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第一話 乙女座生まれは、内気で恥ずかしがり屋なのです。

 閲覧ありがとうございます。

 お楽しみいただければ幸いです。

 「盗賊団『黒霞組』! 観念しな! ここが、お前らの墓場だ!」


 背後に黒雲を沸き立たせながら、小柄な女が、信じられぬような大声で叫んだ。

 黒ずくめの女は、魔女独特の深いクラウンと大きなブリムを持つ帽子エナンを目元まで下げて被っていた。


 女は、サソリの尾節のような形の緋色の宝玉がついた杖を手に、巨大な黒いアイベックスの背の上に立っていた。

 目も眩むような断崖絶壁の上だというのに、微動だにしない。

 谷間から吹き上げる風が、彼女の墨黒色のマントを激しく棚引かせた。


「出やがったな! 蛇蝎の魔女!」

「悪逆非道の限りを尽くしたお前たちを、みすみす逃がしたりするものか!」

「けっ! 俺たちをどうにかしようなんて、百年早いんだよ!」

「わたしは、百年後でもかまわぬが、お前たちは生きてはいまい!」

「口の減らねえ女だ! 遠慮はいらねぇ! やっちまえーっ!」

「おおーっ!!」 


 盗賊たちは雄叫びを上げ、それぞれの得物を手に、女を乗せたアイベックスの足下に怒濤のごとく押し寄せた。

 その瞬間を待っていたかのように、女は、空中に身を躍らせた。

 そして、後方へくるりと一回転すると、岩の先端に音もなく着地した。

 術による縛めを解かれたアイベックスは、その鈍く光る巨躯に力をみなぎらせ、盗賊たちの只中へ荒々しく突進していった。


「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」


 鋼すらも貫くと言われる角や蹄で、突き上げられたり蹴り飛ばされたりした五人ほどが、断末魔の叫びを上げその場に横たわった。

 血の臭いを嗅ぎ、さらに興奮したアイベックスは、逃げだそうとした連中を追いかけ回し、次々と屠っていった。


 女は、岩の上で、悠然とその様子を眺めていた。

 少し離れて対峙していた、盗賊の首領と覚しき頑強そうな男は、悔しさに歯噛みしながら、怒りを滲ませた目で女をじっと睨んでいた。


 やがて、男は意を決し、重いだんびらを器用に振り回しながら、女に斬りかかっていった。

 女の対応は早かった。杖を両手でしっかり握り直すと、力を込めて男の方へ突き出した。すると、杖の先端の宝玉が、妖しい光を帯びて輝きながら、男に向かって一直線に飛んでいった。


 宝玉は、だんびらをよけながら、男の周りを旋回した。

 細い鎖のようなものが、宝玉にはついていた。

 宝玉に導かれるようにして、鎖のようなものは螺旋を描き男の体に巻き付いた。

 やがて、鎖は赤い光を放ちながら、男の体をきりきりと締め上げ始めた。


 苦しさに喘ぎながら、男はだんびらを落とし、棒立ちになった。そして、たまらず仰け反ったその喉元で、宝玉が怪しく輝いた。


「ぐわあぁぁぁーっ!」

 

 宝玉がもたらした何らかの刺激に、男は叫び声を上げながら、ぶるぶると身を震わせた。

 女が杖をぐいと引くと、鎖はするすると杖の中に戻り、男を解き放った。

 しかし、すでに男の体に力は残っておらず、クルクルと独楽のように回った後、その場にどさりと倒れ込んだ。

 

 散々暴れ回ったアイベックスが自分の元に戻ってくると、女は杖を逆さに持ち、宝玉の先を地面に突き立てた。すると、大地が突然大きくうねり、最後の力を振り絞って逃げだそうとしていた盗賊の残党を、一人残らずはじき飛ばした。


 女は、ふぅっと息を吐き、盗賊たちが絶命しないように、癒やしの術を施した。

 そして、アイベックスの首を優しく撫でながら言った。

 

