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幕前その三 初仕事(後篇)

 「初仕事」の後篇です。

 お楽しみいただければ幸いです。

 「あ、あたしを……、だ、誰だとおもっているんだい? ……な、泣く子もだ、黙る災厄の、お、女、……れ、冷酷無比な、蛇蝎の魔女とは、あ、あたしのことさ! ……、ふうぅぅぅぅぅ……」

 

 ため息とともに、リュディはベッドに沈み込んだ。

 黒い帽子エナンのブリムは、目元まで引き下げてある。

 部屋には、自分以外誰もいない。

 それでも、なんだか恥ずかしくて、「手引き書」通りには話せない。


 シャミナードから計画を聞き衣装を預かって以来、リュディは、毎晩自室で「蛇蝎の魔女」を演じる練習を続けている。

 無理矢理低いしゃがれ声を出していたので、地声もなんだかかすれてきたような気がしていた。

 カップに作っておいた薬草茶を一口飲んで、のどを潤す。


(明日で、今月の聴講も終わりね。家に戻ってからも、「蛇蝎の魔女」の練習を続けなくちゃ。一人でも、こんなに恥ずかしいのだもの、今のままじゃ、とても人前になんか出られない……)


 リュディは、ベッドから起き上がると、帽子をデスクに置き就寝支度を始めた。

 そのときだった。

 部屋のマジックライトが、突然赤色に変わり点滅を始めた。

 何か緊急事態が発生したのだ。


 赤色での点滅は、一刻も早く管理庁の中庭へ集合せよという合図だ。

 着替えている暇はないので、リュディは帽子を目深にかぶると、黒ずくめのまま、自分の部屋を飛び出した。

 

 中庭へ行ってみると、集まっている者のほとんどが夜着や普段着姿だった。

 自分の格好が恥ずかしくなったリュディは、後方の植え込みの陰に隠れるようにしてしゃがみ、様子をうかがうことにした。

 黒ずくめの服装は、この場所でなら闇に紛れて目立たない。


 夜だというのに、中庭の噴水が吹き出し水の幕を作っていた。

 そこに、写し絵のように投影されていたのは、飼育小屋から魔獣を盗み出す窃盗団の姿だった。

 魔力を行使すれば、すぐに管理庁に探知されてしまうので、馬車を使って普通に盗み出すことにしたようだ。

 この映像は、おそらく飼育小屋に残った魔獣の記憶から抽出したものだろう。


 盗まれたのは、魔術で小型化された、翼竜類やネコ型の魔獣たちだった。

 一頭ずつ魔術を施した檻に入れてあるので、魔術師の力を借りなければ、檻から出すことも巨大化することもできない。

 つまり、窃盗団の一味には、それなりの力を持った魔術師や魔女が加わっているということだ。


 窃盗団は、最後に人間を一人つかまえた。飼育場のえさ置き場に隠れていたその人物は引きずり出され、何かの薬をかがされて気を失った。


(やだ! ナット?! ナットじゃないの!)


 ナットは、魔獣の檻と一緒に馬車に乗せられた。

 馬車は、誰にも気づかれることなく、管理庁を出てどこかへ走り去った。

 内通者がいて、侵入や脱出に手を貸したのかもしれなかった。


「現在、管理庁は、全魔術師および魔女の動向を調べ、この計画に荷担した者を明らかにするとともに、さらわれた魔獣と学生の行方を追っている。ここに集いし者は、いつでも召集・出動に応じられるよう準備を整えて待つこと!」


 管理庁副長官のオーフェルベークの声が、噴水からしみ出すように聞こえた。

 投影が終わり噴水も止まると、集まっていた人々は、それぞれ官舎や宿舎、寮などへ移動を始めた。みんな、身支度を調えて次の知らせを待つのだろう。


(ナットったら、きっと、魔獣にこの間のことを謝ろうとして、飼育場へ通っていたのね――)


 リュディは、すっかり元気をなくし、魔道具で拘束されて檻に入れられた魔獣を、すまなそうに見つめていたナットの横顔を思い出していた。

 あれ以来、何度か講義で一緒になることもあったが、いつもナットは決まり悪そうに教室の隅に座っていて、言葉を交わすことはなかった。

 ナットの右頬には、ボルグヒルドが魔術を施した膏薬が、今も貼られていて――。


(そうだわ! あの膏薬からは、おばば様の施した魔術の気配が漂っているはずよ。それを追っていけば、きっと、ナットや盗まれた魔獣の居所がわかる……)


