第533話:「内乱の終焉」
第533話:「内乱の終焉」
公正軍の陣営がにわかにざわめき始めたのは、エドゥアルドがヴィルヘルムの勧めに従って昼寝に入ってから、1時間ほどが経ってからのことだった。
まず、伝令の騎兵が駆けこんで来た。
逃亡したベネディクト公爵を追跡するために派遣されていた騎兵将校の1人だ。
それで、公正軍の本営がある辺りがまず、騒々しくなる。
知らされた情報を確認するために騎兵が新たに放たれ、それと同時に、休息中だったエドゥアルドを呼び戻すために、本営に詰めていた親衛隊の隊長であるミヒャエル大尉が走って行った。
本営の周囲を除いた大部分、兵士たちは、静かなままだった。
なにかがあったようだ、と気にしてはいたものの、敵襲にしては騒ぎ方が小さかったし、まずは様子を見守ろうという風に多くの者が考えたからだった。
しかし、ほどなくして兵士たちも騒然となる。
アルトクローネ公爵の軍旗、そしてヴェストヘルゼン公爵の軍旗をかかげた騎兵を先頭に、200騎ほどの騎兵と、数台の馬車の隊列が姿をあらわしたからだ。
その2つの軍旗は、その隊列の中に2人の公爵がいる、ということを示していた。
これまで中立の姿勢を保ち内乱には参加して来なかったデニス公爵と、逃亡したはずのベネディクト公爵がそろってやって来た。
しかも、攻撃するにしては明らかに少数の、わずかな兵力だけを引き連れて。
その事実を目にした兵士たちは、なにが起こっているのかを瞬時に理解した。
アルトクローネ公爵がヴェストヘルゼン公爵を引き連れ、公正軍に降って来た、ということだった。
内乱は、まだまだ続く。
そう考え、戦う覚悟を固めていた兵士たちの間に、自然と歓声が広がっていく。
ベネディクトがその故国に戻る以前に拘束されたというのなら、兵士たちが想像していた、ヴェストヘルゼン公国を制圧するための戦いは起こらない、ということになる。
それだけではなく、エドゥアルド・フォン・ノルトハーフェンが内乱の勝利者となることが確定し、訪れるのに違いないと兵たちが信じて戦って来た新しい時代が到来する、ということでもあるのだ。
ほどなくして、公正軍の陣営は勝利と、内乱の終結を喜ぶ声に包まれていた。
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「殿下! 公爵殿下! 」
エドゥアルド・フォン・ノルトハーフェンの親衛隊の隊長、ミヒャエル・フォン・オルドナンツ大尉が公爵の天幕に入ると、すでにエドゥアルドは目を覚ましていた。
「どうした、ミヒャエル大尉!? 」
ベッドの上に腰かけ、天幕の中のある一点を観察していた少年公爵は、緊急事態が発生したのだと理解してすぐに立ち上がり、表情を引き締めていた。
「閣下、朗報でございます! 」
「朗報? 朗報とは……、まさか!? 」
「はい、左様でございます!
ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクト殿が、アルトクローネ公爵・デニス殿の手によって拘束され、間もなくこちらに到着するとの知らせが入ったのでございます! 」
居住まいを正して敬礼し、金髪に碧眼を持つ整った顔立ちに喜びをあらわしながら報告するミヒャエルの言葉を、エドゥアルドは最後まで聞いてはいなかった。
じっとしていられない様子で、彼は天幕から飛び出していく。
その時ちょうど、兵士たちの間で歓声があがり始めた。
それは、アルトクローネ公爵に指揮された、ヴェストヘルゼン公爵を護送する馬車の隊列がやって来る方向から徐々に広がり、留まることなく拡大していく。
遠目に、内乱が終結することを知って喜び、抱き合ったり手を叩いたり、口笛を吹いたり、帽子を放り投げてデニスたちの到着を歓迎する兵士たちの姿が見える。
その光景を目にしているうちに、エドゥアルドも本当にこの内乱が終わるのだということを実感することができた。
いったい、どうしてデニスがベネディクトを捕らえ、少年公爵の下に連れてくることになったのか。
その過程は、どうでもよかった。
とにかく、これで内乱は終わる。
すべての戦いがなくなるわけではないが、少なくとも同じ帝国の臣民同士で戦うことはせずに済むようになる。
そして、この国家には新たな統治者が誕生することとなる。