「メエメエ、ありがとね……。でも、あんた、少し暴れすぎたわよ。いくら、役人に捕まったら死罪になる連中でも、もう少し優しくしないとね……」


 メエメエと呼ばれたアイベックスは、「お前はどうなんだよ?」という顔で、女――冷酷無比な蛇蝎の魔女こと、リュディをじろりと見た。

 

 リュディは、アイベックスをちょっと睨んだ後、その角の付け根を杖でつつきながら何かを唱えた。

 すると、アイベックスは、たちまちハリネズミほどの大きさになって、彼女の掌の上でうずくまった。

 その背を一撫でして、岩陰に置いておいたバスケットに移すと、リュディはバスケットを抱えて、ひょいっと谷へ飛び降りた。

 そして、激しい谷風をマントに受けながら、いずこかへ飛び去っていった。


 ―― ❤ ―― ❤ ―― ❤ ―― ❤ ―― ❤ ――


 ここは人里離れた、バルバストーレの黒き魔の森。

 木立に隠れひっそりと建つ三階建ての石造りの家こそ、希代の魔術師デュプレソワールの館だ。

 リュディは、扉の前に立つと、小さな声で魔術師に帰還を告げた。


「お、師匠様ぁ、今……、戻りましたぁ……」


 音もなく扉が開き、魔術師が姿を現した。リュディは、帽子をさらに深く被りうつむくことで、彼と真正面から向き合うことを避けた。


「お……、オェッ! な、何だ、この臭いは?! 生臭なまぐさすぎるぞ!」


 一仕事終え、へとへとに疲れて帰ってきた弟子に対する第一声がこれである。帽子のブリムの陰で、リュディは、ほっぺたを膨らませた。


(盗賊団が相手だったのだもの、変なにおいが体にまとわりついても仕方ないじゃない!)


 においに並外れて敏感な魔術師は、手巾を探しに部屋へ戻っていった。

 その後ろ姿を見ながら、リュディは考えた。


(お師匠様の前世は犬ね! それも、少し目つきが悪くてね、あんまり人に懐かない、ちょっと気位の高そうな犬――、なんていう名前だっけかなぁ……)


 魔術師は、顔をしかめながらも、一働きしてきた弟子を館の中へ招き入れた。ようやく見つけてきた手巾で、しっかり鼻を覆うことは忘れない。


「相手は、余程の悪食家か、一ヶ月以上湯浴みをしていないヤツらだったようだな。まあ、盗賊だから当然か……」

「シャミナード様のお話では……、ブロールの町で、その……、十件ばかり事件を起こして、何の罪もない百三十七人の市民に迷惑をかけた連中……だそうです。ちょちょいっとひねってきました」

「メエメエを連れて行ったんだろう? 本当は、『ちょちょいっとひねる』ぐらいじゃすまなかったよな?」

「は……、はぃ、そ、それは……」

「とにかく、早く着替えてこい! 臭すぎる! 脱いだ物は、すぐに浄化の術で臭いをとれよ! メエメエの餌やりも忘れるな!」


 リュディは、大急ぎで自室に戻ると、悪臭の原因である帽子やマントを脱ぎ捨て、黒装束から朽葉色のワンピース姿になった。そして、身につけていた物すべてに浄化の術をかけた。

 もちろん、バスケットの中のメエメエにも――。


 螺旋階段を下りて、メエメエを地下の魔獣部屋の檻に移し、樽に入っている魔術師特製の魔獣専用フードを皿に盛った。

 メエメエは、「ベエエエー!」と鳴いて大盛りを要求した。リュディは、今日の仕事ぶりを思い出し、一つかみ多く与えた。


 リュディは、一階に戻ると、玄関ホールの鏡に自分を映してみた。

 下ろした前髪で完全に目を覆い、残りの髪は後ろで一つに束ねている。

 内気で恥ずかしがり屋な彼女は、この格好をしないと魔術師の前に出られないのである。


 話は、一ヶ月ほど前に遡る。

 国の「魔力・魔術師管理庁」の主幹管理官であるシャミナードに連れられて、弟子入りのため、彼女が初めてこの館を訪ねてきたときのことだ。


 目の前に現れた、新しい師匠である魔術師デュプレソワールは、つややかな青灰色の髪に青藍色の瞳をもつ、育ての親の老魔女が言っていたとおりの美しい男だった。彼を正視することに耐えられず、頬を染めうつむいた彼女に向かって、魔術師はさらっと言った。


「尋常でない魔力持ちだそうだが、なかなか可愛い顔の娘じゃないか!」


(可愛い? かわいい?! カワイイ! 可愛いですってぇー!!)