 シャミナードに提案することも考えたが、リュディは思いとどまった。

 たぶん、膏薬から感じ取れる魔術の気配は微弱で、ボルグヒルドと魔力的なつながりが深い者にしかわからない。

 どのみち、リュディにしかできないことなのだ。

 リュディが魔力を使えば、それに気づいて管理庁が動くだろう。ならば、一刻も早くナットを追いかけた方がいい。


 リュディは、植え込みに転がされていた、古い庭箒を手に持つと、ボルグヒルドの魔術の気配をとらえようと意識を集中した。

 やがてリュディは、求めていたものが、微かだが確かに胸に届くのを感じた。

 見えない細い糸に引かれるようにして、リュディは、月のない漆黒の空に飛び立っていった。


 ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― 


「なかなか来ねえなあ……。本当に、ここで待っていればいいのかい?」

「ああ、おれに話を持ちかけた魔術師は、この場所を記した地図を預けていったからな。ここで、間違いないよ」

「しかしまあ、魔獣ってのは、姿も声も薄気味悪いヤツばかりだな。早いところ引き取りに来てくれねえもんかね?」

 

 三人の男たちが、古い製材小屋の前で、たき火を囲んで座っていた。

 傍らには、気を失った少年が、手足を縛られて転がされている。

 荷馬車の荷台には、いくつもの檻が積まれていて、そこからは奇怪な鳴き声が漏れ出していた。


 たき火にばかり目をやっていた男たちは、いつのまにか、小屋の上空が黒い雲に包まれていることに気づいていなかった。


 ―― ズダダーーーーンッ


 製材小屋の屋根に、突然稲光が走った。

 男たちが慌てて立ち上がり、屋根を見上げると、小屋の煙突が炎を吹き上げ燃えていた。

 そして、その横に黒い小さな人影が浮かび上がった。


「ま、魔術師か……、じゃねえな? あいつは、こんなにちっこくなかった。だれだ、てめぇは? 俺たちに何の用だ!」


 頭目と思しき男の問いかけに、小さな人影は、ややしわがれた低い声で答えた。


「何の用? 決まっているだろう! おまえたちが管理庁から盗み出した、魔獣と人間を取り返しに来たんだよ!」


 声の感じから、この小さな人影は年老いた女であると思われた。

 女は、手にしていた箒の先を、地面に転がっている少年に向けた。

 少年を縛っていた縄が、バチッ、バチッと音を立てて切れた。

 そして、その体はふわりと宙に浮かび、屋根に立つ女の傍らへ飛んでいった。


「な、何しやがる! お、おまえ、……ま、魔女だな?!」


 男たちは、手近にあった棒きれやナイフを手に持ち身構えた。

 屋根の上には、黒い帽子エナンに黒いマント、手には箒を握った、いにしえの魔女が、炎に照らされ堂々と立っていた。


「ふふふふふ……。よくお聞き! わたしの名は、『蛇蝎の魔女』! 悪事を企む者を懲らしめる冷酷無比な女さ! 何のために、魔獣を盗んだのさ? どうせ、魔術を使って無理矢理魔獣を使役し、よからぬ事をさせようとしたんだろう? 許せないね!」

「ま、待て! 俺たちは、魔術師から金で頼まれて、魔獣を盗んだだけだ! 俺たちが、魔獣をどうにかしようと思ったわけじゃない!」

「どこにいるんだい?! その魔術師は?!」

「えっ?! そ、それは……」


 男たちは、ざわついた。

 計画では、もう、魔術師がここに来ていてもおかしくない頃合いだった。

 おそらく魔術師は、この騒ぎに気づいて、姿を現さぬまま立ち去ってしまったのだろう。


「ふん! 往生際が悪い連中だよ! これでもくらって、伸びておしまい!」


 女は、服のポケットから何かを取り出すと、それをたき火の中へ投げ込んだ。

 たき火の炎が勢いを増し、そこから、パンパパンッと弾けながら、丸いものが飛び出した。しびれ草の実だ。

 男たちは、慌てて目や口を押さえたが、時すでに遅く、実から煙のようにあふれ出した粉を吸い込み、身動きが出来なくなっていた。


 屋根の上で、ふうっと大きく息を吐き出しながら、蛇蝎の魔女――リュディは、倒れてもだえる男たちを見下ろしていた。

 彼女の膝は、まだガクガクと震えていた。


「あ、ありがとう、ございます……。だ、蛇蝎の魔女様……」


 リュディの足下では、意識を取り戻したナットが、リュディのブーツをなめるような格好で、うずくまっていた。


 リュディは、辺りに大きな魔力が流れ込んでくる気配を感じた。

 リュディの魔力の発動を感知して、管理庁が動いたらしい。

 空を飛んで、あるいは空間転移の術を使って、何人もの魔女や魔術師が、製材小屋の周辺に集まってきていた。


(そろそろ潮時ね。どうせ怒られるなら、こんな場所で大勢ににらまれるより、管理庁でシャミナード様から言われる方がいいな――)


