最終話「意外な勝者」
ミツエからの電話を一方的に切ってから15分‥
麻衣は、康博がマーキングした英文法のコピーに無言で目を通している。
康博はというと、ようやく自分の試験である経済学に取り掛かっていたが、窓外の雪がどうにも気になる。
「なんか、そわそわしてません?先輩」
「そう?」
「気になるんでしょ?」
「まあね‥」
ミツエが今どこにいるのか?それだけでも聞いておけば良かった‥康博は、ちょっとばかり後悔し始めていた。
そして‥
ピピピピ ピピピピ
その心配を見透かしたように、再び着信音がした。康博は躊躇なくスマホを手にする。
「今、どこだ?」
「‥駅」
ミツエは、歯をガチガチ鳴らしながら小さく答えた。
「なんで店を出ちゃったの?」
「もう閉店て言われたから‥」
「俺は迎えに行かないよ」
「‥‥」
「迎えに行ったら、君は一生俺に対して罪悪感を持つことになると思うよ。言ってること分かる?」
「‥少しだけ」
「迎えに行かないことで俺も苦しむことになるけど、お互い苦しむことで何か前進するんじゃない?」
康博は嘘をついてはいなかったが、これが自分勝手な言い逃れにすぎない台詞であることも分かっていた。
「でも、康博先輩が迎えにきてくれたら‥私は後で苦しんでもいい」
「‥‥」
「でも‥迎えにきてくれないなら、このまま死んじゃってもいい」
「あのさ、何言ってんだよ!」
「だって、その方がいいでしょ」
ミツエはなおも何か言い続けたが、康博は耳元からスマホを離し、麻衣に向かって「迎えに来ないと、死ぬってさ」と小声で言った。
「へぇー、そりゃ大変」
「もしそうなったら、俺の神経どうなっちゃうのかな?」
「しばらく切れてるんじゃない?」
「その後は?」
「いい小説が書けるんじゃないですか」
ーこいつ、うまいこと言いやがるー
「でも、先輩は迎えに行くんじゃないかな」
「麻衣はどっちに賛成?」
「そういうことは自分で決めなさい、っていつも先輩が言ってるよ」
康博はそれ以上言葉を続けなかった。麻衣には関係のないことだ。なのに、こんな面倒なことに巻き込まれて、たまったもんじゃない。
ーこれ以上、麻衣に迷惑かけられないー
結局それが、折れることに対する自分への言い訳となった。
康博はミツエに「迎えに行くから」と告げて、スマホを切った。
「ダーメだ!俺の負け。いい小説は諦め‥」
言いかけた康博を、麻衣は手で制して言った。
「小説はひとつじゃないから」
「まっ‥ね」
「それに、そういうところが先輩の」
「甘いところだろ」
「いいところよ」
「おちょくるなよ」
「ううん、私はそーいう先輩が好きです」
「おー、喜ばしてくれちゃって。まあ、たまにはらしくないことしても、バチはあたらないだろう」
「とか言って、中途半端だねー」
「確かに。それじゃ、行ってくるよ」
玄関で靴を履くと、麻衣を振り向いて康博はこう続けた。
「なんか、最後は安物のドラマみたいで、やな感じ」
「ついてなかっただけよ。お互い、役回りがね」
康博は「おやすみ」と言って外に出た。そして、雪が降り続ける暗い空を仰ぎ見て思った。
ー役回りというより厄回りだったかなー
end
笛有定流氏に捧ぐ




