16 源氏高校の校長
市長に同行する形で三人は源氏高校を訪問した。
その源氏高校の校長は女性だった。
名前は『伊刈勝代』、年齢は平家学院の校長と同じぐらいで、白髪を上品にまとめた凛々《りり》しい印象の女性だ。
市長が「ごぶさたです。お忙しいところ申し訳ない」と、挨拶する。
それに対して伊刈校長は「おかげで駅から直行ですわ」と、肩を竦めてみせた。
市長が「駅?」と、意外そうな顔をする。
すると伊刈校長は、少しバツが悪そうに「それはいいでしょ」と、顔を背ける。
そして、彼女は加山市長との挨拶もそこそこにカズ達に興味を示した。
「あなた達、この前の騎馬戦で活躍していた子よね?」
まるで機械音声のような抑揚のない言い方で伊刈校長はカズを見下ろした。
その表情からは感情が、まるで読み取れない。
勝春が先陣を切って爽やかに挨拶する。
「田川デス。田川勝春といいマス」
伊刈校長は、勝春の爽やかスマイルに対しても反応しない。
その目は勝春の後ろでポケットに手を突っこんで、そっぽ向く大志に向けられている。
「あなた。そこの不遜な態度のあなた。なんですか、その態度は?」
それに対して大志は顔だけ伊刈校長に向ける。
「お構いなく。単なる付き添いなんでね」
伊刈校長は怒りだすかと思いきや、鉄仮面のような無表情で呟く。
「うちの義経と弁慶を撃ち破るとは……」
彼女は大志が騎馬戦で義経を撃破したことを言っているのだ。
伊刈校長はハイヒールでコツコツと床を叩きながら大志の周りを一周し、市長に詰め寄った。
「加山市長。この子たち……本当に平家ですの?」
彼女の指摘に三人と市長は息をのんだ。
伊刈校長は、カズ達が平家の人間ではないことに気付いているようだ。
鋭い指摘に勝春が冗談めかして応える。
「いえいえ、俺たち、平家の秘密兵器なんですヨ!」
なるほど、それなら嘘は言っていない。
カズも適当に合わせる。
「が、学校対決とか、こんなことになってるなんて知らなかったですよ」
勝春は大志の肩に手を置きながら冷静に言う。
「この前、目立ってたこいつ。普段は引きこもりなんデス。運動部に入れば平家学院を全国大会に連れて行けるだけの実力があるのに。上下関係が苦手でしてネ。勿体ないですよネ」
これも嘘ではない。
嘘ではないので顔には出ない。なのでバレにくいのだ。
伊刈校長は疑うような顔つきでカズ達の反応を眺めていた。
しかし、あっさりと諦める。
「そう。平家の生徒に興味が無いから、見覚えがないのは仕方が無いのだけど」
加山市長と秘書は校長と内密の話があるというので、三人は車で待つことになった。
公用車に乗り込んでカズが一息つく。
「危なかったね。あの校長、鋭いな」
勝春が首を竦める。
「ヤレヤレだネ。うまく誤魔化せたヨ」
カズが苦笑いで頷く。
「勝春は流石だね。あの場で嘘をつくのは悪手だもんね」
「ああ、カズも上手いこと対応したネ。誤魔化すコツは、どうでも良い事実で話を逸らすことなんだヨ」
流石に心理学のスペシャリストだけあって勝春の対応は見事だ。
大志は退屈そうに車窓から運動場を眺めている。
「土曜だが部活はやっているようだな。退屈しのぎに見学してみるか」
カズが慌てて止める。
「だ、駄目だよ! もめ事を起こしに来たわけじゃないんだから!」
「自重しろヨ」と、勝春も呆れる。
「そうか。つまらん」
その時、スマホを見ていた勝春が「え? マジかヨ!?」と、声を上げた。
「どうしたんだい?」と、カズがメガネを触りながら尋ねる。
勝春はスマホの画面をスクロールさせながら顔を顰める。
「変なショート動画が拡散しているンだヨ」
大志がチラリと勝春の横顔を見る。
「動画だと? 何の動画だ」
勝春は音量を上げながら動画を再生する。
動画の表題は『進撃のエロ校長!』となっている。
流行りのポップな音楽に合わせて更衣室のような場所が映し出される。
そこに登場したのは、とある人物の上半身の銅像のようだ。
カズが「あれ!? これってまさか!」と、気付く。
大志も「平家の校長か!?」と、目を丸くする。
画面中央の銅像の色んなバージョンがコマ送りで次々と表示される。
ブラジャーをウサギの耳みたいに被ったり、パンツをとっかえひっかえして被ったり、銅像がいじられている。
背景に流れる文字には『女子更衣室でクンカ、クンカ』『下着パラダイス♪』『女子更衣室はワシの庭!』などの言葉。
場面が切り替わり、今度はトイレの中に銅像が現れた。
銅像はカメラを首からぶら下げている。
こちらも背景に流れる言葉が酷い。
『オリモノシート貸します! でも、使用後に返してね』
『見て、聞いて、嗅いで、全身で感じるんだ!』
『ここに住みたい! スィート・マイホーム!』
カズが嫌悪感を露わにする。
「最低だね……銅像とはいえ、気持ち悪い」
大志が「ハレンチな」と、一言呟いて黙り込んでしまった。
勝春がゲンナリしながら首を振る。
「ヤレヤレ、いたずらにしては度が過ぎてるヨ……」
カズが懸念する。
「これは炎上するね。しかも、しっかり平家学院て書かれちゃってるし」
勝春が唸る。
「ウーン。これは早急に対応しないとまずいネ」
カズは推測する。
「もしかしたら、平家学院の評判を貶めるための工作かもしれない」
だが、大志は懐疑的だ。
「まさか。連続落書事件みたいに黒幕がいる可能性があるとでも?」
勝春はカズと同意見だ。
「有りうるネ。これは、絶対に評判が悪くなるヨ」
そこで先に加山市長が「ミスボの諸君、待たせたな!」と、戻ってきた。
そして五分ほど遅れて秘書が車に戻ってきた。
車は早々に源氏高校を出る。
* * *
公用車で平家学院まで送ってもらった三人は、真っすぐに校長室に向かった。
案の定、校長はオロオロしながら「いやはや、いやはや」を連発していた。
カズが気の毒そうに声を掛ける。
「校長……見ましたよ。例の動画」
「いやはや、とんだ恥さらしだ! もう、婿に行けない!」
大志が意外そうな顔をする。
「なんだ。あんた、独身だったのか?」
「いやはや。いろいろあるんだよ。昔の恋を引きずっているというか……」
そう言って校長は乙女っぽくモジモジする。
だが、そんなことには興味のない三人が話を進める。
カズが捜査の方針を説明する。
「とにかく、撮影した人間を捕まえて動画を消させないと」
大志が険しい顔つきで続ける。
「ああ。まずは動画の内容を分析しないとな」
勝春はスマホを翳して言う。
「もうやってるヨ! この動画がどこで撮られたのか? 何時撮られたのか? 情報を集めてるヨ」
勝春は、短期間で構築した情報網を駆使して既に手掛かりを集め始めている。
カズが尋ねる。
「校長、動画に使われている銅像は正面玄関に設置されているものですよね?」
「いやはや、その通りだよ」
カズが提案する。
「わかりました。さっそく、現場を見てみます。何か手掛かりがあるかもしれないので」
一難去ってまた一難。
ミステリー・ボーイズは大忙しだ。