第七話 乙女座生まれは、お酒が苦手のようなのです。
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いつものように少し長めです。お付き合いいただければ幸いです。
小雨の中を、黒塗りの辻馬車が、泥水を激しく跳ね上げ走っていた。
自由開拓地へ向かう密航船が、この先にある港を出る時刻が迫っていた。
突然、激しく馬がいなないたかと思うと、のめるようにして馬車は急停止し、乗客は悲鳴を上げた。
「痛っ! ……おいこら! 何しやがる!」
「危ないじゃないか! 急に馬車を止めるんじゃないよ!」
馬車の乗客は二人。暗い臙脂色のビロードのドレスの女と、いかにも羽振りが良さそうな派手な身なりの商人風の男だ。
しばらく待ったが、馬車が再び動き出す気配はなく、痺れを切らした二人は、乱暴に扉を開け馬車から降りた。
そして、苛立ちと怒りをあらわにしながら、御者席に詰め寄った。
「たっぷり運賃を払う約束をしただろう? 万が一、出港に間に合わなかったら、びた一文出さないからな!」
「港まであと少しだろ? とっとと馬車を出しな! この唐変木が!」
二人は、気づいていなかった。今、御者席に座って、二人の暴言に黙ってうなずいている男が、二人が町で雇った辻馬車の御者とは、全くの別人であることに――。
衣服に染みこむ小雨のうっとうしさに耐えきれず、二人がそそくさと車内に戻ると、いつの間にか、白いネコを膝に載せた小さな黒衣の女が中に入り込み、向かいの席に座っていた。
「だ、だれだ、てめぇは?!」
「勝手に人の馬車に乗り込むんじゃないよ! とっとと降りな!」
二人の威嚇にも動じず、黒衣の女は悠々と膝の上のネコを撫でていた。
馬車を降りる気はさらさらないようで、深くかぶった帽子から僅かにのぞく口元には、笑みさえ浮かべていた。
「て、てめぇ……!」
男が黒衣の女に掴みかかろうとすると、膝の上のネコがすっと身を起こし、男を睨みつけた。
膝の上に載ってはいたが、先ほどの三倍ぐらいの大きさになっている。
口からのぞいた牙の鋭さに驚いて、男は慌てて手を引っ込めた。
ネコは、膝から降りると黒衣の女の隣に座り直し、ブルブルと首を振った。
その瞬間、ネコは巨大な白い虎となり、凶暴な牙をきらめかせて二人に吠えかかった。
瞬時にして気を失い、もたれ合うようにして、座席に伸びてしまった男女の顔を、白い虎は嬉しそうにぺろりとひと嘗めした。
その隙に、黒衣の女は男の荷物を調べ、求めていた物を見つけ出した。
「やめときなさいよ、シマシマー。この人たち、そんなに美味しそうじゃないわよ! ちょっと脂ぎっているし……。お師匠様! 間違いありませんよ! 男の鞄の中に、偽の魔膏薬の見本が入っていました! 御手配中の魔膏薬詐欺の連中です!」
黒衣の女の呼びかけに、御者席の男がすぐに応じた。
「わかった! 魔力・魔術師管理庁まで、馬車ごと転移させることにしよう」
「はい!」
黒衣の女と白い虎は、扉を開けて馬車を降りた。
御者席にいた男は、路肩で気を失っている本物の御者を抱えてきて、馬車の中へ押し込んだ。ついでに、社内の男の鞄の中身にざっと目を通した。
黒衣の女は、懐から二つ折りの手紙を取り出し、自分が座っていた場所にそっと置いた。
馬車の扉を閉めると、黒衣の女と白い虎、そして、御者席にいた男は、馬車から少し距離をとった。