 リュディは、偉そうにナットの頭をなでると、彼を屋根の上に残したまま、素早く空に飛び上がった。

 そして、管理庁とは反対の方角に向かって去って行った。


―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― 


 事件があった翌日のこと――。

 事件の影響で、習練所の講義は全て休講となってしまった。

 リュディは、部屋を訪ねてきたシャミナードから、昼食につきあうようにと言われ、管理庁のデシャルムの執務室に連れて行かれた。

 シャミナードとともに部屋に入ると、大きなデスクの向こうには、苦虫を噛みつぶしたような顔で、デシャルムが座っていた。


「これは、これは、蛇蝎の魔女殿! 夕べは、たいそうなお働きだったようで」


 リュディを見たデシャルムが、猫なで声で言った。

 口調は優しげだし、口元には笑みを浮かべているが、目元は全く笑っていない。


「デシャルム様、もうよろしいではありませんか。多少、我々の計画とは違った形になりましたが、リュディは、十分な働きをした上、『蛇蝎の魔女』の名を悪党どもに知らしめたのですから」

 

 リュディを庇うように前に立ち、シャミナードがデシャルムを宥めた。

 デシャルムは、まだどこか腹立たしげではあったが、それ以上リュディに嫌みを言うつもりはないようで、座ったままリュディを手招きした。


「まあ、文句がないわけではないが、昨夜の君の判断はおおむね正しかったといえる。あの状況でナタナエルを追えたのは、たぶん、君だけだっただろう。君の魔力の痕跡を追って、我々もあの製材小屋にたどり着けたわけだから、君の功績は大きい。ただな、あの窃盗団を操っていたと思われる魔術師を取り逃がしてしまったことが、なんとも残念だ。もう少し君が姿を隠していれば、連中が魔術師と取引するところを押さえられたかもしれん」


 リュディは、早くナットを助け出したい一心で飛び出してしまった。

 中庭を出発するときまでは、何かの役に立つかもしれないからと、植え込みで見つけたしびれ草の実を摘むぐらいの余裕があったのだが、縛られているナットを見た途端、もう我慢することができなかった。


「申し訳ありませんでした。でも、あのときは、とにかくナットのために『良きこと』をしなければ、としか考えられなかったのです……。自分の未熟さを忘れず、これからも修業に励みますので、……どうかお許しください、デシャルム様」


 下ろした前髪の隙間から覗く、長いまつげに縁取られたリュディの青い瞳は、冷徹な主席管理官の心をも動かしたようだ。

 一つ咳払いをすると、デシャルムは、「後は任せる」とシャミナードに告げて、二人に退出を命じた。

 ほんの少しだけ、彼が頬を赤らめていたのを、シャミナードは見逃さなかった。


 昼食は、管理庁から少し離れたところにある、田舎家風の店構えの食堂でとることになった。

 二人は、具だくさんの汁に、香草入りの団子が浮かんだスープを頼んだ。

 スープを口に運びながら、声を潜めてシャミナードが言った。


「ナットから事情聴取をしていてわかったんだが、『蛇蝎の魔女』に扮した君は、迫力満点で相当恐ろしかったようだね?」

「そんなぁ……。シャミナード様から預かった、『手引き書』通りにやっただけです……。とにかく、ナットを助けたかったから……、無我夢中で……」


 ちょっと困った表情で自分を見上げてくるリュディに、シャミナードは、初めて彼女に出会った頃の面影を見いだし、思わず微笑んでしまった。


(これでいいさ! まだまだ、計画は始まったばかりだ。二人で、デシャルム様の想像を超えた、誰からも恐れられる『蛇蝎の魔女』を創っていこう! でも、リュディは、きっと何をしても、いつまでたってもリュディだ。変わることはあるまい。それならば、わたしは、これからもリュディが、安心して素の自分を見せられる存在でいてやろう。それがきっと、わたしの本当の役割なのだ――)


 そんなシャミナードの思いには気づくはずもなく、リュディは、真剣な顔でスープを味わっている。

 スープが気に入った彼女は、家で同じものを作り、ボルグヒルドにも食べさせたいと思っているのだろう。団子の香りをかいで、中に練り込まれた薬草を確かめようとしていた。


 今月の聴講日は、今日で終わりだ。

 明日には、リュディはボルグヒルドの待つ家へ帰る。

 微かな寂しさを胸に感じながら、空を飛んで帰る彼女が困らぬよう、シャミナードは、明日が晴天になることを密かに祈るのだった。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 なんだか、リュディが少し強かな感じになってきました。

 まあ、所詮は最強の魔女ですから。

 次話は、本編に戻ります。

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