表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

幕前その一 おさな子

 閲覧ありがとうございます。

 ちょっと本筋から外れて、シャミナードとリュディの出会いの話です。

 こういう短めの話がときどき挟まれます。

 

「ビーチェ・エマリー、フェルナン・エマリー! その子から離れろ!」


 いやいやと首を振りながら、泣き続けている小さな女の子を羽交い締めにしていた女と、女の子を拳で殴りつけようとしていた男は、突然目の前に現れた男たちを驚いた顔で見つめた。


「わたしは、魔力・魔術師管理庁の主任管理官シャミナードである! おまえたちを魔力・魔術師管理法違反の容疑で逮捕する!」

「ま、魔力・魔術師管理庁だと?!」


 ここは、首都の中でも、食い詰め者や流れ者が違法に住みつく地域の一画。

 壊れかけた古い集合住宅の雑然とした一室で、一組の夫婦が、役人たちに取り囲まれていた。


 シャミナードと名乗った男の上着の襟元には、黒地に金線の細工が施された、神霊共和国の役人の主任章が光っていた。

 若い三人の管理官が、呆然とする夫婦を女の子から引きはがし、二人に手早く拘束具を付けた。


「な、なんで魔力・魔術師管理庁が、俺たちのところへ……。こ、この子は、お、俺たちの子どもだ!」

「そうよ! 言うことを聞かないから、少し厳しくしつけていただけ! どこがいけないのよ?!」


 夫婦は、唾を飛ばしながら、シャミナードに食って掛かった。

 しかし、主任管理官は眉一つ動かさず、冷徹な態度で二人に言い放った。


「嘘をつけ! その娘は、おまえたちの子どもではない! 彼女が時空転移者であり、魔力を有する者であることを我々は承知している。微弱とはいえ、すでに魔力を発動させたからな! 転移者を見つけておきながら届け出もせず、おまえたちが私利私欲のために魔力を利用しようとしていたことは明白だ! 証拠も証言もすでに揃っている! 大人しく我々に従え!」 

「く、くそぉ……」


 夫婦は、悔しそうにシャミナードを睨み付けながら、管理官たちに引き立てられていった。

 そして、路地の入り口に止められた護送用の荷馬車に、いささか乱暴に押し込まれた。


 シャミナードは、泣きじゃくる女の子に付き添い、まだ部屋の中にいた。

 彼は、これ以上女の子に怖い思いをさせまいと、仕事場では決して見せることのない、紳士然とした柔和な笑顔で、女の子が泣き止むのを待っていた。


 やがて、夫婦がもう戻ってこないことを理解したのか、女の子は静かにすすり上げながら、涙に濡れた頬を両手で擦り始めた。

 濡れた手を薄汚れた服の裾で拭き、ようやく女の子は顔を上げた。


 深い藍色の瞳は、金砂色の長いまつげに縁取られていた。顔色は悪く、唇も可哀想なほどに乾いていたが、たいそう愛らしい顔立ちの女の子だった。

 成長すれば、男女を問わず、多くの人の心を引きつける美貌の持ち主となるであろうことが想像された。それもまた、時空転移者の特徴の一つだ。


 自分がぽかんと口を開け、女の子の顔に見とれていたことに気づき、シャミナードは、慌ててコホンと一つ咳払いをした。

 そして、とっておきの笑みをあらためて顔に貼り付けてから、女の子に向かってゆっくり囁いた。


「わたしは、シャミナード。きみを助けに来たんだよ。もう、大丈夫だ。わたしと一緒に行こう。温かい食べ物や安心して眠れる寝床がある場所へ」

「……あったかいたべもの? ……いっしょに……行きたい……、でも……おこらデない? ……お父しゃんやお母しゃんに……、あとで、たたかデない?」


 シャミナードを見つめる女の子の両目に、再び涙が盛り上がり、今にも溢れそうになっていた。ぷっくりとした唇は、小刻みに震えていた。

 シャミナードは、彼女の前でひざまずくと、やせた肩を優しく抱き寄せた。


「あいつらがきみに近づくことは二度とない! あの馬鹿ども、厳罰に処して生涯かけて後悔させてやる! ……ああ、だからね……、もう、何も心配することはないんだよ……。きみをいじめるやつらがいないところへ、連れて行ってあげるからね」


 滅多に子どもと関わることのないシャミナードは、これが正解かはわからなかったが、とにかく女の子の髪や背中を静かにさすり、「大丈夫、大丈夫」と何度も繰り返した。

 やがて、女の子は、わかったというように小さくうなずくと、両手を胸の前で組んで、恥ずかしそうに微笑みながら言った。


「ありがとぅ……、シャミナードしゃま……」


 シャミナードは、そのまま女の子を抱え上げると、路地の入り口へ向かって大股で歩き出した。彼は今、囚われの姫を救い出した勇者の気分を味わっていた。

 路地の家々からは、物音一つしなかったが、夜更けの捕り物劇に、耳をそばだてている人々が大勢いるのは間違いなかった。


(最終的にエマリー夫婦の記憶からは、この子に関することは一切消されることになるだろうが、この界隈に住む連中の記憶からも、消しておいた方がいいかもしれないな。魔術師の派遣を主幹にお願いしてみるか――)