馬車の方を見つめながら、男はマントの襟を指先で擦り、何か呟いた。
すると、白い光の渦が現れ、ゆっくりと馬車を包み込んだ。
男がパチンと指を弾くと、光の渦は夕闇に滲むように消えてしまった。
ちょうどその頃、馬車の中に置かれた二つ折りの手紙が、ちょっとした揺れのせいで、ぱらりと開いた。
車内の三人は、気を失っていてそれを読むことはなかったが、そこにはこんなことが書かれていた。
―― 『魔力を施された膏薬だから、どんな痛みにも良く効く』などと言って年寄りをだまし、偽の魔膏薬を売りつけたおまえたちを、わたしは許さない! 管理法違反の罪により復興鉱山にでも送られて、偽の魔膏薬の効き目の無さを、日々の作業に痛む自分の体で思い知るがいいさ! 蛇蝎の魔女より ――
―― ❤ ―― ❤ ―― ❤ ―― ❤ ―― ❤ ――
ここは人里離れた、バルバストーレの黒き魔の森。
木立に隠れひっそりと建つ三階建ての石造りの家こそ、希代の魔術師デュプレソワールの館だ。
薄闇に包まれた館の扉は、マジックライトでほんのりと照らされている。
黒い帽子を被ったリュディは、墨黒色のマントをはためかせ、その扉の前にストンと着地した。
腕にしっかり抱えたシマシマーが、「ミャオン」と鳴いた。
彼女に続いて、魔術師が館の前にふわりと降り立った。
今日は夜間の仕事ということで、彼にしては珍しく、濃い灰色のフード付きマントをはおり、立ち襟の長い衣は漆黒という、いかにも魔術師然とした格好をしていた。
青灰色の長髪を無造作に黒い紐で束ね、風になびかせるその姿は、遠い昔、宮廷の数多の美姫や貴婦人をときめかせたといわれる、伝説の魔術師そのものだった。
前髪越しに、魔術師を見つめていたリュディは、その美々しさに圧倒され、シマシマーを思わずきつく抱きしめてしまった。
絞め殺されるとでも思ったのか、シマシマーが「グゥォッ」と文句を言った。
家に入りかけていた魔術師が、ひょいっと振り返って言った。
「シマシマーのやつ、妙な声を出して――。腹が減っているんじゃないのか? 少し多めに餌をやっておいてくれ!」
「は、はいっ!」
ほんのり上気した顔をシマシマーの毛皮で隠しながら、魔術師を追いかけるようにして、リュディは急いで家に入った。
そして、少しでも早く気持ちを落ち着けるため、魔術師の指示をこれ幸いと、大急ぎで螺旋階段を駆け下りて、地下の魔獣部屋へ直行することにした。
シマシマーを檻に入れ、餌や水を与え終わると、少し緊張が解けてきたリュディは、思わず大きなため息をついた。しかし、まだ胸はドキドキしている。
(今日のお師匠様、気合いが入っていたわね……。希代の魔術師と呼ばれるのは、魔力だけじゃなくて見た目も含めてなのね……。いつも、魔術師らしからぬ格好ばかりしているから、近頃はあまり意識していなかったのだけど……、本当に格好良かった! あの姿を見て、よく、わたしの魔力が暴走しなかったものよね……不思議!)
心配そうな顔で魔獣部屋の入り口に様子を伺いに来たデュピィと一緒に、リュディは螺旋階段を上って一階の書斎に戻った。
そこでは、麻のシャツにズボンという、いつもの服装に戻った魔術師が、作業机に足を載せて、のんびりと紅茶を飲んでいた。
その姿を見たリュディは、楽しい見世物が終わってしまったときのような、一抹の寂しさを感じた。
(なあんだ! もう、いつものお師匠様に戻っちゃってる! つまんないの!)
