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第60話:「軍議:4」

第60話:「軍議:4」


「帝国陸軍大将、アントン・フォン・シュタム伯爵と申します。

 まず、わたくしから、此度こたびの出兵に至るまでのアルエット王国、現、アルエット共和国についての状況を、ご説明させていただきます」


 立ち上がったアントンが居並ぶ諸侯を見回しながらそう言うと、帝国陸軍の参謀たちがテーブルの上に広げられた地図の上に、見分けられるように色づけされた駒を並べていく。


「以前より続いておりましたアルエット王国における内乱は、数か月前、完全に終結いたしました。

 結果は、王党派の大敗。

 革命派の大勝でございました。


 アルエット王国の王、フランシス5世陛下は、王妃セリア様と共に、反乱を起こした民衆によって処刑されたことは、みなさまもご存じであろうと思います。


 その後、[共和国]を名乗った反乱軍は、各地で王党派の残党狩りを実施。

 フランシス5世を失い、その後継者たる王子が幽閉された今、残っていた王党派の勢力は完全に解体され、すでにアルエット王国は、共和国派によって完全に掌握されております」


 アントンの説明に従って、参謀たちの手によってアルエット王国の王党派の勢力を示していた駒が盤面上から取り除かれていく。

 残ったのは青、黄色、赤の駒で、青がタウゼント帝国、黄色がバ・メール王国、赤が共和国の勢力を示すようだった。


「この共和国の暴挙に対し、立ち上がられたバ・メール王国の国王、アンペール2世は、自ら8万の軍勢を動員し、すでに国境を越えてアルエット共和国内に進んでおられるとの報告を受けております。

 予想される現在位置は、この辺りと考えられます」


 アントンがそう言って地図の一点を指さすと、参謀たちがバ・メール王国にあった黄色い駒をそこまで推し進める。


「現在、我が帝国軍がいるのは、こちら。

 その総数は、18万となります」


 次に、集結した帝国軍を示す青い駒がどっさりと地図の上に集められると、諸侯たちの間から「おお! 」と感嘆するような声が上がった。

 18万の中には支援要員も含まれており、そのすべてが戦闘に従事する者ではないのだが、それでもその数の多さはやはり、頼もしく感じられるものだった。


「現在、得られている情報から導き出しますと、バ・メール王国軍、そして我らの帝国軍に対する共和国軍は、約30万を数えた王国時代から内乱の疲弊ひへいにより大きく減少して、約20万程度と考えられます。

 しかしながら、その内の5万程度は、南方のフルゴル王国との国境を防衛するためにさし向けられており、また、同様に5万程度が、バ・メール王国との国境を防衛するためにさし向けられております。

我が方に対するのは、同様に国境警備のためにさし向けられた5万、そして共和国がその首都としている、アルエット王国の旧王都の近辺にたむろする5万の、計10万程度であると思われます」


 そのアントンの言葉に、諸侯の表情が緩む。

 アルエット王国といえば、タウゼント帝国と匹敵するほどの大国であったはずだったが、内乱による疲弊ひへいからか、その総兵力は以前よりも目減りしている。

 それだけではなく、国境を守る必要のあるアルエット共和国軍は南部と北部の国境にそれぞれ軍を割いており、帝国軍の正面にいる共和国軍は、帝国軍単独で十分に上回れるほどの規模でしかなかった。


「こういった状況から、基本的な作戦は、以下のようにするべきだと考えております。


 まず、我が帝国軍はグロースフルスをこの地点で渡河し、まずはバ・メール王国軍と合流するべく、北上するべきであると考えます」

「いや、待たれよ」


 その時、そう言ってアントンの発言を押しとどめたのは、ベネディクトだった。


「アントン大将。

 貴殿の立てる作戦は、いつも堅実で敗北の心配のないものだが、此度こたびに関してはさすがに、そこまで石橋を叩いて渡るようなことはせぬでも良かろう」


 するとベネディクトは、参謀から駒を移動させるための棒を奪い取り、グロースフルスを渡河してから北へ向かってバ・メール王国軍と合流しようとしていた帝国軍の駒の進路を西へ変え、一気にアルエット共和国の首都へと向けさせた。


「渡河点に一部の兵力を残すのだとしても、それでもまだ、首都近辺にいると予想される共和国軍より、我が帝国軍の方が数でまさっておるのだ。


 それに加えて、わしがつかんでおる情報では、共和国軍の将兵はその大半が、徴兵された兵士たちだ。

 我が方に比べて士気が低いというだけではなく、その練度も、大きく見劣りしておる。


 わざわざ万全を期してバ・メール王国軍と合流するより、真っすぐに敵の首都へ突き進んだ方が、早く決着をつけられるのではないか?

 万が一、帝国軍だけで共和国軍を撃破できなかったとしても、国境に展開する5万の共和国軍を撃破したバ・メール王国軍が後からやってくれば兵力では圧倒できるし、敵を挟み撃ちにすることもできるであろう。


 敵は、徴兵された弱兵なのだ。

 精強なる我が帝国軍、そして歴戦のバ・メール王国軍の力を持ってすれば、バターをナイフで切るように容易く打ち破れよう」


 そのベネディクトの主張に、諸侯の中から口々に賛同の声が上がる。


 戦力の質と量で勝っている上に、敵が長い内乱に疲れている以上、ベネディクトの言うように勝算は高いと思われた。

 まずバ・メール王国軍と合流するべきというアントンの意見は、戦力は集中するべきという用兵の基本的な原則に従ったものであり、帝国軍とバ・メール王国軍を合わせれば確実に共和国軍に勝利できるという必勝の策ではあったが、多くの諸侯たちにとっては[回りくどい]ものとしか見えなかった。


「いえ、それは……」


 アントンは、共和国の首都に向かって突き進むべきだと勇み立つ諸侯に対して反論をしたがっている様子だったが、諸侯の声の大きさに気圧されたように押し黙った。


 彼は帝国陸軍の大将という地位にあったが、しかし、その爵位は伯爵だった。

 そして、帝国では階級よりも爵位の方が優先順位は高く、公爵であるベネディクトを筆頭に多くの諸侯から異論を出されては、強く意見を言えなくなってしまうのだ。


(なにか、懸念けねんしていることがありそうだな)


 アントンの表情を観察していたエドゥアルドは、ベネディクトの意見に魅力を感じつつも、アントンには彼なりに理由があって慎重な作戦を立てているのだろうとも感じ、他の諸侯には同調せずに黙っていた。


 エドゥアルドの隣にいるクラウスもデニスも、黙ったまま発言しない。

 泰然たいぜんとした様子を崩さないクラウスはただ様子見をしているだけのようだったが、デニスの方は自分からなにかを言いたくないという、消極的な沈黙であるようだった。


わたくしも、ベネディクト殿のご意見に賛成です」


 黙り込んだ3人の公爵とは対照的に、ベネディクトに賛同する声をあげたのは、意外にも、ヴェストヘルゼン公爵とは不仲であるはずのズィンゲンガルテン公爵、フランツだった。


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