第92話:「優勢:4」
第92話:「優勢:4」
エドゥアルドの予想した通りだった。
風車小屋から外に出たエドゥアルドは、皇帝の侍従に呼び止められ、皇帝の側近くにまで案内されることになった。
「エドゥアルド公。
初めて目にする戦場は、いかがであった? 」
どうやらカール11世は、エドゥアルドに、初めて戦場に立った感想を聞きたいらしい。
(そんなことを、今、聞かずともよいものを……)
正直なところを言うと面倒だったが、エドゥアルドは皇帝の前でかしこまって片膝をつくと、皇帝の問いかけに答えていた。
相手は皇帝であり、そのご機嫌を損ねるようなことはできないのだ。
「やはり目につくのは、我が軍の精強さでございます。
敵である共和国軍の将兵は、士気が高く、我が方の砲撃にもこらえておりますが、我が方との練度の差は一目瞭然でございました。
共和国軍は最初の一斉射撃の後は、各兵がバラバラに、装填次第発砲する、という乱れたありさまでございますが、我が軍の将兵は整然としており、中には、難しいと聞いております輪番射撃を行う部隊もおります。
また、敵将ムナールは、砲をよく用いるとの評判でございましたが、いささか、その評価は過大であったと思われます。
共和国軍は前線に、ほとんど砲を配置しておりませぬ。
元より、砲の数が不足しているのか、ムナール将軍に意図があって砲兵を隠しているのかはわかりませぬが、あれでは、砲の威力を満足に発揮することはできぬでしょう。
私の見るところ、このままいけば、我が軍の勝利は間違いなしと、存じます」
それは、おべっかだった。
もちろんエドゥアルドの見た正直なところを率直に答えたのだが、帝国軍にとって不利になりそうなことはなにも言わなかったし、エドゥアルドが漠然と感じ続けている不安についても、なにも言及していない。
「ほう。
そなた、その様に、戦場を分析しておったのか」
エドゥアルドとしては、皇帝の機嫌を損ねないための適当な言葉だったのだが、カール11世はなぜか感心した様子だった。
「普通、若き者が初めて戦場に出た時には、その壮大さ、苛烈さに圧倒され、冷静にものを見、考えることなど、できぬものだ。
しかしそなたは、そなたなりに戦場を観察し、それを理解しようとしている。
なかなか、できることではない」
「きょ、恐縮でございます」
皇帝にほめられたエドゥアルドは、慌てて深々と頭を下げた。
(そんなことで、ほめられても……)
あまり、嬉しくはない。
戦功を立てて皇帝から称賛されるのなら名誉だったが、ただ戦場を眺めて感じたことを述べただけでほめられるのは、なんというか、子供扱いされているようで嫌だった。
実際、エドゥアルドはまだ15歳で子供といってもいい年齢だったが、エドゥアルドとしては、ノルトハーフェン公爵として、一軍を率いる将としてここに立っているつもりなのだ。
その一軍の将であれば、このくらいのこと、簡単に言えなければならないはずだった。
「しかし、我が軍の優勢であることは、汝にとっては、もの足りぬことであろうな。
このままでは、汝と、汝の部隊の出番が、なくなってしまうやもしれぬな? 」
「めっそうもないことでございます。
そのようなこと、臣の考えるべきことではございません。
すべては、皇帝陛下の御心のまま。
いかようにも、我が軍をお使いくださいませ」
「ほっほ。
そうか、そうか、殊勝なことよ」
少しからかうように問いかけてくるカール11世にエドゥアルドが恐縮したように答えると、皇帝は、楽しそうに笑った。
「皇帝陛下。
それでは、私はこれにて、御前を失礼させていただきたく。
我が陣営にて、皇帝陛下のご命令をお持ちしたく存じます」
皇帝はエドゥアルドの言葉を喜び、機嫌が良さそうだったが、エドゥアルドとしてはこれ以上、長話をしていたくはなかった。
子供あつかいされているようで嫌だったし、皇帝の前で気を使っていると、どうにも窮屈な心地がして、たまらない。
幸い、カール11世はエドゥアルドのことを強く引き留めはしなかった。
エドゥアルドの心情を察してくれたわけでは、おそらくはないだろうが、思いのほかすんなり解放されたのでエドゥアルドはほっとした気持ちになった。
皇帝の前を辞したエドゥアルドは、皇帝の親衛軍と共に帝国軍の予備兵力としてとどめ置かれているノルトハーフェン公国軍の隊列に向かった。
戻ったところで、ただただ皇帝の命令を待つだけの退屈な時間が待っているだけなのだが、ヴィルヘルムやペーターたちにも、今後の戦況についてどう思うかをたずねておきたかった。
やはり、ムナール将軍が砲兵を前に出していないという、ちぐはぐな采配をしていることが引っかかるのだ。
皇帝の前では「ムナールは評判ほどではないのでは」と、楽観的なことを述べたが、やはり、アントン大将にあれほど警戒された[共和国の英雄]が、あんな非効率的な采配をするとは思えない。
なぜかやたらといろいろなことに詳しいヴィルヘルムや、実戦に詳しいペーターに聞けば、なにかわかるかもしれなかった。
しかし、エドゥアルドはすぐに、皇帝の下へと引き返さなければならなかった。
ノルトハーフェン公国軍の隊列へと戻ろうとしていたエドゥアルドの横を、伝令の士官が駆け抜け、皇帝や帝国軍の指揮をとっていたアントン大将に向かって、大声で叫んだからだ。
「ご報告!
数万を超える軍勢が、我が軍左翼に攻撃をしかけております!! 」