、長い目でみれば避けられない道だと思いまうわ」
大事なところで「思いまう」と噛んでしまってカミちゃんが「やだ」と、顔を赤らめる。
カズは、カミちゃんの言葉の意味を考えながら防波堤に目をやった。
まもなく日が完全に暮れてしまうだろう。
防波堤の向こうでは、波の揺らめきが夜の底に染まろうとしていた。