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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第8章:「ラパン・トルチェの会戦」

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第84話:「転換点」

第84話:「転換点」


 軍議が終わると、エドゥアルドは慌ただしく、急いでノルトハーフェン公国軍の野営地へと戻った。

 ノルトハーフェン公国軍が予備兵力とされ、決戦当初から動くことはないと決められても、実戦を前にやるべきことは山積みだった。


 もちろん、実務的なことの多くは、ペーターを始め、現場の指揮官たちに指示さえ出しておけば、勝手に進んでいく。

 だが、エドゥアルドこそがノルトハーフェン公国軍のトップであり、公爵として国政を他人任せにせず自分自身の手で動かしている。

だから、なにごともエドゥアルドの裁可なしには、部下たちは動けない。


 実務的なことは部下に任せるのだとしても、それまでの指示や手続きやらはエドゥアルドがせねばならないのだ。

明日の決戦までの間にできるだけ余裕を持って準備をさせるためには、指示を出すのは早ければ早いほどいい。


 自軍の野営地へと急いで戻る途中、エドゥアルドは、他の諸侯の軍の野営地をいくつも通り過ぎた。


 そのどれもが、明日の決戦に勇み立ち、活発になっている。

 諸侯の戦勝ムードが兵士たちにも伝播でんぱしているようだった。


 それも、しかたのないことだ。

 共和国軍と決戦し、勝利すれば、この戦争は終わるのだ。

 諸侯も兵士たちも、勝利の栄光と共に凱旋がいせんすることができる。


 それだけではない。

 敵地で補給不足に苦しみ、明日どころか、今日の食べ物を心配しなければならないという状況からも、解放されるのだ。


 ここまで帝国軍はかろうじてその戦力を維持してきたが、兵士たちの士気の低下は著しいものがあった。

 毎日続く長時間の行軍による疲労と、補給不足に起因する空腹。

 人間が生物として持つ当然の欲求である食欲がまったく満たされない状況で、今日の食事の不安を抱えながら、ただ歩き続けるという単調な毎日を送って来た兵士たちにとって、この戦争はもう、1秒でも早く終わりにしたいものであるはずだった。


「プロフェート殿。


 貴殿は、明日の決戦、どう思う? 」


 エドゥアルドは自軍の野営地へと戻る道の途中、自分につき従っているヴィルヘルムに向かって、なにげなくそうたずねていた。


 確かに、共和国軍の兵力が連合軍の半分程度であるのなら、補給不足に苦しんできた今の帝国軍でも、勝利は得られるだろう。

 これまで帝国軍はまともな交戦を経験しておらず、武器弾薬はたっぷりと残っていたし、低下していた兵士たちの士気も決戦を前にして大きく回復しているからだ。


 だが、エドゥアルドはやはり、不安をぬぐえない。

 他の諸侯たちのように、明日の勝利を確信し、楽観的にはなれない。


 確かに、軍議の席でのアントンの言葉は、この時代の軍事的な常識からは外れていた。

 しかし、その常識の範疇はんちゅうを超えた指揮によって、革命軍を勝利へと導いたのが、敵将・ムナールであるのだ。


 もし、明日の決戦に敗れれば、アルエット共和国は、長い内乱の果てに民衆がつかんだ[成果]は、雲散霧消うんさんむしょうすることとなる。


 カール11世とアンペール2世が戦勝を得たのちのことをどう考えているのかはわからなかったが、おそらくは、共和国によって幽閉されている王子を新たな王に立て、王権を復興することになるだろう。

 そして、後のことはわからなかったが、少なくとも当面の間、再出発を果たしたアルエット[王国]は、タウゼント帝国とバ・メール王国の[属国]同然の存在に成り下がるだろう。


 そのような事態を回避するためには、ムナール将軍と、彼に率いられている共和国軍は、なんとしてでも、これから戦われる決戦に勝利しなければならないはずだ。

 そしてそのためであれば、どんな非常識な手でも取るに違いないと、そう思えてならない。


 もしも、共和国軍が明日の決戦で勝利したのなら。

 共和国は帝国と王国、双方の軍事的な圧力を粉砕したということになり、その地位を盤石なものとするだろう。


 共和国で王政が復活することはなく、他の専制君主国家の属国となることはなく、民衆が、民衆の手によって国家を統治していく、新しい形の国家がこの世界に誕生することとなる。


 エドゥアルドは、アルエット共和国がかかげる[共和制]という制度について、あまり詳しくは知らない。

 大昔に似たような政体を持つ国家が長きにわたってヘルデン大陸で栄えたという[歴史]は知っているが、その歴史上の国家と、アルエット共和国が同一の存在になるのかどうかも、わからない。


 確実なのは、アルエット共和国がこのヘルデン大陸に根を張れば、その影響は、計り知れないということだった。


 今、ヘルデン大陸に住む人々は、専制君主制という制度を、それが[当たり前]のものとして受け入れている。

 貴族は、その血を持って自らを統治者として君臨させているが、それは、民衆がそのことを認めているから、成立していることであるのだ。


 しかし、もしもアルエット共和国が、専制君主国家であるタウゼント帝国とバ・メール王国を撃退し、存続し続けるのなら。

 民衆は、[共和制]という制度の存在を、強く意識することになるだろう。


 それは、専制君主国家にとって、看過できないことであった。

 必ずしも専制君主をいただく必要などないと民衆が気づけば、これまでのようにひと握りの貴族たちだけで統治を行っていくというのは、不可能になるだろう。


 税金の取り方、法律の内容や施行しこうのされ方、裁判のやり方など、これまで盲目的に君主に従って来た民衆が、「そのやり方が理不尽であれば、従わなくてもよい」、そして、「理不尽をなくすために、貴族の手ではなく、自分たちの手で統治を行おう」と考えるようになれば、これまでの社会は崩壊し、大きな変革を迫られる。


 明日の決戦は、そんな、時代の転換点となるかもしれないものなのだ。


 その意味に気づいている者は、ほとんどいない。

 エドゥアルド自身、理解はしていたものの、影響が大きすぎて、その後、どうなるかはまるで予想がつかない。

 あまりに、漠然ばくぜんとしている。


 だから、ヴィルヘルムに、明日の決戦の勝敗の行方を、たずねずにはいられなかった。


 もし、彼が「帝国は勝ちます」と言えば、エドゥアルドはこれから起こるかもしれない変革に、戦々恐々とせずに済む。

 しかし、彼が「帝国は敗れます」と言えば、エドゥアルドは真剣に、この大陸に生まれる[共和制]というものと、向き合わなければならなくなる。


 内心の不安を隠さず、そして、真剣なまなざしを向けてたずねているエドゥアルドに、ヴィルヘルムは、いつものように、その本心のわからない柔和な笑みを浮かべていた。


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