 彼女の心の叫びは大気を揺らし、バルバストーレの黒き魔の森からほど近い四つの村や町の鐘撞き堂の鐘を、小半時ほど鳴らしまくった。

 シャミナードは、この件に関して、後日上官から始末書を書かされた。


「まずいな、リュディ。あいつは、君を恥ずかしがらせるという、新しい楽しみを発見してしまったかもしれない。魔力のコントロールがしっかりできるようになるまでは、あいつとまともに顔を合わせないようにしなさい!」


 二百年以上生きているといわれる魔術師は、日々新しい楽しみを探し求めているらしい。

 シャミナードは、ともすれば怠惰な暮らしを送り、並外れた魔力を出し惜しみする魔術師に、新たな刺激を与える目的で弟子を用意したのだった。

 その目論見どおりにことは進んで行きそうに思えたが、ほんの少し方向が違っていたかもしれない。

 

 以来リュディは、魔術師と面と向かって見つめ合うことがないように工夫している。また、彼の悪戯いたずらやからかいに耐え、魔力をコントロールする努力を続けている。


 命じられたことを全部済ませ、彼女が、部屋に戻ってくると、魔術師は、机の上に山積みになっていた魔術書に、フゥッと息を吹きかけた。

 すると、魔術書たちはくるくると宙を舞い、巨大な書架のそれぞれの定位置へ、吸い込まれるように収まった。机の上には、お茶の支度をするのに丁度良いスペースができていた。


 魔術師は、満足げな顔で、トントントンと机を指で叩いた。

 台所の方から、猛スピードでカップや皿やポットが飛んできた。

 以前、「遅い!」と一喝され、炎を食らい灰燼に帰したポットがあった。

 カップやポットは魔術師を苛立てないように、静かに机に着地した。


 魔術師は、棚からニワトコの花とリンゴが描かれた紅茶の缶を取り出し、きっちりスプーン三杯分のエルダーフラワーアップルティーの茶葉をポットに入れた。そして、ちらりとリュディの方を見た。


 リュディは、うつむきながら急いでポットを受け取り、その蓋をパチンと指で弾いた。

 ポットが少しずつ湯で満たされていく。ポットの中では、茶葉がゆったりと湯の中を浮いたり沈んだりしていることだろう。


 頃合いをみて、皿の上に行儀良く乗っかったカップへ紅茶を注いだ。

 魔術師は、黙ってカップと皿を手に取り、紅茶の香りを嗅いだ。


「いいだろう。湯の温度も量も、ほぼ完璧だ。だいぶ腕を上げたな、リュディ!」


 魔術師の褒め言葉が、リュディの心をざわつかせた。リュディは、必死で自分の魔力を押さえ込んだ。

 「落ち着け、落ち着け」と心の中で唱えながら、リュディは何とか返事をした。


「はぃ……、お、お褒めにあずかり、望外の喜びを感じております……です……」


 魔術師は、ゆっくり紅茶を味わいながら、そんなリュディをじっと見た。

 前髪を下ろしているが、視線が気になり、リュディはそわそわしてきた。

 仕方がないので、いつもどおり、くるりと後ろを向き、魔術師に背中を向けて紅茶を飲むことにした。背後から、魔術師の笑い声が聞こえてくる。


「三日後に、今回の仕事の報酬を届けに、シャミナードが訪ねてくる。まったく、盗賊どもの捕縛を手伝わせるなど、魔術師をなんだと思っているのだか――。お前もしっかり文句を言っておいた方がいいぞ!」