 シャミナードは、うとうとし始めた女の子を抱えたまま馬車に乗り込むと、素早く馬車のカーテンを閉め、暗く荒んだ町を後にしたのだった。


 ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ――


「おばば様! おばば様! シャミナードしゃまが、おいでになりましたよ!」


 家の前の薬草園で水を撒いていたリュディは、道を歩いてくるシャミナードの姿に気づくと、家に駆け込んで嬉しそうに叫んだ。


「リュディ! おまえももう七つを超えたのだから、いつまでも『シャミナードしゃま』なんて呼んでいてはいけないよ! シャミナード様だよ、シャミナード様!」

「いいのですよ! わたしは、リュディにとっては、いつまでも『シャミナードしゃま』でいたいのです――。そう呼ばれると、この子を見つけ出した日に胸に湧き上がった使命感を思い出せますからね」


 腰にまとわり付くリュディの頭を撫でながら、シャミナードが家に入ってくると、「おばば様」こと老魔女ボルグヒルドは、膏薬作りの手を止めて苦笑いを浮かべた。


「まったく……、あんたは、リュディに甘すぎるよ!」

「あなたは母親代わりだが、わたしは、いつも家を留守にしている父親のようなものです。会ったときに甘やかさなければ、そのうち相手にされなくなります。それは、淋しすぎますからね」

「そういう父親が、一番困るんだけどね……」


 二人がそんな会話を交わす間に、リュディは、椅子にかけたシャミナードの膝にさっさと上がり、彼の襟元の記章をいじっていた。


「シャミナードしゃま。これ……、今までつけてたのと違うのですね?」

「ああ、そうだね。先週、主幹管理官になったんだ。まだ、補佐だけどね。だから、記章も新しくなったのさ」


 膏薬作りを終わりにして、シャミナードのために特製薬草茶を入れてきたボルグヒルドは、それを聞くと少し面白そうに言った。


「主幹管理官になったということは、いよいよ、あの偏屈者のお目付役のお鉢が回って来たってことだね?」

「まだ、補佐ですよ。しばらくの間は、デシャルム主席管理官のお供をして訪ねていくということになるでしょう」

「一年ばかり居着いていた弟子が、この間、追ん出されたらしいね?」

「はい……。今回は、上手くいくのではないかと期待していたのですが……」


 バルバストーレの魔の森に住む、希代の魔術師デュプレソワールは、とにかく気まぐれで偏屈な扱いにくい男だ。

 魔力・魔術師管理庁からの要請はことごとく断り、魔力の出し惜しみをする。

 有能な若い魔術師を弟子としてあてがえば、多種多様な魔獣の世話をさせたり、単純な生活魔法にくり返し難癖をつけたりして、なかなか本格的な修業をさせない。結果、弟子は、呆れて出ていくか、意見を述べて追い出されるかのどちらかとなる。一年以上もったためしがない。


「それで、その子はどうなったんだい?」

「魔力・魔術師管理庁のお抱えということにしました。有能なのは確かですから、こちらで責任を持って教育をしようと思います。あなたにも、お手伝いをお願いするかもしれません」

「ふん! はた迷惑な話だよ。あの大馬鹿野郎のことは、もう放っておいたらどうなんだい?」

「そうはいきません。また、大暴れされたら大変ですから……。生かさず殺さずってことでもないですが、魔力を維持させながら、多少世の中の役に立てつつ、穏やかに暮らさせたい――と、上の方は考えているようです」


 シャミナードの膝の上で、聞くともなしに二人の会話に耳を傾けていたリュディが、突然質問した。


「『おおばかやろう』って、だれのこと?」


 シャミナードは、思わず吹き出したが、ボルグヒルドは、思いのほか真面目な顔で説明を始めた。


「バルバストーレの魔の森ってところに住んでいる、デュプレソワールって魔術師のことだよ。並外れた魔力を扱えるのに、まあ、やる気がない男でね。森の中の自分の家にこもって、魔術書を読んだり、お茶を飲んだりしていて、滅多に外にも出てこない。偏屈なへそ曲がりだよ!」

「その人って……、どんな顔しているの?」

「どんな顔って……」


 ボルグヒルドは記憶を辿った。破壊され尽くし、巨大な噴火口のような穴ができた王城跡に、あの男は虚ろな目をして座っていたっけ――。

 青灰色の長い髪は汚れて固まり、多くの美女を魅了し悩ませた青藍色の瞳は、光を失いどんよりと曇っていた。

 生き延びた者たちで、バルバストーレの魔の森まであいつを運び、そして――。


「おばば様ぁ……」


 リュディの声で、ボルグヒルドは我に返った。

 小首を傾げて答えを待つリュディを、自分の膝に抱き取ると彼女は言った。


「それは、美しい男だったよ、昔はね。しかし、きちんと魔力も使わずに、自堕落に暮らしているから、今頃は、みっともない爺さんになっているかもしれないね!」

「そんなぁ! それなら、わたしがその人に注意しに行く! もっと、『良きこと』に魔力を使わないと、長生きできませんよって!」


 ボルグヒルドの膝の上で、ちょっと頬を膨らませ腕組みをしているリュディを、ほのぼのとした気持ちで見つめながら、シャミナードは彼女の提案を後押しした。


「まったくだ! そのうちリュディをデュプレソワールのところに連れて行こう! デシャルム様やわたしに代わって、是非あいつを注意してやってくれ!」

「まかせてください! シャミナードしゃま!」

「頼むぞ、リュディ!」


 シャミナードに頭を撫でられ、リュディがにこにこ笑っていた。

 その笑顔を見るだけで、シャミナードもボルグヒルドも幸せだった。


 ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ――


 ボルグヒルドの薫陶を受け、リュディが、「良きこと」を為せる一人前の魔女となって、デュプレソワールの家を訪ねるのは、これより十年近く後の話である。

 


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 今日は、ここまでかな……。明日も投稿する予定です。

 気長にお付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