旧き帝国に、次の一千年をもたらす、その礎を築くために。
━━━自分は、勝利した。
新たな帝国を築く、そのチャンスを与えられた。
エドゥアルドはようやく、自身が勝利者であるということを自覚し、その喜びに、身体の奥底から湧き上がってくる感覚に打ち震えた。
あの、兵士たちと同じように、自分もこの喜びをあらわしたい。
誰かと一緒に、分かち合いたい。
そう感じた少年公爵の足は、天幕の中へと向いていた。
勝利の高揚に頬を上気させたノルトハーフェン公爵が視線を向けた先には、メイドの姿がある。
外の騒ぎなど、おかまいなしに。
のんきに、平和そうに、くかー、すぴー、とイスに腰かけたまま寝息を立て、こっくり、こっくり、とフネを漕ぎながら眠っている。
よほど疲れていたのだろう。
落ち着いて眠っていられずに早々に目を覚ました主からじっくりと寝顔を観察されていても彼女は少しもそれに気づくことなく、眠りこけたままだった。
少し、口の端から涎が垂れそうになっている。
起こしたら、かわいそうだろうか。
ちらりとそんなことも考えたが、しかし、エドゥアルドはじっとしていられなかった。
「起きろ! 起きてくれ、ルーシェ! 」
「……ぅへぁっ!? な、なんでございますかぁっ!? 」
突然身体を揺すられたルーシェは、素っ頓狂な悲鳴をあげながら目を覚ます。
少年公爵は、メイドに対してこの時は少しも遠慮しなかった。
なにが起こっているのかさっぱりわからないでいる彼女を引っ張り上げて立たせると、突然、ガバッ、と抱きしめる。
「ぇ」
エドゥアルドに抱きしめられている。
そのことだけは理解したルーシェの顔が、一瞬で耳まで赤く染まった。
「やった、やったぞ、ルーシェ!
デニス殿が、ベネディクト殿を捕縛して連れてきて下さったんだ!
これで、内乱が終わる!
ルーシェ、僕が、僕たちが、勝ったんだ! 」
少年公爵は身体を離し、メイドの手を取ると、ぴょん、ぴょん、と飛び跳ねながらダンスを踊った。
隠しきれない喜びを全身であらわしている主を前にしたルーシェだったが、特になんの反応も見せることなくなされるがままになっていた。
彼女は、立ったまま気絶していた。
※中興記編あとがき&続編予告
いつも本作をお読みいただき、ありがとうございます。
アマチュア小説家、熊吉でございます。
本作、メイド・ルーシェシリーズの二作目となる中興記編ですが、事前にツイッターなどでご報告申し上げました通り、本話を持ちましていったん完結、とさせていただきたく思います。
というのは、タウゼント帝国の命運を決する会戦に勝利し、内乱を終結させたエドゥアルドたちは、ノルトハーフェン公国を飛び出し、より大きな範囲で物語を展開していくこととなるからです。
ノルトハーフェン公国中興記、の範疇から飛び出ていくことになるため、タイトルをあらため、続編として今後の物語を投稿させていただきたいと考えております。
続編の投稿は、来月、八月中のできるだけ早い段階を考えさせていただいております。
可能な限り早期の投稿再開に向け準備を進めさせていただきますので、何卒、よろしくお願い申し上げます。
エドゥアルドとルーシェの物語ですが、今度はタウゼント帝国という旧い大国を導き、刷新し、勃興するアルエット共和国にどう対処し、帝国という旧態依然とした国家をどう改革していくかが主題となります。
また、メイドとして頑張って来たルーシェという少女が、いよいよ歴史の表舞台に立ち始めることともなります。
本作は、メイド・ルーシェの物語。
あくまで主人公は彼女であって、これからルーシェは、想像もしなかったような大きな役割を果たしていくこととなります。
もしよろしければ、続編でも彼女や少年公爵の行く末を見守っていただければ幸いです。
熊吉も、精一杯書かせていただきます。
シリーズ累計で千話に納まるといいな・・・(;’∀’)
しばしのお別れとなりますが、少々の間お待ちいただけますと幸いです。
本作と同時投稿中の、「殺陣を極めたおっさんの異世界漫遊記」は引き続き週三投稿を継続してまいりますので、こちらもよろしくお願いいたします。
くり返しになりますが、本作をここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
どうぞ、これからも熊吉をよろしくお願い申し上げます!