肩を落として書斎に入っていくと、魔術師は、素早く机から足を降ろし、いかにも待ちかねていたという様子で声をかけてきた。
「おう、来たか! それじゃあ、俺たちも、そろそろ夕飯にするか?」
「わ、わかりました……、今すぐに、じゅ、準備しますね……」
「準備はいらん。それより、早く着替えてこい!」
「はぁっ?!」
「今夜は、外へ食べに行こう!」
「へぇっ?!」
それから小半時後には、二人は、バルバストーレの黒き魔の森から遠く離れたウレミューザという町で、麦酒祭りの屋台をのぞいていた。
燻製肉やチーズ、酢漬けの野菜や香油漬けの魚など、屋台では様々な麦酒のつまみが売られている。
酒が飲めないリュディは、揚げ菓子や甘いパンを売る屋台を興味深そうに眺めていた。そして、どうしても気になるものをいくつか自分の金で買い求めた。
「欲しいものがあったら言えよ! 何でも買ってやるからな!」
「大丈夫です。今日は、自分のお金を持ってきましたから」
「そいつは頼もしいな。足りなくなったら貸してくれ!」
「へっ?!」
何でも買ってくれると言ったり、金を貸してくれと言ったり、魔術師が言うことはめちゃくちゃである。
酒好きな彼は、すでに五軒以上の麦酒屋台を巡り、次々と麦酒をジョッキに注いでもらっていた。偏屈な変わり者が、妙に饒舌になっていた。
表情はいつもと変わらないが、本当は酔いが回りつつあるのかもしれない。
リュディは、ポペが訪ねてきたときのことを思い出して、魔術師の背中にそっと手を触れると少しだけ癒やしの術を施した。
屋台が取り囲む広場の中央には、木の椅子やテーブルが並べられていて、酔っぱらいたちが集合していた。
麦酒を運んで来た屋台の娘をからかったり、流しの楽士に伴奏を頼んで大声で歌ったり、怪しげな賭けごとで盛り上がったり、彼らはとことん陽気だった。
魔術師とリュディは、比較的空いている端の方のテーブルに席を取った。
屋台の少年が、慌てて注文を取りに来たが、魔術師のジョッキにはまだ麦酒が少し残っていた。
少年の主な稼ぎは、飲み物や料理を客に運んだときにもらうチップだ。
何も頼まないのも可哀想なので、リュディが果実水を頼んだ。
夏の夜風は、かすかに湿気を含んでいたが、ひんやりとして爽やかだった。
魔術師は、椅子に腰を下ろすと、急に酔いが回ってきたらしく、テーブルに突っ伏すようにして眠ってしまった。
リュディはその背中に触れ、魔術師を起こさないように気をつけながら、再び癒やしの術を施した。
(お師匠様ったら、自分だけできあがったあげく寝ちゃうなんて……。一緒に麦酒祭りに来た意味がないじゃないですか! もう、勝手なんだから!)
リュディは、人差し指の先で魔術師の左頬をぷにぷにとつついてみた。
気持ちよさそうに眠る魔術師の姿に、ちょっとだけ寂しさを感じながら、屋台で買った揚げ菓子をつまんで果実水を待つことにする。
しばらくすると、屋台街の方から、大きな歓声が上がった。
いかにも高級そうな生地で仕立てた夏物の上着をはおり、金ピカの装身具を指や腕や首に、これでもかというほどつけまくった恰幅のいい男が、両脇に美女を抱きかかえながら到着したのだった。
酔っぱらいたちは、金ピカ男の用心棒らしい屈強な連中に追い払われ、小声で文句を言いながら、渋々端のテーブルへ移動した。
金ピカ男やその仲間の笑い声と女たちの嬌声で、広場の中央は、先ほどよりもさらに賑やかになった。
「ああ、おいらも一山当てて、ああいう金持ちになってみたいなあ……」
リュディに果実水を運んできた少年が、金ピカ男の方を見て、うらやましそうにつぶやいた。
金ピカ男は麦酒を大樽で注文し、誰彼なしにジョッキを配り振る舞っている。
楽士や給仕に来た屋台の娘たちには、チップとして小粒金が渡されたので、少しでも恩恵にあずかりたい連中が我も我もと集まり、彼のまわりには大きな人垣ができあがった。
「あの金ピカさんは、どういう人なの?」
リュディが尋ねると、少年は驚いた顔をして逆に尋ねてきた。
「お姉さん、カルノーさんを知らないのかい?」
「あっ、わ、わたしたち、麦酒祭りの評判を聞いて、少し離れた村から来たから……。この町のことは、よくわからないの。カルノーさんって、そんなに有名な人なの?」
「一ヶ月くらい前にこの町に来たんだけど、今や知らない人はいないほどの有名人だよ! カルノー商会が売り出した薬剤や食品は、どこの町でも大人気なんだってさ!」
