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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第529話:「アルトクローネ公爵の決断:1」

第529話:「アルトクローネ公爵の決断:1」


 ヴェストヘルゼン公爵はアルトクローネ公爵という存在をもっと、警戒するべきであった。

 しかし、ベネディクトはこの時、疑うということを忘れていた。


 過酷な逃避行を経てきた後で、疲れ切っていたというのは大きい。

 もう、なんでもいいから、一時の休息を得たいという願いがあった。


 だが、それ以上に彼は、デニスのことを低く見ていたのだ。


 それは、普段の気弱な、おどおどとした態度や、公爵としてどんなことを成したのかなにも聞こえてくることのない、凡庸な治世を行っているということもある。

 そしてなにより、アルトクローネ公爵は過去に、ヴェストヘルゼン公爵に強引に言いくるめられたこともある。


 意志薄弱で、自分が威圧すれば容易に屈する、御しやすい人物。

 そんな内心のデニスへの評価が、ベネディクトから警戒心を奪い去っていた。


 アルトクローネ公国軍の陣中でのもてなしは丁重なものだった。

 公爵が食するのにふさわしい手の込んだ料理の数々が出され、野営だというのにお湯が用意され、全身を洗い流すことができた。

 用意された衣服も、ベッドも清潔そのもの。

 逃亡生活の間に望み続けたものすべてが用意された。


 空腹が癒え、ベッドの上で仮眠するつもりで横になったベネディクトの頭の中にあったのは、どうやってエドゥアルドに逆襲するか、ということだけだった。

 最上級の対応にすっかり気分を良くし、デニスのことをいよいよ、信用してしまっていたのだ。


(まずは、ここでひと眠りをし、デニス殿から馬を借りて我が領国へと帰還する。

 そうしたら、領内に動員をかけ、軍を再建して小僧の攻撃に備えるのだ。


 なに、会戦で敗北したとはいえ、落ちのびた諸侯は多い。

 そもそもまともに戦わずに逃げた者たちがほとんどなのだし、中立を保っている諸侯もいるのだからな。


 時間さえ稼いでおれば、また、反撃の機もめぐって来るのに違いない)


 決戦で敗れはしたものの、それで情勢が完全に定まったわけではない。

 自分がここにこうして生きている限りは、まだ終わりではない。

 決して、終わりにはさせない。


 ヴェストヘルゼン公国に帰還したところで、集められる兵力は限られているだろう。

 この内乱に勝利するために、出し惜しみなくすべての兵力を動員していたのだ。

 再建される軍のほとんどはすでに現役を引退した老兵か、訓練も受けていない若年兵となるだろう。


 しかし、ベネディクトの故郷には、侵略者を寄せつけない天険がある。

 標高数千メートルにもなる山々の連なりが侵入者を拒み、こちらはわずかに存在する通行可能な出入り口を防衛すればよいだけだ。

 未熟な軍隊であろうとも、十分に敵を防ぎ止めることができるのに違いない。


 そうして時間さえ稼いでいれば、また、情勢が変化してくるだろう。

 そこに乗じれば、逆転のチャンスなどいくらでも得られる━━━。


 ベッドの上で半ばそう自分自身に言い聞かせるように思考をしていると、天幕の外からデニスの声が聞こえてくる。


「失礼いたします、ベネディクト殿。

 お休みになる前に、ワインなどいかがでしょうか? 」


「おお! それは、ありがたい! 」


 疲れからか酒などなくても眠ることは簡単だったが、敗北と逃避行で屈辱を受け、沈んだ気分を盛り上げるのにはちょうど良かった。

 ベネディクトはデニスの厚意を無下にするわけにもいかないと考え、二つ返事で彼のことを迎え入れる。


 そして、用意されたワインを、なんの疑いもせずに楽しんだ。

 笑顔で酌をするデニスの目が、実際には少しも笑ってなどいないことに気づかないまま。


 10分もしないうちに、ベネディクト公爵は深い眠りに落ちてしまっていた。

 これまでの疲れが出たから、というだけではない。

 ワインに睡眠薬が混ぜられていたからだ。


「ベネディクト殿。

 わたくしはずっと、後悔していたのです」


 ベッドの上に倒れ伏し、自分が内心で見下していたアルトクローネ公爵のとりことなってしまったことを知らないまま安穏とした眠りの中にあるヴェストヘルゼン公爵に向かって、聞こえていないことを承知でデニスは呟く。


「あの時、陛下のお言葉があったと、どうして認めてしまったのかと。

 わたくしがあそこで貴方に気圧されずに、そのようなものはなかったと、はっきり断言できていたら、このような事態には陥らなかったのです。


 この内乱によって帝国は傷つき、多くの者たちが命を失った。

 恐ろしいことです……。


 そしてわたくしには、そのようになってしまったことに対する、責任がある」


 それから彼は、天幕の外で待ちかまえていた自身の兵士たちを呼びだし、ベネディクトを拘束し、準備してあった馬車に乗せるように命じた。

 すると兵士たちはあらかじめの取り決めに従って行動を開始する。


 馬車の行く先は、もちろん、ヴェストヘルゼン公国ではない。

 アルトクローネ公国でもない。


 ここから、南。

 エドゥアルド・フォン・ノルトハーフェンのいる場所だった。


わたくしが決断を誤ったために、このような内乱になってしまった。


 ですからせめて、一刻も早い幕引きを図らねば。

 それこそが、今、わたくしが果たすべき責任であるのに違いないのです」


 兵士たちによってベネディクトが拘束され、担ぎ出されていく様子を見送ったデニスは、天幕の中に最後まで残って1人でそう呟く。


 ━━━彼がこの場所で自軍を展開し、会戦の結果をまだ知らないのに待機していたのは、先に、エドゥアルドの公正軍がズィンゲンガルテン公国を制圧するべく南に向かった時期に、ある一通の手紙を受け取っていたからだった。


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