第67話:「追いかけてきた者たち:2」
第67話:「追いかけてきた者たち:2」
部屋の中に駆けこんできた、2匹。
犬のカイと、猫のオスカーは、ルーシェめがけてまっすぐに突進すると、たんっ、と床を蹴って飛びかかった。
「うへぁっ!? 」
ルーシェはカイとオスカーの突進の力強さに、なすすべもなく押し倒される。
彼女が手に持ったままだったコーヒーポットが、ガッシャーン、と床の上に落ちて、中からエドゥアルドに飲んでもらうはずだったコーヒーが、床の上に広がった。
「ひゃっ、はぅっ!?
ちょ、ちょっと、カイも、オスカーも、そんなっ、ひぁんっ!? 」
カイとオスカーは、驚き半分、嬉しさ半分で悲鳴をあげているルーシェの顔をなめたり、鼻を押しつけてルーシェのにおいをかいだり、ルーシェに自身の身体をこすりつけたりして、まるでルーシェの存在を確かめようとしている様子だった。
ルーシェは困っているようだったが、やはり家族との突然の再会が嬉しいらしく、悲鳴をあげつつも笑っていて、じゃれついてくる2匹のことを決して拒まなかった。
ルーシェがノルトハーフェン公国を出発してから、すでに半月以上も経過している。
その間、ヴァイスシュネーに置き去りにされた2匹は、ルーシェがいなくてよほど寂しかったのだろう。
だが、突然、2匹はルーシェから、すすすっと離れていった。
「ふへ……?
カイ、オスカー、どうしたの? 」
床に押し倒された時のままの姿勢で、ルーシェは自分から急に離れていった2匹を、不思議そうな顔で見つめる。
そんなルーシェに、カイとオスカーは冷ややかな視線を向けた。
よくも、自分たちを置き去りにしたな。
それは、そんな抗議が色濃く込められた、なんとも恨めしそうな視線だった。
「あー、あっははー……?
やっぱり、怒ってる……、よね? 」
上半身を起こしたルーシェは、再会の喜びから、不満でいっぱいという様子に変貌した2匹に向かって、苦笑いを浮かべるしかない。
カイとオスカーを置き去りにして、無理やりエドゥアルドの出征についてきたのは、ルーシェなのだ。
2匹に対して、なんの言い訳もできなかった。
だが、その時、エドゥアルドは気づいていた。
ルーシェには、カイとオスカーのことよりもまず、注意しなければならないことがあることに。
だが、エドゥアルドはそのことをルーシェに教えてやることができなかった。
それは、エドゥアルドがなにかを言う前に、すでにルーシェの背後に立っていたからだ。
一切の気配を消し、誰からも注意を引くことなく、静かに。
まるで超一流の暗殺者のように、それはルーシェの背後をとっていた。
「カイも、オスカーも、大騒ぎだったのですよ? ルーシェ。」
そして、ルーシェの背後をとった赤毛のメイド、シャルロッテは、どこか冷たい印象の声でルーシェに話しかける。
「ぴっ!? 」
そのシャルロッテの、冷静でありながら、静かな怒りのこめられた口調に、ルーシェは思わず悲鳴をもらし、その表情を青ざめさせ、ガタガタと小刻みに震え出す。
「カイもオスカーも、あなたのことを探してお屋敷中を駆け回って、わんわん、なーなー、大騒ぎ。
その上、お屋敷から脱走して、シュペルリング・ヴィラまで、あなたを探しに行ったのですよ?
追いかけて捕まえていなければ、きっと、ノルトハーフェンの港まであなたを探しに行っていたでしょう。
ルーシェ。
あなたは、2匹に、そして私たちに、どれだけの心配をかけたのか、わかっているのですか? 」
「……は、はひっ、よ、よく、わきゃ、わかって、いますですっ」
スッと双眸を細め、淡々と発せられる、怒りのこもったシャルロッテの問いかけに、ルーシェはなんどもかみながらうなずく。
だが、ルーシェが自分のしでかしたことを理解していると答えても、シャルロッテの怒りは収まらない。
シャルロッテはそっと、ルーシェの肩に自身の手を置くと、絶対に逃がさないという意思を直接伝えるかのように、ルーシェの身体をその場に押さえつける。
「ルーシェ。
あなたが、どうしても公爵殿下についていきたいと願っていることは、知っていました。
しかし、公爵家のメイドとしての本分を超えて、カイにもオスカーにも、マーリアメイド長にも私にも、無断で、こんなことをするとまでは、思っていませんでした。
事前に予想して、対策をしておいて、しかるべきでした。
あなたを監督し、教育する立場である私にも、相応の責任があることは認めましょう。
そういうわけで、はるばる、私の[責任]を果たすために、ここまで足を運んで参りました。
公爵殿下にお仕えする身でありながら、その命に背いただけでなく、多くの人たちに心配をさせ、迷惑をかけた。
ルーシェ。
あなたには、[再教育]が必要です。
覚悟は、できていますね? 」
「はっ、はひっ! 」
じっとりと言い聞かせるようなシャルロッテの言葉に、ルーシェはビクンと身体を跳ねるようにして背筋をのばし、涙目になりながら言う。
「る、ルーも、か、かか、覚悟の、上でございました!
で、で、で、ですが!
い、い、い、いざとなると、しょ、正直、申しあげまして!
か、か、か、身体の震えが、と、止まらなくて、ですねっ!
そ、そのっ、で、できれば、ですね!
ど、どうか、そのっ、手加減を、ですね! 」
ルーシェは、もう、かわいそうになるくらいに怯えて、動揺していた。
そして、必死に、シャルロッテに慈悲を願う。
そんなルーシェに、シャルロッテはかがんで耳元に顔をよせると、そっとささやいた。
「だー、めっ」
「ぴィっ!? 」
シャルロッテからの[再教育]を避けられないと知ったルーシェは、悲痛な悲鳴をあげた。
そして、その全身からガクン、と力が抜けたようになる。
どうやら、恐怖のあまりに気絶したようだった。