「そうなんだ――」
「今、カルノーさんは、商売を広げるためにみんなから金を集めてるんだよ。カルノー商会の品物は大人気だから、預けた金は何倍にもなって返ってくるそうだよ! おいらも麦酒祭りで貯めたチップを預けるつもりさ」
「へぇ! それは、何だか景気のいい話だわね!」
「ちょっと怪しげだけど――」という言葉はあえて口に出さず、リュディがそれなりの額のチップを渡すと、少年はきちんと礼を言って屋台に戻っていった。
広場の中央に目をやると、金ピカ男――カルノーが、今度は巨大な鳥の丸焼きを取り寄せて、連れの女に切り分けさせていた。
なんという鳥か知らないが、こんがり焼けた皮から肉汁が染みだし、とても美味しそうだ。
香りにつられて、どこかの屋台の飼い犬までがカルノーにすり寄っていた。
リュディは、口の中に溜まった唾をコクリと飲み込んだ。
「前髪を上げて、ちょっと片目でもつぶってみせれば、おまえもご相伴に預かれるぞ! どう見たって、あそこに集まっている女たちより、おまえの方がかわ……、痛!」
リュディは、テーブルに突っ伏したままごちゃごちゃ言い始めた魔術師の左頬を、人差し指でグリグリッと押してやった。
頭を起こした魔術師は、顔をしかめて頬の辺りをさすっている。
リュディは、そんな魔術師から、わざと目をそらすようにして言い訳した。
「ちょ、ちょっと、美味しそうだなって……、思っただけですよ! そんな、図々しいこと、で、できません! だいたい、お、お師匠様は、いつから起きていたんですか?!」
「俺は、ずーっと起きてたよ。いや、腰を下ろしたときは、それなりに眠たかったんだが、金ピカ野郎たちがうるさすぎて眠りそこねちまった。それに、おまえが施してくれた癒やしが効いて、だいぶ酔いも落ち着いてきたし――」
魔術師は肩をもみ、ぐるぐると首を回すと、わざとらしく大きな伸びをした。
そして、テーブルの上に置かれた果実水のカップに目をとめた。
「おおっ! 眠気覚ましにぴったりのいいものがあるじゃないか!」
「ふぇっ! それ、わたしが注文した果実水ですぅ!」
「ありがとう、我が弟子よ! リュディは、本当に気がきくよなぁ!」
「だからぁ、それは、わたしがぁ――」
魔術師は、うれしそうに果実水のカップをつかむと、リュディの抗議を無視して、グビグビと飲み干してしまった。
唇をとがらせてにらむリュディに、ニヤッと笑いかけると、今度はカップの縁を指ではじいた。
キンと小さな音がして、空だったカップに一輪の白い花が現れた。
驚いてカップを見つめているリュディの髪にその花を挿しながら、魔術師は言った。
「さてと! 頭もすっきりしたところで、ちょっとばかりはしゃぎすぎている金ピカ野郎の肝でも冷やしてやるかな」
「へっ? 肝を冷やしてやるって……そんな。カルノーさんは、商会を経営して、商売でうまいこと儲けた人のようですよ。確かに、ちょっと金ピカ派手派手賑やか男ではありますけれど――」
「カルノー商会ねぇ……、まっとうな商売をしているかどうか怪しいもんだ」
「えっ?」
魔術師はふらりと立ち上がると、今や黒山の人だかりとなった、広場中央のテーブルに向かってすたすたと歩きだした。
リュディは、事情がよくわからないまま、魔術師からはぐれないように、必死で後を追った。
魔術師は器用に人垣をかき分けながら、たいした抵抗も受けずカルノーのテーブルへたどり着いた。
テーブルを取り囲んでいた用心棒らしき男たちが、幾度か魔術師を止めようとしたのだが、何かに弾かれるように押し戻され、彼に近づくことはできなかった。
カルノーの正面に立った魔術師は、芝居がかった調子で声をかけた。
「おや、カルノーさん。こんなところで、暢気に麦酒なんか飲んでいて大丈夫ですか? あなたのお仲間は、大変なことになっているようですよ!」
「な、なんだ、お、おまえは?!」
穏やかならざる忠告にうろたえるカルノーに、魔術師はグイッと顔を寄せると、今度は意地悪な笑いを含んだ低い声で言った。
「管理庁にばれちまったんだよ。あんたが、魔力の効果をうたった怪しげな品物で商売をしてたってことがね。密航船に乗り込む予定だったあんたの配下の連中は、全員管理庁に捕まったよ。こんなところで、新たな金集めなんかしている場合じゃない。復興鉱山送りになりたくなかったら、管理官が来る前に、とっととやばい荷物をまとめてこの町を離れることだね!」
「お、おまえは、いったい……」