「あ……、は、はぃ……、でも、『良きこと』に魔力を使えば寿命が延びると、育ての親のおばば様が申しておりまして……」

「はぁ? おまえ、まだ若いくせに、寿命のことなど気にするのか?」

「そ、そりゃ……、お師匠様を看取るのが、わたしの仕事だと……、シャ、シャミナード様が、おっしゃっておられましたので、せいぜい長生きをして……」


 魔術師は、派手に紅茶を吹き出し、苦しそうに咳き込んだ。


「だ、だ、大丈夫でございますか? お、お師匠様?!」


 肩で息をしながら、背中を丸めて座っている魔術師の元へ、リュディは急いで駆け寄った。


 彼女が魔術師の前にひざまずこうとすると、突然、魔術師は体を起こした。

 そして、彼女の顎に左手を伸ばして、クイッと上を向かせた。


 魔術師は、状況が飲み込めずアワアワしている彼女の顔を、真正面から見つめると、ふぅっと息を吹きかけ前髪を左右に分けた。

 目を見開いた彼女に、にっこり微笑むと、今日もしれっとした顔で言った。


「相変わらずリュディは可愛いな!」


(可愛い? かわいい?! カワイイ! 可愛いですってぇー!!)


 リュディの心の叫びに応えるように、たくさんの魔術書が、書架を飛び出し魔術師めがけて飛んできた。


「お、お、おい!! お……、おおおーっ!!」


 魔術師は慌てて、その魔術をコントロールしようとしたが、間に合わなかった。

 しかたがないので、魔術師はリュディを引っ張るようにしてテーブルの下に押し込み、自分も慌てて床に伏せた。


 ―― バン! ドサッ! バシッ! いてっ! ダダン! ……


 しばらくして物音が止み、もう魔術書が飛んでこないことを確かめてから、リュディはゆっくりとテーブルの下から這い出した。


 目の前の床に、魔術師が頭を抱えてのびていた。たくさんの魔術書に埋もれていた。彼の周りにも、数え切れないほどの魔術書が落ちていて、床は魔術書で埋め尽くされていた。


(まだ、完全じゃないけど、とりあえずこの家の中だけで収まるように、魔力をコントロールできたみたいだわ。本当に……、お師匠様ときたら、油断も隙もないんだから……)


 リュディは、倒れている魔術師に、急いで癒やしの術をかけた。

 さすがに、このまま「看取る」ことは避けねばならない。

 前髪をもとのように下げ、魔術師の前に回って声をかけた。


「お、お師匠様ぁ……、生きておられましたら、お声をお聞かせくださいま……、ひ、ひゃあぁっ!」


 頭を抱えていたはずの魔術師の両手が、彼の前で四つん這いになっていたリュディの両手首を掴んでいた。

 魔術師は顔を起こすと、鼻先が触れそうなほどリュディに顔を近づけて、嬉しそうに言った。


「その油断しきった顔が、もう、食べてしまいたくなるほど可愛いんだよな!」


(可愛い? かわいい?! カワイイ! 可愛いですってぇー!!)


 バルバストーレの黒き魔の森から、遠く離れた「魔力・魔術師管理庁」の官舎のデスクの前で、シャミナードは、町の鐘撞き堂の鐘が楽しそうに鳴りまくるのを聞いた。


(あの館って、ここからどのくらい離れていたんだっけかなあ?――)


 鐘の音を聞き流しながら、シャミナードは、この国の地図を思い浮かべた。

 しかし、すぐにそれは、あまり意味がないことだと悟った。


(これは、完全に制御するには、まだまだ時間がかかりそうだな――。頑張れよ、リュディ!)

 

 彼は、面倒くさいことを考えるのはやめて、引き出しから取り出した始末書を黙々と書き始めた。

 それは、今月に入って、四枚目の始末書だった。

 


 ―― FIN ――


 最後までお読みいただきありがとうございました。

 本日昼頃に、続きを更新する予定です。

 よろしくお願いいたします。

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