第57話:「軍議:1」
第57話:「軍議:1」
皇帝の前を辞したエドゥアルドは、手持無沙汰そうに待っていたヴィルヘルムと合流すると、軍議を行うために用意された天幕へと向かった。
そしてエドゥアルドは、他の諸侯が到着する前に先んじて、到着することができた。
軍議の席は、数十人の人間が集まることができるようにかなり大きく作られている。
中央に折り畳み式の長机があり、その左右に同じく折りたたみ式のイスが並べられ、もっとも奥、飾られた皇帝の旗を背にして、皇帝のために席が設けられている。
そこでエドゥアルドは、待機していた兵士に、カール11世の席から向かって右側に案内された。
どうやら皇帝から見て右側に諸侯が、左側にタウゼント帝国の陸軍の高級将校たちが並ぶように席が作られているらしい。
エドゥアルドは並べられている席を見ると、少し迷ってから、公爵のために用意されたイスの中でもっとも皇帝から遠くなる、末席を選んで腰かけた。
エドゥアルドは、率いてきている兵力の大きさでは、5つの公爵家の内の真ん中、3番目であったが、自分が若年であるからという理由で他の公爵たちに遠慮したのだ。
貴族の特権として1人だけ随行が許されている従者の枠で軍議に参加するヴィルヘルムも、エドゥアルドの背後に用意されている席に腰かける。
だが、エドゥアルドもヴィルヘルムも、イスに深く腰かけたりはしなかった。
これから何度も立ち上がる予定があったからだ。
ほどなくして軍議の席には、皇帝の直接の臣下であり、軍議に出席する権利を持つ諸侯や、皇帝の親衛軍を統率するほか帝国軍全体の戦略や作戦について思慮をめぐらせる役割を持った、高級将校やその参謀たちが集まって来る。
エドゥアルドとヴィルヘルムはそういった人々があらわれると、素早く立ち上がり、会釈をして出迎えた。
他の諸侯や高級将校たちに対して、少しでも自分の顔を売り込んで、できれば良い印象を持ってもらいたかったからだ。
「おお、エドゥアルド殿。
しばらくぶり、じゃの」
最初にやって来たのは、ノルトハーフェン公国とは盟友関係にあるオストヴィーゼ公爵、クラウスだった。
クラウスと一緒にやって来たのは、近々正式にオストヴィーゼ公爵の位を引き継ぐことになっている、息子のユリウス。
「お久しぶりです、クラウス殿。
しかし、ご隠居なされるとお聞きした時は、とても驚かされました。
まだまだ、お元気でいらっしゃるのに」
「なんの、なんの。
もう、老いぼれの出る幕ではなかろうよ。
これが、皇帝陛下への最後のご奉公じゃて。
ワシとしては、若いお主や、ユリウスに期待しておるでな」
ついしばらく前、国境で一触即発の緊張状態にあったことがウソのように親しそうな笑顔で言葉を交わすと、エドゥアルドはクラウス、次いでユリウスと握手をした。
「はぁ、どっこらせ、と」
それからクラウスは、エドゥアルドの一つ隣の上座に、わざとらしく声を出しながら腰かけた。
年齢で言えば、公爵たちの中ではクラウスはカール11世に次ぐ高齢であるはずだったから、もっとも上座に座ってもおかしくはなかったが、ここはエドゥアルドにならって他の諸侯への配慮を見せたようだった。
もちろん、友好国であるエドゥアルドの隣にいた方が、[ひそひそ話]がやりやすいという計算もあるのだろう。
次にやって来たのは、アルトクローネ公爵家の現当主でカール11世の息子でもある、デニス・フォン・アルトクローネだった。
背後にいるヴィルヘルムからそっとその人物が誰であるかを耳打ちされたエドゥアルドは、また素早く立ち上がってデニスを出迎える。
「これは、これは。
ご挨拶、痛み入ります」
40歳の、中肉中背でオールバックにした黒髪とあごひげを持つデニスは、そんなエドゥアルドに人の良さそうな笑みを浮かべて答えると、公爵の中で率いてきている兵力がもっとも少ないことを気にしてか、エドゥアルドのさらに下座に座るかどうか少し迷ってから、それでは伯爵の席につくことになると思い直し、クラウスの1つ隣の上座に腰かけた。
気弱というか、あまり自分に自信のない性格をしているらしい。
(似ている、な)
エドゥアルドはデニスの容姿や仕草を見て、つい先ほど密かに謁見していたカール11世の雰囲気を思い出していた。
次にやって来たのは、帝国軍の高級将校と参謀たちだった。
彼らは主に皇帝の親衛軍を統率する将校たちだったが、戦時には皇帝が招集した諸侯の軍隊に対し、情報提供を行い、戦略や作戦について意見を行うという役割があり、そのために相応の権限も持っている。
爵位という点ではエドゥアルドよりも下位の者たちではあったが、軍事の専門家である彼らに対し、エドゥアルドはまたイスから立ち上がって出迎えをした。
皇帝、そして他の公爵家の発言力の方が強いとはいえ、彼らに対しても相応の敬意を示しておくべきだと思ったからだ。
将校たちはそのエドゥアルドの態度に少し驚いた様子だったが、親衛軍を統括する将軍、帝国軍大将の階級にあるアントン・フォン・シュタム伯爵だけは冷静で、エドゥアルドの前で立ち止まると背筋をのばし、きっちりと指先を整えた模範的な敬礼をして、エドゥアルドの挨拶に答える。
すると、他の将校たちも慌ててアントンを真似して敬礼をし、それからアントンが席に腰かけると、彼らも順番に席についていった。
その後も天幕には次々と諸侯が集まって来たが、エドゥアルドは伯爵や男爵にも分け隔てなく、立ち上がって挨拶をしていった。
その対応に驚く者は多かったが、多くの諸侯は、若さからエドゥアルドが遠慮しているのだということを理解して、エドゥアルドの配慮を好意的に受け取った様子だった。
諸侯に挨拶をしながら、エドゥアルドも驚かされていた。
なぜなら、軍議に集まって来た諸侯や、主要な将校たちについて、ヴィルヘルムはそれがどこの誰であるのかをすべて把握していたからだ。
正直、エドゥアルドには名前と顔を一致させることさえ難しいと思えるのに、ヴィルヘルムは正確に理解している様子だった。
(いったい、プロフェート殿は、何者なのだ? )
ヴィルヘルムは、エドゥアルドのブレーンとして、これまで大きな働きを示してくれている。
彼がエドゥアルドのために働いてくれるというのは疑いのないことで、エドゥアルドはヴィルヘルムを心強い助言者として信頼している。
しかし、彼がどこの出身で、エドゥアルドに仕えるようになるまえはどこでなにをしていたのか、未だになにも知らない。
なにかを知っているはずのエーアリヒも、事情があるのか、エドゥアルドにヴィルヘルムの詳しい素性については話してくれていない。
エドゥアルドの驚きと感心を、知っているのか、知らないのか。
ヴィルヘルムはいつもの仮面のような柔和な笑みを浮かべたまま、エドゥアルドのために、あのお方は誰それ、と教え続ける。
そうして、軍議の席は、そのほとんどが埋まった。
残っているのは、後、2つ。
ヴェストヘルゼン公爵家と、ズィンゲンガルテン公爵家のための席だった。