「俺か……、俺は、まあ、魔術師くずれみたいなもんだよ。俺たちには、独自の情報網があるんでね。信じるかどうかは、あんたの勝手だが、もうあんまり時間は残されていないようだ。急いだ方がいいぜ!」
魔術師はそこまで言うと、ふと、風に耳を澄ますような仕草をしてから、小さく二、三度うなずいた。まるで、秘密の情報が、風に乗って届いたかのように――。
顔色を失ったカルノーは、用心棒や女たちを引き連れて、大慌てで屋台街の入り口に止めてある馬車へ戻っていった。
広場の酔っぱらいたちは、急に彼らが引き上げたことに驚いていたが、麦酒の大樽も巨大な鳥の丸焼きもその場に残されていたので、たちまち彼らのことは忘れて、飲み放題食べ放題に夢中になった。
もちろん、いつの間にか姿を消した魔術師を気にかける者はいなかった。
魔術師は、屋台街の途中までこっそり彼らを追い、馬車に乗り込んだことを確かめると、麻のシャツの襟を指でこすりながら、小さな声で呪文を唱えた。
馬車のドアに、魔術師にしか見えない魔紋が浮かび上がる。
馬車は、おそらくいったん商会へ立ち寄ることだろう。
彼らはそこで、蓄えた金や危ない商品の売れ残りなど、管理庁に渡したくない物をどっさり馬車に積み込む。その後は――。
「お、お師匠さまぁ! カ、カルノーさんに、何を、話したんですかぁ?」
広場から、人の流れに逆らいながら追いかけてきて、ようやく魔術師に追いついたリュディが、息を切らせながら彼に尋ねた。
走ってきたせいか、足元が少しふらついていた。
「怪しい商売や投資話で、ウレミューザの町の人にこれ以上迷惑をかけるなと忠告しただけさ。カルノー商会は、もうおしまいだからな」
「あのぉ……、もしかして、カルノーさんもぉ、魔膏薬詐欺に関わっていたんですかぁ?」
「関わっていたというより、あいつこそが詐欺の黒幕なんだろうな!」
「へっ?」
魔術師は、管理庁へ転移した馬車の二人組の鞄の中に、カルノー商会の投資資料が入っているのを見た。ウレミューザの麦酒祭りのちらしと一緒に――。
カルノーは、人が集まるところ、金が集まるところを狙って、怪しげな商売を繰り返してきたのだろう。
今頃は、魔紋をつけた馬車に乗った彼を、詐欺の証拠や騙し取った金もろとも管理庁が押さえているに違いない。
密航船の行き先である自由開拓地にも、管理庁の調査の手が伸びるだろう。
「さてと――、うるさい連中がいなくなったところで、もう一度飲み直すか! 麦酒の大樽はもう空っぽになっちまったかな? おまえも、遠慮なく鳥の丸焼きを食べられるぞ! ……おっ、おい!」
リュディは、魔術師の左腕をつかむと、何にも言わず思い切り地面を蹴って夜空に飛び上がった。
あまりにたやすく魔術師を連れて飛ぶことができたので、リュディ自身も少し驚いていた。そして、ウキウキした気分になった。
眼下には、麦酒祭りの屋台の灯りや広場のかがり火がやさしく揺れている。
「そろそろ、家に帰りましょー! 酔っ払いの世話はもうたくさんですぅ!」
「いいじゃないか! たまには、酒を飲んで思う存分気晴らししたって!」
「わたしは、全然気晴らしになりませーん! お師匠様ったら、飲んだら寝ちゃうんだからっ! つまんないですぅっ! ……ヒック」
「リュディ! おいっ、おまえ、こっそり麦酒を飲んだな?! 子どものくせに!」
「子どもじゃないですよぉだ! それに、麦酒なんか飲んでませんよぉだ! お師匠様の後を追ってくるとき、とーっても素敵なお花の香りの飲み物を売ってる屋台があって、つい買って飲んじゃってぇ、……ふふふ、いい気分! だいたい、お師匠様が、わたしの果実水を飲んだりするから……。すごーく喉が乾いちゃったんですよぉ、ふええぇぇ~ん……ヒック」
「こら、リュディ……、だ、大丈夫か?!」
「ヒック……、大丈夫じゃなーい! ふえええぇぇぇぇ~ん、お師匠様ぁっ!」
「しょうがないなぁ……。しっかりつかまってろよ!」
泣きながらしがみついてきたリュディを抱え上げると、魔術師はバルバストーレの森を目指して、全速力で真夜中の空を駆けていった。
夏空を横切る流星と競争でもするかのように――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、スローライフ篇までお仕事がらみになってしまいました。
リュディの飲酒は、うっかり気づかずということでお許しください。




